sakura-zensen
天降る春
04話
天鬼と俺は『忍術学園は敵』と教え込まれた。だけどそれ以前のことを俺は知っている。
川から引き上げた俺……というか、天鬼を見るや否や忍者の誰かが『忍術学園"の"』と言ったことを。全く見ず知らずの俺を引き入れてまで、天鬼をドクタケ忍者とし、忍術学園を敵と教えたということはつまり、真実は真逆である可能性があると思っていた。
だから少しずつ周囲に警戒を解かれるよう過ごし、俺は先日ようやく城下町に「オットに甘いものを差し入れしたい♡」といって一人の護衛をつけて外出許可をもぎとった。なお、天鬼には内緒である。
そうやって町に出たあと、護衛はしれっと撒いて、少しだけ聞き込みをした。
忍術学園なんてものは普通の町人が知ってるわけがないので聞けなかったが、ここの領主がどういう傾向にあるのか、町人がどんな風に暮らしているのかは少しだけ分かる。
まあ最初の外出だしこの程度で諦めるとするか、と適当に甘いものを購入して詰所に戻る最中───俺は、一人の少年に出会った。
もちろん、最初見ただけではわからなかった。でも、その後現れた年上の子たちが天鬼を土井先生と呼び、返せと言うあたりで情報を手に入れる好機だと踏んだ。同時に、なんか聞き覚えがあるような……と。
「!きり丸?」
「せんせぇ……いきてたぁ……」
彼らからもっと話を聞かなければと思ったところで、少年がへなへなと座り込む。
その時聞き取った名前に、記憶の蓋が開かれて理解と結びついた。
あ、ここ、忍たま乱太郎の世界だ、って。
言い訳をすると、俺があの作品について知ってるのは、メインの三人と、先生がぼんやり。それからナルシストみたいな先輩くらいだ。この人だけ妙に記憶にある。
忍術学園なんてモン本来の日本にあるわけないだろうというのは、忍者学校がある世界で二十五年暮らしてた俺には推測できなかったのだ。
確かに横文字が飛び交うし、自分のぼんやり覚えている歴史とは違うと思ったけど、これもまた木の葉で二十五年生きてたら記憶は薄まる。……と、言い訳しておく。
まあ結局大事なのは俺の今置かれている状況と、天鬼の正体だ。
天鬼は主人公たちの担任の先生のうちの一人、土井先生だということ。記憶が無いのは一時的なものと洗脳の所為で心因的に抑圧されているせいだろう。それでも過去の何らかの記憶や感情を夢に見て魘されるくらいには、何かを思い出す心の機微はあるはずだ。
「───忍術学園の子たちだな」
俺はへたりこんだきり丸の顔に触れる。
周囲の子たちに一斉に緊張が走ったが、なんのその。
「天鬼が土井先生だっていうなら、半月か。生死不明で不安だったろうに、よく頑張った」
きり丸がぼんやり熱っぽい顔しているのは、きっと知恵熱のようなものだ。
生きてたと安堵したということは、死んだかもしれないと思いながら過ごしていたってことだろう。子供にとって先生っていうのは大きく信頼を預ける相手だ。死んだかもしれない、行方不明になったと聞けば居てもたってもいられないはず。
「……っ」
おそらく学園の上級生であろう子たちも、俺の言葉に目を瞠る。敵対する人間から労るようなことを言われるとは思わなかっただろう。
抱き上げたきり丸の頭を肩に乗せて、少年たちを振り返る。
「攫ってくれない?私のこと」
そういうと、六人はポカン……とした顔で絶句した。
忍術学園には、天鬼もとい土井先生やドクタケ忍者のことを話すと言って連れてきてもらった。そして実際に先生たちと顔を合わせると、まずは六年生の報告から話は始まった。
『土井先生』はドクタケの軍師をしており『天鬼』と呼ばれていること。自分たちのことや忍術学園、乱太郎やきり丸しんべヱの名前を出しても無反応だったことなどだ。
おまけに、天鬼が持っていたドクタケ忍者隊の書を見ると、その中にはマンガ形式でやたらと美形に書かれた八方斎が平和のために悪の忍術学園と戦う物語が書かれていることも明らかになった。
それは天鬼の洗脳教材である。
「───で、お嬢さんはどうしてついてきちゃったわけ?怒られたりしない?」
きり丸が部屋に帰されたあと、俺は山田先生にちらりと一瞥をもらった。
「怒られる以前にもう戻れないかもしれませんね。ハハハ」
「……」
六年生は胡乱な目つきで俺を見る。
「でも、天鬼の正体に腑に落ちたので、協力したかったんです」
「それを俺たちに信じろと?」
「では信じていないのにここに連れてきたと?」
「情報を吐かせるためだ」
「情報を言うし、勝手に協力するけど」
「~~~お前が進んで話す情報が本当であるかどうかなど、」
「熱くなるな、お前たち」
一部がヒートアップしそうになったのを、学園長先生が止める。
「まあとにかく、土井先生をこちらに返す手助けをしたいと言うのなら、話を聞いてみるのが良いじゃろう。───殿、と言ったか?」
「はい、と申します。ありがとうございます」
大人は話が早くて助かる。内心どう思っていようとな。
俺は土井先生が記憶を失った晩、一緒になって川に落ちたことから話した。そもそもそれが俺達の出会いと記憶の始まりである。
六年生たちは「なんだと」と目を瞠っているが、夜に人が担がれていたという目撃情報も、曖昧な言い回しだった、と納得の色を見せた。
「私も、彼も、目を覚ました時には全て記憶を失っていました」
「ほう……」
「八方斎様、いえ、八方斎は私たちに対して天鬼とという名に加え、立場を教えました。ドクタケ忍者隊の一員とその妻であると」
「───ん?妻?」
「はい、私は天鬼の妻として詰所に滞在してました」
途端に、六年生や先生たちは仰け反って目を剥いた。
慕っていた先生が記憶喪失になったと思ったら結婚させられててカワイソウだよね。
まあ、天鬼は途中で俺が男であること、妻ではないことくらいは気づいただろうけどな。……多分あっちも唯一記憶を失う前に傍にいた者である俺を、まだ守るべきものと認識して、そのままにしているんだろう。
「夫婦と言っても、夜の営みなどはしてません」
「「そんなことは言わんでよろしい!!」」
しかし、大事なことを言うと先生たちに叱られた。六年生は顔を背けてしまったので、もしかしたら俺が思っているよりウブなのかもしれん。いや、先生のそういう事情など知りたくないといったところか。ゴメン。
「必要があると思って言いました……"俺"は男です」
服を脱いでも構いません、と言えばそれはさすがに止められる。
なので俺は言葉を続けた。
「記憶がなかろうと、自分の性別が男であるのはすぐにわかりましたからね。八方斎の言葉は最初から信じていませんでした。ただ、川に落ちる前のことを知るには天鬼と離れるわけにはいかなかった。彼が記憶を取り戻して家に帰る時、私も家に帰れるのです」
半分嘘だが真実を織り交ぜて離すと、雰囲気が少し和らいだ。
俺のこと、多少は信じて良いと思ってくれるだろうか。
だが誰かが口を開く前───カタン、と天井裏の気配が動いて板が外れた。
「なるほど───土井殿はドクタケ忍者隊に居たのですか」
暗闇から降りてきたのは逆さまの顔。頭巾に口布だけではなく顔に包帯を巻いて片目しか見えない男だ。気配の消し方や佇まいからして、かなり熟練の忍者だろう。
「失礼、通りかかったものですから話を聞いてしまいました」
「雑渡!」
「何を白々しい事を!」
「やめろよ、雑渡さんの冗談だよ」
雑渡さん、ってのが名前なんだろか。天井裏を通りかかるという言い訳はかなり人の神経を逆なでする言い方だったけど、冗談と言った人物に対して会釈をするように頷く。
「ドクタケ忍者隊がなかなかの軍師を手に入れたと私の方にも報告が上がってました。探らせておりましたが、まったく突き止めることができない。ただ、」
逆さま男の雑渡さんと、目が合った。
「天女を妻にした男だという詰所内の噂の発端は、この方だったようだ。なるほど、言われてみれば天女のように美しいのですね」
これは冗談じゃなくて嫌味かな?と思うがそんなことで腹を立てる気はおきず、小首を傾げた。
まあ、俺は女たちと厨房に立ったり、門番に挨拶したり、医務室で手当てをしたりしていたから人目につき話題に上るのも当然だろう。
「ありがとうございます」
「……しかし軍師が土井殿だったとは」
雑渡さんは俺が動じないのを見ると興味なさそうに目を逸らし、山田先生を見やる。
「雑渡殿、半助……いや土井先生のことは私が必ず戻して見せます」
「それはいいのですが───いつです?」
山田先生に返した雑渡さんは、口調は穏やかだが、冷たい声だった。
「いつ、っていわれても……」
「一ヶ月後?三ヶ月後?半年後?その間にドクタケが勢力を伸ばせば厄介です。……力だけのドクタケはそう怖ろしくありません、知恵で対抗できますから。あなたたちのようにね。ですが、そこに土井半助という知恵が加われば?あなた方も無事ではいられませんぞ」
天鬼という軍師がしたことは俺も横で見聞きしていたので、凄まじい頭脳を持っていると思った。だがこれから先の計画まではさすがに知らされていない為、ここで俺が天鬼擁するドクタケを挫く提案はできなかった。
雑渡さん、そして六年生が下がった後、俺は部屋に残された。今後の俺の処遇を決める為だろう。
と、その前に俺は土井先生が行方不明になった経緯と、雑渡さん他タソガレドキとの関係性を聞いた。
タソガレドキは忍術学園とは敵対はしていないが、城の傾向としてはかなり好戦的で、領地を広げるのに余念がない。なおかつ戦力も申し分なく敵対するには向かない相手だと。
ドクタケ領からとは隣接はしていないし川を挟んだ向こう側にあるとはいえ、間にあるチャミダレアミタケ領がドクタケの支配下になれば完全に後手に回ることになるのだ。
「山田先生、土井先生を取り戻す件じゃが急いでくれんじゃろうか、雑渡の動きが気になる」
学園長先生は少々重苦しい声でそう言った。
先ほど学園長先生は雑渡さんに、一時的にチャミダレアミタケとタソガレドキで同盟を組めばよいと提案し、雑渡さんは表面的には頷いていたけれど。
「土井先生が軍師でいる限りドクタケが脅威であることは変わらぬ、雑渡がそれをみすみす見逃すとは思えんのだ……」
「つまり、半助を消してしまうと」
目の前で起きるやり取りに、俺は居心地が悪くなった。
山田先生は学園長の言うことが腑に落ちたのか、張りつめた空気を持つ。
そこで俺は、そっと手をあげた。
「───私の処遇についてですが、希望を申し上げてよろしいですか」
主人公の記憶にあるナルシストの先輩はたきやしゃまるせんぱい。
Jan.2025