sakura-zensen

春の蕾

02話
信ちゃんと初めて会った日から、俺たちは文通をしている。もう二年の時が経つ。

最初に手紙が届いたときは、宛名がサクラになっていたが、うちの地区の配達員さんは住所の一致とサクラのあだ名を知ってたことでうちに届けてくれた。
そしてタイミングよく、学校帰りの俺と会ったので確認し、差出人が信ちゃんだったので事なきを得た。
まぎらわしいので、お返事の手紙で本当の名前はであると告げると、次回からそのように書き換えて送ってくれるようになった。
後で聞いた話だが、あらかじめ親戚の名前は春野(しかも同い年の男)であると聞いていたのに、実際に会ったら女の子がいてサクラちゃんと呼ばれていたので、違う子なんかな……と思ってたらしい。
そこはもうちょっと、突っ込んでくれても。と思ったけれど責任転嫁かと思い直した。大人と俺が悪い。



「あ、おいちゃんこんにちは〜」
「こんにちは~くん、おかえりやす」
この日も、習い事から帰ってきたところを、家の前にいる郵便配達員のおいちゃんと顔を合わせた。
「綾小路さんちはこれとこれと、ああくんには恋文もきとったで」
「あいあい」
人んちの郵便物を詮索するな、と言いたいところだが、信ちゃんのお手紙は丁寧な手書きでシンプルな便箋なので、いまどきの郵便物とちょっと違くて目立つのだ。そして俺に届く郵便物は少ないので仕方ない。そう思って、もう恋文という言い方は流すことにしている。

バイクが走り去って行くと、後から来た文麿くんが俺の手の中の郵便物を無言で見下ろした。信ちゃんからの手紙と家族の郵便物は違う手に持ってるので一目で気付かれ、眉を顰められた。
───彼もこれを恋文だと思っている口だ。

信ちゃんは一年くらい前に京都の、綾小路の家に来た事があった。
俺は少しずつ髪が伸び始めていて、またしても女の子の着物で出迎えることになった。それと似合わせるように、文麿くんの小さいころの着物を信ちゃんに着せたおばさまが、「ちっちゃくてかわいい、お嫁さんとお婿さんみたいやわ」とはしゃいだのが事の発端。
信ちゃんはこの時俺の性別も理解していたが、大人の意を汲んだのか「ええな、それ」と頷いた。
本気で大反対したのは文麿くんのみ。あとの皆はどうあがいても実現しえない未来なのだから、わはわはと笑っていた。

「……はあの子のお、お、、およ、お嫁さん……なりたいんか」

信ちゃんからのお手紙を読んでいる間、中を盗み見るなどはしないが、なんとなく離れたくなさそうな文麿くんは問う。……すごく言いたくなさそうにお嫁さんって言ったな。
「んー、お嫁に行ったら、文麿くんが泣いちゃいそうだな」
「もちろん、泣きますよ」
神妙な顔である。脅し文句みたいに言ってないか。
そもそも男はいずれお嫁さんをもらうのが世の常である。なので文麿くんの顔を遠慮なく掴んで両手で挟んだ。
「文麿くんがお嫁さんもらうのが先やない?」
「ウッ……」
ぎくりと肩を強張らせて、目だけを反らす。顔を背けないのは、俺の手から逃げられないという弱味があるから。
「そしたら、俺がいずれお嫁さんもろても、さびしくないやろ?」
付け足すと、やっぱり嫌そうな顔をする。
常々俺への溺愛を憚らなくなってきたお兄ちゃんであるが、その感情をこじらせるのだけはいただけない。
「嫌なら、文麿くんが俺をお嫁さんにするしかないぜ」
「───なっ、あ、あんさん、なんてことを言いますのやっ」
倫理観を刺激する言葉を言えば、根は真っ当な大人である彼は口ごもりながら否定を繰り返した。
ぱっと手を離すと、文麿くんはやや俺を距離をとる。

「とはいえ俺はお嫁に行くのもとるのも、乗り気ではないかな」
「んん、せや、はずっと綾小路の家におったらええのです。結婚なんて一生せんでも」

咳ばらいをした後、文麿くんは深く何度も頷いた。
やっぱりそれって、あなたの願望では。と思いつつ、まだ俺が可愛い子供だから手放したくない思いが強いと理解しているので、ツッコミはしないでおいた。
俺のことより自分が、はよカノジョつくれ。



送られてくる、信ちゃんの手紙には日々の、とりとめのないことがかいてある。
やりとりを始めた最初から最近まで、内容はわりと薄い方だ。何か面白いことがあったとかじゃなくて、些細な日常。
それがどうしてだか飽きないのは、単純に俺が信ちゃんの言葉が聞きたいからだろう。
それに、信ちゃんの便箋も手書きの文字も、ひとかけらの日常も、必ず俺を思う言葉があった。それが少しくすぐったくて、返事の内容を捻出しながらやりとりを繰り返している。会って何かをするでもないのに、心の距離はぐっと近づいている気がした。

今日も、返事を書くための便箋を探しに近所の書店に向かった。そこは文房具も取り揃えているし、家の人がよく購読する本を取り置きしてもらっているので、度々お使いにも行く店だ。
店主は最近おじいちゃんから息子のおっちゃんに代替わりしたが、当然顔見知りだ。俺がお店に入っていくと、顔をほころばせた。

「おこしやす、今日は───お手紙セット?」
「こんにちは~、そうです~」

用事を言い当てられたのは、本の取り置きはなく、俺がいつも買い物をする内容を知られているからだ。
すっかり電子化が進んだ昨今、個人的な手紙をまめにやり取りする相手など、俺には信ちゃんしかいない。だからこそ毎回、丁寧に便箋選びをすることにしている。それはある意味では変化のない日常において、手紙をかくネタを探すのとも似ていた。
おっちゃんはそれをしみじみ、よく続くな、と感心の一言。俺は親戚だから、と笑う。

「そんなん尚更なおざりになるやんか、それに電話やメールの方が早いやろ」
「……でもそうなったらやり取りのスパンが短くなって、追いつかなくなって、いずれ面倒になっちゃうかも」

言いながら、俺がこの古風なやり取りを気に入っている理由が分かった。
この時間の進み方が良いのだと。

「せやかて、便箋に手書きかて結構面倒やろ」
「あっちがそうやって送ってくるんだし、なんかそのひとつひとつ丁寧な感じが嬉しいなって」
「ほおーん……甘酸っぱいのー」
「エッ」
「随分好いとるんやなあ、くん、ええ?」

ういうい、と突かれて、言葉に詰まった。
俺と信ちゃんのこのささやかなやり取りが、他人の目にはそう見えているのかと。
それが自分自身の行動によってそうだと思われたことを理解して、耳たぶに熱が灯る。

「にいちゃんが聞いたら泣くんとちゃうか」
絶句してる俺に畳み掛けるおっちゃん。「脈はあると思うで、あっちも」
「~~! も、もう、からかわないで!」

とりあえず気を取り直し、おっちゃんの揶揄いを跳ね返した。
おっちゃんは大事なお客を失うわけにはいかないので、謝りながら俺が選んだ便箋を少しだけ安くしてくれた。



帰り道で、買った便箋を見返した。
春らしい桜の色をした綺麗なもので、なんだか恋文をしたためるようなものに見えて来た。
袋から出して日に透かすと、桜の花びらが舞うみたいな模様が見えるから、信ちゃんにそのことを教えてあげようって思ったのに、なんだか送りづらくなった。

そんな些細なことに悩む俺を、本物の桜の花びらが追い抜いていく。すぐに花びらだけではなく自分の長い髪まで持って行かれる。強い風が吹いた。
気づいた時には、自分の指に挟んでいた便箋が飛ばされていた。

「あ、」

目では追えたけど、着物は動きづらく、追いかけるのに躊躇いが生じた。
風が落ち着くまでは仕方なく、ゆるゆると歩きながら便箋の行方を辿る。
車にひかれないようにしつつ道路を渡り、途中で小路に入っていたので曲がり、その先に人影見つける。俺はすっと大きく息を吸い込んだのち、声を張り上げた。

「それ、とってー!!! 桜のやつ、便箋ー!!!」

近づくにつれてわかるのは、そこにいたのが同年代くらいの男の子二人。
俺に驚き、指示のまま、慌てて周囲と俺を見比べて便箋を目に止める。
細い道に吹き込んだ風が一層強く便箋を舞い上げたところを、彼らは二人で見事にキャッチしてくれた。

「「とった!!!───あ」」
だが、その拍子に両方から引っ張られた便箋は真っ二つに破けてしまった。

「ツ、ツムのせいや!」
「はア!?サムが力入れすぎたんや!!!」

わあ、双子だ。
俺は破けた便箋よりも、そっくりな二人に注目していた。
飛びつくのも一緒だったし、顔も同じ、リアクションも同じだ。

「ごめんねえ、いきなり」
俺の動きは着物によって制限されているため、二人が駆け寄ってくる方が早かった。
「い、いや、こっちこそ」
「ひっぱってもうた」
「俺だけやったら綺麗なまま取れたんやけど」
「そんなん俺かてそうや」
「二人とも悪くないから喧嘩しないでな」
責任転嫁し合うところがヤンチャな男の子って感じで、見ていて微笑ましい思いもあるのだが、そもそもの責任は俺にあったので無用な喧嘩はやめさせた。
「……これ高そうな紙やんか」
「弁償せなあかん?俺たちあんま手持ちないねん」
「ううん、まだあるから良いよ。飛ばしたまんまにしたらいけないと思って追いかけてただけ」

高そうな紙、と言った彼は何となく日に透かして便箋を見た。
もう一人はどちらかというとうつむき気味なので、桜の花びらには気づかないかもしれない。

「ツム、見てみいこれ、桜の花びらや」
「あ、ほんまや。せやから桜っていうてたんか」
「あはは、わかり難いこと頼んじゃったね」

桜の本物の花びらが舞う中、うっすら桜色に見えるか見えないかの便箋をとってと叫んだ俺は、多分わけわからん指示をしてしまっただろう。
それでも二人はすぐに花びらではなく便箋に手を伸ばしてくれたので、まさに奇跡と言ってもいい。

「きれいやなあ、なんや京都って感じする」
「な、気取っとるわ、高そうやし」

その言葉に、あれ、と首を傾げる。

「二人はもしかして、京都の子とちがう?」
「ちゃうよ、兵庫。今日は子供会の遠足やねん」
「他の子とはぐれた?」
「んなわけないやろ。いまは土産もん選ぶ時間なんや、あっちの大通りのとこ」
「ああ、お土産屋さん通りな」
「でも土産買う気ぃも小遣いもあらへんし、時間までにバスんとこ戻ればええから、ちょっと路地裏探検しとんねん」

京都でわざわざ買いたいもんなんかねえ、と言わんばかりの二人にちょっと笑いそうになった。
その後二人は賑やかにワーワー話して、また喧嘩して、それを俺はまたなぜか宥めることになる。
最終的にはこれも何かの縁ということで、便箋を拾わせたせめてものお詫びと、京都に来たお土産として金平糖を包んで渡して別れた。

宮兄弟も好きなので欲張りセット失礼します。
幼少期に一瞬だけ出会いたい芸人です。トークに呼んでください。
Mar 2025