sakura-zensen
天降る春
06話
山田先生と別行動をとり、戻ろうとした詰所の門のところで、足取りがおかしな人が出てくるのを見た。
先の忍者の歩き方とも違う、どちらかというと不安定で千鳥足。……よく見ていれば体型がおかしく、顔立ちが丸っこく、肩幅が狭い。胴の形もなにやら不安定で、腕の長さも変だった。
そっと後を付ければ、その人物は草叢に入って行き、しばらくして出てきたのは三人の子供たちだった。
一人は昨日会ったきり丸。あとは眼鏡の細見の少年と、ふっくら体型の少年。おそらく乱太郎としんべヱだ。
更に後をつけると、彼らは町中で同じ年ごろの少年たちと合流しだす。
柿を手にして食べながら輪になって「天鬼はもういないらしい」とか「もうだめなのかなあ」とか色々と。
あれが全員土井先生と山田先生の教え子で、たしか一年は組っていうんだったかな……と推測した。
子供たちは精一杯頭を捻って、天鬼たちはおそらく戦のあるところにいると見当をつけた。そして戦があるところというのは、武器や雑兵だけではなう食糧なども運搬されると。一人が閃いたように動き出し、周辺の馬借や行商人などに話を聞いて荷運びの仕事の情報を仕入れた。おまけに三人程入れるように話も付けたらしい。
そうして少年らが向かったのはスッポンタケ城に面した出城だったが、それは一晩で作られたハリボテの城だった。
食糧や武器はおろか、兵もいなければ警備も手薄。小屋に何人か忍者が待機してる程度で天鬼がここに居るとはとても思えない。───つまり、ドクタケはスッポンタケと戦をすると"見せかけ"て、狙いは他にあるということになる。
「おおきのくりの~きのしたさん~」
「あ~な~た~だ~、わ~た~し~」
「てんき~さんは~どこいるの~」
「チャミダレアミタケ領の~とりでだよ~」
……なんて???
周辺をこっそり確認していた俺に、変な歌が聞こえてきた。
かと思ったら、たくさんの樽───は組の皆が転がっていく。目も当てられない状況とはこのことである。
普通なら死ぬ、コメディーなら逃げ切れる……かに思わせて十一人全員がドクタケ忍者たちにひっとらえられてしまった。
すぐにでも殺されてしまうかと思ってひやひやしたけど、部隊長こと大黄奈栗野木下は八方斎に届けるといって十一人を縛り始めた。
「待ってください、部隊長」
「あ、あなたは……!」
俺はドクタケ忍者たちが気絶した子供たちをむぎゅむぎゅ、と箱詰めにしている背後に近づいて声をかける。
振り返った部隊長は面識があった為に、俺を見て「殿」と笑った。
「忍術学園の連中に連れ去られたと聞いてましたが、どうしてこちらに」
「この子たちにお願いして出てきたんです」
「おお、なんと強かな!」
「やっとのことで詰所に帰ったら、八方斎様と天鬼がいないと聞いて、……いてもたってもいられませんでした」
「実は天鬼殿は身を隠す必要がありましてな」
「天鬼はここにもいないのでしょう?この子たちと一緒に行けば会わせてもらえますか?」
「ええ!?し、しかし、これから行くのは戦になるやもしれない場所です」
「軍師の妻ですもの、理解してます」
「それに山道を歩かねばなりません、遠いですよっ?」
「歩けます。忍術学園からここまで、走って来たんですもの───天鬼に会いたくて」
「───っ」
部隊長は感動に目を潤ませた。
部下たちも顔を覆って呻いたと思えば、俺に旅支度を整えてくれた。これが愛の勝利ってわけ。
途中、忍術学園の生徒らしき子供が監視しているのを見つけたが、上手いこと八方斎にあてた書状を持って行ってくれたので、山田先生に俺とは組についての報告は入るだろう。一年は組がいることはさすがに知らせてやらないと、と思ってたので丁度よかった。
天鬼を助けに来たと思ったら、他に十一人子供がいたという状況は控えめに言って地獄である。どうやって敵地から連れて帰ろうってな。
そんなこんなで夜の森を歩くこと二時間。
一年は組は八方斎の前に引き摺り出され、その横に俺も並んだ。
「なんでこんなもんを送り込んできおった!?」
は組をまるごと送ってこられてもかなりのお荷物であったらしく、怒りに震えている。
ほとんどは意識を失っていたが、三人組は元気に八方斎と応酬を重ねた。とはいえ縛られた子供たちなど畏れるに足らず……八方斎は閉じ込めておけと部下たちに指示を出す。
そして最後に、ちらりと俺をみた。
「、よぉく帰ってきた」
「はい八方斎様。天鬼が心配で……」
「そうか。だがここに天鬼はおらんのだ」
「え?」
ここへきて嘘をつかれたことに身構える。
「お前は帰ってこられなかった方が都合が良かったのだがなぁ……」
八方斎の目的は土井先生を軍師として使い続けることだと知ったから、言わんとしていることは分かった。
そもそも俺はあの時その場にいただけで、多少使えるから傍に置いていただけに過ぎない。また、天鬼が俺を手放さなかったことも大きいだろう。つまり、天鬼にとっての人質のようなもの。
「忍術学園の者に攫われたと知った天鬼の殺気は凄まじいものだった」
「私を、殺すのですか……?」
八方斎はニイと笑うだけだった。
俺は結局、縛られて子供たちと一緒に閉じ込められた。
すぐに殺される場合は逃げるつもりだったが、ここでは隠ぺいが難しいからと辞めたらしい。だからって大人しく縛られる必要もなかったけれど、せっかくなら子供たちの縄を解いて救出を手助けするくらいはしようと思った。
「お姉さん捕まっちゃったの?」
「八方斎とはどういう関係ですか?」
「仲間じゃないの?」
「お名前はなんですか?」
「ここどこ?」
「一緒に逃げますか?」
「でもどうやって逃げる?」
「ドク忍なんですか?」
「ぉおぉお腹ぁぁぁ減ったぁ」
「……土井先生ぇ……」
「ちょっとしんべヱっ」
う~~~~ん一斉に喋りだしたぞ。
何人かは俺に対してじゃなかっただろうが、さすがに全部は聞き取れないや。
しかもしんべヱは一緒に縛られたきり丸と乱太郎を担いだまま、壁を喰い始める。
籠城に備えて壁には芋がらが塗りこめられているからだろう。
「……お姉さんはドク忍じゃなくて土井先生のちょっとした知り合いだ。これから皆の縄を解くけど、すぐに動き出さないこと」
「はぁーい」
背後でぐちゃぐちゃと壁を食べてる音がする中、俺は自分の手を縛っていた縄を切った後、は組の生徒たちの縄を切る。
「救助が来るまでここで待機して───ってア、」
気づけば壁に大きな穴が開いており、それに気づいた足軽がこの部屋を覗き込む。ヤベ、と思ったところでは組の何人かが突進して倒した。感心。
「きり丸、しんべヱ、乱太郎!ここは任せて、土井先生を探して!!」
「あ、こらーっ!!!」
三人はまだひとまとめに縛られていると言うのに、外に走り出して行ってしまった。
俺はとりあえず倒された足軽をしめ落として縛って小屋に閉じ込め、追手がかからないようにするしかない。
「お姉さん強いよ……」
「いったい何者……?」
「ドクタケ忍者だよ」
「でもさっき違うって」
「八方斎に閉じ込められたんだよね?」
は組の子たちは部屋の隅で密集してヒソヒソと話し出す。全部聞こえてるがな。
「お前たちはここで待機してなさい。俺があの三人を追うから」
「えー!!」
ともあれ全部に答えてる暇はないので、俺は三人組を追いかけるために穴からでた。
その時砦の中でいくつもの爆発が起き、煙によって視界が遮られる。
救出が来たのだと思うとありがたいが、三人組を探すのが難しくなって小屋の間に隠れた。
周囲では「大勢の敵が攻め込んできた!」とか「天鬼さまに報告をしたい!」とかそれらしき声が聞こえてくる。
おそらく大勢の敵は居ないのだろうし、これだけたくさん煙が焚かれているのは目くらましの為なのだろう。
その隙におそらく一年生と土井先生の救出は始まる。……正直、もう俺って用済みかしら。なんてことを思いつつ砦から離れて高い場所に陣取った。
なんだか変な形の岩だけど、ここからだとよく砦の中が見渡せて中々良い立地───あれ。
足元の切り立った部分をよくよく見て見ると、格子が嵌められている。
と、いうことは、中に部屋があるということだ。
足の裏にチャクラを纏い、地面と吸着しながら降りて行き、気配を消して部屋を覗き込む。
暗闇の中、静かに目を閉じてじっとしているのは───天鬼だ。
嬉しくなって、思わずぎゅっと格子を握った。息を吸い込み、呼び掛けようとする。
だがそのわずかな音と気配だけで、天鬼は俺に気づいた。
「」
高い位置にあった窓だったので、立ち上がった天鬼は俺を見上げる形となった。
「今までどこにいた」
飛びあがった天鬼は、反対から格子に手をかけて厚みのある壁の縁に膝をついた。
「ごめんなさい、少し探し物をしていました。とにかく会えてよかった」
「……、ああ、すぐに迎えにいく」
「待って、このままで」
俺は八方斎とかドクタケ忍者を呼ばれたら困るので、天鬼の言葉を遮る。
一瞬眉を顰めて「このまま?」と聞き返してきた天鬼だけど、格子の間から腕を伸ばして俺の身体を引き寄せた。
え、と思っていると強く抱きしめられる。身体の間に挟まる鉄の棒が食い込んで、痛いほど。
「もうどこへも行くな」
首筋でした声は低く、少しだけ震えていた。
普段は冷たくて平淡で、感情のない話し方だったが、今はどこか切実だ。
別れる前に魘されてたこともあったし、不安定な時期に一人にしてしまったことを実感する。
「大丈夫ですよ」
「、」
俺は安心させるように天鬼の背中に腕を回して撫でた。
「あなたの帰る場所を見つけてきましたから」
「帰る場所……」
ぴくりと反応したのでそっと腕を緩めると、天鬼は俺の後頭部を引き寄せて顔を近づけた。
声を潜めて何かを言うつもりなのかと、その唇が動くのを見ていると、俺のサングラスが外された。
天鬼の鼻先が俺の顔にぶつかり、温かい吐息がかかって、目と目が合った。
もしかしたら唇同士もくっついてしまいそう。その時───
バタバタッ ガタッ
「!」
足音や人の気配、声がしたて、俺は咄嗟に天鬼の身体を押し返して外に隠れた。
ドクタケ忍者に俺が抜け出したことを知られるのはまずい。取り返したサングラスはモタモタと付け直す。
窓の外から声を聞いていると、どうやら八方斎が天鬼の元へとやってきたようだった。見つからなかったことに安堵したのも束の間、複数の忍者及び、乱太郎、きり丸、しんべヱの声がする。
「このガキ共を斬れ、天鬼」
「……こんな子供を斬ると?」
「ガキといえど忍術学園の者たちだ!お前とをしつこくつけ狙う敵だぞ!?」
「土井先生!こんなところに居たんですか!私たち先生がいない間に誰に授業受けてたと思います!」
「雑渡さんですよ!雑渡さん!あの人に睨まれたらあくびがしゃっくりになっちゃいます!!」
「……土井先生?」
子供たちの大騒ぎと、困惑する天鬼。
十一人揃った時の騒ぎも中々だが、三人でもその勢いはすさまじいものだった。
長い時間を共に過ごした人の声は、記憶が無くとも耳障りが良いはずだ。反射的に出る癖や、身体が覚えていること、抱いた感情がぶり返したりもするかもしれないと、様子を見る。
騒ぎが大きくなっていくなかで、俺はふと外の煙が薄れてきたのを感じた。
同時に、外からこっちを指さす人影がある。
足軽でもドク忍でもない、忍術学園の六年生らしき出で立ちだ。大きく手を振ると、四人の人影はたちまちこちらに向かって駆け出してくる。
「土井先生、帰ろう……帰ろうよ……」
「きりちゃん」
「きり丸」
「───っ、痛い……」
再び中の様子に注意を戻すと、先ほどより随分明るく照らされた部屋の中に、刀を抜いた天鬼と、その前に縛られた三人の子供、横には八方斎の姿が見えた。あとはドクタケ忍者が五人ほどいる。
天鬼は何やらみぞおちを押さえて蹲りかけているが、八方斎が横で「斬れ!」と追い立てた。
「わかった、先生は今忍術を使ってるんだよ」
「えぇ?なぁにそれ」
「そう言う術があったじゃない?味方になったふりをして、突然裏切るやつ。えーと、てのひら返しの術!」
「袋返しの術だ!!」
意外と図太い乱太郎としんべヱの言葉に、天鬼は反射のように怒鳴り返す。
いつもの冷めた声ではない、真の通った熱い声だ。
「え~?そうだったかなぁ」
「あ、わかった」
「「まだ習ってないんだぁ~」」
「教えたはずだ!教えたはずだ!!───っ」
俺はこっそりとほくそ笑む。良い傾向であると。
教え子を斬らされるのは確実に心を折りに来る戦法だが、教え子によって記憶の蓋が解かれる可能性もあり中々手の出しようがない。八方斎のこの半月ほどの信用と、土井先生の教員としての矜持はどちらが勝つだろう。矜持っていうか苦労によって苛まれる胃痛かもしれないが……。
「これはまだ言わないでおこうと思っていたが、忍術学園の者共はお前の妻を攫って───あまつさえ、むごたらしく殺したのだぞ!」
「……、……を……?」
追い打ちをかけようとする八方斎だったが、下手を打った。
何故ならさっき俺は生きていることを証明したからだ。
「先生、一緒に……帰ろう……」
きり丸の涙声が哀愁を誘う。
「半助!」
山田先生が部屋に飛び込んできた。
「土井先生!!!」
「うがぁー!」
俺の背後から六年生も格子越しに土井先生を呼ぶ。
「天鬼、お前が斬れないというなら───おいお前、あのガキどもを斬り捨てろ」
「……いいえ、それには及びません」
「土井半助!辞めるんだ!」
山田先生はドクタケ忍者に阻まれながらも、天鬼の振りかぶる刀を阻もうとして武器を投げた。
一方俺は、部屋の通路の闇の奥深くから静かな殺気を感じて、その『曲者』に向かってとりあえず投げられるもの───サングラスをぶん投げる。
かちゃ、と何かに当たった微かな音がしたので意表はつけただろう。
対して山田先生の攻撃は天鬼が弾いてしまう。
瞬きする暇もないままに、刀は振り下ろされた。だけど俺の目はそれを、人には掠っていないと判断した。
「先生~!!!」
「乱太郎、きり丸、しんべヱ!!」
六年生たちは絶叫をあげ、窓枠をぶち壊して格子を抜き部屋の中に落ちていく。
「ああーっ!」
斬られたと思った一年生も悲鳴を上げたまま後ろに転がる。
「土井半助!?貴様いつから鬼になり下がった!!!」
山田先生は必死の形相で土井先生を糾弾する。
「あーぁあー……ぁあ~?」
子供の悲鳴はどんどん間抜けな声になっていく。
なにせ斬られていないのだ。
天鬼基い、土井先生が斬ったのは、子供たちを縛っていた縄だけである。
「天鬼、これはどういうことだ!」
「私は天鬼ではありません」
八方斎は困惑の中叫ぶ。
「忍術学園一年は組教科担当担任、土井半助です!」
天鬼の時と同様に冷たく低い声が、徐々に柔らかく真のある声になっていった。
中の様子を盗み見て、ほう……と静かに安堵の息を吐く。
きり丸は土井先生の腰に抱き着き、乱太郎としんべヱも嬉しそうに笑った。山田先生や六年生も泣きそうな勢いで喜んでいた。そこにまた、山田先生の息子の利吉くん、一年は組の子と二人の六年生も駆け込んできて、和気藹々とした雰囲気だ。
逆にドクタケ忍者たちはたじたじであるし、八方斎は何かの拍子に後ろに転んで、頭の大きさから一人で起きられなくなっていた。
大騒動はこれにてひと段落。俺もこの場にいる意味を失ったし、この世界がどこであるのかも理解したので、
「そろそろ、帰りたいなあ」
ぽつりと呟き、見上げた空には三日月が浮いていた。
Jan.2025