sakura-zensen
春の蕾
05話
中学校に入学して二週間くらいが経った。少し前に買ってもらったスマホには、同時期に買ってもらった信ちゃんの連絡先が入ってるので、スピーディーな近況報告が入って来る。手紙も良かったのだが、信ちゃんとのやりとりは歳を追うごとに塩梅を覚えた。
なにはともあれ、信ちゃんが、バレー部に入部したらしい。
じゃ、俺も始めよ!と勇み足で中学に登校してすぐに気づいた。……うちの学校男バレないやんけ。部活動一覧表を前に肩を落とした。
「あれ春野、部活興味あったん?」
新入部員募集期間ということもあって、一学年の昇降口前掲示板には部活動一覧と活動場所が記載された表があって、朝からぼんやり眺めていた俺の後ろ姿にクラスメイトの戸田が声をかけて来た。
おはようのやり取りもおざなりなほど、意外らしい。
戸田は俺が剣道道場に通ってたり、他にも武道やってることを知ってる小学校からの友達でもある。
「親戚がバレー部入ったんで、俺もやってみようかと」
「は、そんな理由で!? 軽ぅ~」
この学校は原則なんらかの部活動に所属することになっていた。
外のクラブ活動があるやつは申請すれば許可されるが、俺の場合は道場で習っているのではなく、教えている側になってしまっていて、しかもそれは結構な人たちに知られていて、物議をかもした結果、部活免除にはならなかった。剣道部入るか、正式に道場に入るかの二択のようだ。求む、柔軟な対応……。
しかしこの度、バレー部への関心を示したことで、運動部の中でも俺への勧誘が消極的だった球技系の部活もアップを始め、なんか知らんけど俺の争奪戦となった。
俺のために争わないでえ。
これはもう、さっさと部活に入って無用な争いを避けようと決意をした。
そこで入部届けを出したのは茶道部の顧問のところだった。
着任二年目らしい若い女性教師───吉田先生が、ずれた眼鏡を直しながら入部届けと俺の顔を見比べた。
その奥三つ隣の席では剣道部の顧問が椅子からずっこけている。コントのようだ。
剣道部顧問の小山内先生こと小山内クンは俺の通っていた道場の、大人クラスに通ってる。たまに大人クラスに混じって相手をしてるので顔見知りで、中学校入学前から剣道部に入って欲しいと勧誘されてた。
それに対し、俺が小山内クンに剣道を教わる??しっくりこないわあ、というのが入学前から言い放っていたことである。本人も教えることはないんやわーと言ってた。
「ほんまにええの!? ええんですね! 受理しますよ!!!! ええんやね!?」
吉田先生は甲高い声で三回ほど意思を確認したが、俺が入部しても恨むなよっていう他の先生への牽制の意図があったんだと思う。俺は赤べこ人形みたいにウンウンウンと三回頷いた。
そして茶道部に入部してからの俺の日々は非常に平和───いや、そうでもないか。
入部当初、諦めの悪い剣道部顧問と幼馴染でもある主将が押しかけて来てた。一度叱りつけて礼儀を叩き込み、練習に顔を出して扱いてからはお利口さんになり、一応の平和は取り戻した。でも俺の学校でのあだ名は師範になった。
『───ん?結局、何部なん?』
「茶道部茶道部」
『でも、明日は剣道部の練習試合に同行するんやろ』
「なんかあ、成り行きでえ」
信ちゃんと電話で近況を話していると改めて聞かれる。言ってて、そういえば俺何部なんだ?ってくらい剣道部にも顔を出していることに気づいた。
茶道部は活動日が少ないので、空いてる日は結局剣道部に引っ張って行かれる。
せめてバレーをやりたいのに!とバレーのルールブックを読んだり女子バレー部からボール借りて触ったりもしてるが、剣道部の部員が次何やればいっすか!!!って聞いて来るもんで中々進まない。
「クラブはいろっかなあ、バレーの」
『そんな時間あるんか?』
「時間は作るもんや」
『でも忙しすぎて、体壊したら元も子もないやろ』
電話口の向こうで信ちゃんはやや困惑げに言う。俺が色々活動していることを知っているからだろう。
道場への顔出しは中学入ってから減らしてるし、剣道部は振り切ればいい話だし、勉強は真面目にやってるし、自主練はいつも通りで……作れないこともないだろう。
『俺と一緒にやれるとき、やったらええよ』
「それだと俺、まるっきり初心者だから相手にならないんじゃない?」
『俺もまだ全然下手クソや。球拾いばっかしとる』
淡々と言う信ちゃんの顔は見えないが、どんな感情かはわかる。
『けど、毎日ちゃんとやんねん、次会うた時はに少し教えられるようなっとくから』
「そか……楽しみにしとく。部活がんばって」
通話を切って、スマホを机の上に立てて指で支えながら顎を乗せた。
窓の方に顔をやり、カーテンの隙間から夜を見つめる。
「走ってこよ……」
技術的なことは信ちゃんに会った時に信ちゃんに教えて貰えばいいや、と納得した。
剣道部では相変わらず部員を見つつ、なぜか顧問と打ち合う。なんか見本らしいけど。
俺が主に人に口出しするのは、体力や筋力の向上に重きを置いている。打ち合いに関しては余り人にどうこう言わないようにしているのは、俺はかなり実践的なタイプだからだ。
でも練習試合は同行できるだけして、小山内クンの隣でなんか監督面をして座っていた。
指示は基本顧問が行うが、最後に俺のコメントでまとめ、今後の課題を見出すとかいう大トリをやらされるので、時には相手校からはよくわからん顔をされたりする。
それが次第に当たり前の光景になったのは、部員が強くなったからだろう。
いつしか他校の生徒も正座して聞いてたり、合同練習があったりすると声をかけられるようになった。
「なー師範、来週の練習試合やねんけど───って、また月バリ読んどる!」
ある日、同級生であり剣道部の主将となった八代が、道場の隅っこのパイプ椅子にかけてバレー雑誌を読んでいる俺のところに滑り込んで来た。
「この浮気もん!」
「うるせえこっちが本命だ」
「師範のいけず!!!」
八代はきいっと手ぬぐいを噛み締めた。
いや、まあ雑誌に信ちゃんが載ってるわけじゃないんだけどね。
「来週の練習試合って……合同合宿? 兵庫のナントカグループが招待してくれたとか」
「そうそう、"イナリザキ"グループや。んでなー、バスの定員がオーバーなんよ」
「何人?二年は自力で行ったら?」
最近三年生が引退したことで部員の人数が減り、少なめのバスにしようとしたら若干多い……という細かい悩みが生じているようだ。てかそれ顧問の仕事では。
「三人。そういうと思って、俺とと、あと誰に頼もかって相談や」
「小山内クンでええやん。残った二年で一年見とけ」
「や、小山内先生には監督責任ゆうのがあるやろ?」
八代と話し合った結果、そもそも小山内クンと一緒に電車で行きたくなくなぁい?ということでヤメた。
稲荷崎グループは兵庫の稲荷崎高校をはじめとする、近隣の中高等学校がグループになっていて、部活動のレベルアップを目的としている。
特に稲荷崎高校はバレー部が強いらしい、と信ちゃんから聞いた。その話をすると、八代が俺の横でメメしく文句を垂れた。
「またほかのオンナの話しするぅ……」
そもそも今日ついて来たことに感謝せい。
集められた選手たちは、突然来た京都の中学ということに違和感抱かないのだろうか。と思っていたが、先日あった全中でうちは準優勝だったので、そうでもなかった。
そしてそんな彼らにとって、俺はどこからどう見ても剣道部員。茶道部であることなどわかりゃしない。
なんなら部員と顧問が俺を師範と呼び、一年生の基礎強化班のコーチとして紹介されたせいでよくわかんない立ち位置と相成った。
「お願いしぁす!!!」
「はい、よろしゅうお頼もうします」
体育会系挨拶に対してフンワリ上品に笑う。だってなんか、すごい緊張した面持ちしてんだもん。全中準優勝って、優勝じゃないんだよ?俺は鬼でもないんだよ?
「みなさんここに振り分けられた、ゆうことは───いわゆる初級になります」
とりあえず俺はやるべき仕事をするかと、気持ちを切り替えた。
俺を見る顔ぶれには、ピリッとするやつ、ぐっとするやつ、しら〜っとしてるやつ、様々いる。
各校で三段階に分けた結果の三軍というやつで、つまり学校によってはレベルが違うこともあるだろう。稲荷崎グループが部活に力を入れてるとはいえ、各校残した成績は違うので。でも基礎強化に回されたというのは、根本的に足りないという判断だ。
「見ててちゃんとできとるなーと判断したら、すぐ上のクラスにステップアップさせたるんで、やる気なくさんと気張ってください」
「オス!!!!」
練習前に基礎の基礎であることを宣言、しかしそれで腐っちまうことのないように予防線をはる。これでも反抗的なら俺はもう知らん。
大半は素直に頷き、少数やる気なさそうなのとか、何考えてるかわかんないのもいたけど、やる気を引き出す個別指導まではやってられない。
剣道の基礎と、武道全般に通ずる基礎、さらに遡って体を動かすための基礎。この三つの強化を優先とし、中でも最後の体を動かすための基礎が三軍では要だ。
これが備わってるのと備わってないのとでは、今後の身体の作られ方も変わってくる。
特に一年生はまだ発達途中なので、身体の成長に更なる成長を促すことになり色々と大変でもあり、期待値も大きいところでもあるだろう。
一日目で自分とこの先輩や顧問に嫌や言うたやつは説得されてここに戻されたか、帰宅させられた。
二日目で疲れてしんどそうな子たちはこなす量を減らした。三日目は大半が疲れていたので、ストレッチや優しくも効果的な運動、それから瞑想や心構えについての指導を挟む。四日目は回復の兆しと、心の変化が見えつつあったので同じように鍛えつつ、ちょっぴり量を増やした。
この頃になると、俺が動かんで口だけのやつっていう印象は薄れ、訝しげな表情を見せるやつはいなくなる。
「じゃあ、なんかあったらこのキャップ目印に声かけてなー」
外周を走る時、各々学校のジャージだったりTシャツだったりで紛れちゃうので、一人だけ白いキャップをかぶることにしている。
目的としては俺が走っているのを意識させること、緊急時の対応、走り方の指導、体力見極めなど様々だ。
「走るフォーム意識して」「辛いんなら半周分歩いて良い」などと、声を掛けながら先頭に行っては最後尾戻って、また追い上げて、いろいろな角度から部員を見る。
鍛えるためにはちょっとキツい思いをした方が良いのだが、優先事項は基本の定着なので、今回の合宿では無理をさせないことにした。
その優しい鍛錬のはずなのに消えたやつもいたがな。
「靴紐結びな〜」
前を走る子の靴が、解けた紐をほったらかしだったので、背中を叩いて追い抜こうとして、あれっと違和感を抱く。
その子は「あ、ホンマや」と呟いて止まったので、結局追い抜いてしまって、違和感の正体は突き止められなかった。
しかし前を走る、明らかに俺のグループにいなかったごっつい体格の背中を見つけた。
「?ちわす……な、なんや?」
しらん人がおる……。
異国の情緒を感じさせる濃い肌色、体格、顔つき。俺の並走と凝視に気づいて戸惑いつつも挨拶をしてくれたその人は関西弁だった。
じっと見つめ過ぎたことを心の中で反省しながら、彼に挨拶を返す。
「こんちは!何部の人ですか?」
「バレー部や、そっち剣道部の合同合宿やって?」
「そうですー、お邪魔しとります」
「こっちも練習試合で、この学校ちゃうけどな」
バレー部と聞いて、うっかり異部活交流をしたくなる。
信ちゃんから聞いてたやつだ!とテンション上がったのは事実。
ていうかこの人見覚えあると思ったら、
「あれ、……尾白アランくんだよね? 俺同い年」
「! 知っとるんか、俺のこと」
「同い年の親戚が兵庫におってな、バレーやってんだ~」
「せやかて自分、剣道部員やろ?」
「うち男バレないねん!!!」
思わずシャウトした。
「なんやバレー部志望の人と話しとるんですか? アランくん」
すると、丁度背後から追い上げてきた人が、俺の横を並走し始めた。
反対隣のアランくんが「どっちや」と問いかけるので、頭一つ分くらいデカイ二人を交互に見る。
会話の内容と再び見覚えのある顔ということから、中学生男子バレー界隈で有名な『宮ツインズ』を思い出す。
自慢じゃないが、俺は京都の剣道部より、兵庫のバレー部への関心が高い。
ふいに、宮どっちかクンは、俺に声をかけた。「あ、さっきは靴紐どーも」と。
そうか、俺がさっき靴紐指摘したのは彼だったのか。
「部員かと思て、アハハ。でも声かけてよかった。しょうもない怪我するんは、もったいないからな」
「そらそうすね───で、何の話でしたっけ」
「おいこらサム!何こんな所で油売っとんねん、ちゃきちゃき走れや」
「今走っとるのが見えんのかアホツム」
「もっと全力ださんかいボケ!」
俺はバレー部員と交流が面白いのだが、話を広げる寸前に更なる登場人物が現れた。
キャップのつばを少しだけ上げて、後ろから追い上げて来た双子の片割れを見る。
俺と尾白くんは無意識にだが、言い合いを初めてド突き合っている二人からやや距離を取る。そしてひっそり、サムとツムって何だと聞いてみる。
前もこんな感じの響きを聞いたことがある。なんだっけ。
「治のサムと、侑のツムらしいわ」
「なるほど……???」
「アランくんって名前、横文字でカッコええでしょ?」
いつのまにか喧嘩を止めてた治くんの方がまた俺たちの会話に気づき、入ってくる。
「アランくんはカッコええけど、サムとツムはへ、ん"んっ……いや、かわいいな」
「いや、かわいいか??」
「あんた今ヘンってゆうたやろ!? 咳払いで完成させとんねん!! かわいくもないし!」
「あのアレ、思い出した、野ネズミみたいやなって」
そこでアランくんがブッと噴き出している。
治くんも少し顔をしかめ「いやや……」と呟いていたのであまり嬉しくない例えをしてしまったらしい。しかし彼はそれよりも、俺が誰なのか気になったみたいで話を逸らす。
「てかそもそも、あんた誰なんです?」
あら、勝手に名前を知ってるばかりで、俺ったら名乗りもせず……。
「俺は───」
そう思って自己紹介をしようとしたところで、部員が遠くから、「師範!!!」と呼んだ。
なにはともあれ、信ちゃんが、バレー部に入部したらしい。
じゃ、俺も始めよ!と勇み足で中学に登校してすぐに気づいた。……うちの学校男バレないやんけ。部活動一覧表を前に肩を落とした。
「あれ春野、部活興味あったん?」
新入部員募集期間ということもあって、一学年の昇降口前掲示板には部活動一覧と活動場所が記載された表があって、朝からぼんやり眺めていた俺の後ろ姿にクラスメイトの戸田が声をかけて来た。
おはようのやり取りもおざなりなほど、意外らしい。
戸田は俺が剣道道場に通ってたり、他にも武道やってることを知ってる小学校からの友達でもある。
「親戚がバレー部入ったんで、俺もやってみようかと」
「は、そんな理由で!? 軽ぅ~」
この学校は原則なんらかの部活動に所属することになっていた。
外のクラブ活動があるやつは申請すれば許可されるが、俺の場合は道場で習っているのではなく、教えている側になってしまっていて、しかもそれは結構な人たちに知られていて、物議をかもした結果、部活免除にはならなかった。剣道部入るか、正式に道場に入るかの二択のようだ。求む、柔軟な対応……。
しかしこの度、バレー部への関心を示したことで、運動部の中でも俺への勧誘が消極的だった球技系の部活もアップを始め、なんか知らんけど俺の争奪戦となった。
俺のために争わないでえ。
これはもう、さっさと部活に入って無用な争いを避けようと決意をした。
そこで入部届けを出したのは茶道部の顧問のところだった。
着任二年目らしい若い女性教師───吉田先生が、ずれた眼鏡を直しながら入部届けと俺の顔を見比べた。
その奥三つ隣の席では剣道部の顧問が椅子からずっこけている。コントのようだ。
剣道部顧問の小山内先生こと小山内クンは俺の通っていた道場の、大人クラスに通ってる。たまに大人クラスに混じって相手をしてるので顔見知りで、中学校入学前から剣道部に入って欲しいと勧誘されてた。
それに対し、俺が小山内クンに剣道を教わる??しっくりこないわあ、というのが入学前から言い放っていたことである。本人も教えることはないんやわーと言ってた。
「ほんまにええの!? ええんですね! 受理しますよ!!!! ええんやね!?」
吉田先生は甲高い声で三回ほど意思を確認したが、俺が入部しても恨むなよっていう他の先生への牽制の意図があったんだと思う。俺は赤べこ人形みたいにウンウンウンと三回頷いた。
そして茶道部に入部してからの俺の日々は非常に平和───いや、そうでもないか。
入部当初、諦めの悪い剣道部顧問と幼馴染でもある主将が押しかけて来てた。一度叱りつけて礼儀を叩き込み、練習に顔を出して扱いてからはお利口さんになり、一応の平和は取り戻した。でも俺の学校でのあだ名は師範になった。
『───ん?結局、何部なん?』
「茶道部茶道部」
『でも、明日は剣道部の練習試合に同行するんやろ』
「なんかあ、成り行きでえ」
信ちゃんと電話で近況を話していると改めて聞かれる。言ってて、そういえば俺何部なんだ?ってくらい剣道部にも顔を出していることに気づいた。
茶道部は活動日が少ないので、空いてる日は結局剣道部に引っ張って行かれる。
せめてバレーをやりたいのに!とバレーのルールブックを読んだり女子バレー部からボール借りて触ったりもしてるが、剣道部の部員が次何やればいっすか!!!って聞いて来るもんで中々進まない。
「クラブはいろっかなあ、バレーの」
『そんな時間あるんか?』
「時間は作るもんや」
『でも忙しすぎて、体壊したら元も子もないやろ』
電話口の向こうで信ちゃんはやや困惑げに言う。俺が色々活動していることを知っているからだろう。
道場への顔出しは中学入ってから減らしてるし、剣道部は振り切ればいい話だし、勉強は真面目にやってるし、自主練はいつも通りで……作れないこともないだろう。
『俺と一緒にやれるとき、やったらええよ』
「それだと俺、まるっきり初心者だから相手にならないんじゃない?」
『俺もまだ全然下手クソや。球拾いばっかしとる』
淡々と言う信ちゃんの顔は見えないが、どんな感情かはわかる。
『けど、毎日ちゃんとやんねん、次会うた時はに少し教えられるようなっとくから』
「そか……楽しみにしとく。部活がんばって」
通話を切って、スマホを机の上に立てて指で支えながら顎を乗せた。
窓の方に顔をやり、カーテンの隙間から夜を見つめる。
「走ってこよ……」
技術的なことは信ちゃんに会った時に信ちゃんに教えて貰えばいいや、と納得した。
剣道部では相変わらず部員を見つつ、なぜか顧問と打ち合う。なんか見本らしいけど。
俺が主に人に口出しするのは、体力や筋力の向上に重きを置いている。打ち合いに関しては余り人にどうこう言わないようにしているのは、俺はかなり実践的なタイプだからだ。
でも練習試合は同行できるだけして、小山内クンの隣でなんか監督面をして座っていた。
指示は基本顧問が行うが、最後に俺のコメントでまとめ、今後の課題を見出すとかいう大トリをやらされるので、時には相手校からはよくわからん顔をされたりする。
それが次第に当たり前の光景になったのは、部員が強くなったからだろう。
いつしか他校の生徒も正座して聞いてたり、合同練習があったりすると声をかけられるようになった。
「なー師範、来週の練習試合やねんけど───って、また月バリ読んどる!」
ある日、同級生であり剣道部の主将となった八代が、道場の隅っこのパイプ椅子にかけてバレー雑誌を読んでいる俺のところに滑り込んで来た。
「この浮気もん!」
「うるせえこっちが本命だ」
「師範のいけず!!!」
八代はきいっと手ぬぐいを噛み締めた。
いや、まあ雑誌に信ちゃんが載ってるわけじゃないんだけどね。
「来週の練習試合って……合同合宿? 兵庫のナントカグループが招待してくれたとか」
「そうそう、"イナリザキ"グループや。んでなー、バスの定員がオーバーなんよ」
「何人?二年は自力で行ったら?」
最近三年生が引退したことで部員の人数が減り、少なめのバスにしようとしたら若干多い……という細かい悩みが生じているようだ。てかそれ顧問の仕事では。
「三人。そういうと思って、俺とと、あと誰に頼もかって相談や」
「小山内クンでええやん。残った二年で一年見とけ」
「や、小山内先生には監督責任ゆうのがあるやろ?」
八代と話し合った結果、そもそも小山内クンと一緒に電車で行きたくなくなぁい?ということでヤメた。
稲荷崎グループは兵庫の稲荷崎高校をはじめとする、近隣の中高等学校がグループになっていて、部活動のレベルアップを目的としている。
特に稲荷崎高校はバレー部が強いらしい、と信ちゃんから聞いた。その話をすると、八代が俺の横でメメしく文句を垂れた。
「またほかのオンナの話しするぅ……」
そもそも今日ついて来たことに感謝せい。
集められた選手たちは、突然来た京都の中学ということに違和感抱かないのだろうか。と思っていたが、先日あった全中でうちは準優勝だったので、そうでもなかった。
そしてそんな彼らにとって、俺はどこからどう見ても剣道部員。茶道部であることなどわかりゃしない。
なんなら部員と顧問が俺を師範と呼び、一年生の基礎強化班のコーチとして紹介されたせいでよくわかんない立ち位置と相成った。
「お願いしぁす!!!」
「はい、よろしゅうお頼もうします」
体育会系挨拶に対してフンワリ上品に笑う。だってなんか、すごい緊張した面持ちしてんだもん。全中準優勝って、優勝じゃないんだよ?俺は鬼でもないんだよ?
「みなさんここに振り分けられた、ゆうことは───いわゆる初級になります」
とりあえず俺はやるべき仕事をするかと、気持ちを切り替えた。
俺を見る顔ぶれには、ピリッとするやつ、ぐっとするやつ、しら〜っとしてるやつ、様々いる。
各校で三段階に分けた結果の三軍というやつで、つまり学校によってはレベルが違うこともあるだろう。稲荷崎グループが部活に力を入れてるとはいえ、各校残した成績は違うので。でも基礎強化に回されたというのは、根本的に足りないという判断だ。
「見ててちゃんとできとるなーと判断したら、すぐ上のクラスにステップアップさせたるんで、やる気なくさんと気張ってください」
「オス!!!!」
練習前に基礎の基礎であることを宣言、しかしそれで腐っちまうことのないように予防線をはる。これでも反抗的なら俺はもう知らん。
大半は素直に頷き、少数やる気なさそうなのとか、何考えてるかわかんないのもいたけど、やる気を引き出す個別指導まではやってられない。
剣道の基礎と、武道全般に通ずる基礎、さらに遡って体を動かすための基礎。この三つの強化を優先とし、中でも最後の体を動かすための基礎が三軍では要だ。
これが備わってるのと備わってないのとでは、今後の身体の作られ方も変わってくる。
特に一年生はまだ発達途中なので、身体の成長に更なる成長を促すことになり色々と大変でもあり、期待値も大きいところでもあるだろう。
一日目で自分とこの先輩や顧問に嫌や言うたやつは説得されてここに戻されたか、帰宅させられた。
二日目で疲れてしんどそうな子たちはこなす量を減らした。三日目は大半が疲れていたので、ストレッチや優しくも効果的な運動、それから瞑想や心構えについての指導を挟む。四日目は回復の兆しと、心の変化が見えつつあったので同じように鍛えつつ、ちょっぴり量を増やした。
この頃になると、俺が動かんで口だけのやつっていう印象は薄れ、訝しげな表情を見せるやつはいなくなる。
「じゃあ、なんかあったらこのキャップ目印に声かけてなー」
外周を走る時、各々学校のジャージだったりTシャツだったりで紛れちゃうので、一人だけ白いキャップをかぶることにしている。
目的としては俺が走っているのを意識させること、緊急時の対応、走り方の指導、体力見極めなど様々だ。
「走るフォーム意識して」「辛いんなら半周分歩いて良い」などと、声を掛けながら先頭に行っては最後尾戻って、また追い上げて、いろいろな角度から部員を見る。
鍛えるためにはちょっとキツい思いをした方が良いのだが、優先事項は基本の定着なので、今回の合宿では無理をさせないことにした。
その優しい鍛錬のはずなのに消えたやつもいたがな。
「靴紐結びな〜」
前を走る子の靴が、解けた紐をほったらかしだったので、背中を叩いて追い抜こうとして、あれっと違和感を抱く。
その子は「あ、ホンマや」と呟いて止まったので、結局追い抜いてしまって、違和感の正体は突き止められなかった。
しかし前を走る、明らかに俺のグループにいなかったごっつい体格の背中を見つけた。
「?ちわす……な、なんや?」
しらん人がおる……。
異国の情緒を感じさせる濃い肌色、体格、顔つき。俺の並走と凝視に気づいて戸惑いつつも挨拶をしてくれたその人は関西弁だった。
じっと見つめ過ぎたことを心の中で反省しながら、彼に挨拶を返す。
「こんちは!何部の人ですか?」
「バレー部や、そっち剣道部の合同合宿やって?」
「そうですー、お邪魔しとります」
「こっちも練習試合で、この学校ちゃうけどな」
バレー部と聞いて、うっかり異部活交流をしたくなる。
信ちゃんから聞いてたやつだ!とテンション上がったのは事実。
ていうかこの人見覚えあると思ったら、
「あれ、……尾白アランくんだよね? 俺同い年」
「! 知っとるんか、俺のこと」
「同い年の親戚が兵庫におってな、バレーやってんだ~」
「せやかて自分、剣道部員やろ?」
「うち男バレないねん!!!」
思わずシャウトした。
「なんやバレー部志望の人と話しとるんですか? アランくん」
すると、丁度背後から追い上げてきた人が、俺の横を並走し始めた。
反対隣のアランくんが「どっちや」と問いかけるので、頭一つ分くらいデカイ二人を交互に見る。
会話の内容と再び見覚えのある顔ということから、中学生男子バレー界隈で有名な『宮ツインズ』を思い出す。
自慢じゃないが、俺は京都の剣道部より、兵庫のバレー部への関心が高い。
ふいに、宮どっちかクンは、俺に声をかけた。「あ、さっきは靴紐どーも」と。
そうか、俺がさっき靴紐指摘したのは彼だったのか。
「部員かと思て、アハハ。でも声かけてよかった。しょうもない怪我するんは、もったいないからな」
「そらそうすね───で、何の話でしたっけ」
「おいこらサム!何こんな所で油売っとんねん、ちゃきちゃき走れや」
「今走っとるのが見えんのかアホツム」
「もっと全力ださんかいボケ!」
俺はバレー部員と交流が面白いのだが、話を広げる寸前に更なる登場人物が現れた。
キャップのつばを少しだけ上げて、後ろから追い上げて来た双子の片割れを見る。
俺と尾白くんは無意識にだが、言い合いを初めてド突き合っている二人からやや距離を取る。そしてひっそり、サムとツムって何だと聞いてみる。
前もこんな感じの響きを聞いたことがある。なんだっけ。
「治のサムと、侑のツムらしいわ」
「なるほど……???」
「アランくんって名前、横文字でカッコええでしょ?」
いつのまにか喧嘩を止めてた治くんの方がまた俺たちの会話に気づき、入ってくる。
「アランくんはカッコええけど、サムとツムはへ、ん"んっ……いや、かわいいな」
「いや、かわいいか??」
「あんた今ヘンってゆうたやろ!? 咳払いで完成させとんねん!! かわいくもないし!」
「あのアレ、思い出した、野ネズミみたいやなって」
そこでアランくんがブッと噴き出している。
治くんも少し顔をしかめ「いやや……」と呟いていたのであまり嬉しくない例えをしてしまったらしい。しかし彼はそれよりも、俺が誰なのか気になったみたいで話を逸らす。
「てかそもそも、あんた誰なんです?」
あら、勝手に名前を知ってるばかりで、俺ったら名乗りもせず……。
「俺は───」
そう思って自己紹介をしようとしたところで、部員が遠くから、「師範!!!」と呼んだ。
中学は入学からスッ飛ばしました。
こちらのサクラチャンは脳筋なところあるので、体力や筋肉を付けさせてフィジカルとメンタルを引き上げるタイプです。ごめんあそばせ。
Mar 2025
こちらのサクラチャンは脳筋なところあるので、体力や筋肉を付けさせてフィジカルとメンタルを引き上げるタイプです。ごめんあそばせ。
Mar 2025