sakura-zensen
天降る春、月夜のうら
05話
杭瀬村に農村体験にやって来た一年生たちと再会を果たした。
俺が何も言わずに去ってしまったことは悲しまれたけど、謝れば素直に許してくれた良い子たちだ。ただ、きり丸が、皆の輪に居ながらもどこか遠くに感じる。
すっかり皆が春野さんではなくさんと呼び名を変え、以前の通りに慕ってくれているのに。
「きり丸、少し休んだら」
畑を耕していたきり丸の背中に声をかける。ぴく、と身体が動いたけど、聞こえてないふりをしているのか、作業が続けられた。
しかし俺は、畑の中に歩み入ってきり丸の肩に触れる。
「俺のこと、嫌いになっちゃった?」
「ちが、」
きっと嫌いになったわけじゃないと分かりながら尋ねたら、勢いよく否定するように振り返った。ずるい大人でごめんよ。そう思いつつ、しゃがんできり丸の顔を見上げた。
「よかった」
「…………ね、ほんとうに春野さん?」
「なあに、この世に俺の偽物なんているか?」
「いない……」
顔を見せつけるように近づけたら、きり丸は口をとがらせて言った。
髪はどうにかできるかもしれないが、この時代だと目の色を変えるのは難しいだろう。その為顔を近づけて、そしてきり丸の手を俺自身の頬にぺたりとくっつける。土がついても気にしない。
「って呼んでくンない?」
「……さん」
ふへ、と顔から力が抜けた時、きり丸は困ったように笑った。
「会ったらちゃんと挨拶しようって、名前聞こうって思ってたのに」
「んー?」
「実際会ったら、上手く出来なくて、……ごめんなさい」
「謝らなくていい。俺の方が謝るべきだ。挨拶もせず去ってしまったからな」
「春───っと、さんこそ、謝らないでいいです。人にはそれぞれ抱える事情があるんですから」
俺は立ちあがり膝に着いた土を払ってから、きり丸の手を引いた。
「そういえば土井先生は来られなかったんだね。お元気そう?」
「お元気ではありますけど、さんに会えなくて落ち込んでましたよ」
は組の皆が休憩している輪の中に混ざろうと、小道を歩きながらそんな話をした。
数日前にも一度、乱太郎ときり丸としんべヱ、そして土井先生は杭瀬村に来ていたらしいのだが、俺は不在で会えなかった。今日の引率も来られないからと悔やんでいたそうで、俺もてっきり今日会えると思っていたので拍子抜けだ。
「じゃあ今日は忍術学園へ帰る時、俺も送っていこうか」
「ほんとですか!?泊まっていきます?」
「いやあ、泊まるのはどうかしらー」
笑いながら、繋いだ手をフリフリする。
きり丸はすっかり元気になったみたいだし、俺が一緒に忍術学園まで帰るんだってと、は組の皆に伝えてはしゃいでいたので、泊まりはしないといえなくなった。
農村体験の後、おにぎりと焼き魚をご褒美として振舞っている間に、引率で来ていた山田先生に帰りは忍術学園までご一緒しても良いかと尋ねる。
それは勿論良いが、と言葉尻がゴニョゴニョし始めたので何事かと思えば、どうやら土井先生は急な出張が入って、二~三日は戻らないらしい。
「あれま。……でも他の皆にも会いたかったし、一緒に帰るの喜んでるし……」
「そうだな、明日は休みだしゆっくりしていけばよかろう」
そんなやりとりをした後忍術学園へお邪魔すると、案の定土井先生は不在。
は組の皆は、土井先生が喜ぶぞってウキウキしていたのに、学園についてようやく山田先生の口から出張で数日留守にすると言う事実を告げられてグッタリしていた。
「んも~、土井先生ったら肝心な時に」
「前も会いに行った時、さんいなかったって?」
「そうそう、運悪いよねえ」
「もしかして不運……?」
「ちょっと、どうして私を見るのさ!」
「「「だってぇ~」」」
こしょこしょ、と大きな声で話しているのを聞きながら、俺は小松田君の差し出す入門票にサインをした。
学園長先生から「うむ!ゆっくりしていきなさい」とお許しをいただいた俺は、その日は忍たま長屋に泊まることにした。
以前は空き部屋に土井先生がきていたのだが、今回は誰かの部屋に泊めてと言ったら、嬉しいことに全員が「僕たちの部屋に来てくださあい」と挙手してくれたので、真剣勝負───部屋の代表者じゃんけん大会が始まった。
「勝った!」
結果、ぐーの手が一人残った後、天高く掲げられる。
勝者はしんべヱだったが、どういう訳だか立ち上がった身体が大きい。
「しんべヱ───よくやっ……あれ?」
「え、ぼく?」
よく見たらしんべヱは代表者ではなかったし、勝者は顔だけしんべヱに変装した誰かさんだったようだ。
「あ、あなたは、変装名人の五年ろ組の鉢屋三郎先輩───!?」
「や。面白い事をしているじゃないか」
は組の皆が律義に紹介してくれるのを聞いていると、鉢屋くんは俺の着物の襟を後ろからくいっと引っ張る。
あれ?なんか前もこういうことあったな。
「春野さんが帰った日は六年生にとられ、今日は一年は組がたっぷり独占したのだから、明日は私たちに付き合ってもらいますよ」
ずりずり、と引き摺られて一年生の長屋を後にする。可哀想な「やーん!」の鳴き声があったけれど、勝ちは勝ちだと譲らなかった。
大人しくしていると連れてこられたのは五年生の長屋の、鉢屋と不破の名札がかかった部屋。
当然寝る準備をしていた不破君が部屋におり、しんべヱの顔をした鉢屋くんと俺の顔を見比べて驚く。俺が来ていることも知らなかったようだ。
「こんばんはあ。その節は挨拶もなしに去るという不義理な真似を致し……」
「あ、いえいえそんな」
ぺこぺこと挨拶をし合う俺達をよそに、鉢屋君はしんべヱの顔から不破くんの顔に変わって、いそいそと布団を敷き始めた。
三つを横に並べて、いわゆる川の字になる。客人だからなのか、それとも俺が勝手に逃げるとでも思っているのか、真ん中の布団を鉢屋くんはペンッと叩いた。
「春野さんはここっ」
───翌朝、俺は不破くんの顔になっていた。二人の間で寝たから……というわけじゃなく、早朝起きた鉢屋くんが俺に変装を施したせいである。
不破くんがまず朝一番に驚いたが、俺たちは三人同じ顔をしたまま部屋を出て、起き抜けの竹谷くんとすれ違う。
「おはよう、雷蔵と三郎と雷ぞ───え?誰だ!?!?」
と二度見をされるのが面白かった。
そして食堂では三人の不破君と竹谷君で卓を囲んでいるところを、久々知くんと尾浜くんが現れて凝視する。そこに一年は組の子たちが駆け寄って来て「二人と同室で寝たから、さんが同じ顔になっちゃったんだあ」と青ざめた。
忍術学園は賑やかだなあ。そう思いながら俺はみそ汁を啜った。
その日は鉢屋くんの宣言通り五年生と組手をさせられたが、一戦ずつと約束をしたので後の時間をかけて、ほとんどの忍術学園の生徒や関係者に改めて挨拶が出来た。
休日だったので出かけていた生徒もいたが、夕方には帰って来ていたし。
唯一の例外は土井先生だけで、とうとう彼が帰ってこないまま日が暮れたので、諦めて小松田君の差し出す出門票にサインをする。
「残念でしたねえ、土井先生にお会いできなくて」
「うん……土井先生にはまた来るって伝えておいてくれる?小松田君」
「それはいいんですけど……さんってどうして忍術学園に戻っていらっしゃらないんです?また事務員の仕事を一緒にしたらいいのに」
小松田君の言い分に苦笑いをする。
学園長先生や山田先生、そして雅さんはどこに身を置くかを自由に決めたら良いと言ってくれたが、俺は拾ってくれた雅さんと農家をやるのも悪くないと思っていた。
この世で生きるには別に、忍者じゃなくてもいいかなって。まあでも、身体が鈍るのは嫌だなと思うので、時折パート忍者でもやるかと考えていたりする。一応、情報も収集したいし。
「今は色んなことをやってみたいんだ」
というわけで、有言実行。
俺はパート忍者ならぬフリーの忍者利吉君に進路相談をした。
「師匠、弟子にしてください」
「え?」
町でたまの休日を満喫していたらしい利吉君を見つけたので、再会の挨拶ついでにそう言うと彼は困惑した。いかん、話が早すぎたな。
「父上から春野さんがお帰りになったと聞いていましたが、いったい何があったんですか」
どうやら利吉君はまず俺が忍術学園から去ったところまでしか知らなかったらしい。なので俺は経緯を話すことにした。
「実は……かくかくしかじかで」
とある城で忍者をやっていたが、土井先生とのあれこれで記憶を失って長らく行方不明になっており、やっと記憶を取り戻して帰ったらクビになっていた。というのを略した言葉に込めた。
利吉君はおそらく俺の言葉以上のものを察してくれただろう。
「今はどこに身を置かれてるんです?」
「以前忍術学園で教師をしてらした、大木雅之助さんのところにお世話になってる」
「ああ、確か今は農業をしていらっしゃったような」
「そうそう。らっきょうとか作ってるよ」
大木先生がなぜそれを栽培しているのかはつい最近知ったことだが、まあそれはおいておく。
利吉君は小さく頷いたあと「まあ、いいでしょう」と結論付けた。意外とあっさり応じてくれるんだな……。
「まずはお試しに簡単な仕事から手伝ってもらいましょう。その後は共同で依頼を受けて、慣れたら任務を融通することもしましょう」
「え?いや、あの、そこまでしてくれなくても。君の商売敵になりたいわけじゃないし」
俺はただ忍びとして腕を振るう機会と、情報を仕入れる環境が欲しいだけで、いっそのこと報酬に関しては不要だとさえ思っていた。利吉くんが俺にそんなによくしてくれる理由や必要性が見えずに言い募ると、彼は意味深に笑う。
「恩があるんですよ……私の兄を助けてくださいましたから」
山田先生、息子二人いたのか……。いやいたとして、俺は助けた覚えはないが。
そして今回はリッキー、主人公に絡まれるの回。
Jan.2025