sakura-zensen

春を追う

20話

目暮班に移動してから約一ヶ月が過ぎたころ、鳥矢町3丁目の住宅で強盗事件が発生した。警察無線によって入った情報から、俺と白鳥は現場にかけつける。
現場は二階建ての一軒家。道路に面した車庫には住人の車、その脇のスペースにはパトカーが二台。更に白鳥・萩原の車が付けられて、道路はいっぱいいっぱいになっていた。
話しを聞くのはひとペアだけで良いような気もする、と思ったのは俺だけではないだろう。立場的に俺と白鳥の方が強い、が、萩原がニーッコリ笑ってその場の空気を換えてしまう。
「よーし千葉、今日は白鳥警部補のやり方勉強させてもらえよー」
「はいっス!」
そう、新人・千葉に仕事ぶりを見せるという名目で現場に入ることになった。
「まあそういうことならいいでしょう」
白鳥は後輩に仕事を見せるのは満更でもないらしく、コホンと咳ばらいを一つして規制線が張られた現場へと足を踏み入れる。
教育は萩原の仕事とはいえ、色々な人のやり方を見た方が良いのはたしかだから、俺も異論はなかった。

「あ、ちょい待ち。中に入るのはさんを先にしよう」
「ん? 俺?」

家の中に入る直前、萩原はすかさず白鳥の肩を掴んで制止し、俺を一瞥した。
そういえば組んでる時、萩原はいつも後から入って来ていたっけ。
「花森さんがいくら嗅覚に優れているとはいえ、捜査で優先させるのはどうかと思うね」
「でも、わざわざ“証拠”の純度を下げる必要はないんじゃねーの。それに同じ警部補とはいえさんのが先輩なんだし」
「おいおい、君は元相棒贔屓が過ぎるんじゃないか?」
「アタシの為に争わないで」
背の高い二人が出入り口で通せんぼしてて、非情に邪魔なので俺は手袋嵌めながら間を割って通り抜けた。
こうして俺が一番に現場入りをしたことで争いの種がなくなり、白鳥と萩原はノコノコ、千葉はオロオロと後に続いた。


現場に駆けつけた機動捜査隊と住人の話を聞かせてもらったあと、家の中を見て回っていると、千葉が俺に近づいて来て、
「───萩原さんと花森さんは元相棒なんスよね?」
と聞いてきた。
そうだよ、と返せばさらに声を潜めた。
「付き合ってたりするんスか?」
「……。いんや?」
「あ、じゃあ白鳥さんと?」
「白鳥と萩原? 付き合ってるとは聞いてないな」
「どうしてそうなるんですかっ、白鳥さんと花森さんですよ!」
面白半分にとぼけていたら、千葉はついはっきりと声をあげた。
萩原と白鳥もいったい何事かとこっちを見ている。さすがにやべっ、と焦っていたが千葉は根が素直なようで軽快にしゃべり出す。
「いや、花森さんをめぐって二人がライバル関係にあるのかなーって、アハハ」
「おいおい、僕がこの人を? 勘弁してくれ、僕はもっと"清楚"な"女性"が好みなんでね」
「……佐藤は別に清楚じゃなくない???」
「白鳥ちゃんったら、自分の希望のイメージばっかり相手に押し付けちゃだめよ~?」
「えっ白鳥さんって佐藤さんのこと!? まあでも、警視庁のマドンナって有名ですもんね」
「~~ああもう、うるさいな……まったく」
自分から好みのタイプ話したくせに、白鳥はぶつくさ言いながら部屋を出て行った。
白鳥が佐藤へ持つ『清楚』像がいつ砕けるのか、そして千葉はいつ俺が男だと気づくのか、その時を楽しみにしながら待つことにしよう。



「───萩原くんって、花森さんの嗅覚をちょっと信奉しすぎなんじゃありませんか」

白鳥がそう言ってきたのは、一度警視庁に戻ることになった車の中でのことだった。
信奉、と言われると不思議な気分だが、白鳥からすると俺の嗅覚を証拠感覚で信じているように見えるんだろう。

たしかに萩原は、組み始めてすぐの段階で俺の嗅覚を信じていた。
しかし当時既に班員たちが俺の嗅覚による判断を信じてくれる環境だったし、事件の証拠としてはちゃんと鑑識を通した明確なものを提出していた。
萩原は以前から信頼できるダチ公の伊達から「マジで犬並み」と聞いてただけあって、いちいち不審に思う必要もなかったんだろう。
いやでも、周囲の意見を聞いてただけで、そこまで柔軟に対応できるのは萩原特有のスキルなのかもしれないが。

「普通は白鳥の対応になるよね。というか、白鳥は十分聞き入れてくれてる方だ」
「噂には聞いてますから」
「俺が配属されてすぐのころは、誰も俺の嗅覚なんて信じていなかったよ」
「───……それは、……そう、でしょうね」
一瞬言葉に詰まった白鳥だけど、苦笑した。
「警察犬は色んなテストをクリアして匂いを判断できるって保証されてるけど、俺は人間でそんなテストを受けてもいないからね。ただ匂うって言ってもヒヨッコ刑事の勘だとしか思われなかった。おかげで最初の事件の時は一人で被疑者を追跡し、信頼の情をはぐくんだのは警察犬のミハイル号だ」
「ミハイル号……」
白鳥は神妙な顔つきでミハイルの名を復唱した。駄目だ、笑っちゃいそ。自分の話なのに。
「あの時は裏付けを待ってもいられなかったけど、俺は嗅覚"だけ"で捜査をしようとは思ってないんだ。……匂いはあくまで手掛かりを見つけるためのセンサーで、そこから得た俺にしかわからないことを逆算して、裏付けをするのが刑事としての仕事だと思う」
以前誘拐事件の時に被疑者と思われる男のジャンパーについていた匂いが、もう一人誘拐されていた子供だと分かった時もそうだ。
捜索願を出された子供の存在を探し出し、指紋を採取し、サッカーボールを借りていた事を保護者に聞き取って、誘拐されている可能性を皆に理解してもらった。
白鳥もそのことを思い出して小さく頷く。
「だから萩原みたいにならなくて、全然いいんだからな」
「……なりたいなんて思いませんよ、あんな男」
あれ、なんかやっぱり、白鳥って萩原のこと嫌いなのか……?


───それから二日が経った日の夜、警視庁に通報が響いた。
『鳥矢町7丁目の住宅で、不審人物が家に侵入しているところを見た』と、近隣住民からの通報だった。つまり、急げばその場に間に合うかもしれない。
「この前の強盗事件と近いぞ! 同じ人物の犯行かもしれん!」
「急行します!」
ほとんどが出払っているデスク周辺には、目暮警部と俺しかいなかった。白鳥が少し席を外すといって出ていった、わずかな時間の出来事である。
「ああ、仕方ないワシと花森くんで」
「お、っと、さん!?」
俺と目暮警部で飛び出していこうとしたその時、萩原が丁度部屋に入って来るところだった。
俺は突然止まれず、萩原の身体を押しながら身体の向きを回転する。
まるでダンスみたいに手を取りながら、萩原を廊下に連れ出した。
「通報、鳥矢町7-3-1強盗発生!」
「OK!」
端的に伝えると、萩原は俺の手を掴み返して方向を変える。
「よぉし、萩原くんも行くぞ!」
目暮警部も勢いに乗って、萩原共々廊下を駆けだした。



強盗犯への威嚇のごとく、サイレンを鳴らしながら現場に急行した。
だが途中、先についていた警官たちから犯人がバイクに乗って逃走したと連絡が入る。小型バイクのカブで米花町方面へ向かったとのこと。人数は二人組で服装は黒、フルフェイスのヘルメットで顔を隠しているそうだ。個人を特定できる特徴が少ないのは最早仕方がない。
現在もパトカーで追跡はしているそうなので、萩原が「んじゃあ、先回りと行きますか」と急ハンドルを切った。
俺はこうなるだろうと思っていたのでアシストグリップを掴んで遠心力に耐えたが、目暮警部は後部座席でごちっと頭をぶつけていた。

遠くではパトカーのサイレン、微かなエンジン音がしているのが聞こえる。対して俺たちは、人気のない住宅街を抜けて土手に乗り上げ、爆走。
目暮警部はもはや悲鳴すら上げない。
程なくして萩原が「そろそろだ」と合図を寄越すので、俺は助手席の窓を開けて少し身を乗り出した。そのままシートベルトを外して窓枠に腰掛ける。
「花森くん!? キミはいったい何を」
「警部、ちょーっち車が跳ねるけど耐えてくれ、よ───っ」
「なにぃ───!?」
土手の途切れる先の橋が見えてきたとき、萩原は何かを踏み台にして車体を跳ねさせた。そのままぶわっと浮いたと思ったら、橋の欄干を超えて橋の真ん中に着地。周囲の車をうまく避けながら車道を大きく旋回することで、一時的に交通規制をはる。……よいこは真似をしないでほしい所業だ。
その間、窓から身を乗り出してた俺は振り落とされることなく車の上に乗り上げ、向こうから走って来るバイクとパトカーを待ち構えた。

萩原の車は、うまいことバイクの真正面に向けて停まった。そして、即座にハイビームをバイクに当てた。
怯んだバイクはよろめき、バランスを崩す。急には止まれないとしても、スピードは緩み、車をよけようと運転に迷いが生じた。
その瞬間に俺は車の上から飛び出して、バイクの運転手に正面からドロップキックをお見舞い。狙ったのは鎖骨あたり、後ろにいた奴もろ共、その勢いでバイクと身体が離されていく。
バイクは横滑りに橋の欄干にぶちあたり、ライダーは地面に転げ落ちた。

「無茶をしすぎだーっっ!」

強盗犯は無事お縄となったが、俺と萩原は目暮警部にばっちし叱られることとなった。
「すいません警部、こいつの運転が無茶なばかりに」
「いやいや、さんのバイクに向かってドロップキックが無茶なんだって」
お互いに無茶のレッテルをなすりつけ合うが、両方だと睨まれる。
先生に怒られる学生みたいに、しれーっと目を逸らして後ろ手を組んだ。
早く帰りたいナー。

「あっ、いた!!! 花森さんっ」
「はぎ、はぎわらさーんっ!!」

程なくして、白鳥と千葉が通報と追跡を聞きつけて現場に到着した。目暮警部のお説教が止んで、気が逸れたのでこれ幸いと二人に声をかける。
ところが、
「連絡もなしにおいてくなんて酷いじゃありませんか!?」
「萩原さんがタバコ吸ってくるっていうから、俺待ってたんスけど!?!?」
と、それぞれの相方に叱られてしまう。
俺の場合真面目に待機中だったし、出動したのは目暮警部の判断だった。
しかし萩原の置き去りの仕方はヒドいだろう。
てわけで、千葉には存分に非難されてもらって、俺は白鳥を正当な理由で宥めることとした。

後日聞いた話だけど、この件で目暮警部は俺たちを組ませるのが危険であると判断したらしいが、それぞれの相方から「アレに付き合える自信がない」と言われて悩んだらしい。
俺と萩原だって相手を選んで無茶するわい。



白鳥は萩原になんとなく対抗意識を燃やしている。
有能であることは認めてるんだけど、本人が出世したがらないところとか、なんかそのへん。
千葉は高木とタメ口だったので同時期の配属または同年代かなと思うんですが、本庁への配属はこの時期にしました。
June. 2026