sakura-zensen
春を追う
16話
強行犯捜査係の四名は、現場付近での聞き込みや、その際に浮上した不審人物の捜索をするよう指示されている。
つまりは、付近に住む鬼堂の『張り込み』はその職務の一環とも言えよう。
初日は伊達と高木、二日目は俺と萩原と人相の違うペアで鬼堂の住むアパートを見張る。その間に裏で鬼堂の周辺を洗ったり、アランくんの友人探しも並行して行った。
そして三日目の夜、伊達と萩原が見張りをしていたところに動きがあった。
萩原はそれだけがわかるように短いメッセージを用意していたので、俺に知らせて来る。
「鬼堂、動き有りだ」
「ほ、ほんとですか!? 僕らもいきましょう!」
「待て待て」
近所にある伊達の部屋で仮眠をとっていた高木に教えると、寝ぐせ頭のまま飛び出していこうとするので引き留めた。
そんなに急がなくたって、奴らならそうヘマはしない───と、思ってたら萩原から今度は着信がある。
『鬼堂のヤツ、通りすがりの酔っ払いに頭カチ割られた!』
「!? ……了解。ワタル、やっぱりゴー! 伊達に合流」
「はい!」
電話はすぐに切れたので、おそらく場は騒然としているんだろう。それでも俺に連絡を入れてきた萩原は後で褒めてやらないと。
ものの数分で現場についたとき、公衆電話の周りには大量の血痕と、瓶の破片らしきものが飛び散っていた。酒と血と、体液の匂いが漂っている。
鬼堂はかろうじて息はあるようだが、意識はなく、ぐぅぐぅと唸るようないびきをかいていた。───これは、意識障害による舌根沈下の為に起こる症状だ。昏睡状態が懸念される。
応急処置をして救急車に乗せたが、意識が回復して取り調べが出来る状態になるまではかなり時間を要するに違いない。または、死人に口なし。手がかりは途絶えるかもしれない。
「ん、こいつぁ……───鑑識さんを連れてこい、高木」
「なんか見つけたのか、伊達」
患者を乗せて走っていく救急車を見送った後、伊達が公衆電話の中で何かを発見する。いち早く反応して近づいてく萩原も、その何かを一緒に見ているようだ。
既に現場に呼んだ警察官や鑑識がいたので、高木はその中の鑑識に声を掛けに行く。
そっちは任せていいと判断して、俺は鬼堂の頭をビール瓶で殴った男に経緯を聞くことにした。
どうやらこの男は公衆電話を使いたかったが、鬼堂があまりに長く公衆電話を使ってるので、長いと文句を言ったら突き飛ばされたらしい。それで腹が立った男は、つい近くにあったビール瓶でこらしめようとした、と。
話を聞きながら匂いや身分証、言葉に嘘はないかを確かめ、後は身柄を警察官に任せる。
その後俺は気配を消して、ふらりと鬼堂のアパートへと近づいた。
ドアに手をかけると、施錠はされていない。近くの公衆電話に行く程度だから、油断したんだろう。この時点で誘拐した子供を部屋に閉じ込めてる可能性は限りなく低いと予想されたが、何らかの痕跡という名の匂いを期待して玄関の中に入り、ドアを閉めた。
事後処理をしていたら、すっかり空が白んできていた。
鬼堂の部屋からさりげなく出た後の俺は、萩原たちを探そうと周囲を目と鼻で確認する。一番手前にいたのは高木で、俺に気づくとあっと声をあげてかけよってくる。
「どこ行ってたんスか!? 萩原さんと伊達さんが探してましたよ」
「ああ、ちょっと気になることがあって。そっちはなんか鑑識さん呼んでたけどどうした?」
「それが、僕にはよくわからないんですけど、メモを拾って───そこには数字や記号が羅列されていたんですが、それを見て伊達さんと萩原さんが日曜日に何かあるって言い出して」
そこで「お前も付き合え、男にしてやる」と言われたらしいのだが、高木はどういう意味だかわかっていない。
「ふうん。その二人はどこ行った?」
「えっと、先に伊達さんの部屋で仮眠をとるかって───、あっほら、あそこに」
高木が指差したその先には、遠くからでもわかるガタイのいい男とノッポの男のシルエットがある。
仲良さげに歩いていて、何かを一緒に見てるような、背中の曲がり方。
すると、萩原が何かを道路に落としたみたいで、中腰になりながら車道の方へと近づいていく。
「───!」
「あ、花森さん!?」
俺はほとんど無意識に走り出していた。
背後には高木の声。前方に萩原と伊達。二人の奥から向かってくる自動車は、やけに偏った走り方をしていて、あのままだと歩道に乗り上げて来そうにみえたのだ。
「萩原っ」
伊達もそのことに気づいて鋭い声を上げる。エンジン音と走行音を聞き取った萩原は屈みかけた状態で、迫り来る車に気づいてそっちを見た。
次の瞬間、萩原のいた場所に車が突っ込んでくる。縁石がない道だったので、車体は歩道に大きく乗り上げて、建物の壁にぶつかって止まる。
萩原はというと、通り過ぎていった車の後方で、俺に横抱きにされた状態で茫然としていた。
「へ……???」
何が起きたのか、わからないんだろう。
萩原は車より先に俺につっこまれて、身体を抱えられながら車を飛び越えたのである。
「萩原っ、花森さん!」
「大丈夫ですかーっ!?」
伊達や高木が慌てて近づいて来て、俺たちの怪我の有無や突っ込んできた車の運転者への声掛けが始まった。どうやら運転者は居眠りをしていたようだが、壁に追突した衝撃で意識をはっきりさせたようだ。
この短時間で二度も警察呼ぶハメになるとは……。
事後処理を終えた後、伊達と萩原には一度仮眠をとらせることにして、伊達のアパートに帰した。一方で俺と高木は本庁に戻るつもりだが、その前に朝ご飯を食べようと誘って喫茶店に入った。
ちょうど開店したてのようで、客は一人もいなかった。
「お好きなお席にどうぞ」
「あそこがいい」
店内を見渡したあと、自然と採光のよい窓際に目が行く。俺は何気なく高木に伝える風に指をさし、足を進めた。
「それにしても、花森さんってものすごく力持ちなんスね!?」
「あ、そうね、力持ちかも」
「萩原さんて細身にみえるけど身長高い分結構重いはずなのに、抱えてさらに車まで避けるなんてすげーっス!!」
運ばれてきたモーニングメニューを食べていると、高木がやや興奮気味に俺に話しかけた。伊達も感心してた、と教えてくれるところが素直な弟分ぽくて大変可愛い。
「でも、伊達さんに言ってたあれってどういう意味なんですか?」
「ん?」
「『同じヘマはしない』って、言ってたじゃないですか」
そういえば、近づいてきた伊達に「肝が冷えました」と言われた時にそう返したっけ。
伊達からしたら、俺が"また"人を助けに車に突っ込みに行ったように見えたから。
「高木も聞いたんじゃない? 俺と桐島さんがなんで特殊犯とギスギスしてんのか」
「あ、たしか特殊犯の被疑者追跡中に花森さん達が参入したって……それで道路に飛び出した被疑者を庇って花森さんが車に───そ、そうか! その時と似てるんだ」
「うん。当時俺は被疑者の身体を突き飛ばすことで頭がいっぱいで、反動で自分が車道に取り残されることを考慮していなかった。でも、次は自分も怪我しないこと、相手を逃がさないこと、ってずっと考えていたから実行できたってわけだ」
「いや考えてても実行できるレベルじゃないと思いますけど……」
「そこはほら、出来るように身体を作っとくんだよ」
お互い食べる手が止まってたな、と思いモシャモシャと二口程大きくトーストにかぶりつく。
「んじゃ、腹ごしらえしたら、本庁に戻るよ」
「! ふぁいっ」
高木も釣られるように慌てて食べた。
そして捜査本部にいって報告をする───と思った高木は俺に思いがけず色々と連れ回されて目をぐるぐるさせていた。
「は、花森さん! 言われた通り調べてきましたが、同じ日に行方不明になって捜索願を出されていた犬飼佑二くんはアラン・カッセルくんと同じ小学校に通っていたことがわかりました!! 転校して今は千葉県市川市に住んでいます!」
俺は近隣の警察署に出された捜索願の束から顔をあげて、それはもう用なしとばかりにテーブルに投げ出した。
「───その子が一人で電車やバスを使えるなら、弓守町に来てアランくんと会うことは可能だね。保護者はそれを予想しておらず、近くの警察署に相談したってわけだ」
「じゃあアランくんと事件当時一緒に遊んでいた友達というのは佑二くんで、彼もまた一緒に誘拐されている可能性があるということですか……?」
おそらく、と頷くと高木は感嘆の声をあげる。
この一見何の繋がりもない場所から手がかりや真相が見える瞬間というのは、得も言われぬ高揚を人に与える。もちろん、まだ確実とは言い切れないけど。
捜査本部に行くと、身代金要求の受け渡しについて連絡が来るはずだからってまんじりともせず電話を囲って待機している特殊犯の横を通り過ぎた。桐島さんの姿はない。
「おい花森、お前ら昨日張り込み中に酔っ払いの喧嘩を目撃した後、居眠り運転の車に突っ込まれたんだって? "事件"に事欠かねえな」
そこで必ずと言っていいほど食いついてくるのが、山崎さんである。
一晩中電話にかじりついてたせいか、少々くちゃい……。
俺は思わずたじろいだが、その態度を俺の弱気だと受け取ったのか、途端に彼は気分を良くした。
「大変だったなぁ! でもまあそう言うのはお前らの得意分野なんだし、こっちは俺たちに任せて、近所の半グレ親父が目を覚ますまで大人しくしとけや」
「泥惨会の方は何か動きがありましたか?」
「ああ? 組対の情報によると、実行犯がいるとすりゃ若手だろうって身元や関係先を洗ってるところだよ。だが指揮してんのは若頭の男だと俺ぁ睨んでる───もしかしたらこの事件、大捕物になるかもな」
特殊犯でも強行犯でもソッチ界隈が出張って来ることもあるが、そう言う時に限って目を輝かせる人を知っている。桐島さんである。もしかしたら山崎さんも同タイプなのかもしれない。……どうりで仲が悪いわけだ。
長く続く自慢のような、夢のような話を聞き流していると、課長が会議室に戻ってきた気配を感じて視線が逸れる。
山崎さんの話なんてどうでも良かった俺は、無言でその場を切り上げようと背を向けた。
「~~待てよ、花も───、うおっ」
俺の肩を掴んで引き戻そうとした山崎さんだったが、俺の体幹には負け、更には高木が俺を背に庇うように身を乗り出してきたことで距離が出来る。
「なんだテメェ。どけ、俺は花森にまだ用があんだよ」
「い、いやです……あなたはさっきから、花森さんにくだらない話をしてるだけじゃないですか!」
子犬ががんばってる背中に、キュン。
「真面目に捜査してる僕たちの、邪魔しないでください!!」
がんばれ、ワタル。ほえろ、ワタル。
───と、思ってたら俺の背後から近づいてきた人物が俺をぎゅっと抱きしめて、この場所に影を落とす。
姿は見えないが、萩原の匂いに包まれたことで、相手を理解した。
「もしかしてさあ、アンタ……花森さんのことが好きなんじゃねえの?」
おん????
お疲れ萩ぴ、晴れて全員分の死亡フラグを叩き折ったね。
June. 2026