sakura-zensen

春の蕾

07話
三年生になった時、全中の団体戦で我が校の剣道部が優勝した。
距離はあるが、観客席で俺はその瞬間を見守った。

「よう持ちこたえた……!足捌きも完璧やった」
「服部……オメー泣いてんのか?」
「泣いとらんわ!」

俺の右隣で目をウルウルさせて拍手をしていた平ちゃんに、左隣にいた新一くんが指摘した。新一くんの向こうには信ちゃんがいて、すごいなあ、と感心している。

実はこの全国大会出場にあたって、剣道仲間の平ちゃんがかなり前から練習に参加してくれていた。
そして二人で応援に行く際に、それぞれ信ちゃんと新一くんを誘った。開催地は東京だったので、工藤さん家に泊まらせてもらう予定になっている。

くんは部員のところ、行ってきたらどうだ? 荷物は俺たちで見とくからさ」
「そうやな、行って来てええよ」
「おっし、行くでぇ!」
「なんでオメーまで行くんだよ服部」

勇み立ち上がる平ちゃんに呆れた新一くんだが、いいんだ。平ちゃんは最近練習に付き合ってくれたんだ。なので観戦に熱くなり、結果にも喜びが一入なんだ。
というわけで、二人に荷物をお願いして、俺と平ちゃんは剣道部員たちのところへ走った。部員たちは俺たちの姿を見つけると、嬉しそうな顔をした。

「せんせい〜〜〜!!!」

俺と平ちゃんはひっくるめて先生扱いだ。
顧問まで生徒みたいにわっと泣きついてくる始末。

「おまえらよう頑張った!!」
「みんなおめでと」
「師範と服部さんのおかげです!!!」
「小山内さんも、おつかれさん」
「ありがとうございます……!」

八代は涙ながらにはにかみ、小山内クンは男泣きで平ちゃんに背中を叩かれていた。
その様子を部員の親御さんたちが、微笑まし気に見ている。
おまけに今年は、テレビ局が優勝候補として密着に来ていたもんだから、カメラも俺たちを取り囲んでおり、きっと今はいい感じのシーンとして、いつか放映されるんじゃないかと思われる。
取材は一応、平ちゃんがくる前からだったが、平ちゃんが来てからは話題性の関係で平ちゃんがメインになるだろう。まあ出来上がってからのお楽しみだ。

その後、夜に行われた表彰式を観覧し、記念撮影に一緒に入れてもらって、部員たちよりも一足先に俺たちは外へ出た。
そして新一くんの運転する車で、俺が希望したお好み焼き屋さんへ向かった。

「そう言えば宮田Dから聞いたんやけど、テレビのOAは春に決まったらしいで、覚えとき」
「観るのわすれそ」

テレビの取材ディレクターとすっかり仲良くなってた平ちゃんの情報に、俺は暢気に返事をする。部員たちはおそらく顧問から聞いて放送が待ち遠しくなるにちがいない。

「ばあちゃん観たいゆうてたから、うちで録画するわ」
「じゃあいざとなったら信ちゃんちで観るかあ」
「いやくんが出るんだから、うちに絶対録る人がいるんじゃねーの」
「ア、文麿くん? 俺出ないよ、見切れてるかもしれないけど。剣道部員じゃないし……あー平ちゃんが出るなら俺も出るのか?」
確かに文麿くんなら、俺が出る可能性を信じて録るかもしれないけど。
「いや、そりゃねーだろ」
「映っとるわ! めちゃくちゃカメラに追われとったやろ!?」
「いやー撮られた撮られた、でも優勝したからには部員がメインっしょ」
信ちゃんまで、何を言ってるんだこいつは、という顔をするのやめてほしい。
「茶道してるとことか、ランニングの引率とか、俺の将来の夢のくだり、要る?? 要らんわー」
そこでお好み焼きのタネが入ったお椀が届いて、むちむちと混ぜ合わせた。

───「高校に入ったらバレーボールやりたいです、将来の夢は医者です」

かつて、なぜ剣道部に入っていないのか、高校では入るのか、将来の夢は?と聞かれて、そう答えた覚えがある。ディレクターもカメラマンも音声の人もぽかんとしていた。
こんな、何を考えてるのかわからない生徒を真剣にやってる剣道部員と一緒に放映したらあかん気がする。そう思われるくらいくらい、ド素直に全部答えたので使われない自信があった。

「あ~、そういや二人とも、志望校決まったのか?」
「まあだいたい」
「どこや?京都でええとこゆうたら───」

じゅわ〜と生地をやきながら、話を変えた新一くんと平ちゃん。俺は鉄板の上のタネを丸く整えながら答える。
兵庫の稲荷崎高校を受けようと思っている、と。すると、信ちゃんがぱちりと目を瞬いた。
平ちゃんと新一くんは京都にそんな学校あったかと首を傾げ、それからまさかと口ごもる。

「……兵庫の稲荷崎高校か?」
「そー」
「まっ、待て待て待て!通学するとしたら、えらい遠いで!?」
二人が驚いてるのをよそに、お好み焼きをヘラでちょこっとめくって見る。焼けてるかな。
「寮入るんか?」
「や、推薦で入学した子が優先だから、定員いっぱいなんじゃないかな。だから下宿探すか一人暮らしかなあ。おばさんは寮の方が安心やー言うてるけど」

崩れない程度には火が通ってるな、と思ったのでひっくり返したら、ちょっと色づきが足らん感じだった。まあ生じゃなきゃいいや。

「信介、そんなに驚いてねーな。いや兵庫だったら近くなんのか……」
「ああうん、稲荷崎は偏差値も低ないし。それに───」
「信ちゃんも行くんだよ、バレー部の監督さんに声かけられたんだって!」

平ちゃんと新一くんは俺の回答を聞いてしょっぱい顔をした。
ちゃんと学力には合ってますう。

「それやったら、うちから通ったらええやん。おばさんに聞いてみ」
「えーいいのかな……。信ちゃんのおばあちゃんと、お父さんお母さんに聞いてみないことには」
「多分うちは反対せえへん。問題はそっちのじいちゃんと兄さんや」
「昔ほど過保護じゃないよ、二人とも」
「そうなんかな」

会話中、手持ち無沙汰にお好み焼きをヘラで押してみたりして、じうじうと言わす。
……あれ、おかしいなあ、平ちゃんと新一くんが口をきかなくなっちまった。

「二人共どうした、くち火傷した?」
俺は、顔を覆ったり口元を抑えて黙り込む大人二人に目を向けた。
「時間の問題どころじゃねえ……すでに出来上がってる……!」
「お好み焼きが??焦げそうだよ??」

新一くんと平ちゃんの前の鉄板には手をつけられていないお好み焼きがあり、何やら煙を発していた。

「アカン……手遅れや」
「焦げたところ剥がせば食えるんとちゃう?」

信ちゃんは気を利かせてお好み焼きをひっくり返してやっていた。
こんがりしてるが、まあ食えるだろ。


何故か疲弊した顔の二人に連れてきてもらった工藤邸は、噂に聞いていたとおりでっかかった。
東京の学校に行くんだったら、それこそこの家に住まわせてもらいたいくらいだな。なんて。
俺と信ちゃんは腹ごなしにランニングにいくつもりで、荷物を置いたらすぐにウェアを気て玄関に集合する。
新一くんと平ちゃんは、しっかり者クンの俺達を心配してはいないが、預かる身としては口を酸っぱくして注意をした。
妙な人間が居ても尾行するな、死体、爆弾を見たら速やかに通報など……。多分そういう物騒な事件には巻き込まれないと思うの、俺たち。
え?付き合いのある本庁の警察官の電話番号は要らないカナ。……既に知ってるんだわ。


信ちゃんは中学に入ってバレー部に入ったこともあって、随分運動するのに慣れた身体になっていた。体力もついてるし、身体の動かし方、追い詰め方もわかってる。
三十分ほど走ったところで、そろそろ帰ろうかと上がる息を整えながら歩いた。

「なあ、ほんまに稲荷崎くるんか?」
「受かればね」
なら受かるやろ」
「受かります」
改めて断言したら、信ちゃんはふっと笑った。
「信ちゃんと学校一緒なの楽しみ。来年からよろしく」
「うん。せやけどバレー部でよろしくできるかわからんで」
「ど、どう言う意味……?」
「監督は声かけてくれたけど、そんなんいっぱいおるし」

一瞬俺は、バレー部入ったらライバルだからな、気安く話しかけんなよって意味かと思って肝が冷えた。いや信ちゃんそんなこと言わんけど。

稲荷崎高校のバレー部は規模がでかいので、信ちゃんみたいにあまり目立たない選手でも、少しの可能性を感じれば学校に呼び込む懐の大きさもあるんだろう。
そのため実際入れたとしても、そこからが大変で競争率はものすごく高い。
もしかしたら三年間ユニフォームをもらえない可能性だって大いにある。それがわからない信ちゃんではなかった。

はすぐええとこまで行けるんちゃうかな」
「いや、バレーボールなめたらあかんで信ちゃん」
「なめとらんけど」
「そうね!」
言葉のあやだよ。
「───そういうのは、心血をそそがないといけない」
走った後の方が汗が出るから、ぱたりぱたりと服で扇ぎ、体につきまとう自分の熱気を逃す。
「剣道やらんかったのと一緒で、俺はきっと血まで吐かないよ」
「せやけどは本気でやるやろ」
「そりゃあもちろん」

そう言いながら、多分俺は全力でも死ぬ気でもやらない、と心の中でだけ答えた。
それは違う常識が根付いてるからであって、俺の全力とか死ぬ気は、人とは違う領域だと強く認識している。

「それに、一緒にレギュラーなれるか、試合に出れるか、大事なのはそこじゃないやん。そりゃできたら嬉しいけどさ」
「そうやな───なら、一緒やな」
「いや信ちゃんはやるからには上を目指さんと~、バレーを選んだのは自分だろ!」
ハイハイ、やる気もってこ!
ぱんぱんと手を叩く。
「だから信ちゃん、俺をインターハイに連れってくれ」
「ふは、多分が俺をインターハイに連れってくれるのが先やと思うわ」

軽口を叩きながら、俺と信ちゃんは夜の道をのんびり歩いた。
だけど途中で、持ってきていた水分を落として零したのでコンビニに寄る。───そしたら夜のコンビニ米花町店は高確率でアレが発生することを失念していた。そう、コンビニ強盗です。
相手が一人で所持してたのはナイフだったので制圧はすぐに済み、特に大事には至らなかった。だけど俺は、信ちゃんと後からかけつけた新一くん、平ちゃんにこってり叱られたのだった。

平次くんとコナンくんは迷宮の十字路以降ゆるゆる仲良くなっていったので、今は大阪と東京に住む友達の平ちゃんと新一くん。
改稿前はコンビニ強盗に遭わなかったのですが、米花町に来たならフラグ回収しないと、という使命感がにわかに……。
Mar 2025