sakura-zensen
春を追う
19話
警察官になって、何度目かの春が来た。
目まぐるしい毎日だけど、春は特に変化の多い季節だ。
門馬班長は奥さんの故郷のある熊本に行くっていうんで異動願いを出し、向こうの県警で刑事課に配属になった。重村さんは警察官を引退して地域の生活センターの相談員になり、和田さんと小松原さんが柳さんの班に、俺と萩原は目暮警部の班に組み込まれ、実質6班は解体した。
「今日付で我が三係の一員になった花森くんと萩原くんだ。まあみんな顔見知りだと思うがね。それから彼が新しく本庁に配属になった千葉くん」
俺と萩原は元々同じ強行犯捜査係だっただけあって一瞬にして紹介は終了。もはや自分らで挨拶する暇もなかった。
ぴかぴかの新顔が期待に胸を膨らませて挨拶するのを、ニッコリ眺める先輩役に徹する。
「千葉くんの教育係は───萩原くん! 君に任せていいかね」
「へ? 俺……スか?」
目暮警部が新人千葉の肩をもちながら、ぐるんっと萩原を振り返る。きょとんとしたのは萩原と、俺もだ。
「ああ。君は刑事課に転属して二年とはいえ警察官としての経験は長いんだ。そろそろ下を育てる経験を積んでも良いころだと、門馬くんからも言われていてな。しっかりやりたまえ」
「りょーかいす」
そうか、もうそんな時期か。ウンウン。
萩原は爆処にいた年数も合わせて警官歴はもう六年。捜査一課での職務もこの数年で大分慣れたし、後輩育成の経験はあった方が良いだろう。
この班では俺、そして伊達と佐藤は警部補に昇級していったが、萩原は試験昇任制度は受けず、巡査部長のままでいる。だからこの配置換えを機に新たな経験を積んでキャリアステップを、という警部たちからの計らいの様な気がする。
「したがって花森くんとのコンビは解消してもらうことになり───」
「えっ」
この班員が奇数なことから、萩原は新人教育しながらも俺の相棒だと思ってたらしく、驚きの声を漏らした。
それに対し、目暮警部は諭すように言う。
「花森くんがいては、自動的に二人とも彼の指示を聞く立場になってしまうだろう? それで花森くんだが今度───」
「じゃあ! 私が!!」
警部、さっきから話を遮られて可哀想。
俺は隣で身を乗り出す佐藤を横目に、目暮警部を憐れんだ。
「さ、佐藤くん? 君が花森くんと組みたいってことかね?」
「はい。ぜひ。花森さんから教わりたいことが沢山あるんです」
「いやしかし……花森くんと君じゃあ、なんというかその」
目暮警部は言い淀む。
警視庁のマドンナの佐藤と、ゴスロリ女装刑事じゃあ凶悪犯どもにナメられっぱなしだとでも考えたのだろう。ナメられたところで困らないけれども。
「……佐藤が俺に教わりたいのって体術とかでしょ~。ただでさえじゃじゃ馬なのにこれ以上力をつけてどうするの」
「じゃっ、じゃじゃ馬……!?」
「そういや佐藤は、高木が花森さんに稽古つけられてるのを聞いて、羨ましがってたな」
伊達はすぐに状況を理解して口を挟んだ。
「俺が高木に教えてるのは自衛手段。この前コイツが被疑者確保時に盛大にボコられてたからだよ」
というわけだから佐藤の稽古は以前頼まれたが断ったし、今後も別に鍛える気もない。そう説明すると高木がショゲながら「僕の情けない話を持ち出さないでください……」と呻いている。
顔にあざを作っても刑事なら勲章だが、それは確保できたならの話だ。前回は高木も頑張ったし確保はできたが、もう少し余裕を持てたらいいよねっていうのが俺と伊達の判断。そんなわけで高木は鋭意トレーニング中ってわけ。
一方佐藤は普通の成人男性なら一人で確保できる程。
これ以上強くさせて、変に自信をもって立ち向かうようになってしまったら、俺は美和子ファンクラブの連中に殺されかねない。
「け、刑事としても学ぶべきところはあります。尊敬してますから」
佐藤は教わりたいのは体術だけじゃないって言い張るけど、ともかく俺は警部の判断を仰ぐことにした。
「それで、警部は誰と組ませるとお考えだったんですか」
「あ、いや、そうだな、白鳥くんあたりと考えていたんだが」
「えっ、私ですか? てっきり伊達さんと高木くんのコンビに入れるのかと……」
今まで静観していた白鳥だが、俺と組まされると聞いて驚いた。
以前俺がワタル・ブラザーズと萩原と一緒に捜査したこともあって、そう考えていたんだろう。
あとコイツはたしか、美和子ファンクラブの筆頭だったから……自分は好きなコと組めるとでも思ったのかもしれない。
だが目暮警部はその辺の人間関係にはかなり鈍感だ。いや敏感だった場合も組ませないか。
「いやあ、頭脳派の白鳥くんと武闘派の花森くんなら互いに補い合っていけると思わんかね! ───そして佐藤くんには、特定のペアは決めず適宜どこかに入ってもらおうと思っていてな。時にはわしの共もしてもらおうかと……」
「! 佐藤美和子、その任お受けいたしますっ!!!」
佐藤は俺と組むよりそっちの方が嬉しいみたいだった。いいもん、べつにさ。
何か朝からひと悶着あったが、こうして新しい班での一日がスタートした。
俺は白鳥と所轄警察署に赴き被疑者の身柄の引き取りを命じられたので、早速白鳥の車に二人で乗り込んだ。萩原の先輩スタートに対して何も声をかけてこなかったけど、まあ卒なくこなすだろう。
「いいんですか、武闘派の花森くんなんて言われてましたが」
白鳥は警察署までの道のりを運転しながら、ふと呟くように尋ねた。
さっき目暮警部に言われた評価だろう。あれは言葉の綾というか、得意分野がそうってだけで、武闘派だからって頭が使えないという訳ではないと思うが。
「まあ確かに、身体を動かす方が好きだし? 頭脳派の白鳥くんは評価がご不満?」
「僕は頭を使う方が性に合ってますよ……鍛えてはいますが、あなたほど動けるわけでもありませんしね」
「じゃ、警部のおっしゃるとおり、互いに補い合っていきましょー」
「……6班の刑事たちは誰も彼も癖が強くて、門馬班長はまとめるのに大変苦労されたと聞いてたのですが」
え、そんなに大変な思いさせたかしら。俺と桐島さんが刑事なりたての頃はそうだったかも……。でも後輩の白鳥にそういわれる心当たりがまるでなく、首をかしげた。しかし白鳥は話を続ける。
「二カ月前にあった誘拐事件。捜査本部での活躍を聞いて、花森さんの協調性と統率力には驚かされましたよ。被疑者を挙げたのは伊達さんと高木くんでしたが、花森さんが捕獲作戦の陣頭指揮を執ったとか? それに一緒に誘拐された子を事前に探り当てたのも花森さんだったそうじゃないですか。事前にわかっていなければ、もう一人の子の身を危険に晒すところでした」
最初は貶されてるのかと思ってたけど、どうやら俺は褒められてるらしい。
「僕にはあの捜査で、そこに着目した花森さんの頭脳が気になって仕方がありませんよ」
「頭脳なんて大げさなもんじゃなくて……何事も大事なのはチームワークだってことかな」
「チームワーク、ですか?」
俺はポリポリと鼻の頭を掻いた。
刑事になりたての頃は守れてなくて、一人行動しちゃったり、自分で被疑者確保しようとか思ってたけど、警察官という仕事を続けていくうちにずっと昔の大切な記憶を思い出した。
「自分の手柄を優先させず、組織にとって、国民にとって、何が一番利益になるのかを考える。当時捜査本部には、反社会勢力担当の組対、誘拐担当の特殊犯がいたんだ。俺が彼らと同様の方向を向いていても意味がないし、強行犯捜査係としてやれることを探した。つまり、他の捜査官の手の行き届かない部分の捜査をするってわけ」
「ですが、伊達さんが既に近所に住んでた被疑者に目を付けていたんじゃなかったんですか? もう一人の子の存在はその時点では……」
「うーん、ほら、俺にはもう一つ良い武器があるじゃない」
「もしや、噂の嗅覚……ですか?」
「そう。友達がいたという証言、サッカーボールにあった他の子どもの指紋、におい、───もちろん、それだけじゃまだ一緒に誘拐されたとまでは言い切れなかった。でも被疑者の鬼堂を張り込みして三日目、奴が酔っ払いに頭を殴打された時、俺は事件のどさくさに紛れて奴の部屋を調べたんだ」
「えぇ!?」
「軽くだよ。"同居人"がいないかと思ってね」
思わずこっちに顔を向けようとする白鳥だが、それは耐えた。運転中です。
「れ、令状もなしに家宅捜索したんですか?」
「警察官職務執行法、第3条保護の観点から、警察官は目の前の負傷者を救護する義務があり、その処置をしたのち速やかにその者の家族か知人に通知し、引取りに必要な手配を行う。またそれがいない場合は公的機関に事件を引き継ぐとある」
俺はわざわざ、生真面目な白鳥の様なタイプ向けの説明を持ち出した。
つまるところ大義名分だ。
「つまり、花森さんは救護時被疑者の身元を確認し、知り得た家が近所である為にいるかもしれない家族に通知するために訪ねたと言いたいわけですね? でも不在だったのならそれ以上は」
「施錠されていないため、家人がいないか軽く声をかける為に入った。確かにこれは保護と報告の観点からはアウトかもな。でも俺はそこで得たものを証拠にはしていないので、家に入った事実は捜査上明らかにする必要がない。───なぜならその時の俺は、ジャンパーの匂いを嗅いだだけだから」
「ジャンパー……?」
「そう。玄関からすぐのところに放置されていた。鬼堂が公衆電話に行く際に着ていたものとは違うやつ。そこから匂いがしたのは本人、そしてアランくんが微かに。更にはサッカーボールからした人物の匂いとも一致した」
「そんなことが……!」
「もちろん共犯者の匂いの可能性も捨てきれないが、一緒に攫われた可能性がある線を調べてみる価値は高まるよね。そこで人物特定と証拠を探すために、一両日中に捜索願を出された同年代の子供を探す範囲を広げた。上がった子供はそう多くはなかったから、順に調べて行けば一人が転校した元同級生だと判明した。───んで、急いで指紋をもらいに行ったらボールについてる子供の指紋と一致」
「───それはなんというか、……力業、ですね」
「だから頭脳じゃないっていった」
「まあでも悪知恵は働くようだ」
「白鳥も悪知恵には詳しくなっておいた方が良い。だって犯罪者はこの法治国家を物ともしない無法者───社会の"裏"を生きようとしている連中だ。奴らを追うなら"裏の裏"まで読まないと」
白鳥は生真面目な高学歴男という印象なので、俺の規則違反や、嗅覚を使っての証拠集めなどは受け入れがたいかもしれない。
とはいえこれから一緒に捜査していく機会が増えるなら、俺のやり方は知っておいた方がいい。
そう思って話したが、白鳥はその後しばらく考え込むように黙って車を走行させた。
デカワンコキャラクターをちょっとだけ遠ざけます。完全には居なくならないけど~!
そして萩原から白鳥に相棒チェンジです。
"先生"の教え再び。『チームワーク』と『裏の裏を読め』。
何気に他の作品では白鳥とカカシせんせーが同じ声なので触れてるんですが、この時期の白鳥は違う声だと思うので(笑)今後も多分声については触れません。多分。
June. 2026