俺の住むマンションから十分ほど歩くと、コンビにはある。財布とカードをジーパンのポケットに入れて家を出た。
マンションの周りはマンションが建っている。マンションばかりが密集していて、人通りは普通。コンビにもスーパーもあるし、駅にも近い。きらびやかな街の明かりが目に程よく突き刺さり、冬の初めの夜風は耳を冷やす。
マフラーをぐるぐると巻きなおして、冷えた手はジャンパーのポケットに入れるがポケットの中は冷たい。温まるように握りこぶしをつくって、寒さに我慢しながら歩いた。
「あ……」
一番近いコンビニの近くまで来て俺は歩く足を止めた。まぶしいほどのコンビニの明かりがついていないのだ。
店の間近まで行くと『改装中』という張り紙が貼ってあった。
ため息とともに嘆く。今日は寒いから帰ろうかと思ったけど、明日もどうせ寒いし生活費ギリギリまで下ろさなかったから明日の朝食を買っていないのだ。コン ビニでついでに明日の朝食を買おうと思っていたからとりあえず駅のほうのコンビニへ向かう。それなりの金額下ろすから、駅の近くのコンビニは避けたかっ た。かつあげされるかもしれないし。
駅の近くまでくると、車のライトやネオン、ギャングたちの卑下た笑い声、パトカーのサイレンが耳と目を劈く。
コンビニの前にはタバコをすっている高校生くらいの若者の集団が屯していて、俺は目を合わさずコンビニの中へ入った。頗る、嫌な予感がする。
生活費をおろして、コンビニで弁当を見繕って店を出ると、先ほどまでいた集団はニヤニヤ笑いながら楽しげに話している。
タバコくっせえ・・とマフラーの中に隠した口のなかでもごもごと呟くけどたぶん聞こえてない。
俺はさっさと家に帰るため早歩きで歩き出した。
「おにいさーん」
男に呼び止められる。肩に手を置かれ、引かれる。
あまり顔はみてなかったけどたぶんコンビニの前にいた集団だ。
口や鼻、眉の近くにピアスをつけて、明るい髪色、クチャクチャとガムを噛み、コロンとタバコのきつい香りを漂わせる。う、くせえ。
眉をしかめるけど鼻をつまんだり口にだしたりすることはやめておいた。たぶんボッコボコにされちゃう。
「オレたちにお小遣いちょうだいよ」「さっきいっぱいおろしてたよねー」「お金持ち〜」とかいいながら4人くらいが俺を囲む。
1人は俺の肩に手を置いて、1人は腕をつかみ、あと2人は横でニヤニヤと笑みを浮かべる。
俺は暴力は人並みのヤンチャな坊主程度にしか できない。決してどっかの師範の弟子で師範よりも強くなっちゃったとか、当たりいったいをシめる伝説の番長だったとか、ヤンキーの兄貴とつるんでいたと か、そういうのはまったくない。平凡にヤンチャもしつつ十七歳まで生きて、それ以降はいろいろあって少なからず運動神経はあがったり下がったり知識は増え たりとしたけど、場数はそうでもない、はず。とりあえずあまり暴力振るうのは好きじゃない。
でも、逃げ足だけは速い自信がある。
暴力は嫌いだ、と未来の静雄みたいなことを口の中で呟いてから、俺は後ろから肩に手を置いている男に後頭部で頭突きをして、目の前にいる男の顔面をグーでぶん殴る。
「グッ」「あがっ」
「あーいってえ!」
案外石頭の不良のせいで後頭部はじんわりと痛む。なでながらも不良たちがひるんでいる隙にダッシュする。
「てんめぇ!」「追えぇ!!!」
腰パンとガッタガタの革靴の走りずらそうな格好の不良と、修羅場は走って逃げてきた俺とじゃ速度がちがう。伊達にこの辺散歩してないし、(迷子になったこともあったけど)道には詳しい方だ。
案外しぶとく追いかけてくる不良。
撒かないと家には帰れない。家を知られたら厄介だし。
そろそろ息が上がってきた。あっちはしゃべるのもつらいくらい疲れているみたいだけど。 「ハァ、ハァ、て、めえ・・ハァ」
「かね、ぇよこ、しぇ」
へろへろしているがなお俺を追いかけてきたのはプライドだろうか。でも汗だくでワックスで整えた髪形は崩れたその様子でプライドもくそもないなあと笑いそうになる。
「じゃー……ごひゃくえん、あげるから」
「なめてんのかテメー!」
だはーと息を吐きながら叫ぶ不良。
小学生じゃねえんだぞって周りの不良たちも言う。
「仕返しに殴んなきゃ気がすまねえってーの……!」
ゼェハァいいつつ拳を鳴らしながらざりざりと近寄ってくる。
そんなとき、馬の轟きが聞こえた。え、馬?なんで??
周りの不良たちはびくりと動かなくなる。ブォン!と音を立てて、どこからともなく飛んできた黒い影。猫みたいな耳がついたヘルメットと真っ黒なライダースーツ。
馬みたいな鳴き声を発するのは黒バイク。
噂の、首なしライダーだった。
すばやく取り出したPDAには『乗れ』とだけ書かれている。
とりあえずおずおずと後ろにのると、黒い影が顔を覆う。
周りの不良たちは一瞬ひるんでしまったが怒鳴りながら向かってくる。すると、首なしライダーはいっそうバイクの音を大きく鳴らし、不良たちに威嚇をしながらバイクを走らせた。
そのあとパトカーに追われてしまい、パトカーを蹴散らしてから、あるマンションの中に入ってきてしまった。
これはたぶん首なしライダーがすんでいるマンションだろう。
「すまない、助けるつもりが巻き込んでしまった」
「いやいや、助かったよ」
しょんぼり落ち込むライダーはバイクから降りて俺に謝る。
コンビニで買ってきた弁当はバイクに揺られよってしまったが、気にしない。
「ところで、お姉さんの名前は?」
知ってはいるけど一応聞こうと思ってたずねる。
「……よく私が女だってわかったな」
「セルティー!」
答えようとしたとき、子供の声が響く。たぶん新羅だろうその男の子はセルティにすごい勢いで語りかける。セルティは最初はおろおろしていたが、そろそろ面倒になってきたのか新羅を黙らせるために黒い影を放った。
黒い影も見てしまったし、新羅も出てきてしまったし、女だってわかったこともあり、俺は岸谷家に招かれた。
幸い岸谷父はすでに小学生の子供をほっぽって仕事に奔走しているらしく、家にはいない。
どうぞ、と新羅に出されたコーンスープに息を吹きかけ冷ましてから暖かいスープをすする。
「黒い影や、首なしライダーのこと、何も聞かないんだね、お兄さん」
「あれでしょ、だって、デュラハンなんでしょ?」
コーンスープをスプーンですくいながら新羅が聞いてきたので答えると、セルティはPDAを落として新羅はスープを器官に詰まらせて咳込んだ。
「だいじょうぶか?」
新羅の背中をさすると涙目で新羅は大丈夫ですよ、と口を開いた。
「女だってわかったのはー……バイク乗ったときに体に手を回したから」
すると新羅がギロリとにらんだのであわてて訂正をした。
「胸にはさわってないぞ!ウエストと腰の位置で判断した!……それに」
セルティは照れてあわてている。
「雰囲気が女性らしいじゃないか、彼女」
するとふたりは一瞬だまったけど、ふっと空気が和らいだ。「ありがとう」とPDAに書いてセルティは俺に見せてくれた。
「こちらこそ、危ないところを助けていただきありがとう!偶然セルティが居合わせなければ今月の生活費全部とられ ちゃうところだった」
「偶然?」
「うん」
新羅が眉をしかめてからセルティに目配せをした。
俺がきょとんとしていると、新羅がセルティの代わりに語りだした。
「さっきね、人間じゃない何か違うものの気配がするっていって、セルティが外に出て行ったんだ」
「え!」
びっくりする。確かに17歳何回もやってるからちょっとおかしくなってんじゃないかなって思ってはいたけど。人間じゃない変な何かになっちゃったんだろう
か。
「気配を追っていたらお前に会った。でもお前をバイクに乗せたらもうその気配は消えてしまったようだ」
とセルティはPDAに打ち込んだ。
「私の思い違いかもしれない。気にしないでくれ」
コーンスープを吸ってやわらかくなったクルトンをふにゃりと噛み潰し、ぬるくなったスープを飲み干して、俺たちはわかれた。
2010-07-13