sakura-zensen
天降る春
03話
土井先生が仕事で坂東の方へ行くと聞いてから、半月が経った。
その間、山田先生までも用事があると言って俺たちの授業のほとんどは何故かクソタレガキ城のゼットコンロさんとモロ滑りずんださん───じゃなくて、タソガレドキ城の雑渡昆奈門センセイと諸泉尊奈門センセイが代理でやっていたけど、雑渡昆奈門先生は時々殺気を振りまくし、諸泉尊奈門先生は融通が利かないしで気疲れする日々だ。
まあ、日が経つにつれて一番気疲れしていったのは諸泉尊奈門先生だったけど。
長屋のドブ掃除しなきゃなんないのに、土井先生帰ってくるの間に合うのかなあ。
そんな思いを他所にアルバイトに明け暮れていた俺だったけど、町で六年生が土井先生を探していると言う情報を手に入れて金儲けの気配を察知した。
坂東に出張に行ってることを知らないなら、その情報を売って銭を稼ごう───と。
「なんだともういっぺん言ってみろぉ!!!」
「俺はただ!もう半月も聞き込みをしていて何も情報がないのは変だと言ってるんだ!」
「だから探し方を変えるだと!?そんなの、そんなのっ」
「落ち着けお前ら」
食満先輩、潮江先輩、それから立花先輩の声?
そう思いながら耳を澄ませて会話の内容を聞く。
「土井先生は生きてる!」
誰の声かと思ったら、中在家先輩だ。あんなに大きい声を出したのは初めて聞いた。
と、同時に言葉を理解して、がつんと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
半月も帰ってこない土井先生。用事があると言って授業を休む山田先生。なぜだか俺たちの担当授業をするタソガレドキ忍者……おかしいことはよく起きるけど、その理由がおそろしいことであるのは初めてだった。
六年生が声を荒らげて取り乱すこと、土井先生ともう会えないのかもしれないこと、俺は一人ぼっちになってしまうのか。
そんなことを考えながら、どうやって忍術学園に戻って来たのか覚えてない。門限を過ぎてて小松田さんに色々言われてた気がしたけど、頭の中には中在家先輩の声で一杯だった。
それから数日、誰にも言えないまま過ごした。長屋のドブ掃除も、俺一人で行った。
同じ長屋に住むおばちゃんや、大家さんが一人で掃除に来た俺を見て先生の所在を聞いて来たけど、俺はなんとかうまい事誤魔化して答える。
俺は忍たまだから、同級生にも大人にも言わず胸に秘めておくくらいの矜持はあった。
でもドブ掃除の帰り道、六年生が連れ立って走っているのを見て、思わず足がそちらへと向かってしまう。一年の俺が先輩たちの足について行けるはずもないのに。
「はぁ~……ここ、もうドクタケじゃん」
へばって竹林の中で下を向いていると、目の前に人の足が見えた。
白い足の甲から、赤い着物の裾。それから徐々に上へと視線が上がって行くと、長い黒髪を垂らした年上の女の子が目の前に立っているのに気づいた。
「その通り、ここはドクタケだよ。こんなところで何をしてるの?」
驚くのは、その人がドクタケ忍者の特徴であるサングラスを付けていたことだ。
お姉さんは俺を見下ろして小首をかしげる。
「あ、えっと、ぼく」
疲労と驚きからうまく言葉が出てこない。
くの一であるなら、忍術学園のことを敵とみなしてくるかもしれない。
「汗をかいてる、お水を飲みなさい」
でも相手は俺が忍たまだということに気づいていないみたいだ。
俺もドクタケ忍者全員に会ったことがあるわけじゃないし、それもそうかと安堵する。
差し出された竹筒から素直に水をもらうと、喉が瑞々しく潤った。おまけに手拭いで額の汗まで拭かれたので、世話を焼いてもらったことにちょっと恥ずかしくなる。
「……ありがとう」
「うん。町はこの先じゃないよ、ぼうや」
「そうなんですか?」
精一杯の知らないふりをした。
この先に在るのは何かを明確に言われないけど、多分ドクタケ忍者の何かがあるのだろう。
先輩たちの姿は見つけられないし、一人でこれ以上進むのは危険だってわかってるけど、もしこの先に土井先生がいるのなら───俺は行かずにはいられなかった。
「───んむっ」
どうやってこの場を切り抜けようと思っていたところに、突然口を塞がれる。
ひんやりしてて、ぺとっとくっついて来たそれは、薄皮の饅頭だった。
反射的に食むと、ぎっしり詰まった餡が俺の舌を甘味で震わせる。
「おいし?」
「んん」
思わずこくこくと頷くと、お姉さんは口を弧にして笑った。
「さあお腹が膨れたならおうちへ帰ろう」
「え、でも、わ」
気づけば軽々とその腕に持ち上げられてしまい、自由はいともたやすく奪われた。
相手がドク忍とはいえ、何もされてないのに暴れるのは気が引ける。
「ここは今すこし、危ないからね」
そう言われた途端に、爆発音があたりに響き渡った。そしてお姉さんが目をやった先から白い煙が押し寄せてくる。
「領地外の子でしょ、あまり煙は吸わないようにしな」
後頭部を押されて、肩に顔を埋める。多分着物越しに息を吸えっていいたいんだろう。
かなり親切にされてることはわかっていたけど、俺は白い煙の中に人の姿を探さずにはいられなかった。
「天鬼殿ぉ~」
「軍師殿ぉ~おまちください~!」
そして声が聞こえる方向に見つけた人の姿に、身を乗り出す。遠目に見ても横顔で分かる。え、と驚いたお姉さんを他所に、俺は藻掻いた。
「───っどい、……!?」
大きな声を出そうとした途端に、お姉さんは俺の口を塞いでその場から飛びのいた。
慌てて周囲に注意を向ければ、俺達が今さっきいた所に、食満先輩が武器を構えて立っていた。
「そいつを放してもらおうか、ドク忍のお嬢さん」
「……知り合い?ぼうや」
「おいっ」
お姉さんは先輩を無視して俺に問う。
口を押える手を離されたので、先輩とお姉さんの顔を交互に見てから頷いた。
「そ、じゃあ任せてもいいんだね」
お姉さんはあっさり、俺を解放して食満先輩の方へおいやった。
「やけにあっさり返すじゃないか」
すると草叢からもう一人、潮江先輩が姿を見せる。
「別に抵抗する理由はないもの。ここで騒ぎを起こしても双方特にならないのと違う?」
「……」
俺は食満先輩に手を掴まれて引き寄せられ、潮江先輩の後ろに下げられる。
どうやら他にも六年生たちが影に隠れていたみたいで、続々と出てきた。
「天鬼と戦っていたのは君たちか」
「!」
「怪我をしているね、血の匂いがする。天鬼には六人がかりで歯が立たなかった?」
先輩たちは苦虫をかみつぶしたような顔をして、お姉さんを睨んだ。
これまで会ったドク忍をいい奴らだと思ったことはないけど、ドクたまが悪い奴じゃないようにこのお姉さんもそうなのかもと思っていたから、どうしたらいいのかわからない。
「ああ騒がないでね、天鬼に気づかれるとこっちもまずいんだ。教えて欲しいことがあるの」
「なんだ?」
立花先輩が目を細めてお姉さんを見た。
「天鬼を狙った理由は?軍師だから?それとも」
「白々しいことを!お前たちが土井先生を攫ったのだろう!」
「望月の晩、サングラスをした男と頭の大きい男が、人を担いで走っているのを見たと聞いたぞ」
七松先輩、そして善法寺先輩が続く。
「返せ、土井先生を」と中在家先輩までもが言葉を発した。
六年生の雰囲気は緊迫してた。でも俺は足腰から力が抜けていく。
だって、土井先生いきてた。それしかもう頭になかった。
安心したあまり何も考えられなくなって、誰かが優しく「よく頑張った」と言って俺を撫でてくれたような気がしたけど、多分気のせいだろう。
気づけば俺は中在家先輩に背負われて忍術学園に帰って来た。
小松田さんが「おかえりなさ~い。きり丸くんは疲れちゃったのかな?」と言ってるのを聞きながら、門をくぐる。
「あ、あなたも入門表にサインくださ~い」
「はいは~い」
背後ではまた小松田さんの声とそれに返すお姉さんの声がする。
「~、っと」
ん?お姉さんの声??
顔を上げて振り返ると、お姉さんは名前を声に出しながら暢気に筆を動かしていた。そして、途中で俺が起きたことに気が付いて笑いかけてきた。
「お目覚めかな、"きり丸"くん」
「な、なんで?」
「ワタシ、攫われちゃった……♡」
のんびりとそう口にするお姉さんこと、さんだったけど、すかさず潮江先輩が叱り飛ばした。
「~~~あ、あんたが攫ってって言ったんだろーが!!」
六年生のことはおちょくってる。
Jan.2025