sakura-zensen
天降る春
オマケ IF:雑渡昆奈門
「そろそろ、帰りたいなあ」
物陰に潜んでいた私の殺気に気づいて、サングラスを投げつけてきた『』に会いに行くと夜空を眺めてそんなことを独り言ちていた。
それに呼応するように問いかける。
「どこへ帰るのですか」
「……たしか雑渡さん」
敵意はないが警戒と困惑の滲む顔に、こちらの興味もわずかに疼く。
先ほど私の顔に見事に的中したサングラスを差し出すと、手と顔を交互に見てきた。
「これは、どうも」
返しに来たとでも思ったのか、とろうとした手を避けてサングラスを持ち上げる。
私は大柄な方なので、彼は届かなかった。
「……」
じゃれ合う趣味はないのか、すぐに諦められてしまった。
しかしサングラスを外したその顔に、まさかこんなものが隠されていたと思わず、ついまじまじと顔を見つめる。
彼の隠されていた目は、鮮やかな緑色をしていた。
「天女という呼び方はここから来ていたのか」
海を越えた先にある国から来た異人は、確か目の色や肌、髪の色や顔の作りが違うと言うがそれとはまた別のような気がした。
私が無礼にも目を観察しているのを、彼は特に気にした風もなく、むしろ私のことを見返して観察しているようだ。
その証拠に、あ、と口が開かれる。そして指先が私の目の横をつついた。
「ここに当たったんだな、謝らないけど」
「……謝っていただこうなんて、とんでもない」
警戒する程でもない接触だが、不意を突かれたのは事実。身体が反射的に仰け反り、距離をとる。
恐らく彼は私の皮膚などを見て火傷の痕をみながら、そこに真新しい傷を見つけただけなのだろう。それは彼が付けた傷だったので、指摘しただけに過ぎない。
尊奈門や六年生たちと同年代くらいだと言うのに、最初から非常に落ち着き余裕を持った態度だったのはこういうところでも発揮されるようだ。
「先ほどの、帰るというのはどちらへですか、天女様」
だが、天女と言えばわかりやすく顔をしかめた。
実は嫌な呼び方だったらしい。初めて会った時は躱されたが、この感情がありありと分かる顔を見るのは中々に面白い。
「もしかして、敵対することを考えていますか?」
「まさか。でも気になりましてね。あなたの働きは報告にも上がっていますから」
「大した働きはしてないと思うんですが」
彼の言う通り、『』は大した働きはしていないだろう。だがその目立たず情報を仕入れ現状を理解する力こそ忍者に必要な素養。
彼がまたドクタケに戻るとか、他の城に仕えていたとか、山田利吉のように雇われて仕事をする忍者であるのだとしたら、考えなければならないことが増える。
「───心配しなくとも、敵対することはないですよ」
「それをどう証明するのですか?」
「証明するのは難しいけど、」
「帰る場所が、月だから?」
また嫌な顔をするだろうか。そう思ったが彼はふとその顔から表情を消し去った。
夜空に浮かぶ緑の双眸が輝きを増す。
そしてゆっくりと笑みを作るその動きが、妙に艶やかだった。
「月みたいに、誰も知らないところ」
「……」
肯定されたことに、妙なむず痒さが胸に広がった。
異質な見た目に加えて、一切出てこない情報から、この世のものではないと信じ込ませてしまいそうな凄みがある。
だがその後に吐き出された言葉には、寂寥が滲んだ。
「敵対以前に、消えるから───それで証明します」
そう言った彼は私の横をすり抜けて行く。そして振り返ることなく視界から消えた。
「……長烈」
「お疲れ様です、組頭」
残された私は、付近に気配があった黒鷲隊の小頭を呼び出す。
「を監視して、動向を探れ」
「御意」
すぐに理解して去って行った長烈の気配が消えた後、手に残されたドクタケ忍者のサングラスを見た。結局、返すのを忘れてしまった。あの目は今後どう隠すのだろう。
程なくして、ドクタケが戦の準備を解き、チャミダレアミタケにもドクタケの使者が戦を取りやめたと報告をあげた。それを機に我がタソガレドキ軍は進軍し、ドクタケ領を一部奪うことに成功した。
そうしている最中、長烈から報告が上がって来た。
はあの後忍術学園の庇護下に入り、学園で過ごしているとのことだ。名は、春野サクラと名乗っているらしい。
どこから来たのかは未だ不明だが、現状中立の立場である学園にいるのであれば、敵対はないだろう。その後にまたどこへ行くかは定期的に気にかけておこう───そう思って半月が経った頃、春野サクラは宣言通り忽然と姿を消したらしい。
学園では皆、『故郷に帰った』と噂している。一方で『月に帰った』とも言われているらしい。
そう言われるということは、きっとあの目は衆目の下に晒されたのだろうか。
こんなことなら、サングラスを返しておくべきだったか。
いまだに捨てていないそれに触れながら、非常にらしくないこと───未練がましいことをする自分に気づいて言葉を失った。
↓
↓
↓
「組頭っ、空から人が降ってきます……!」
「は」
ある、雪の降る夜だった。
尊奈門が指をさすのは、月を背に人が落下していくような影。
周囲には何もない。背の高い木よりももっと高いところから、長い髪を靡かせて落ちてくるそれを、樹の幹を蹴って飛び上がりながら手におさめた。
風のせいで、白く光るような髪が私の顔にかかるのを何とか避けて、着地する。
先ほど手にしたときは驚くほど軽かったというのに、私の足が地面についた途端に人並みの重さになり、膝の上に倒れた。
「ぅ、……?ん」
寒さによってか赤い頬や鼻の頭、そして逆に色を失った唇から出る息は煙のように白くぼやけた。
私はじっと観察しながら、うめき声の先の肉声、そして開かれる目を待つ。
「……あれ、どうし、て?」
ふるり、と睫毛が震えた後に開かれた目は、緑色だ。
そして白い髪は雪よりも赤みのある、春に咲く花のように麗しい桜色。
「こんばんは、天女様」
「……ぎゃーーーー!?!?!?」
その顔に持っていたサングラスを返してやると、彼───春野サクラは面白いくらいに絶叫をあげて私の膝から転げ落ちた。
end.
ずっとサクラチャンのサングラス持ってる雑渡さん微妙に執着見える。こわ……。そう言うの好き。
この後忍術学園に帰してもらえない場合と、自力で逃げ出す場合がある。どちらにせよ、土井半助の元にはなかなか帰れないと私が楽しい。
Jan.2025