sakura-zensen

春を追う

14話


速攻で警察の偉い人たちに呼び出されると思ってたけど、何日経っても静かなままだった。急な辞令や処分が下ることもない。……よかったー!
公安の諸伏とFBIの赤井の二人が、うまいこと俺達の存在を濁してくれたみたいだ。思い返せば、萩原と俺がいなくても赤井は諸伏に身分を明かして救助しようとしていたので、俺たちがしたのは単に二人の間に時間を作ったことくらいだろう。
いっそ早く追いつかれるべきだったかもしれないが、諸伏は追い詰められてて今にも死にそうだったので、俺たちが間に入ったことは結果オーライと思うことにする。はぴはぴ。


はぴはぴついでに、千速に誘われたので今日は二人で飲みに来た。
俺の家がある警視庁付近よりは、神奈川県警や萩原家に近い立地の駅で千速と待ち合わせになった。
「よく来たな! 迷わなかったか?」
「迷わないよー、俺のこといくつだと思ってんの」
今日行く店は、どうやら色々な種類のビールと肉料理を出す店らしい。
もしかして、犬にジャーキーを与える気持ち……? 
「警視庁からは少し遠いが、後悔はさせない店だ」
「たのしみー」
「まあもし帰れなくなったらうちがすぐそこだから、泊まっていってもいいぞ!」
「終電確認しておく」
にこにこの千速は大変目の保養なので、デレデレしながら追従した。
さらっとお持ち帰り可能であることを示唆されたが、もうすぐ30にもなろう男が、それも警察官が、飲み過ぎて電車逃して帰れないなんてことになったら恥ずかしすぎる。

……恥ずかしすぎるんだよなあ。

結局翌朝、俺は萩原家で目を覚ました。千速にお持ち帰りされたというわけです。
そういえば千速って飲むペースが早かったかも。それで俺、つられて飲んでたのか。何度か飲んでた時は千速の女友達とか、交通機動隊の仲間とかがいる場だったから気にしたことがなかった。
「あ、起きた?」
時刻は早朝、朝の5時。おそるおそる部屋から出ると、リビングから萩原が顔を出す。
千速の家ということはその弟が当然いるし、なんなら俺は萩原の部屋で眠っていたことくらい匂いでわかった。……いや、昨日も会ってるな。朝の覚醒と共に、昨夜の記憶が思い出されていく。

帰れる帰れる、と言い張る俺を丸め込んで、千速は自分の家に連れて帰った。
まあその判断は正解だろう。俺はあのまま帰ってたら電車に乗って終着駅まで行ってたか、どっかの駅構内で力尽きていた可能性が高いもの。
「昨日はご迷惑をおかけしました」
「んなかしこまらなくても~。どうせ姉ちゃんがガンガン飲ませたんだろうよ」
おどおどする俺を、萩原は手招きで呼び寄せた。
洗面所を教えてくれて、シャワー浴びたいならどうぞってタオルも渡された。あとはコンビニで買ってきたらしい下着と、着替え用に萩原の服もある。
朝の5時だというのにこの準備のよさ、すごいな。
それに引き換え俺は、昨日着てた服のまま寝たから、萩原のベッドも汚しちゃったし……。

───あれ???

洗面所に一人になってから、服を脱ごうとしてあることに気がつく。
今更だけど、昨日着てた服がいくらか軽装備になっている。寝るのに邪魔なアクセサリーやベルトを外し、厚手のトップスなどを脱がせてくれたのは……記憶を辿っていくに、萩原だ。

───「こりゃ寝苦しそうだ」

俺をベッドに座らせた萩原は、そう呟いた。寝苦しいのは嫌だったので、俺はまずチョーカーから留め具を外しやすいよう、こてっと首をかしげて項を見せる。
自然と萩原の肩に額をぶつける形になり、シャワーを浴びたての肌の匂いが鼻孔をくすぐった。
萩原は言葉にしなくても俺の要求を飲み、チョーカーを外すために俺の首に手を回した。ほどなくして、チャリ……と音がして首から紐が滑り落ちていく気配がする。
そこでゆっくり頭をもたげた俺は、両腕を持ち上げる。今度はアームカバーを外して、と強請っていた。
手首だけのショートタイプのやつだけど、ベルトがついてて、それのバックルを外すのが面倒だった。萩原は確かその時も、笑って世話をしてくれたっけな。
それに気を良くした俺は、満足して寝たような……。いや、レッグホルスターもないぞ?
拳銃は持ち歩けないが、ナイフや針などの暗器を仕込んでいるのがここだった。太股と腰にベルトがあって、ボリューミーなスカートの内側に隠れている。
でもプラスチックバックルなので、片手でぱちっと外せるからあれは……そうだ、確か自分で外して萩原に預けてからベッドにもぐりこんだ気がする! セーフ……!!!

昨晩の振り返りを終了してシャワーは完了。着替えてから萩原のいるであろうリビングに顔を出すと、キッチンで朝食の準備をしてくれていた。
お風呂のお礼を伝えながら近づく。
「二人……いや、三人で住んでるんだっけ?」
「そ、おふくろと三人。今日は夜勤で昼頃戻るだろうし、遠慮とかしないでいいスよ」
「おとうさんは?」
「名古屋に出稼ぎ中。───ほい。とりあえず、水分とって」
渡されたのは作り置きしているらしいお茶。なんか、ちゃんと生活してるって感じがある。
「手伝うことある?」
「いやいや、お客さんなんだから、おすわりして待て、ってね」
「わん……」
萩原は俺の肩を押しながら、ダイニングの方へとおいやる。
するとその時、玄関のドアが開く音がした。千速はまだ眠っているはずだから、十中八九お母さんが帰って来たんだろう。聞いていたよりも、随分と早い帰宅だ。
「あれ、早ぇな? おかえり」
萩原はドアから繋がる廊下の先に向かって、声をかける。微かに返事の聞こえる声は勿論女性のものだ。
話している内容からして、急遽午後に三時間程シフトに入らないといけなくなった為に、夜勤は早上がりしたとのこと。ちなみに職業は看護婦さんらしい。
「誰か来てるの?」
「あーうん、泊めた」
おそらくお母さんは俺のブーツを見てそう思ったんだろう。足音は次第にリビングへと近づいてくる。
「この靴じゃ陣平くんじゃないか、じゃあ忍ちゃ───え?」
定番の陣平ちゃんと千速の女友達の名前が出てきたところで、お母さんがリビングに辿り着いた。挨拶の機会をうかがってた俺は萩原の背に隠れていたが、とうとう目が合う。

「研二の彼女?」

まあ普通そう思うよねーっ!
萩原の服着て朝家にいるんだもん。俺の髪の毛長いし。
「研二ったら今まで一度もうちに彼女を連れてきたことがないし、警察官になってからは現場現場でま~ったくそんな気配がなかったけど、そう、とうとう……」
「いえ、あの」
「あれ、母さん。夜勤早上がりでもしたのか」
「千速おはよう、そうなのよ~。それより彼女、千速知ってた?」
否定しようとしたところで、今度は起きてきた千速がお母さんに気づく。
互いに夜勤の話はどうでもいいらしく、お母さんは俺のことを話題にしようとする。
「あっ、先に起きてたんだな。すまない、昨日は飲ませすぎてしまって。具合は悪くなってないか?」
「いや平気。俺こそごめん、いい年して自分の許容量を見誤るなんて……」
「そんなの気にするな、昨日のお前は随分可愛かったぞ♡」
「言い方……」
萩原にも迷惑かけたけど千速にも謝らないと、って思って話をしてると、お母さんはその様子をじっと見る。
「お、男の子……!?」
「男の子です♡」
どうやら千速が俺の前に近づいてきて話し始めたことで、俺の性別に気付いたらしい。
「挨拶が遅れてしまいすみません。あと突然家にお邪魔してしまって……。警視庁捜査一課の刑事で花森と申します。研二くんとはよく組んで仕事をしてる関係で千速さんとも顔見知りで、昨晩は彼女と一緒に食事を……」
「あ、あら~、ごめんなさい私てっきり───千速の彼氏の方だったのね」
「「!?」」
萩原姉弟はぎょっと目を剥いたが、お母さんの口は止まらない。
「千速も見た目は美人だからモテてはいるんだけど、この子ったらどうも自分に言い寄って来る男をワンちゃんだと思ってるから心配してたのよ」
「か、母さんっ、何いってるんだっ」
千速が珍しく慌てて、上ずった声で止めにかかった。




「───しかし、そうしていると本当に性別がわからないな、は」
「よく言われる」

千速は食後のコーヒーを飲みながら、しみじみと俺を見つめた。
ちなみにお母さんは寝室へと追いやられていったので、今は不在である。彼氏でも彼女でもないのは、そのうち二人が訂正するだろう。
「研二といれば彼女に見られ、私といれば彼氏に見られる……ふふ。は彼女と彼氏になるなら、どっちがいいんだ?」
さらっと髪の毛を揺らした千速に俺はぎょっとする。
「おい、ねーちゃんっ」
「いいじゃないか。まあ研二は法的に結婚は出来ないが?」
そういえば千速に『お前の家はここだろう』と言われた俺は、うっかり結婚したっけと口走った。その後千速は萩原に俺を預けて行ったが……おかげさまで俺は白いドレスとタキシード姿の萩原姉弟と三人で車に乗って爆走する夢を見たのだ。
ちなみに千速の"ワンちゃん"たちがそれを追っかけてきていた。いったい俺はどこポジションなんだ───。

「つーか、俺らそろそろ家出ねえとよ? 花森さん」
「お、そうだそうだ」

思考を放棄してた俺は、萩原に言われて時間を見る。
俺たちの基本勤務時間は8時半からで、そろそろ時刻は7時になるところだ。ここから警視庁までは30分もあれば十分だけど、萩原はおそらく俺の家による時間も込みで言ってるだろう。

「ああ、片づけは私がやっておくからいいぞ」
「何から何まで悪いねぇ」
「弟がいつも世話になっている礼だよ」

流しに食器をもっていこうとしたが、千速に止められたのでその通りにする。家を出なきゃいけないのもあって助かった。
萩原が先にリビングを出て行って玄関で待ってるところに追いつき、千速が見送りのため、一緒についてくる。
「じゃあ、安全運転でいってこい」
「見送り、……イイ……」
思わず感動にジーンと胸を打たれていると、千速はきょとんとした。
その後弾けるように笑って「私と結婚した男はこれが毎日になるぞっ」と言う。羨ましいやろがい。
「……姉ちゃん、花森さんにまでそういうギャグ言うなよな」
「研二、が私にときめいてるからってヤキモチをやくな。心の狭い男は嫌われるぞ」
「は~っ!? 花森さんはときめいてねーよ」
「ああ、ほら、二人ともそこまでにして。それと、千速」
玄関でぎゃいぎゃい騒いでたらお母さんの眠りを妨げそう。その気持ちで仲裁に入った後、千速の肩をそっと掴んだ。
何も警戒してないその様子にニッコリしながら、手を下ろして腰を引き寄せる。
甘く香ばしい匂いがふわりと立ち、柔らかな身体が俺の胸に無防備に当たった。千速はえっと小さく声を漏らしてたじろいでいる。

「今後ワンちゃんを可愛がる時は、気を付けて。興奮させすぎたら"待て"を聞いてくれないかもよ?」

いともたやすく俺に身体を抱き寄せられてしまうんだから、これで千速も、男女の違いってやつは身に染みただろう。
千速のワンちゃんたちの自制心と、千速のことを大事にする気持ちがどれほどか、なんて俺には知ったこっちゃないのである。

「余計なお世話かと思ったけど、千速が傷ついてからじゃ遅いから。じゃあ、いってきま~す」

俺は呆けた千速をそのままに、固まってた萩原をひっぱって家を出た。



萩原にレッグホルスターを外させるのはさすがにはしたないかなって思ったので、目の前で外して見せるはしたなさに仕上がりました。
萩原家のご両親は捏造です。なお昨晩の萩原はお母さんの寝室で寝ています。酔った人間のガードの弱さにかこつけて手を出す男ではないので……。
家族に恋人扱いされるのは使い古したネタだけど、ちゅきなんで何度でもやります。今回は姉弟どっちも行ける。性癖です───!
June. 2026