sakura-zensen
春の蕾
17話
夏のインターハイを終えて、お稲荷様の季節がやってきた。
実行委員に飛びつかれ、またしても断りきれず、異例の二年連続抜擢に心から遺憾の意を表します。
今年は、昨年のように身動きが取れない事態にならないよう、昨年より多めに護衛をつけてくれるらしい。
じゃあアランと大耳がいい!でかいし!と名指しでお願いしようとしたら、既に立候補者多数により推薦は不要となった。
なぜ俺の意見をことごとく聞いてくれないんだろう、お稲荷様実行委員って。嫌いです。
「よろしゅうたのんます〜」
「おわー、綺麗やわ」
俺の護衛ならぬ、御遣いのキツネとなる筆頭が宮兄弟だった。
お稲荷様用のお澄ましした顔のまま硬直して、お手伝いしてくれる生徒たちに深々と頭を下げた。
その拍子に髪がさらさらと落ちるので戻す。はよ脱ぎたい。
「ねえ何でうちの後輩がいるの」
双子や他の生徒たちは少し離れたところいる隙に、去年も実行委員をやっていた同級生という名の、今回俺を生贄にした奴に耳打ちをする。
「あの二人は立候補してきはったんや。それにほら、人気あるやろ、あっちでも注目集めるんちゃうかな」
「そうか~、……そしたら、観客も増えるなあ???」
「………………あはっ」
途中から、二人の視線をひしひしと感じつつも、俺は実行委員と打ち合わせをするふりをして避けた。
責任もって俺の正体を隠してもらうべく、俺は『役』のために口をきかないという注意もしてもらった。これで自分さえ喋らなければなんとかなるだろ。多分。
そして無事、稲荷道中は声を出すことなく終わった。
しかしやはり昨年と同じく、問題は撤収作業である。人混みを押さえる人材は増えたが、それでもみんな手一杯だ。
別にエスコートされたいわけじゃないので、さあ今年も逃げるで〜と思っていた矢先、身体が掴まれてぐわっと持ち上げられる。
腹に手が回って、腰が多分誰かの肩にぶつかる。その勢いで浮き上がった足を膝のあたりで支えられた。上半身が落ちそうになるところを、また誰かの腕が支えて担ぐ。
がっしりとした腕に俺の身体は拘束され、やたらと長い袖や裾も相まって身動きが取れなくなった。
ほえ、と声が漏れたがそれをかき消すように、俺を担ぎ上げてる侑と治が声を張り上げる。
「お稲荷様の御通りやでぇ!」
「道あけんかぁ!」
……バレー部員ガラ悪~~~っ。
俺は後ろ向きで侑と治にワッショイされたまま、校舎の中、廊下を通り、最終的に準備室にまで連れて行かれた。元々待合室にされていた場所なので、誰も人はいない。
ようやく床に下ろされた時に双子はやっとこさ俺のことを見て、シマッタという顔をした。
なにせ、俺は着物も髪も、ヨレヨレである。
「げっ、す、すんません!」
「な、直せます……!?」
やったことはムチャクチャな奴らだったが、怒るに怒れなくて手を振る。
あ、でももう、声我慢してる場合じゃないよなあ。さすがに。
「あのー……やっぱ話したらダメなんですか」
「俺ら去年のお稲荷さんも見とって……」
先輩の前でいじいじするときの二人にすごく似ている。まあ実際その通りなんだが。
「ごめんごめん、あんがとな。去年も見てたの知ってるよ」
「───!!!」
「夢壊すようで、嫌だったんだけど……エヘ」
「〜〜〜!!」
いつもの声で、いつもの笑顔で、いつもの調子で話す。
すると二人はぴゃっと目を見開き、顔を見合わせうなずき合った。
当然、俺であることはこの瞬間にわかったのだろう。
「やっぱり!」
「なあ!そうやと思た!」
「───え」
今度は俺が驚く番だった。
やっぱりってなんだ。やっぱりって。
「え、気づいてた……? いつ」
「お稲荷さんって、試合んときの集中しとる春野さんと雰囲気似とったし」
「実行委員の人と話しとるとこも、春野さんみたいやったしな」
バレバレやんけ。いやバレない方がおかしいんだけどさ。
なんか今までの澄ました態度まで恥ずかしくなってくる……。
「残念でしたー……アハハ」
「残念? なんでです?」
誤魔化すように苦笑いを浮かべる俺に、治は首を傾げた。
顔が熱いので頬を両手で隠し、「だって、思い出のアノコとやらと、似てたんだろ?」と言ってみる。いやこれ自分で言うの恥ずかしいな。
「あー、でも、あれ? 俺らの初恋春野さんゆうことにならへん?」
「やんなあ」
ならへんならへん。
まあ双子の言うアノコの正体、俺なんだよな。
「まあ、あの子のことはあんまし覚えとらんもんな……ツムなんて桜の花びらすぐ失くしたもん」
「しゃあないやん、子供やったし。サムはあの便箋もっとるんですか〜?」
二人の態度は思っていたより、落ち着いていた。
おっかしいなあ〜、お稲荷様と初恋の人の話でからかわれ、桜の花びらを拾うのに躍起になっていた時代がこいつらにもあったはずなんだけどなあ〜。
「まぁた喧嘩する。てかいつのまにそこまで開き直ったん?」
頬を押さえていた手で、ほんのり痛む気がするこめかみを押した。
俺ばっかり必死で隠そうとしてたの、なんかバカみたいじゃん。
「あんとき、ええ思い出と同時に辛いもんあったんですよ」
「せやけどそんなん思い出してたってしゃあないし、今度こそ掴みたかったんや」
何やら雲行きの怪しいことを言い始める双子を見上げる。
「「ね───春野さん」」
はひ……。
両腕を取り上げられた俺はまるで降参というポーズをとってるみたいだった。
妙な圧を感じるのはなぜだろう。
宮兄弟の先輩歴はまだ一年にも満たないが、こいつらの関心は大抵がバレーだ。あとはウケとかモテとかメシ。単純で大変よろしいけど、時折自分たちの欲望に対して桁違いの執着を見せることもある───というのが俺の印象。
そもそも幼少期に一瞬会った俺のことなど、二人はほとんど忘れていた。本当に甘酸っぱい感情、初恋を抱いていたのかどうかすら怪しい。
というか単純に、もどかしい思いをしたことへの後悔、というものが蘇っているような気さえする。
だから今俺に向けているのは、丁寧に構築された感情というよりもきっと、狩猟本能に似た何かだ。
名前を呼ばれただけなのに妙に緊迫した。
背中に汗が垂れるような嫌な気配がして、後ずさりそうになる。
だがその空気を破るように、ドアが遠慮なくガラッと開けられた。
「───お、やっぱここにおったか」
いつもの二年メンバーが入ってきて、自然と俺への拘束は緩んだ。
しかし俺が降参ポーズのまま振り向いたので、大耳とアランが何かを察したように笑う。
「宮兄弟に攫われたって噂んなっとったで」
「とうとうバレたかー、双子に」
「もー、なんで教えてくれんかったんですか」
「俺らが気にしとるの知ってたのに!」
双子はすっかりさっきの圧を潜め、笑っている。
俺は最後に入ってきた信介の姿を見てほっと胸をなでおろした。
信介は俺の正体がバレた云々には興味がなく、「飯買うてきたで」と俺に飯を差し出す。
さりげなく逃げるため信介に近づいて、着替える衝立の方を指さした。「脱ぐわ」と告げる。
当然、脱がすのを手伝ってくれる信介は頷いて、付いてきてくれたがその動きを見ていた双子が、あっと声を上げた。
「俺らも手伝たいです!」
「着るのも想像できんけど、脱ぐのも大変そうですね」
絶対言うと思った……。
「いや、お前らはいらん。信介がいい」
実行委員に飛びつかれ、またしても断りきれず、異例の二年連続抜擢に心から遺憾の意を表します。
今年は、昨年のように身動きが取れない事態にならないよう、昨年より多めに護衛をつけてくれるらしい。
じゃあアランと大耳がいい!でかいし!と名指しでお願いしようとしたら、既に立候補者多数により推薦は不要となった。
なぜ俺の意見をことごとく聞いてくれないんだろう、お稲荷様実行委員って。嫌いです。
「よろしゅうたのんます〜」
「おわー、綺麗やわ」
俺の護衛ならぬ、御遣いのキツネとなる筆頭が宮兄弟だった。
お稲荷様用のお澄ましした顔のまま硬直して、お手伝いしてくれる生徒たちに深々と頭を下げた。
その拍子に髪がさらさらと落ちるので戻す。はよ脱ぎたい。
「ねえ何でうちの後輩がいるの」
双子や他の生徒たちは少し離れたところいる隙に、去年も実行委員をやっていた同級生という名の、今回俺を生贄にした奴に耳打ちをする。
「あの二人は立候補してきはったんや。それにほら、人気あるやろ、あっちでも注目集めるんちゃうかな」
「そうか~、……そしたら、観客も増えるなあ???」
「………………あはっ」
途中から、二人の視線をひしひしと感じつつも、俺は実行委員と打ち合わせをするふりをして避けた。
責任もって俺の正体を隠してもらうべく、俺は『役』のために口をきかないという注意もしてもらった。これで自分さえ喋らなければなんとかなるだろ。多分。
そして無事、稲荷道中は声を出すことなく終わった。
しかしやはり昨年と同じく、問題は撤収作業である。人混みを押さえる人材は増えたが、それでもみんな手一杯だ。
別にエスコートされたいわけじゃないので、さあ今年も逃げるで〜と思っていた矢先、身体が掴まれてぐわっと持ち上げられる。
腹に手が回って、腰が多分誰かの肩にぶつかる。その勢いで浮き上がった足を膝のあたりで支えられた。上半身が落ちそうになるところを、また誰かの腕が支えて担ぐ。
がっしりとした腕に俺の身体は拘束され、やたらと長い袖や裾も相まって身動きが取れなくなった。
ほえ、と声が漏れたがそれをかき消すように、俺を担ぎ上げてる侑と治が声を張り上げる。
「お稲荷様の御通りやでぇ!」
「道あけんかぁ!」
……バレー部員ガラ悪~~~っ。
俺は後ろ向きで侑と治にワッショイされたまま、校舎の中、廊下を通り、最終的に準備室にまで連れて行かれた。元々待合室にされていた場所なので、誰も人はいない。
ようやく床に下ろされた時に双子はやっとこさ俺のことを見て、シマッタという顔をした。
なにせ、俺は着物も髪も、ヨレヨレである。
「げっ、す、すんません!」
「な、直せます……!?」
やったことはムチャクチャな奴らだったが、怒るに怒れなくて手を振る。
あ、でももう、声我慢してる場合じゃないよなあ。さすがに。
「あのー……やっぱ話したらダメなんですか」
「俺ら去年のお稲荷さんも見とって……」
先輩の前でいじいじするときの二人にすごく似ている。まあ実際その通りなんだが。
「ごめんごめん、あんがとな。去年も見てたの知ってるよ」
「───!!!」
「夢壊すようで、嫌だったんだけど……エヘ」
「〜〜〜!!」
いつもの声で、いつもの笑顔で、いつもの調子で話す。
すると二人はぴゃっと目を見開き、顔を見合わせうなずき合った。
当然、俺であることはこの瞬間にわかったのだろう。
「やっぱり!」
「なあ!そうやと思た!」
「───え」
今度は俺が驚く番だった。
やっぱりってなんだ。やっぱりって。
「え、気づいてた……? いつ」
「お稲荷さんって、試合んときの集中しとる春野さんと雰囲気似とったし」
「実行委員の人と話しとるとこも、春野さんみたいやったしな」
バレバレやんけ。いやバレない方がおかしいんだけどさ。
なんか今までの澄ました態度まで恥ずかしくなってくる……。
「残念でしたー……アハハ」
「残念? なんでです?」
誤魔化すように苦笑いを浮かべる俺に、治は首を傾げた。
顔が熱いので頬を両手で隠し、「だって、思い出のアノコとやらと、似てたんだろ?」と言ってみる。いやこれ自分で言うの恥ずかしいな。
「あー、でも、あれ? 俺らの初恋春野さんゆうことにならへん?」
「やんなあ」
ならへんならへん。
まあ双子の言うアノコの正体、俺なんだよな。
「まあ、あの子のことはあんまし覚えとらんもんな……ツムなんて桜の花びらすぐ失くしたもん」
「しゃあないやん、子供やったし。サムはあの便箋もっとるんですか〜?」
二人の態度は思っていたより、落ち着いていた。
おっかしいなあ〜、お稲荷様と初恋の人の話でからかわれ、桜の花びらを拾うのに躍起になっていた時代がこいつらにもあったはずなんだけどなあ〜。
「まぁた喧嘩する。てかいつのまにそこまで開き直ったん?」
頬を押さえていた手で、ほんのり痛む気がするこめかみを押した。
俺ばっかり必死で隠そうとしてたの、なんかバカみたいじゃん。
「あんとき、ええ思い出と同時に辛いもんあったんですよ」
「せやけどそんなん思い出してたってしゃあないし、今度こそ掴みたかったんや」
何やら雲行きの怪しいことを言い始める双子を見上げる。
「「ね───春野さん」」
はひ……。
両腕を取り上げられた俺はまるで降参というポーズをとってるみたいだった。
妙な圧を感じるのはなぜだろう。
宮兄弟の先輩歴はまだ一年にも満たないが、こいつらの関心は大抵がバレーだ。あとはウケとかモテとかメシ。単純で大変よろしいけど、時折自分たちの欲望に対して桁違いの執着を見せることもある───というのが俺の印象。
そもそも幼少期に一瞬会った俺のことなど、二人はほとんど忘れていた。本当に甘酸っぱい感情、初恋を抱いていたのかどうかすら怪しい。
というか単純に、もどかしい思いをしたことへの後悔、というものが蘇っているような気さえする。
だから今俺に向けているのは、丁寧に構築された感情というよりもきっと、狩猟本能に似た何かだ。
名前を呼ばれただけなのに妙に緊迫した。
背中に汗が垂れるような嫌な気配がして、後ずさりそうになる。
だがその空気を破るように、ドアが遠慮なくガラッと開けられた。
「───お、やっぱここにおったか」
いつもの二年メンバーが入ってきて、自然と俺への拘束は緩んだ。
しかし俺が降参ポーズのまま振り向いたので、大耳とアランが何かを察したように笑う。
「宮兄弟に攫われたって噂んなっとったで」
「とうとうバレたかー、双子に」
「もー、なんで教えてくれんかったんですか」
「俺らが気にしとるの知ってたのに!」
双子はすっかりさっきの圧を潜め、笑っている。
俺は最後に入ってきた信介の姿を見てほっと胸をなでおろした。
信介は俺の正体がバレた云々には興味がなく、「飯買うてきたで」と俺に飯を差し出す。
さりげなく逃げるため信介に近づいて、着替える衝立の方を指さした。「脱ぐわ」と告げる。
当然、脱がすのを手伝ってくれる信介は頷いて、付いてきてくれたがその動きを見ていた双子が、あっと声を上げた。
「俺らも手伝たいです!」
「着るのも想像できんけど、脱ぐのも大変そうですね」
絶対言うと思った……。
「いや、お前らはいらん。信介がいい」
狩猟本能と書いて、は・つ・こ・い。
宮んずはそれなりに恋とか女の子とか好きだと思うけど、それ以上にもっと野生じみた本能とか欲が強くて、時々繊細な感情を凌駕してしまうと良いなと思います。
まだ若いので、人間性()がね、低いんだよね。
Mar 2025