sakura-zensen

春を追う

13話

(萩原視点)

「今は俺が獲物を狩ってる最中だ。横入りするなら、流れ弾にあたる覚悟を持てよ」

拳銃を頭に突きつけられた時、さすがの俺もヤバイと思った。
花森さんを置いて、諸伏を助けようと突っ込んで行った結果、このていたらくだ。
でも俺は目の前で死にそうな顔をして走ってたダチみて、放っておけるほど薄情な男じゃなかった。

───わりぃな……。花森さん。

思い浮かんだのは、家族でも、一番の親友でも、追っかけてきたダチでもなくて花森さんの顔だった。
配属して間もないころ、俺が爆弾と生身で向き合ってたと知って「馬鹿」と叫んだあの人は、きっと俺がここで命を落としたらムチャクチャ責任を感じるだろうな、って。

“ ピキッ─── ”

死ぬ、と思ったその時、天井に雷鳴が走るような音がした。
誰かが頭上を走って来る音だったというのは、花森さんが飛び込んできて初めてわかった。
「伏せ!!」とまるで犬のコマンドみたいに命じられて、俺は脊髄反射で身を屈めた。それでも視線は、花森さんから逸らすことはしなかった。
花森さんは屋根を支える細い柱を軸に身体を旋回させて、俺たちの間に脚から入ってきた。
ぱんっと軽い音がしたのは発砲音じゃなくて、花森さんが拳銃を弾き飛ばす音だった。その拳銃は、鉄の階段に何度もぶつかりながら、地上へと落ちていく。
あとになって男がFBI捜査官で、諸伏を助けるために追っていたこと、俺が組織の追手だと思って追い払うつもりで銃を突き付けてたことが分かったけど、花森さんと俺は帰りの車で「マジ肝冷えたね」と疲労感たっぷりに零した。



一晩明けて、俺は花森さんの寝室で目を覚ました。
昨日は色々あったから、警視庁近くに住んでる花森さんの部屋に泊めてもらってたんだった。
起きたら花森さんは既にベッドにいなくて、リビングで寛いでいた。その膝には全身に力が入ってない状態でくつろいでる───のかどうかもわかんねえ、腑抜けた犬がいる。
これが昨晩俺たちが探しに行った田村麻呂だ。俺たちが諸伏と男・赤井ってやつと別れた後に、ビルの隅っこで花森さんの迎えを待つようにじっとしてたのを拾った。

「おはよう、よく眠れた?」

寝室から出てきた俺に気づいた花森さんは、笑って声をかけて来る。
ラフな部屋着に下ろした長い髪は、いつものパンチ効いた女の子って感じではなく、素の花森さんって感じだ。
中性的な顔立ちの魅力が一番映えるのはこういうシンプルな格好だよなあ……。いやまあ、いつもの派手な格好で大立ち回りする花森さんも、中々にギャップがあってイイと思うけど。
「寝ぼけてんのか?」
「えっ、あっ」
頭ン中で考えてたことが口に出ていたのかと思ったけど、俺はただ挨拶されたにもかかわらず花森さんをぼーっと眺めていたらしい。危ねえ危ねえ。
起きてると返事をすれば、花森さんは特に気にした風もなく立ち上がる。
田村麻呂はソファにおかれたが、そん時も無抵抗で、身体を投げ出したままだ。マジであの犬なんなんだ……。

「お腹減ってる? 出勤前の田村さんに田村麻呂を引き渡して、その後どっかで食うんでも構わない?」
「全然オッケー」

俺たちは早速身支度して外に出ようということになった。俺は洗面所に、花森さんは寝室へと入っていく。
数分後に顔を洗ってからリビングに顔を出すと、ちょうど寝室から顔を出した花森さんはその手にシャツとスラックスを持ってた。
「これ萩原のだよね?」
「あ、俺の俺のー♡」
花森さんが持ってきたのは、前に泊まった時において行った俺の服だ。これに着替えて、昨日着てた俺の服が次の時に着替えになるっつう手はずだ。
「……なんだかなあ、こういう時に役に立たれたら叱れないわ」
「んじゃ、叱らないでくださーい」
花森さんにとっては他人の物が自分のテリトリーにあると落ち着かねえのかも。
でも半年くらい前に初めて泊まった時、桐島さんの置き去りにされたスウェットを貸し出されたことがあるから、時間をかければ匂いも消えるし、慣れればそんなに神経質にはならないんだろう。
俺は今んとこまだまだ、ってやつだな。

「んじゃ、行きますかーっと」
「は~い」

助手席に乗った花森さんは、膝の上の田村麻呂の前脚を持ち上げた。
結局この犬、マジで一歩も歩かねえし、……あれ?
「そういや、田村麻呂はなんであんなとこいたんスかね」
俺は昨日バタバタしてて聞きそびれたことを聞く。
とはいえ、聞いたところで犬が答えるわけもなきゃ、花森さんだって見当がつかないことだろうが。
「多分だけど、諸伏か赤井のどちらかの匂いを追ってきたんじゃないかなあ」
「! そりゃまたどうして」
まさか思い当たることがあるとは思わず、俺は花森さんと田村麻呂の方を一瞥する。
「俺が諸伏をナンパしたことあったじゃん。あの時と同じだ。以前こいつに二助……弟の匂いを覚えさせたんだよね。見つけたら教えてねって、冗談半分みたいにさ。田村麻呂はそれを覚えていて、何かの拍子に二助本人か、二助の匂いを付けてる諸伏か赤井に会ったんじゃないかな」
「なるほどねぇ」
「昨晩の二人に、二助の匂いはついていなかったけど、田村麻呂は二助に繋がる人物を再び見つけて尾行した。根城を見つけたり、私物でも捥ぎ取って来るつもりだったんだろうね。……でも、もう仁助は探さなくていいって言っといたから大丈夫だよ」
田村麻呂すっげえ……。
そういや前に、世話ンなってたOLさんの殺害現場を目撃して、被疑者の私物捥ぎ取ってきたって言ってたっけ。
「やっぱり弟は諸伏と同じ組織に潜入している可能性は高い。俺たち……今回とんでもないところに首突っ込んじゃったなあ。あっはっはっは」
「あっはははー……」
軽快に笑ったけど、途中でどうにもこの元気が空回りなことに気づいて沈黙する。
諸伏を助けたことも後悔してねえし、その結果秘密裏に潜入してたFBIが協力して諸伏を助けてくれるっつーのは別に悪いことじゃない。
まあ日本の警察との兼ね合いが難しいことだろうが、潜入捜査に失敗した警察官を警察がどこまで手厚く保護すんのか、正直俺達には読めない。そう言う意味ではFBIが助けるって言ってくれてんなら利用しちまえば良いと思うわけで。後のことはもう本人たち同士で任せることにしてきたわけだけど……。
俺たちの介入に関しては、公安がどう思うかはまた別だった。
なにせ、影で動いてる仕事の片鱗を知った上で首を突っ込んだわけだから、向こうからなんか言われる可能性もある。

「───花森さん、昨日は申し訳ありません。俺が勝手しちまって」
「え?」

唇が渇いていて、喋りづらいのをこじ開ける。
運転中に言うことじゃねえとしても、ずっと、謝らないとって思ってた気持ちが抑えきれなかった。
花森さんは俺の真面目腐った謝罪に驚いたみたいだけど、少し黙って、俺の気持ちを汲んだ。
「昨日のアレは、勤務時間外に迷い犬の捜索中、人助けをしようとしただけだろ」
「でも、勤務時間外でも俺たちは警察官だ」
「たしかに、ルール違反かもな。諸伏は潜入捜査のために警察から“切り離された”存在でなければならないのに、警察官の俺たちが救助に向かうなんて」
「……」
「冷酷に思えるけど、国家を守るのに必要な掟だった。それに俺たちは背いたも同然。警察組織から叱られても、文句は言えないね」
自分一人がダチ助けようとして処罰受けたって、どうってことはない。
ただその結果、花森さんを巻きこんだり、傷つけんのはなしだろうよって自分の未熟さを痛感してたところだ。

「───"ルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる"」

花森さんがそう言い出したのは、丁度赤信号で止まった時だった。
クズという過激な物言いもあって、自然と花森さんに視線が吸い寄せられる。

「"でも、仲間を大切にしないやつはそれ以上のクズだ"」

これ、恩師の教え。───そういって花森さんは笑った。
この人がどうして警察官になったか、どういう子供時代を過ごしたか、恩師ってのはいつの時代なのかも全然わからねえけど。こういう言葉を覚えていて、実行できるところに花森っていう人間の核が見えた。
かっけえなあ、この人。



「っつうわけで───ぶっちゃけ花森さんと付き合ってたんスか? つか今も付き合ってんスか?」
「……」

ある日の晩、桐島さんのことを待ち伏せして飲みに誘った俺は、6班の馴染みの店『兎』で問い詰めた。
「なにが、つうわけでなのか知らねえけど、お前花森にガチで惚れちまったのか……」
テーブルに肘をついて、グラスを傾けた桐島さんは思ってたより怒ることなく会話を続けた。兎の女将さんが、「まあ」と小さく声をあげたけど、俺たちからいそいそと離れる。警察の話じゃねえけど、顔見知りの人間関係ってことで聞こえないふりをしてくれんだろう。
「いやあ、まだギリってとこスね」
「ふーん、じゃあ俺が""と付き合ってるとか、狙ってるって言えば、お前は引き返せるってわけか」
「……そうは言わねえスけど」
「ふっ、ここで頷いたら殴るところだったわ。別に"そういうの"はねーよ。どうせ小松原が適当なこと言ったんだろ」
桐島さんは揶揄いつつも俺の本気度を測っていたらしい。
俺はまだ花森さんに本気で惚れたって言えるほどじゃないと思う。でも、桐島さんに言ったように、これから先育たないとは言いきれなかった。
桐島さんと花森さんの関係性については、小松原さんがゴチャゴチャ言ってたことはあるけど、俺が気になったのはそんなことじゃない。
花森さんにとって桐島さんは付き合いの長い大事な相棒だったのはわかってるし、俺への態度はなんかこう、素っ気ないってか───。
「そりゃお前がグイグイ行くからだろ」
「え」
独り言をグダグダ言ってたのが桐島さんに聞こえたのか、ばしっと指摘をうけた。
「あと後輩だし。単純に役割みてえな気持ちでいんだよ。上には基本従順で、下は少し厳しくして大事に育てるような」
「マ、マジ───?」
そういう習性なだけ。と言われて俺は目から鱗が落ちた。
言われていれば、花森さんは人への対応が柔軟だから、相手のタイプによってテンションが違う時がある。
でもつまり、これって俺はどうしたらいいんだ……?



帰りは心なしトボトボした足取りで家に帰って、風呂を済ませて寛いでると日付が変わる少し前に玄関のドアが開いた。
「研二、───研二、ちょっと来てくれ」
姉貴が俺を呼ぶ声が聞こえるんで、もしかしたらでけえ荷物があるのかも。そう思ってリビングのドアを開けると、玄関のドアのところには姉貴と花森さんが立っている。花森さんは姉貴の肩に寄りかかって、半分くらい寝ていた。
「ちょっ……姉ちゃん、なんで花森さんがいんの!?」
「いや~、ちょっと飲ませすぎて、潰してしまった!」
「ちはや、おれ、かえれる……」
花森さんは意識を失ってはいないみたいで、自分の足で立っている。
俺たちの家に連れて帰ってきたってところを理解してて、迷惑だからと帰ろうとしてるところは脳の処理が正常な証だ。
前に、酒は好きだが強くはなくて、酔って陽気になったり眠ったりはするけど、判断力は失わないっていうのを聞いたことがある。
「何言ってるんだ、の家はここだ」
「おれんち、あぇ……けっこんした……?」
いや判断力もねえな……。
「そうだな、結婚したからな」
「おいおい、さっきから何適当な事いっちゃってんの!?」
俺は姉貴と花森さんの珍妙なやり取りに悲鳴をあげそうになる。
100パー冗談って分かってるけど、姉貴と花森さんが結婚するのだけは、たとえ天地がひっくり返ってもあり得ない出来事として拒絶感がすごい。
を納得させないと、家に帰ろうとするだろう。ほら研二、お前の部屋にを寝かせてやってくれ」
「え!?」
「なんだ嫌なのか? じゃあわたしの部屋に寝かせるか? ん? その場合責任取って本当に結婚するしかないな!」
「いやいや、俺の部屋に寝かすけどさあ」
「だそうだ。、すまないが研二と結婚してくれ」
さっきから支えていた花森さんは、匂いで俺に気づいていただろうけど、やっと顔をあげて俺をじっと見た。
「…………??」
姉貴に言われたことが理解できないかのような、いや、何を言ってるんだろうって感じかも。
とはいえ姉貴じゃなくて俺に手を伸ばして、しなだれかかって来る身体を抱きとめると、なんか花森さんが自分のものになったみたいな所有欲が沸く。
え……俺のベッドに寝かして、あとはどうしてくれようかな。

「ほうが、ゆるさないので……むりぃ」

頭ン中でこの後どうしようかと思いを巡らせてた時、花森さんがフニャフニャと発言した。
俺と姉貴は、顔を見合わせてから程なくして笑い合う。
酔ってても法律を守ろうとするところは真面目な警察官らしい。───でも、それって気持ちの問題で断られたワケじゃねえんだよな……。
そう思っちゃった俺は、花森さんの背中に回してる手が汗ばみそうになって、ちょっと震えた。


研二フォーリンラブ……。
まだ大丈夫()って言ってたけど、最後の最後は割と単純な成り行きでコロッと落ちそう。元々大丈夫じゃなかったんや。
June. 2026