「テメー俺の彼女に色目使ってんじゃねェぞぉ!?」
「いやいや、俺つかってないから」
「ちょぉやだぁ、こっちみんなし」
「みてねーよ!」
鼻の横にピアスがささった変なカップルに意味わからないまま絡まれ始めて早1分が経とうとしていた。
確かに彼女さんを見たかもしれないけど。
いや、どっちかっていうと彼女の鼻ピアスの数を数えていたけど。
それで、牛みたいじゃねーの、とか思ってぷって笑ったけど、それを色目と勘違いされてもこまる。俺そんな素敵な笑みを浮かべたんだろうか。
「正直言うと、彼女……ない!そういう意味で見れない!牧場的な意味でしか見れない!」
「ちょ!アンタ失礼なんですけどぉ!」
「レナのこと牛扱いしてんじゃネェ!!!!!!」
「牛なんていってないもんね!思ってたけどさ!彼氏気が合うかもね!」
「ヒトシィ!!!!アンタもー別れるゥ!」
「レナ!!!!!」
なんか知らぬ間に自滅したバカなカップルはいきなり痴話喧嘩を始めた。コレで本当に別れたら俺の所為ってことになって俺が彼氏にフルボッコにされてしまう
かもしれない。
「いや俺が牛って言いました!ヒトシは俺の言葉に反応して牛って言ったんだよ!レナレナ!」
「テメー気安くレナレナとか呼んでんじゃねぇ!俺の名前も呼ぶな!」
「レナレナとか……プッうけるんですけど」
なんかレナレナが笑い始めてヒトシはつっこみしかできなくなって来て、拳を振るおうとはできなくなってきたらしく、俺はまあいっかと思っていた矢先、目の
前を黒バイクが走ってきてとまった。
あれ、久しぶりだなあ、と思って眺めていると、セルティはバイクから降りてきょろきょろしながら歩いてくる。
「セ」
ルティ……といいかけた瞬間、黒い影がこちらに伸びてきた。
「ぎゃー!!」
カップルではなく俺めがけて黒が伸びてきて、あれよと言う間に影に引き寄せられた。セルティは俺を影でぐるぐる巻きにして、バイクに飛び乗って俺を後ろに
乗せて走り出した。馬の轟き声みたいなバイクのエンジン音しか聞こえない時間が暫く
続いて、やっと影から開放されてあたりを見ると明るいマンションのエントランスだった。コレはおそらくセルティと新羅が住んでいるマンション。
「乱暴をして悪かった。とにかく話がしたかった」
「あ、いいっていいって!セルティ」
「私の名前を知っているということは、随分前にあったあの少年で間違いないのだろうか」
「うん」
PDAにかつかつと打ち込むセルティの言葉を待って俺はにこにこしていた。
あの当時のことを覚えてくれているのなんてセルティくらいだろう。皆子供だったしあたりが薄暗かったし。
「セルティー!」
そしてあの時のようにセルティの名を叫びながら新羅飛び出してきた。
「あれ?来神の制服……」
「よう岸谷」
ブレザー姿の俺を見てぴたりと動きを止めた。手を上げて呼びかけてみるとますますきょとんとする。
なぜ名前を知っているのかという顔だった。
「ずっと知っていたんだよ皆のこと」
とにかく中へとセルティに促され新羅はわけがわからないと言う顔のまま部屋へ通した。
得体の知れないものを部屋にいれていいのかと思うが、それはセルティを信用しての行動なのだろう。当時よりも愛が深まっている感じで俺は少しうれしいなあ
と思っていた。
「新羅、覚えているか?お前が小学生だったある日の晩、私は人間じゃない気配がするといってマンションを飛び出した」
「ああ、結局気配がわからなくなって……1人の少年を連れてきて……」
PDAに打ち込んだ文章を新羅に見せるセルティ。新羅は思い出したように呟いて、さらに思い出したように目を見開いた。俺のことを思い出したみたいだ。
「え?でも、あの時も高校生くらいの少年を連れてきたはずだよセルティ!?」
俺はどう見たって新羅たちと同年代の顔をしていたから仕方がない。新羅が子供だった時に高校生だったのなら今会うべきあの時の少年は大人になっていなけれ
ばならない。
「俺はねー永遠の十七歳なんだよ」
新羅とセルティは動きを止めた。
セルティは今日もあの日と同様に人間じゃない気配がすると言ってマンションを出たらしい。そこにあの時と同様に俺に会ってとりあえず俺を連れてきたよう
だった。
「十七歳の誕生日から十八歳の誕生日の前日まで一定の場所に留まれるの」
冷たいお茶が出され、俺はそれを飲み下してからにこりと笑って見せた。
「十八歳の誕生日になったーと思ったらね、また十七歳の誕生日に逆戻りしてる」
どういうことだ?と顔をゆがめていた新羅に言葉を付け加えて話す。
「ちなみに一年ごとにいろいろな場所にいる。きがついたら。勝手にね」
「そんな物語みたいなことが起こりえる……んですか?」
「起こり得ちゃったんだもん、仕方がないさ」
「つまり、来年にはまた君は消えるのか?」
PDAからセルティが言葉を発した。俺はYESと頷いた。
「学校ではよろしくな、新羅」
「そうですね、先輩」
「じゃあな」
セルティっていう存在そもそもが現実離れしている中で、俺の境遇を理解できないというわけではなさそうな新羅は頷いて1年だけだけどよろしくお願いします
と笑った。1年と言ってももしかしたら戻ってくるかもしれない。だって幼少時に皆に会ったことがあるのだから。
「あー!待って待って!」
別れようとしたとき、新羅があわてて俺を呼び止めた。
「先輩!名前は!?」
「名前!そうだ!忘れていたぞ新羅!」
わたわたとセルティは忙しなく動く。
「
……
でいいよ」
じゃあね、とまた手を振った。
「待て、アドレスも交換したい」
「あ、僕も」
「ええ?」
なかなか二人が放してくれない。
「そうだ、家はどこなんだ?」
「そういえばここはどこのマンションなんだろう……エントランスが俺のマンションと酷似していた」
セルティに問われ俺は帰り道の心配をした。もしかしたらわからない場所だったかもしれない。幼少時代のときとマンションが少し違うようだし、俺も住み場所
が替わっているし。
マンションの名前を言ってもらってぴくりとした。
「俺ここのマンションに住んでる」
「え!」「hhhほほほ本当か!?」
バグが発生してるセルティ。新羅も驚いてるみたいだ。
「てか……ッァアー!隣だぁい!」
互いに近所を確認していなかったようだ。
というか、新羅やセルティは俺の名前知らないし。
「ちょっと待ってよ、隣なのに今の今まで人間じゃない気配はしなかったの?」
セルティに新羅が問いかけた。
「初めて
に会った時も、会ったのに消えた」
「じゃあまちまちなんだねえ俺の人間じゃない気配って」
「とりあえずじゃあ、おやすみなさい」
そういって二人をおいて歩いていこうとしたが、がしりとつかまれる。
「まあまあ、隣なんだしまだいいんじゃないですか?先輩」
***
セルティがあの日、人間じゃないものの気配がすると言って家を出て行った。僕は少し心配をしていた。セルティは過去吸血鬼やら幽霊やらには出会ったことが
あるらしい。けれど今回の気配はそれともまた違ったものの気配だといっていた。
心配をよそに連れ帰ってきたのは1人の高校生くらいの少年だった。
私服姿で、細身で平均的な身長の、ごくごく普通のどこにでもいそうな少年だった。黒髪と茶色の眸は普通の日本人の姿。なぜセルティがつれてきたか良くわか
らないまま少し観察をしてみると、彼はセルティをお姉さんと言った。
普通の人なら男性と見間違うのに。
僕にしてみたらセルティはモデルのようにすらりとした美しい体を持っていて、白い肌の綺麗な人なのだけど。
一応家に入れてスープを出し一緒に飲みながら対話をする。僕はセルティに危害が及ぶ存在であったらすぐにでも熱いスープを掛けて家から放り投げようと思っ
て慎重に行動をした。
「首なしライダーのこと何も聞かないんだね」
当時そんなに都市伝説として有名ではなかったけど、僕は彼に聞いてみた。
「だってあれでしょ?デュラハンなんでしょ」
デュラハンという言葉を知っていたものだから思わずスープをふいてしまった。
だいじょうぶか?と背中をさすられ、僕はあわてて息を整える。
そして彼は先ほどの質問に答えた。なぜ女とわかったのか。
その理由が、体に触ったからだと。僕はギロリと彼を睨む。僕だってあまり触ることができないのに。僕のセルティに触るなんてこの男今すぐ家から追い出そう
かと思っていたとき、セルティも照れてあわてていたので、少年は補足をした。
「胸にはさわってないぞ!ウエストと腰の位置で判断した!」
手をぶんぶんと振る少年は自分でも恥ずかしいことを言ってしまったと思っていたのか、ほんのりと顔を赤く染めていた。
「それに、雰囲気が女性らしいじゃないか、彼女」
にこりと笑ってカップを置いた姿がなんだかほんわりと胸にしみこんでくる。
セルティが喜んだのが僕にもわかった。この人はセルティをきちんと見てくれたのだ。僕はうれしくなった。
それから名前を聞くのを忘れて彼が帰った後バタバタとした。また会ったときに聞いて今度は一緒に食事もしたいねと笑っていたのだけど、あれ以来彼に会う事
は一度もなかった。
なのに、今こうして目の前に、彼が座っていた。
あの時と同じような姿。僕が着ているのと同じ制服でたたずんでいるものだから、一瞬誰だかわからなかった。けれどセルティの言葉をたよりに、僕は思い出し
た。あの時の晩の人ではないか。なぜ姿が変わっていないのだろう。
当時高校生くらいの風貌で、あれから何年か経っているため彼は普通なら成人した大人になっているはず。もう少し体も大きくなるし落ち着いた雰囲気もするは
ずなのに、どうして彼は高校生の制服を着ているのだ。
とりあえずお茶を飲みながら彼の話を聞く。
聞いてみると納得が行った。彼は色々なところを転々としていたから会えなかったのだ。そして、彼の特殊な生い立ちを知った。
一年ごとでリセットされる年齢。十七歳から逃れることのできない姿。
老いて死ぬことがないというのは、一部の人にとっては最高だが、大多数の人にとっては酷なのではないだろうか。それに一年ごとに環境がかわり、せっかく築
き始めていた友情や愛情が無惨にも引き裂かれてしまうということが。
そんなことが起こり得るのかと、思わず呟いてしまった。すると彼は明るく笑って仕方がないさと言った。
悲しそうな笑みを一瞬だけ見せて、あとはもう明るくて年齢を感じさせられない、でも幼い笑みを浮かべた。
その一瞬だけ見せた悲しそうな笑みは、僕だけではなくセルティにも感じられたらしい。
じゃあ、と言って別れた。そして僕は二度同じ失敗を繰り返してしまったことに気がつき先輩を呼び止めた。
一つ上の学年にいることはわかったが、またあの後名前を聞いていないと騒ぎ今度会ったら聞こうとあきらめ一切会えなかったことが少しトラウマにもなってい
た。
「名前!」
「
……
でいーよ」
少し離れたところまで行ってはいたけど、幸い僕の声はまだ彼に届いた。引き返し戻ってきてくれたことに安堵する。
そして僕はまだ彼を帰そうと思えなかった。彼の居場所を知らないことには絶対に帰したくなかった。それはセルティも一緒だ。
アドレスの交換した後、
先輩がそろそろ帰るよと言い出す前にセルティはどこに住んでいるんだと聞いた。アドレスはいつしか変わってしまうかもしれ
ないし、住んでいるところを知っておけば何かあったときに駆けつけやすい。
そういえばここどこだと首をかしげる
先輩に一抹の不安を覚えたが、とりあえずこのマンションの名前を言うと、このマンションに住んでいるということが発覚し
た。
「てか……ッァアー!隣だ!」
隣と聞いて、僕ははっとした。そういえば大分前から『
』という人物の表札が隣に提げられていたのを思い出した。今の今まで彼の名前を知らなかったから仕方がないのだけど、隣に
住んでいて気がつかなかったのもどうかと思った。
「とりあえずじゃあ、おやすみなさい」
そしてそそくさと帰ろうとする先輩を僕は引き止めた。
「まあまあ、隣なんだしまだいいんじゃないですか?先輩」
今までどんな暮らしをしていたのかわからないけど、先輩と一緒にご飯を食べたいねという願いはまだ実行されていないのだ。
夕食にはまだ早く、僕たちは三人でDVD鑑賞会を行ったのであった。
2010-11-07