sakura-zensen
春を追う
15話
「門馬班長ちょっといいかね」
ある日の午後、課長が6班のデスクに近づいてきた。こういう時は8割がお説教で、2割は面倒なことを押し付けられる───というのが俺調べ。ところがその日、課長は桐島さんを後ろに連れて歩いているので、いつもと違うのは明らか。
桐島さんが被疑者をブン殴った時の説教は今門馬班長にしないだろうし、柔道部の試合に出ろなんてこともない……とくれば。
「どうしたんです、二人そろって」
「本日より、自動車メーカー子息誘拐事件の捜査本部が発足された。それにお前んとこのを引き抜きたいと思ってな」
お、割と真面目な話だった。
「誘拐というと、昨日の? 特殊犯係の管轄じゃないんですか?」
班長は課長にとぼけた顔をしたあと、桐島さんを一瞥。桐島さんは軽く頷いてから口を開いた。
「昨日の今日で早速、身代金五千万円の要求がありました。公衆電話からだったんで急いで突きとめて向かったところ、間一髪で逃亡。その後の連絡を待ってるところです」
「それで、うちのワンコに公衆電話から被疑者を追わせたいってか?」
俺に犬の耳があったら、この時ぴくんと跳ねていただろう。
人間なので顔を向けるだけになるが。視界の端にうつった萩原も同様に反応して身じろぎをする。
「こいつぁデカですよ。それも強行犯捜査の。鼻だけ借りたいってンならそれこそ警察犬の出番じゃないんですか」
班長は今度、桐島さんから課長に視線を移す。
「これは一刻を争う事件だ。身代金の受け渡しの時に何としても確保せにゃならん」
「はあ、まあそれが特殊犯の仕事ですからねえ」
「───班長、ぼくは行っても良いですよ。いつぞやは勝手に首を突っ込んで"邪魔"してしまったんですから、ちゃんと声をかけたもらえたなら行かないと。───その代わり、萩原も同行させてくださいよ」
どうせ課長が来た時点でほとんど決まりなので、俺は萩原を巻きこむ打診をすることにした。
「むこうで桐島さんと並んでたら、特殊犯の人たちに睨まれそーだし。刑事はセットが基本なんだから、信頼できる相棒を連れていくのは許されますよね?」
課長と班長、そして桐島さんは俺の発言に暫く黙り込んだ。
どういう意味かは各々考えられただろう。
ややあってから、課長は相棒刑事なら行動しやすいだろうってことで許可をくれた。
俺たちはこれから開かれる会議の為、戒名の書かれた特別捜査本部の専用会議室へやってきた。
色々な人が出入りしていて、まだ会議そのものは始まっていないので、廊下に出て人が集まるのを待つことにした。
ふと、俺たちに気づいたように近づいてくる人が目につく。同じ強行犯捜査係の伊達航が、後輩らしき青年を伴ってやってきた。
「あれえ、伊達じゃねえの」
「誘拐事件の捜査に呼ばれた?」
早速同期の萩原が嬉しそうに声をかけている。
俺も同じトコの後輩がいるのはなんだか心強くて、笑顔が零れた。
「ああ。しかし二人して、なんでここに?」
「俺たちも呼ばれたに決まってんでしょうよ。まあ、俺はオマケみてえなもんだけど───っと、こっちは?」
伊達が連れてる子は少し緊張の面持ちで立っていたので、わざとらしく萩原が話題に上げた。
しかしちょうど思い出したことがあったので、俺が先に口を開く。
「───もしかして、最近配属されたっていう新人じゃない?」
「そういや俺たちがバタバタしてる時に配属んなったのがいたっけ」
萩原も俺の言葉で、数ヶ月前に新人が配置された話を聞いたことを思い出したようだ。
「ああ、こいつは高木っていって、12月頃に本庁に配属になったんで、俺が教育係として鍛えてるとこなんスよ。高木、俺の二つ先輩の花森さんと、警察学校で同期だった萩原だ。二人とも同じ強行犯係で普段は門馬警部の班にいる。今後も顔を合わせることが多いだろうから、挨拶しとけ」
「高木渉巡査でありますっ、よ、よろしくお願いします」
俺と萩原は、しゃきっと背筋を伸ばしたフレッシュな高木に対し、にこーっと笑って挨拶に応じる。わざわざ新人をイビったりはしないもので。
「コイツ俺と同じワタルっつーんすよ。だからワタル・ブラザーズで覚えてください」
「おっ、そういや二人とも同じ名前じゃんよ」
「伊達って下の名前ワタルっていうんだ」
「は、花森さん!? 俺達一時は同じ班だったじゃねえスか!」
こうして出入り口付近で盛り上がっていると、どうやら人が集まり始めたらしく桐島さんに「そこの四匹、早く席につけ」と呼び入れられた。
ちなみに伊達と高木がこの捜査本部に投入されたのは、誘拐された子供の家の近所に住んでいるため土地勘を買われて、だそうだ。
事の始まりは昨日昼頃、弓守町にある公園で友人と遊んでいた七歳の少年、アラン・カッセルくんが誘拐された。二人の大人に車に押し込まれていたところを目撃されており、事件の発覚は早かった。
アランくんの父親はフランスの自動車メーカー『Bertrand』の副社長。本社から日本支社に出向に来ていた。おそらく身代金目的の誘拐だと思われていたところに、翌日副社長の家に五千万円と人質の交換を告げる電話が来た。
その後の経緯は桐島さんが言ってた通り、公衆電話を特定して捜査員を向かわせたが、間に合わず。
「強行犯は現場付近の聞き込みをし、情報を収集───」
捜査本部の指揮を執る課長は俺と萩原、そして伊達と高木をひとまとめにしてさらっと指示をした後、特殊犯係や組織犯罪対策部の捜査員に熱心に指示を出す。
というのも、『Bertrand』は土地の利権の関係で、泥惨会という反社会的勢力ともめていたからだ。
これは誘拐時に要求されている身代金だけが本来の目的ではない可能性もある。
「オウ花森。お前公衆電話の匂いでもかぎにいくのか」
会議が終わってぞろぞろと捜査員たちが部屋を出て行く中、俺に声をかけてきたのは特殊犯の山崎さんだ。桐島さんと同期で、六年前の爆弾事件の際に被疑者を追っていた捜査官のうちの一人。───桐島さんと俺に当たりの強い人代表である。
俺は山崎さんに向き合って、足を止めた。自然と萩原と伊達、高木も立ち止まる。
「一応は。誘拐時置き去りにされたサッカーボールも確認したいですね」
「お前の鼻は便利だって聞くけどよ、今度は厳しいんじゃねえの」
「うーん、たしかに。公衆電話は密室ですから匂いは残るにしても、元々人の匂いがこもりやすい場所なので個人の特定は難しいかもしれません。鑑識さんも入っていて、匂いは薄れている可能性が高いですし」
俺の肯定を聞くと山崎さんはフンと鼻で笑った。
「だから俺は言ったのに……。桐島も課長もなんかお前の鼻を頼りにしてるみたいだけどよ、そんなに役立つワケでもねえならあんまり現場を荒らすなよ。前みたいにさ」
その発言を受けて、俺の背後にいた伊達と萩原が一歩出てこようとする気配がある。俺は手だけで背後の二人を制止した。
山崎さんの体格は俺と同じかもしくは少し大きいくらいなので、デカイ二人が近づいて来ようとすると、若干腰が引けてた。
「たしかに、前にもこんな事件ありましたね。公衆電話を突きとめて被疑者を確保しようとするも、失敗。───もっと早く呼んでくれたら、捕まえてさしあげたのに」
「はっ!? てめ……っ」
「花森ーそこまでにしとけやー」
「あ、桐島さんお疲れ様です」
顔を真っ赤にした山崎さんを押し退けて、桐島さんが俺の前に立った。
「弱い者いじめしにきたのか? おめーはよ」
弱い者、といって一瞥もらった山崎さんは、自分の分が悪いと悟ったのかいそいそと逃げ去っていった。
桐島さんが俺たちを引き連れるよう、廊下に向かい始める。
「だってー、向こうから過去を話題にしてきたんですよ?」
「だからってな……お前はそんなの気にするタマじゃねえだろ。萩原を連れてきたのが良い証拠だ」
「あはは」
廊下に出たところで足を止め、振り返った桐島さんが傍にいた萩原を一瞥した。
萩原はきょとん、として自分を指さす。
「一時的に俺とタッグを組みなおすんじゃなくて、強行犯捜査係の面子で正々堂々手柄を立て直すんだろ?」
「「っ!!」」
萩原、そして伊達の目が見開かれる。
「やってやろう……やってやろうじゃねえか……!」
「燃えるねえ……!」
「にしても、思ってたより子分が増えたな、ちゃんと面倒みてやれよ最年長」
俺以上に燃えてるデカイの二人をよそに、桐島さんは俺を激励して去っていった。
いや別に、子分じゃないけど……?
俺と萩原はまず、アランくんの私物と思われる、現場に残されたサッカーボールの確認を行った。
鑑識課から戻ってきたそれらは、ビニル袋に包まれていたので、丁度良いと袋に顔を突っ込む。この空気に匂いがついてる場合もあるので無駄には出来なかった。
慎重に匂いを辿り、それからボールを袋越しに掴んで回して少し外に出した。今度はボールを至近距離で嗅ぐ。
土や埃、葉っぱなどの匂いはもちろんのこと、人の体臭や服の洗剤などの匂いを探り当てながら覚える。
「どうスか?」
「三人か四人だとすると……難しいけど、そんなに複数の匂いはついていないと思う───」
俺はビニル袋にボールを戻しながら萩原の問いに答える。
警察官や鑑識はなるべく素手で物品を触らないようにしているので、付着する匂いは薄い。特に濃く残る匂いはやはり、生身で触れて長時間持っていた人物だろう。
「指紋がついていたのはおそらく三名。アランくん、友達らしき子供、ボールを拾って持ってきた人物───これは近所に住む女性で身元がハッキリしてるみたいだ」
「うん、被疑者はおそらくボールには触ってない。でも、この友達っていうのが誰なんだか」
「通ってる小学校の友達全員に聞いたが、該当者なしってことは、小学生じゃねえ……とか? 学校に通う前の幼稚園とかで───いや日本に来たのは小学校入学時だからそんなに学外に知り合いはいない……とすると、近隣住民が濃厚。でも遊んでいた該当者がいりゃ、親か本人がこの誘拐騒ぎに気づくか?」
「まあ、親によっては怖いニュースは子供に聞かせない可能性もあるからなー……」
俺と萩原はひとしきり話し合ったところで、次の目的地、公衆電話へと向かった。
山崎さんにも言った通り、匂いについては曖昧だった。しかし濃く残っていた匂いについてはその特徴を覚えておく。
その後俺たちは聞き込みに行っていた伊達と高木と合流して、借りてきてもらったアランくんの私物と、ボールを拾って届けてくれた人物の私物から匂いを嗅ぎ取る。
ボールについてる匂いはやはりアランくんのもの、それから拾ってくれた人の匂いで間違いないだろう。だけどもう一人の匂いが正体不明なままだ。
学校の友達全員に会って匂いを確かめている暇はないし、───単に名乗り出ないだけか、と一時心の片隅に追いやることにした。
「近所の聞き込みをしている時に気になって調べたんだけどよ───」
伊達が俺と萩原に共有したのは、泥惨会とBertrandのもめ事ではなく、近所に住む半グレ集団の元リーダー鬼堂捺房という男についてだ。
どうやらギャンブルで多額の借金を抱えているらしく、返済に充てるために五千万円を要求した可能性もあるとのこと。
「土地の利権争いなら身代金五千万円つうのもおかしな話だしよ」
捜査本部は継続して他にもを要求されるとか、五千万円は口だけでアランくんを報復に使っていると考えているようだが、現状伊達の言ってることも一理ある。
俺はフム、と一考してから口を開いた。
「こっちはその線で捜査しよう。暴力団のことは組対、犯人の要求については特殊犯が目を光らせてるんだし進展があれば桐島さんから連絡が来るだろ」
「えっ、いいんですか!?」
伊達に従ってる高木が、意外そうな顔をする。
「何のためにそれぞれ捜査係が分かれてると思ってんのよ、こういう時の為だろうが」
「そ、それはそうなんですが」
萩原が諭すように言うと、高木は俺を見る。
恐らく高木は伊達から、俺が山崎さんから何故あんな扱いを受けたのか聞いているのだろう。俺……というか強行犯係の汚名返上だとでも言われたかも。
「───手柄は上げるに越したことはないが、俺たちはみんなまとめて"警察官"だから。それに、お前のアニキは優秀な男なんだ。信じてついて行けば悪い事にはならないよ」
「は……はいっ!」
ぱちっとウインクしてノせると、高木はキラキラした顔でアニキの方を見た。
伊達はちょっと照れたように「よしてくれよ花森さん」と言っていたが、後輩からの尊敬・憧れ満載純度100パーセントの眼差しは満更でもなかろう。
自動メーカーの名前やアラン君の家付近の町名は適当に名付けました。
主人公視点の文脈的に、名前がない方が違和感あるかな、と思って。特に深い意味はないです。
【Bertrand】フランスの姓:輝くカラスと言う意味。
【弓守町】監禁場所が鳥矢町だったので、鳥→ヤモリ、矢→弓に。
June. 2026