sakura-zensen

天降る春

05話

「おとうちゃーん」
ドクタケ城下のはずれの町で、干物屋に扮した私は売り物の前に出来た影と、かけられた声に顔を上げる。
見下ろしていたのは、私の娘のふりをして共に来ていただ。
「さっき詰所を見てたら、出入りしている商人にあやしいのが」
「ほう、見に行ってみるか。……しかしねー、お前さん、その変装どうにかならんのかね」
「え?」
売り物を手早く片付けながら、に文句を垂れたのは仕方がない事だった。
「そのサングラス!ドク忍だって言ってるようなもんでしょーよ」
「ああ~、でも俺、これを外すと目立ってしまうんで」
「それも十分目立つと思うがねえ」
「そうですか?むしろこの辺は時々ドク忍がうろついてるので、町人たちも気にしていないんじゃないですか」
現に町人にじろじろと見られているわけではないので、黙って背負子を肩にかける。
曰く「これで天鬼が釣れたらそれはそれでいいかと」ともいう。ハア、何で連れてきちゃったんだろ……。

一件少女に見えるこの男、素性は知らないし、何が出来るかもわからない。
だが年頃のわりには思慮深くて賢かった。
記憶を失った状態で四方を忍者に囲まれて、嘘をつかれていると知りながらそれを悟らせずに、逆に周囲を信用させた───これを、普通の子供が出来るだろうか。
であるから、監視も兼ねて、学園長も私もには当初、学園に待機していてもらうはずだった。
ところが彼は言うのだ「天鬼の元に帰らせてください」と。
急に恋しくなったのかと思うも、そんなはずはないと頭ですぐに否定した。その真意はこちらが拍子抜けするほど素直で───ただ半助を守る為だというのだ。
半助と雑渡の間にこの子がいて、半助を守れるかと考えたら、普通に考えて何の役にも立ちはしない。だが、は最も簡単に『天鬼』の傍にいられて、ドク忍を騙すことに長けている。つまり、情報を手にれるにはもってこいの人物だった。
そういった観点から、私は現在を連れて城下へと近づき、天鬼の所在や詰所内部の様子を探ろうとしている。
そしては先ほど言ったとおり、詰所内を出入りしていた商人の中で怪しい動きをした二人組を私に知らせた。

「あの歩き方、忍びだな。よくわかったじゃないか」
「この半月、忍びに囲まれてたからですね」
「そうかいそうかい」

店が立ち並び賑わうあたりから、徐々に人気のない方へと歩いて行くのを、私とは秘密裏に尾行する。
本当に、この観察眼はどこで養われてきたものか。問いただしたくとも記憶が無いと言われちゃしょうがない。……なんなら、本当は記憶を失ってないんじゃないか、と言いたくもなるわけだが今ここで波風を立てるのも憚れる。
ましてや、あの忍びを捕らえる手伝いをしろ、なんて言いつけるのももってのほかだ。
「お前さんはこのままここで待機。私が声をかけるまで出てくるんじゃないぞ」
「はあーい」
は組の良い子たちと同じような返事をしたに、調子が狂うなあと思いながら私は進んだ。しかし距離をとれば視線や気配などがなくなるので、やはり立ち振る舞いは見事なものだった。


早速伸した二人と、もう一人樹の上にいる忍びに声をかけると、まさかの利吉が下りてきた。
に言われる「おとうちゃん」より余程しっくりくる、「父上」の声に拍子抜けと共に安堵した。……まあ、も悪い奴ではないんだろうが、いかんせん謎が多くてかなわん。
ともあれ相手が利吉だったことと、連れの二人が去年の卒業生だということで束の間の休息と光明を感じた。

空き家の中で、利吉が今の雇い主からドクタケ忍者隊の新しい軍師についての情報を集めてくるよう言われたことを知る。
今までもドクタケは度々軍師を雇ってきたが、今の軍師はかなり知略縦横ということで周辺諸国に噂が轟いているんだとか。
「父上も軍師のことを調べに来たのですよね?名は天鬼……でもまさか、正体があの人だとは思いもしませんでした」
「よせ利吉、私を引っかけて正体を言わせようとしてもそうはいかんぞ」
「えー?」
利吉は飄々とした顔で笑った。
「お前が軍師の正体を知っていてそんな態度でいられるはずがない」
「……父上はご存じなのですね?教えてください」
「ああ、教えよう」
利吉はフリーで忍者をしているとはいえ、この状態で仕事をとるほど冷徹ではない。ましてや、天鬼の正体が土井半助だと知って、仕事をこなすことはできまい。

「そんな───、……、」

案の定、利吉と卒業生二人は天鬼の正体を聞くと絶句した。
特に利吉は幼いころに我が家で共に過ごして以来、兄のように慕う仲でもある。
半助が事故で記憶を失い、ドクタケこそが正義であると刷り込まれていると伝えると、大いに顔をしかめた。

「……父上は土井先生を救いにこられたのですね」
「そういうことだ」
「手伝います」
「「我らも!」」
「いいのか……?」
「ええ。雇い主には、軍師の名は天鬼、正体は不明と報告しますよ」
「助かる」

そうして暫く情報のやり取りや、今後の計画を話していたところで私は宙に向かって「───だそうだ、どうする?」と投げかけた。
すると、利吉他二名がぎょっと目を見開き、いっせいに戸の方を見る。

「天鬼が詰所にいないのは、困りましたね」

そこには、が立っていた。
おっとりと小首をかしげる様は少女然としていたが、そのサングラスはやはり異様である。
「ドクタケ忍者……!?」
「父上、いったいどういう事です!?」
「気づかなかった……」
三人は咄嗟に身構えるが、私と面識があることで攻撃には出られないでいる。
は「やっぱりこのサングラスがいけないのか」と暢気なことを言っているが、まさにそのとおりだ。趣味が悪いからやめなさい。
「構えなくてよろしい。この娘は軍師・天鬼の嫁だ」
「それ言う必要ありますか?」
「よ、嫁!?!?」
「ってことはまさか、『天女様』!?」
「敵対する城に攫われたとかで噂になっていました!」
どこかで聞いた話だと思えば、雑渡ものことを『天女』だとか言っていたなと思い出す。確かに、ほっそりとした体形に洗練された所作をしているが、私の妻の方が余程天女の名にふさわしい美しさがあるだろう。
ドクタケ忍者独特のサングラスをしているせいで珍妙に見えるので、これが天女ってタマかと疑問に思った。
「おおかた八方斎が軍師・天鬼の存在に箔をつけるために誇張して吹聴してるんじゃないのか?」
「噂では、怪我や病をたちまち治療してしまう奇跡の力を持つとか」
「手当は得意ですけど、人間の治癒力の範囲内で治療していますよ」
「あとは、規則に厳しい軍師が、唯一心を許しているとか」
「それ天女関係ないですね」
結局、本人が完全に天女という呼び名をせせら笑っているので、やはり八方斎が意図的に作り上げた偶像だったのだろう。


利吉たちには、雑渡昆奈門の足止めを依頼した。
相手は格上だが、半助の元に辿り着くのを少しでも邪魔をできれば良いという目論見だ。命が危うければ引いて良いとも忠告したし、利吉もその辺は見極められるだろう。
難しい相手だがやると言って去って行った三人を見送ったあと、隣に立っていたを見やる。
「これからどうするつもりだ?」
「……そうですね、天鬼がいないけど、詰所に戻ろうかと。情報を集めて、居場所を探ります」
危ないことはするなよ、と言いかけて口を噤む。
彼はこれまで意図的に、自分がそれなりに動けることを見せてきた。隠しきれなかったのではなくて、私に動けると証明するためだろう。
「一つ聞いておきたいんだが。半助を置いて逃げなかったのは何故だ?」
の進む背中が止まった。
風が吹き、光が反射した黒髪が艶を帯びながら揺れる。
「恩と……負い目からです」
聞き取れないくらいの小さな声だったが、私にはきちんと聞こえた。
どんな顔をしていたかもわからない。でも、嘘ではないのだろう。
半助に恩と負い目があるとはいったい、どういうことなのか───それを聞き返す前に、は雑踏の中へ消えて行った。


その夜、五年生が書状を持ってきた。ドクタケの、チャミダレアミタケ領に面した三つの砦に向かう伝令を監視していた際に、東に向かう足軽が持っていたものを、上手く掠め取ってきたらしい。
それは部隊長から八方斎にあてた伝令で、一年は組の十一人をスッポンタケ領に面した出城にて捕らえたため送る、という内容だ。しかも、が忍術学園から脱出に成功したとの報告もある。
「書状の通り、と思われる女の姿も発見しました」
「ドク忍と同じようにサングラスをしていましたが、それ以外は特に普通で特徴のない……年頃は僕たちと同じくらいの」
「僕、目が合ったんです。いや、サングラスをしてたので正しくはわかりませんが、……確実にこちらに気づいていました」
樹の上で監視をしていた五年生に気づいて、誰にも知らせないと言うのなら、だろうと頷く。見た目も意図してか、サングラス以外に特徴がないのが特徴だった。
「いったいあれは何者なんですかね」
「もしかしたら忍者かもしれませんよ」
「記憶を失っているとはいえ、素性を調べた方が良いのでは……?」
五年生の次は六年生がに疑問を抱く。彼らは一度体面した時色々と調子を崩したので仕方がない。もちろん私も気になる所ではあるが、今はそんな時間はないし、の言う半助への恩と負い目を信じるしかなかった。
「……の詮索は後だ、は組との救助および土井先生の捜索にとりかかる───」


山田先生とのやり取り書くのがなんだかんだ、一番楽しかったという。
半助に……嫁……?これが??と宇宙背負ってほち。
Jan.2025