EndlessSeventeen


OrangeSplash 05(主人公+臨也視点)

夏はまだ先で、むしろ肌寒い季節なんだけど、今日はなぜか暑かった。朝起きて天気予報のお姉さんがテレビの中で『今日は少し蒸し暑い気候となりそうです』 と言っていたのを見て、俺は迷わずブレザーを投げて家を出た。
家を出たのが案外遅く、HRに遅刻する時間だった。だから途中で急ぐのをやめた。1限なんだっけ、数学だっけ、面倒くさいからサボればいいかな、と思った ので学校へ行く道すがらにあるコンビニに足を伸ばした。

普段ならクーラーなってつかない季節なのにコンビニはひんやりと冷房を効かせている。うっすらと滲んだ額の汗が引き、心地よい。
すぐさま雑誌コーナーでジャンプを立ち読みする。

ふと、ポケットに入っていた携帯電話が震えた。開けてみるとクラスメイトからのメールだった。欠席か?寝坊か?と言った内容。担任が誰か様子聞いておいて とか言ったんだろうなと普段の朝のHRの様子から察した。
暑いので、アイスを買って学校にむかう、ところ、とアイスを選びながら打ち込む。
送信後、すぐに、俺のも買ってきて!とメッセージが送られてきた。
しょうがないなあと思いアイスを2つ持ってレジへ向かった。


学校から近い位置のコンビニなので、走ることもなく俺は学校に向かった。
昇降口に入り靴を履き替えていると、向こう側の下駄箱がひしゃげている。静雄はまたご乱心したみたいだ。ヤンチャの跡にくすりと笑って、ひっさげたビニル 袋の中のアイスが1ミリくらい溶けた。

キーンコーンカーンコーン

「お、やべえ」
チャイムが鳴り響いて、反射的に顔を上げた。
今が休み時間なのか始業時間なのかよくわからないけど、チャイムに急かされて俺は階段を上がった。



「ほーんと、シズちゃんってば乱暴……」
イテテ……と顔を歪めながら階段を下りてきた、黒髪の美少年を見上げた。
折原臨也だなと察する。赤いシャツやら学ランやら、眉目秀麗の様子と、マンガみたいに腫れぼったくなった頬。これは静雄に殴られたんじゃないかな。
おまけにぼそぼそと呟く声に、納得した。

はあ、とため息を吐きながら階段を1段降りた臨也は俺のほうにちらりと視線をやる。

少しだけ見詰め合ってしまう。
それでも俺たちは足を止めることはしなかった。話しかけるのも面倒だし、なんか高校時代以降の臨也は危な いからかかわらないほうがいいのかも知れない。そういえば新羅も臨也には気をつけてくださいねとか言っていた。でも頬を腫らしてむくれている子供を見放す ことはできんでしょーに。

「えーっと。折原……これあげるよ」

まあ校内で有名だしいきなり名前呼んでも訝しく思われたりはしないよな、と腹をくくって呼び止める。え、と目と口を見開いた臨也の表情は少し読めない。 びっくりしていることはわかるんだけど。でもこんなことでびっくりするような子だったんだっけか。これあげる、と差し出したのは友達の分のアイス。ガリガリするアレ。

「ほっぺ、腫れてるから」

保健室行くまで冷やしなね、と言ってから手をひらりと振って俺は階段を上りきった。

先輩、ありがとー」

背中に声がかかり、俺は角を曲がる直前に振り向いた。

「ハハ……折原には簡単に名前バレちゃうんだなー」

とりあえず笑って誤魔化した。折原には、の前に『今の』とつけそうになってあわてて口を噤んだ。
転校生だし、臨也は情報収集が趣味だし、多分同じ学校の生徒だったら顔と名前くらい一致させていそうだ。小学生の時よりはるかに危なくなっているのだか ら。

「居住地も、バレてるんだろうなあ」

友達の分のアイスの言い訳は、メールが届いた頃にはコンビニを出ていました、で行こう。



***



調べても調べても、一切出てこなかった彼。それは彼の情報が少なかったから。俺の持つ彼の情報が。暗闇の中、公園の外灯を頼りに見た彼のうすぼんやりとした顔を、記憶の中の声。
ぼんやり公園に座っていた俺の隣のブランコですいすいと漕いで、ほぼ一方的に話しかけて、名前を残さず消え去ったあの少年。
高校生くらいの風貌をしていた。近場の高校の生徒も近隣に住む住人も名簿を探して写真だってみてみたけど、彼の情報が出てくることはなかった。

まだ小学生だったこともあり未熟だったのかもしれないけど。とりあえず持っている技術を全て駆使して1人の少年を探したというのに、一切出てこなかったの だ。


今に至ってもそうだ、年齢層をあげて、地域を広げて探してみたこともあったが、記憶の中の彼と一致する人物は出て来はしなかった。



彼を知りたいのに。彼はとても不思議だった。
俺が子供の頃から護身用に持っていたナイフを見抜いて言い当てて見せて、最近になって知り合った平和島静雄っていう化け物の仕出かすこと、自販機が飛んで くるという異形の技を予言して、当時から憎たらしい笑みばかり浮かべていた俺の頭を子供にするようにぐしゃりと撫でて笑ったのだから。
名前は?と聞いた時に調べ上げられそうだから嫌だなんて、子供に言うだろうか。普通は言わない。
たとえ話でも自販機が飛んできた時に避けられるようにね、なんていわない。俺がこの歳になっても彼を見つけられないというのも、ありえない。
探そうと思えば一般人なら普通に三日以内で見つけ出せるほどの情報能力を得た今の俺に探せないのだ。死んでいるか、一般人ではないかに別けられた。

そんな俺は今日、シズちゃんから攻撃を一発くらってしまった。
不覚だよ、物を投げてきたと思ったら今度は拳で来るなんて。避けきれず頬にもろあたりして、じんじんと熱を発する。
痛みで涙も出てきそうだけれど、奥歯を噛み締めて我慢をして保健室の氷をもらいにいこうと階段を下りた。
シズちゃんってほーんと化け物なんだから・・と強がった独り言を口にしていると、視界に人影がうつった。今は授業時間だというのに、階段をあがってきたと ころを見ると遅刻者か。ちらりと見ると、なんだか見覚えのある顔。二年生に来た転校生じゃないかと思いはせた。確か名前は

名簿に載っていた無表情で死んだ目ではなく、ぼんやりと俺を見上げた丸い瞳は、名簿で見たからではない既視感だと思った。ただ何と似ているのか、わからなかった。

「えーと、折原……?」
すれ違いざまに苦笑いを浮かべて俺に話しかけた。
苗字で呼ばれ、今まで出掛かっていた記憶がしゅるんと咽の奥に飲み込まれた。ああ、あと少しだったのに。なぜ呼ばれたから忘れてしまったのだろう。

『ばいばい、臨也くん』


「ほっぺ、腫れてるから」

にこ、と笑った笑顔はどこかの誰かと重なった。俺の名前を知っているということは少し問題児扱いされていることも知っているはずなのに関わってきた、 先輩。

コンビニの袋から氷のアイスを差し出して、俺に押し付けてすれ違っていった。

似ているだけに決まっているのに。でもとても気になった。
あの時の興味深い少年と、この目の前の先輩が。同年齢であるはずのない記憶の中のあの人の姿がここにあるはずがないのだけど、俺はとりあえず今知っている 彼の名前を呟いた。

「ありがとー 先輩」

くるりと振り向いた先輩に、ひら、と手を振ってにこりと笑うと、少し苦笑いを浮かべた。

「ハハ……折原には簡単に名前バレちゃうんだなー」

意味深な台詞を残し、角を曲がってすっかり消えた 先輩の足音は、二秒後に聞こえなくなった。
誕生日から居住地まで、家に帰ったらしっかりおさらいをしようっと。

2010-11-08