sakura-zensen
春を追う
17話
萩原の爆弾発言によって山崎さんのことを追い払った俺たちは、部長に伊達の調べた鬼堂捺房の背景や現在の容態、奴が持っていたメモの内容を報告した。
更に続けて、俺と高木が調べたことも付け加える。───犬飼佑二くんという引っ越しをした同級生が今も行方不明であること。当時一緒にいて、そのまま誘拐された可能性が高いこともだ。
「念のため佑二くんの私物より指紋を採取してきました。───アランくんの所持品として見つかったボールから出た指紋と一致。直前まで一緒にいた子供は彼と見て良いと思います。また、佑二くんのご両親から話を聞いたところ、引っ越す前にアランくんからボールを借りたままだったと証言は取れています。ボールの写真を見せて確認を取りました。佑二くんの失踪時もボールが無くなっていたことには気づいていたが、本人に返しに行くとまでは思っていなかったようですねぇ」
萩原は証拠品として、犬飼佑二くんの家族に話をして提出してもらった私物を出した。既に鑑識が検査を済ませている。
俺と高木が佑二くんの捜索願を出された警察署に確認をとった後、仮眠明けの萩原と伊達には犬飼家に話を聞きに行くように指示をしておいたのだ。
ちなみに俺も匂いは確認していて、ボールに残された人物の匂いとほぼ一致という見解。
佑二くんが長らく預かっていただけあって、その匂いはアランくんのものより濃く残されていた。
部長はこの後、佑二くんがアランくんと共に誘拐されている線が濃厚と判断し、捜査本部全体に周知した。また、鬼堂捺房の存在と奴が今は意識不明の重体であることもだ。
これにより泥惨会との利権争いによる誘拐を捜査するチームとは別動隊として、強行犯捜査係がメインの鬼堂捺房周辺を洗う捜査部隊が編成された。
まあ部隊といってもほとんどが強行犯の四人で、特殊犯からは桐島さん他三名てところだ。
まずは、鬼堂について一番に声をあげた伊達を中心にして、拾ったメモの内容を共有して明確にした。
これは一見して数字と記号の羅列だけど、公衆電話であるサービスに連絡をして数字を打つと、文字に変換されショートメールを送ることができるのだ。
すると内容は『ニチヨウヒル12ジベイカチョウ5-6ポアロマドギワアカイチョウネクタイツケテマテ』というものに変換される。伊達や萩原が日曜日と口走っていたのもこれが理由だ。
「───あれ、ポアロって今朝僕たちが行ったお店じゃ……?」
「うん、さくっと下見してきた」
試しに送ったメッセージを見せると、高木があっと驚く。
今朝、朝食を食べるのに向かったのはこのポアロという喫茶店で、俺たちが座ったのは窓際の席。
店員には喫茶店めぐりが趣味だから記録用に、と許可をとって店内や料理などを写真に撮らせてもらっているのでそれを共有する。もちろん店外から撮った写真もあった。赤い蝶ネクタイや窓際席を要求したということは、外から姿を確認するということだ。
「か、完全に趣味だと思っていました……!」
ワタル、素直すぎるぞ……。
メモの発見から三日後、綿密に作戦を組み立てて日曜日を迎えた。
約束より早い時間に、まずは特殊犯係の桐島さんと中島がバラバラに店内に入り、窓際の席を監視できる場所で待機した。
その後、約束の15分程前から田村が赤い蝶ネクタイをつけ、相手の指定通りのジュラルミンケースに入れた身代金をもって窓際の席に座った。
その間に、花森・萩原コンビとワタル・ブラザーズはそれぞれ付近に車を停めて待機だ。
「お、やっこさん来なすったようだ」
萩原は車の外でガードパイプに寄りかかっていた身体を少し折り曲げ、たった今ポアロの前に路駐した車をそっと覗きこむ。彼女役の俺の肩に擦り寄ってるように見えるので、怪しまれることはないだろう。
後部座席には、反射でよく見えはしないが子供らしき姿があるらしい。それと、運転席には大人の男が一名いるとのこと。
此処へ来たということは、鬼堂が意識不明の重体ということは知らないみたいだ。極力コンタクトをとらないようにしていたんだろう。
現在男は車内で何か機械を操作していて、おそらく身代金の入れ替えを指示しているとのこと。すると僅か五分程で、田村が指示に従い紙袋をもって店を出ていった。
その際に警察官が尾行してると見せる為に、中島も続いた。
店内には、桐島さんのみが残っている状態になる。
───ここまで、想定していた通りだ。
「んじゃ、俺たちもいきますか」
「OK~」
反対の車道に停めた車のそばで、べったりくっついてた俺たちはカップルのふりを続けたまま道路を渡る。
ポアロの前では、入るか入らないか悩むようにうろついた。そんな俺達の目の前を、車から降りた男が横切り、ポアロの中へと入っていく。
俺たちはそのタイミングで店内が見える窓の前の植え込みに、ぴったり隣り合って座った。
目の前に停まっている車を堂々と見ながら、ぴらぴらと手を振ってみる。
後部座席からこっちをじっと見つめていた少年が、俺に気づいて手を挙げた。そして、掌を開いた後親指を曲げ、その指を握り込むようなハンドサインを出す。
「シグナル・フォー・ヘルプ……たすけて、だ」
「顔も確認。アラン・カッセルくんだ。乗っているのは一人だけ」
インカムで報告を上げると、店内の様子を聞くと桐島さんからも報告が入る。『ホシは金の詰め替えに夢中』とのこと。
「これより、アラン・カッセルくん救出を実行します。犬飼佑二くんの姿はないことから、別の場所にいると思われます。おそらく、アランくんに逃げられないよう脅しに使ってる。当初の予定通りに行きましょう」
言いながら萩原に合図して、車のドアを開けさせた。施錠もしてないし、アランくんは縛られてもいなかった。
「ようアラン・カッセルくん、だな? 助けに来たぜ。家に帰ろう」
「う、あ、うああぁあん!!」
萩原に声を掛けられると、少年は泣きながら後部座席を這ってでてくる。
「君は一緒に攫われた友達がいるんじゃねーか?」
「うん、ユ、ユウジ……僕が逃げたら、ユウジがひどいめに」
ぽんぽんと背中を撫でられながら萩原に縋りつくアランくん。
俺も頭を撫でてやりながら彼に伝える。
「大丈夫、きっと助ける。───アランくんは保護しました。被疑者には一度、巣に帰ってもらいましょう。ワタル・ブラザーズ、準備OK?」
『OK』
『なあ、今すぐふん縛って吐かせたほうが早いんじゃねえの?』
「早くはないですよ……」
店内に残っている桐島さんが被疑者が金をせしめているところを横目にイライラしていたが、なんとか抑えてもらう。これでも六年前よりは気が長くなった方だ。
『っと、……おい、ヤツがお前らに気づいたぞ』
萩原は桐島さんの声を聞いて、アランくんを抱き上げて一歩距離をとった。対して俺は前に出て、ポアロのドアから飛び出して来る男を待つ。
「おっ、おいお前らそいつに何してやがんだ!!」
「何してるはこっちのセリフです。この子、車の中で具合悪そうにしてたんだから。これは児童虐待ですよ! 今警察と救急車呼んでますからね」
「よ、余計な真似しやがって……クソ……覚えてろよ!」
俺の言葉に合わせて、萩原はスマホを耳に当てる動作をした。それからここの住所を伝え始めたので、男は慌てて車に飛び乗った。
この後おそらく潜伏先に向かって、逃走を図るだろう。その際に佑二くんは警察側への脅しの材料になる。
ここから先はスピードとパワーの勝負。伊達なら被疑者に追いつき、子供の保護を任せられる。
さらには俺たちも追って、被疑者を確保というわけだ。
俺は走っていった車を見送った後、店から出てきた桐島さんにアランくんの保護を頼んだ。
「で、お前らはどうやって追うつもりなんだよ。伊達のナビか?」
「アランくん救出時に俺のスマホを後部座席のドアポケットに忍ばせています」
「で、俺が位置情報を調べれば、どこを走ってるか分かるってワケ」
「……お前ら位置情報把握し合ってんの?」
桐島さんが若干引いた顔で俺たちを見た。
位置情報を共有してるカップルがよく使うアプリだけど、これは別行動時に被疑者を追跡して挟みうちにするのに丁度いいのよう。
程なくして、俺と萩原が現場に着くころには被疑者は確保され、佑二くんも無事保護されていた。
高木ががんばったらしく顔にはあざがついてたが、やられっぱなしじゃなかったのは被疑者の顔にもある青たんが物語っていた。
「おめでとワタル~、良い男なったじゃんか」
「勲章だな、勲章」
「い、いえ、ほとんど皆さんのおかげで……」
「被疑者に立ち向かえたんだ、上出来だよ!」
俺と萩原、そしてアニキに順に肩をバシバシ叩かれたので、高木は線の細い身体をガクガクさせた。
「……でも、僕が被疑者確保したなんて言うのは、畏れ多いです。鬼堂に気づいたのは伊達さんですし、佑二くんの存在に気づいたのは花森さんで、アランくんを保護したのは萩原さんじゃないですか……メモの意味も、当日の作戦も僕には考えつかないのに」
「「「いいんだよ」」」
俺たちは三人そろって声をあげた。
何かそれが面白くて俺と萩原は笑う。ここからオトウトを勇気づけるのはアニキの仕事かなと託した。
アランくんと佑二くんが無事家族の元へ帰され、被疑者が確保され、捜査本部は解体されることになった。
組対と特殊犯のほとんどは泥惨会に目を付けていた為、随分大きな肩透かしを食らったことだろう。
俺は被疑者を確保した明確な手柄はなくとも、強行犯捜査係として来た四人が全員でこの事件の功労者だってことが証明出来たので大変満足。
特殊犯の人たちは最後、俺にちらほらと「オツカレ」と声をかけてくれる人が増えたけれど、これは多分元々そんなに恨まれてたわけではなくて、ちょっと気まずいと思ってだけみたい。
あとはほぼ、山崎さんが桐島さんと俺に色んな感情をゴチャっと持ってたから空気が悪かっただけだった。
───「もしかしてさあ、アンタ……花森さんのことが好きなんじゃねえの?」
萩原がブチかました爆弾発言が、山崎さんの塗り固めていた意地みたいなのを瓦解させたのは記憶に新しい。
あの発言を受けて思わず山崎さんを見ると、顔を真っ赤に染め上げて、息も出来なくなっちゃってて、さすがの俺も驚いて困惑した。
えー、いやいや、うそうそ。
会うたびになんか絡んでくると思ったら、好きな子に素直になれないいぢわるだったってこと? 桐島さんが嫌いだから、桐島さんと仲の良い俺にも当たりが強いんだと思ってたし、一周回って桐島さんのことが好き説もあったけど。俺かい。
「愛してるぜ、さん。こんな奴より俺のがいいだろ?」
人間の感情は複雑だけれども、と思っていた俺を背後から覗き込んでくる萩原は、ストレートな言葉と、好意的な眼差しを俺に向けた。
愛してるまで言うのは当てつけだか牽制の意図はあるにしても、萩原の常日頃の態度や人間性を見ていれば、まったくの嘘というわけではないのはわかる。
ていうかそもそも、萩原と山崎さんのことは比べるまでもない。
「断然、お前のがいい。愛してるぜ~萩原」
手を挙げてヨシヨシとその顎の下をくすぐってやったら、山崎さんはその場から逃げて行った。
その後は、俺達が別動隊になった為に顔を合わせることなく、今に至る。
ちなみに『山崎撃沈事件』は刑事課の語り草になったそうで、話を知った桐島さんが萩原に酒を奢ったとか奢ってないとか。
しれっと公開告白♡
伝わってな……くも、ない。
June. 2026