1学期の中間テストを終えてすぐ、修学旅行が待ち受けていた。俺が転入してきた頃には既に班もできあがり部屋割りもできていた。
どこかに俺をねじ込んで行くことなど造作もないんだけど、1年生の問題児を手名づけている(つもりはなかったけど仲良しなのは認める)からどの班に入って
も孤立する自身があった。
クラスに友達いないし、じゃあ自主学習で学校来て後輩と遊べばいいかな、なんて思って先生に修学旅行を欠席するむねを伝えた。
安堵と恐怖の入り混じったため息がして、苦笑い。
あいつらとつるんでても俺個人にはたいした力もないのに。
それにあいつらも可愛い子供たちなのに。よさが分からない人間もいるもんだ。
まあ、性格が捻じ曲がっているのも認めるけどね。
それで、学校に来たら何処に居ればいいの、と聞くと先生はプリントを用意するので図書室で自主学習をしてくれとのことだった。
一日数枚程度のプリントで、終わり次第帰宅可。登校した時には職員室の先生に報告をすること。
楽な授業だなーと思いながら先生から離れた。
そして迎えたのは修学旅行当日。普通の登校時間に学校に来て職員室に顔を出してプリントもらって図書室に行く。
休憩したり本や漫画読んだり、携帯いじくったりと脱線しながらゆっくりプリントを片付けていく。しかし数枚程度のプリントは午前中に終わってしまった。
終わったプリントを提出に行くために図書室を出て廊下を歩いていた俺は窓の外をひょいと見下ろすと見慣れた男子生徒の姿をみつけた。
中庭に群れる数人の不良、に囲まれた門田京平の姿を確認。
二階の窓からじゃ何を言ってるのか聞こえないので少し窓を開けてみる。ああ、でも断片的にしか聞こえない。
「テメェ一年の門田京平だな」
「ウス」
先輩なのであろう不良たちに、一応敬語で答える京平。やっぱいい子だ。
「最近目立ちすぎてね?」
「生意気だなア」
「聞いてンのかぁ?オイコラ」
ありがちな先輩のイチャモンだった。目立つ後輩締め上げるっていうよくある喧嘩みたいないじめみたいな。京平の学ランの襟をぐい、と引っ張る不良たち。三
対一の喧嘩じゃあ京平が強くたって何発かはくらうだろうなあと考えておもむろに二階の窓を開けて桟に足をかけた。
体を乗り出して飛び降りた。
「やっぱ何発かイッとかねえとな……ブフゥッ」
どさ、
やば、人の上に着地しちゃった。両肩に足を乗せ、勢いを殺して手をつきながら着地をするがさすがに勢いで人が倒れこんだ。思い切り乗り上げてしまったので
俺は全然痛くもかゆくもなく、立ち上がった。
幸いというか、なんというか、不良のほうをつぶしたのでよしとしよう。
痛みに悶絶してるだけだろうし。
「手刀ってこうかな」
とすん、と首にチョップを入れてみると、不良が、がっと声を上げてピクリとも動かなくなった。
「テメェ……」
びっくりして何も言わなかったがたちまち怒りを露わにし始めた不良。しかし我に返ったのが早かったのは京平のほうだったようで、余所見をしているうちに不
良はぶん殴られてあっけなく伸された。
のこるはあと一人。俺はびっくり玉みたいなもんのつもりなのであとは京平に任せようかと思っていた。
「
先輩・・なんでこんなとこにいるんスか……」
呆れ半分驚き半分の顔で俺に顔を向けた京平。ばかたれ、敵を全て伸すまで余所見はしちゃいけない。
残った一人が拳を京平の顔面に入れようとしたところで俺は慌てて手を出す。
掌に、ゴツゴツとして喧嘩慣れした拳が打ち込まれた。じぃん、と掌から衝撃が全身に走る。ビリビリする。
俺が拳を防いで腕を掴んでるのをいいことに、京平がその不良の腹に蹴りを入れてうずくまらせた。失神するほどではなかったけど痛みに悶えて動けない不良た
ち。
また襲ってこられたら面倒だし教師陣に見つかるのも厄介だ。
「とりあえずずらかろ」
京平の腕を半ば無理矢理掴んで引っ張っていく。プリント片手に持っていたので、拳を止めた手で京平の腕を引っ張って走ったのでちょっと痛かった。
「うへえ、手が痛い」
ジャーと蛇口をひねって水をだして、手を冷やしながら肩を落とした。イイ拳してやがったぜアイツ!なんておどけた口調で京平に言ってみるけど、京平ははあ
とため息を吐いた。
「庇うことなかったっスよ……先輩」
「でも当たったら痛いぞ」
きゅ、と蛇口をひねって水を止めてぴっぴっと手についた水滴を飛ばした。
「先輩もそりゃ一緒でしょーが」
冷やしたりてねえっすよ、保健室行きますよ。と京平は俺の腕を掴んで歩き出した。
「そりゃあ痛いよーでも門田が顔にパンチくらうより、俺が掌に受け止めたほうが痛くないよ」
俺の腕を掴んでいた京平の手は濡れたままの俺の掌にまですべり、優しく握った。
「門田が殴られたら見てるこっちも痛い!って思うからね、俺の見てるとこでは俺も助太刀してあげる」
殴られたいなら俺の居ない所で頼むぜ、なんて冗談を言った。
あと俺の濡れた手を握るのはよしたほうがいいと思うけど。お前の手も濡れちゃうよ。
「
先輩が痛ぇのは、俺も痛ぇんスよ」
昔からしっかりした子だと思ってたけど、やっぱり不良になっててもしっかりしてるし良い子だ。
俺の赤らんだ掌を大事に両手で包んで、指の腹で濡れた掌をつつつとなぞった。生命線長いだろ、すげえだろ。
掌で拳受け止めたくらいで痛くて赤く腫れてるのは俺の掌が鍛えたり無い一般人の手だからなだけだから気にすること無いのに。
ちゃんと慕ってくれてるんだなあ、と感動した。
「ん、ありがとさん」
***
三年の先輩に呼びだされた。十中八九内容は分かってる。
生意気だ、鼻につく、調子乗るな、目障り、などなどだ。中学の時も先輩とかに喧嘩ふっかけられたり、外でも絡まれたりしてたし、高校に行っても変わらない
のも分かっていた。そのつど面倒臭えと思いながら極力暴力を振るわないように撃退してきた。
しかしあちらが俺をボコる気なのでやっぱり俺の反撃をしなければいけない。殴られるのが怖いとは言わねえけど、怪我してやる気もねえ。今日は三対一の戦い
か、と目の前に居る面子を確認して人知れずため息をこぼした。
「テメェ一年の門田京平だな」
「ウス」
「最近目立ちすぎてね?」
「生意気だなア」
「聞いてンのかぁ?オイコラ」
「おいおい、ビビって何もいわねえぜ」
「今日は
先輩が助けてくれませんからねー」
俺が黙って聞いてると気を良くした不良はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。なんでそこで
先輩が出てきたのかと一瞬驚く。
「何せ今日から修学旅行だかんなあ」
アッハハハハ、と楽しそうに笑う三年に疑問しか覚えられなかった。
先輩が喧嘩してるところなんて見たことない。いつも笑ってる普通の優しい人だった。それが何故3年のガラが悪いやつらに知
られてる。しかも助けてくれませんから、だ。
「いつも平和島と折原引き連れてオメーと一緒にいっからよお」
げいん、と俺の脇の壁を蹴っ飛ばしながら、苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
その台詞で少し合点がいった。
普段喧嘩ばっかりしてる静雄と臨也の間に居ても怪我ひとつしねえし、先輩と居る時はあんまり喧嘩に発展できないようになってる、そしてあの2人なら先輩が
言った事には大体従ってしまう。
だから手懐けたといわれて、俺たちのトップだと思われてるのだろう。
「普段手ぇ出しにくいからよぉ、こういうときに……やっぱ何発かイッとかねえとな……ブフゥッ」
一瞬太陽に影が差したように思えたが、瞬間殴る構えをとった不良が押しつぶされていた。
丁度真上から降ってきたのは見覚えのあるシルエットで、上手に着地はしてしっかりと1人伸していた。
「手刀ってこうかな」
呟いて、とすんと首に手刀を入れた先輩。決まったところに入れなくてはいけないから難しい技なのに一瞬のうちに気絶させた。
「テメェ……」
俺と対峙していた残り2人が驚いて、俺と
先輩どちを標的にするか迷っていた1人をぶん殴った。
顔面を強く殴って壁のほうに押し付けて、頭をまわらなくさせる。
「
先輩……なんでこんなとこにいるんスか……」
修学旅行のはずなのに、と話をつづけようとしたが残っていた不良1人が俺に殴りかかってきた。避けようとも思ったがその前に俺の前に掌が入った。ぱしんと
拳を受け止めたのは
先輩だった。
一瞬驚いたが俺はすぐに殴りかかってきた不良の腹に蹴りを入れた。
「とりあえずずらかろ」
ぱっと拳から手を離した先輩は俺が聞いた質問に答えることなく、俺を引っ張ってその場から離れた。
移動して行き着いた場所は蛇口のある校舎の脇。水で手を濡らしながら苦笑いをする
先輩。
「うへえ、手が痛い」
「庇うことなかったっスよ……先輩」
「でも当たったら痛いぞ」
きゅっと蛇口からの水をとめて、ぴっぴっと水を払いながら先輩は言う。
「先輩もそりゃ一緒でしょーが」
「そりゃあ痛いよーでも門田が顔にパンチくらうより、俺が掌に受け止めたほうが痛くないよ」
先輩は一瞬手を水で冷やしただけで、全然冷やせてない。ただ手を洗い流しただけのようなもんだ。
氷水もらって冷やすのが1番いいと思って先輩を保健室に連れて行くために腕を掴んだ。
相変わらず細い腕だった。こんな腕で俺を庇って掌腫らしてるのか、と思うとどうしようもない気持ちがこみ上げてきた。
「門田が殴られたら見てるこっちも痛い!って思うからね、俺の見てるとこでは俺も助太刀してあげる」
先輩の腕を掴んでいた手を緩めて掌に持ってきた。水で濡れてひんやりとした掌は、やっぱり喧嘩慣れしてる手じゃない。
男らしく骨ばってはいるけど、指先も普通に柔らかだ。白い掌は赤く腫れていて、俺はそこを優しく撫でた。
殴られたいなら俺の居ない所で頼むぜ、と冗談を言って笑った先輩に、きゅっと胸が締め付けられた。どうしようもなく優しい、この人どうにかなんねえだろう
か。危機感がなさ過ぎる。
「
先輩が痛ぇのは、俺も痛ぇんスよ」
先輩が俺のことを可愛がってくれてんのは分かってる。俺はそんな先輩を気に入ってる。
大事に思ってるから、先輩もそのことを覚えといて欲しい。あんたが怪我したら俺は痛ぇ。静雄も臨也も新羅だって痛くなる。
「ん、ありがとさん」
わかってくれのか、よくわかんねえけど、先輩がはにかんでるので良しとした。
オマケ
「先輩今日から修学旅行っスよね」
「あー……あー、うん、行かなかった」
「?なんで、ですか」
「ちょっと、な……(友達いないから行きませんでした、なんて言えない)」
「(まさか先輩、こうなることを想定して、俺たちのために……?)」
2011-04-02