「掛け金は、あたしの家族っ!!!」
18.迷える子鹿
里帰りしたら居た、不思議な少年くん。健二くんと同い年くらいかな、と思っていたけどどうやら年齢はあやふやだった。あとで理香さんに聞いたらやっぱり十七歳で私の一つ年下だったけれど、何でも知ってて、何でも出来る彼はどこか年上みたいな言動をしていた。
侘助おじさんの事を侘助くんって呼んで頭を撫でてる時は、まるで栄おばあちゃんみたいだった。おじさんはくんのことが気に入っているみたいでよく話しかけていた。大した友好関係ではなかったとお互い口を揃えて言っていたけれど、何か分かり合っているような雰囲気の二人が私は好きだった。
侘助おじさんが出て行くとき、くんが引き止めてくれると思っていた。でも追いかけたのは私だけだった。
結局おじさんは出て行ってしまって、くんは何も言ってくれなかった。
「なんで、おじさん止めなかったの?」
「帰ってくるから、かな」
くんは苦笑いを浮かべた。もう十年も帰って来てなくて、唐突に帰って来たおじさんがまた帰ってくるなんて、なんでくんが言えるのか私にはわからなかった。
「なんで帰ってくるって分かるの?」
「侘助くんは、さびしんぼだから」
「どういうこと?」
「栄さんのことが大好きってこと」
くんはそれだけしか教えてくれなかった。
おばあちゃんが亡くなって、OZがめちゃくちゃになった。心のどこかで、私たちのいる現実世界とは関係ないとこと思っていたけれど、OZはすっかり私たちの世界に浸透していた。しすぎていて、大変な事になったと気がついたのは、世界の終わりまで二時間を切った時だった。
「あきらめたら解けない、答えはでないままです」
「OZは、俺が守ります」
私は、弾かれたように持っていた手紙を預けて走り出した。後ろで夏希と呼ぶ声がするけれど、それよりも私はしなくてはならないことがあった。
おばあちゃんと喧嘩したときにおじさんが落としたスマートフォン。パスコードのロックがかかってて開かなかったそれの、パスコードに思い当たったのだ。おばあちゃんの誕生日を入力すると、ホーム画面が現れた。
くんが言っていたことは本当だった。侘助おじさんは、栄おばあちゃんが大好きってこと。
侘助おじさんが帰って来てくれて、健二くんが策を練った。私たち家族は全員でその策に乗った。
花札は、おばあちゃんが私たちに教えてくれた勝負。
おばあちゃんが、あんたならできる、って言ってくれている気がした。
もう、ここまできたらやるしかないのだ。
佐久間くんもと健二くんもいれて私たちの家族は二十二人。くんがはいれば二十三人なのだけど、くんは裏でやることがあるからと最初は参加できないと言われた。
思えばくんのアバターを一度も見た事が無かったけれど、OZの本社の人間はそうそうアカウントを晒せないのかもしれないし、きっと大変な仕事があるのだろうと思った。
くんならきっと私たちの為になることをしてくれると信じて、花札のゲームを始めた。
最初のうちは勝っていて、どんどんアカウントを奪い返す事が出来た。けれど、四億人ものアカウントを一時間で取り戻すなんてやっぱり無理で、今まで気づかないふりをしていた不安に煽られて、負けてしまった。
「掛け金が不足しています」
繰り返される警告に、私の心臓がどくんどくんと跳ね上がる。
どうしよう、どうしたらいい、どうしたら家族を取り戻せる。
「夏希ちゃん、おちついて」
皆がざわざわとしていた中、くんの声が凛と響いた。
七十四と表示されていた掛け金が、裏返り、七十六になった。二人増える要素なんて見つからなくてあたりを見回す。
「助けにきたよ」
くんが言ったのと同時に、吹き出しが現れて同じ台詞を言った。そこには、黒いマントを羽織った背の高い猫のアバターが立っている。そしてその隣に、背の低い白いアバターが居て『ナツキへ、ボクのアカウントをどうぞ使ってください。』と吹き出しのなかで喋った。
「オズの魔法使いだ……」
佳主馬がそう呟いたとき、猫のアバターがくんであり、オズの魔法使いなのだと早急に理解した。
「くんが、連れて来てくれたの?」
「みんなが、自分の意志で来てくれたんだよ」
ドイツの男の子だったアバターに皆不思議に思って、くんが連れて来たのかと思った。くんが、みんなが、と言ったので一瞬首を傾げたけれど、たちまち沢山のアカウントがゲームに参加し始めて私たちは皆一様に目を見開いた。
色とりどりのアカウントが押し寄せてくる中、猫のアカウントはゆっくりと私の前に来た。
「夏希ちゃん、俺の大事な家族を守ってください」
猫は赤い眸を細めてそう言った。そして、マントから杖を出してひょい、と振る。
「あ、」
下から光が登ってきて、花火があがったようにはじける。キラキラ光るそれが私のアバターを包み込んだ。
OZの守り主のくじらが私に吉祥のレアアイテムをくれたのだ。でもきっと、これはくんがくれたのだと思う。
「ジョンとヨーコも、夏希ちゃんを信じてる」
花に包まれて、私の髪は伸びて着物も変わって、羽まで生えた。
「くん、ありがとう……」
沢山の味方と、力をもらい、私は花札を続けた。掛け金がぐんと跳ね上がる。
世界中の人のこいこいが聞こえた。
「ぶちかませ!!」
家族全員で、花札を叩き付けた。
ラブマシーンの残りのアカウント数が二になって、黒い大きな塊は私の目の前でぼろぼろに崩れた。
「まだだ!まだカウントダウンが止まってないよ!!」
くんがいち早く私たちに警告して、喜びもつかの間で私たちは動きを止めた。
私たちの居る家を狙って落ちてこようとするあらわしに、もう任意の変更はできない。そうなって私たちは逃げるしかなかったけど、健二くんとくんだけはモニタの前に座っていた。
「佐久間くん、管理棟に奴のログは?」
「あ、はい!!!」
くんがきりっとした声で佐久間くんに指示を出す。仕事しているときみたいだった。OZのことだから、仕事にはなるのだけど。
「昨日の奴みたいに、GPSの原子時計に偽の補正情報を送れば……!」
「これだ!足跡くっきり」
「あ……位置情報に誤差が生じて!」
「少しでもコースが変わるかも……」
「確実にできるかもわからないから、皆は逃げてください!!」
くんは叫んだ。
「でもごめん、健二くんには力を借りたい……!」
「もちろんです!」
健二くんはカタカタとキーボードを打ち続けた。
みんなが早く逃げるぞと言っている中、私はまだ負けてないと叫んだ。
そこから、家族で健二くんを励まして、計算を見守った。がんばれ、って言う事しか私たちにはできない。
一度解いたのに、すぐに閉め出された。ああ、と落胆している暇はなくて、健二くんはまた一から計算を始める。
おじさんがラブマシーンの守備力をゼロにしたから、佳主馬が戦いに出てくれた。そのとき健二くんがパスワードを突破したのにまた閉め出される。どう考えたってもう計算している時間はない。
健二くんはおもむろにキーボードに手を伸ばした。
後一分、という佐久間君の声が遠くに聞こえる。
健二くんは暗算で、ロックを解いた。
また、ラブマシーンがそれを阻止しようと鍵を掲げたところで、佳主馬が飛んで来てラブマシーンを蹴りとばす。
「ありがとう、キングカズマ」
ぼそりと、くんが呟いた。
「よろしくおねがいしまああす!!!!!」
かち、とエンターキーを健二くんが押して、私たちは空を見守った。何かが落ちて来た。それが見えた。
ものすごい風圧が来て、瓦礫が飛んでくる。咄嗟に家族全員で丸まって、私と健二くんはくんに頭を包まれていた。最後まで、こんな風に守ってくれるなんて、格好いいよくん。
「お、温泉でた〜!!!」
真悟たちが一番にひょこひょこと抜け出して、声を上げた。
私たちは、生きている。
2013-09-23