sakura-zensen

春を追う

22話

次なる休暇日、ミハイルとの埋め合わせデート後に諸伏と会う約束をしていた。
ミハイルはご機嫌のまま訓練センターに送り届け、その後一度俺は一般人の方の田村さんに会いに行って、田村麻呂を借りてきた。
以前の公園が待ち合わせ場所だったので、犬の散歩を装うために田村麻呂を抱っこしている。

時刻は夕方の17時。日が長く、まだ空は随分と明るく、気温も高い。
たっぷり緑を携えた木が影を作ったところにあるベンチに、田村麻呂を抱いて座った。諸伏が近づいてくるまで、そう待つことはなかった。
俺たちはしばらくそこで、犬を介して話す知人のふりをした後、席を立つ。
念のため周囲を伺ったけど、諸伏には尾行や警護がついてる雰囲気はないようだ。付近に人はいるけど、誰も俺たちに注目している様子はない。
雑談をしながら公園の駐車場に向かい、諸伏を俺の車の助手席に座らせた。ここなら人に話は聞かれないだろう。

「萩原に、諸伏のことって言っていい?」

早速俺は、一番気になってることを聞いた。ここに来るまで、萩原からのものすごーく問い詰めたい空気を躱し続けてきた。自分の間抜けさが招いたこととはいえ、萩原にナンパ相手と会うと思われてるのは、どうも据わりが悪い。
「それなんだけど……言わないで欲しいんだ」
「え!?」
まさかの返答に俺は驚き目を見張った。
てっきり、表面上無関係の俺から接触して、同期たちにそれとなく情報を伝えるつもりなんだと思ってたんだけど。
「実は、俺が生きてることは限られた人しか知らない。それこそ、公安にも」
「ふぅん……その限られた人の中に俺を入れた理由は?」
「だって花森さん、俺に気づいちゃうだろ?」
「それはそうなんだけど。たとえ道端で会ったとして、明らかに変装中の人に声かけたりしません」
ちょっとした嫌がらせと、車を走らせるために諸伏の膝の上にぐったりした田村麻呂を乗せた。
「ごめん、信用してないわけじゃないんだ………って、この犬大丈夫? 身体に力が全く入ってないけど」
「犬は大丈夫。別に怒ってはいないよ───なんか、他の人を差し置いてっていうのは気がひけるけどな」
俺だけに話を通してくれたのは、諸伏なりの誠意ともとれる。

「諸伏ってさ、郷はどこなの? ご両親や、兄弟は?」

仕事のことを詮索するつもりはなかったけど、俺は一歩踏み込んだことを聞く。
諸伏自身のことなら、教えてくれるかなって。
「出身は長野だ。幼いころに両親が亡くなって、兄さんが長野、俺は東京の親戚の家に引き取られた。兄さんは長野県警で刑事をやってるよ」
「そう。兄弟そろって警察官なんだ、いいね」
「花森さんのところと一緒だ」
案外素直に教えてくれるんだな、と思っていたらうちと一緒とまで言われて少し息を詰める。弟が公安部に配属になって、どこかへ潜入しているかもしれない───諸伏みたいに。そういった口に出来ない可能性が、ほんのりと形になったように思う。
「ほんと、一緒だ……」
改めて口に出して、不思議な気分になる。
「───そうか、お前も弟なのか。どおりで」
「あ、弟っぽいかな? 俺」
「兄という生き物にしか感じ取れない弟のにおいがする」
「花森さんが言うとそれ、シャレにならないんだよなあ」
少しだけ砕けた話をしたら心が和んだ。諸伏への親近感もちょっと増した。
なんか、こいつが元気でいるところを見ると、弟が元気でいてくれるような希望が見えて救われた。

その後、諸伏は唯一潜入先のことで、赤井についてを教えてくれた。
あの晩会ったFBIの男だが、諸伏が離脱して間もなく素性が割れて逃亡したそうだ。諸伏の手助けが原因かと思えば、そうじゃない事だけは聞いた。
「じゃあ国に帰ったのかな?」
「おそらく、しばらくは向こうで姿を隠すんじゃないかな───といっても、FBIだってバレてるんだから、アメリカが安全とは思えないけど」
「たしかに。でも仲間がいれば、心強いだろう」
「そうだね。だけど赤井はきっと、また戻って来るだろう。それで奴らの喉元に噛みつく───そんな男だ」
諸伏の遠い目をする横顔を眺めて、声もなく頷いた。
俺はその組織とやらをよくわからないし、弟が潜入していると思うと心配。本当なら何かをしたいとは思うけど、今はただ、祈るしかできなかった。

「ところで諸伏クン、さっきからミニパトにストーキングされてるんだけど、……さっそく立場が危ういかも。ゴメンネ」
「えっ」

実は、少し前から俺の車の後をちょろちょろついてくるミニパトの存在があった。
俺に気づいたオニコやその同僚たちが面白がってついてきているのか、それとも便乗して萩原がいるのかは不明だけど、狙いは諸伏ではなく俺であることは明らか。
「諸伏が俺に送ってきたショートメール見られちゃってさ。ナンパ男だと思われてんのよね、っと───伏せて!」
とりあえず一回距離をとるべく、角を曲がってから道路でUターンする。方向転換後、諸伏に頭を下げさせて隠した。
その際、俺の車が反対車線から飛び出してきたことに驚いたミニパトのハンドルが微かに揺れ、すれ違っていった。
チラっと見えたのは運転手にオニコ、助手席はわからなかったが後部座席にいた男が二人───窓ガラスにベタっとくっついてこっちを見ていた。

「うわァ~……やっぱり……」
「え、なに? なに?」

諸伏は顔を隠させたので、当然すれ違うミニパトの中はみられなかったので困惑していた。
後部座席に乗っていたのが萩原と松田だったと告げれば、きょとんとしたあとに「暇なのか? 警察官……」と背もたれにずり落ちた。
俺は笑いながらスピードをあげ、諸伏に自分のスマホを預ける。そこで、あるアプリを立ち上げるよう、指示を飛ばした。───位置情報共有アプリである。
「萩原がそれで俺の位置情報を把握して、追ってきてるんだと思う」
「えぇ! こんなの入れてるのか!? 見つかるわけだよ……ていうか二人ってどういう関係?」
「相棒。元だけど」
萩原とコンビを組んでた時にいれてたものを、そのままにしていたのが今回災いした。いつから場所を把握されてたかは定かではないけど、公園で諸伏と会って車に乗るまでの間は、周囲を警戒していた為に見られてはいないだろう。
となると、あいつらは仕事の後にオニコを使って俺の位置情報を追ってやってきた、ってところか。
萩原が自分の車を使わなかったのは、すぐに知られると思ったからだろうが、ミニパトも十分特徴的だ。
「とりあえず位置情報を切ろう!」
「いや、萩原の位置情報を見て、道を逸れて先回りしそうになったら教えて」
「え、ああ、わかった。でもそれじゃいつまでたっても撒けないんじゃないか?」
「大丈夫、───こっちの位置情報を把握してることを、逆手にとるんだ」
言いながら俺は周辺の地図を頭の中に思い浮かべて車を走らせた。そして一度、俺は田村麻呂とスマホをもって車を降り、裏道を走った。その間、車は諸伏に運転を任せ、後で落ち合う予定だ。

暫く走ったあと、こぢんまりとした公園の植え込みに、田村麻呂を下ろす。その身体の下にスマホを敷かせれば、仕掛けの出来上がりだ。
ふつうの犬と、ヤバイ追手の場合はこんなことしないけど、今は半分以上遊びなのでよしとしよう。

「じゃ、萩原が迎えに来るから待ってて」

俺は力の抜けた田村麻呂の顔を撫でて、おやつをぽろぽろと落としてからその場を離れた。そして約束していた場所に走れば、諸伏が俺の車で丁度真横に滑り込んできた。
「よぉーしぃ、いっちょドライブといきますかーっ」
助手席に乗り込んでシートベルトを締めていると、諸伏は笑いながら車を走らせた。



夜の19時、諸伏と無事別れてからマンションに帰ると、俺の部屋の前で萩原が座り込んで待ってた。
松田やオニコ、そして田村麻呂の姿はない。おや、と周囲を見回すと萩原は立ち上がって口を開いた。
「みんなは解散。田村麻呂は田村さんトコ送ってきた」
言いながら萩原に差し出されたスマホを受け取って、自分のポケットにしまう。
「気が利くなあ。俺はてっきり家の前で全員待ち構えてて、違反切符切られるかと思ったよ」
「…………す、すんませんした~……」
へらりと笑う萩原の横で、自室の鍵を開ける。
ドアを開けながら「入れば」と誘った。思ってた以上に俺が怒ってないと思って、萩原は驚いた顔をしつつ家の中に入ってくる。
「位置情報共有アプリを利用したことは評価できるけど、尾行を俺に気づかれた以上、今度はそれを逆手に取られるので減点」
「えー……っと?」
「自分の車で来なかったのは正解。でもミニパトも十分目につく。これも減点」
「ハーイ……」
靴を脱いで、リビングにまっすぐ向かって部屋の窓を開けて換気しながら評価すると、萩原は粛々と受け止めた。
「俺のデート相手はわかった?」
「ミハイル号」
「じゃ、ナンパしてきた相手は?」
「なーんも! もしかして俺のこと試して楽しんでた?」
「試したのは探られたからだな。追われると逃げたくなるタチでね……」
フフと笑うと、萩原は気が抜けたように床に膝をついて、ソファにもたれる。
俺はソファに座って、萩原を見下ろした。

「───ナンパされたのは、言葉のあやだよ。実際には世間話からのバンド勧誘だな」

評価の後は、答え合わせをしないとだ。
といっても、全てが本当の答えにはならず、諸伏と打ち合わせて作り出した答えだけれど。
「え?」
「先週、ミハイルとデートしてた時に話しかけてきた相手なんだけど。公園でミハイルと俺が滅茶苦茶息の合う遊びをしてたから目立ってさ。それで話しているうちに仲良くなったんだ」
「それが何でバンドになるわけよ」
拗ねたみたいに頬をクッションに押し付ける萩原の、垂れた髪の毛を指先で軽くいじくる。
「あっちは公園で楽器練習しようと思ってたらしいんだけど、夏はさすがにしんどいねっていう話から、互いに楽器できるってわかって」
「え、さん楽器できんの? 何?」
「言ってなかったっけ? 高校時代軽音楽部だったの。ギター&ボーカル。オニコも知ってると思う」
「でも家でギター見た事ねえよ?」
「忙しいから出さないだけで、仕舞ってあるよ───それで、たまに音合わせする程度の緩いバンド組もうぜって言われて、とりあえず連絡先の交換。今日は単に時間が空いたから打ち合わせをしようと思って会ってたんだよ」
「…………ハァ~……」
「紛らわしい言い方をして悪かったねエ」
「んならすぐ教えてくれりゃよかったのに」
「なんでもすぐ教えていたら萩原が成長しないと思って」
萩原はがっくしと頭を落とした。俺はその後頭部を軽く撫でた後に立ち上がった。
クーラーのスイッチを入れてから部屋を出て、廊下にある収納棚を開ける。その奥にしまい込んでいたギターケースを取り出すと、少しだけ籠った匂いがまとわりついた。
俺の寝室は萩原も布団を敷いたり服を着たりするから、色々開けたことはあるだろう。でも廊下の収納扉は、工具とか季節ものとか日用品のストックとかが入っているので、用もなく開けたりはしない。よって、萩原がギターの存在を知らなかったのは当然だ。

急速に部屋を冷まそうと、勢いよくクーラーが稼働しているリビングに戻ると、萩原は今度こそソファにちゃんと座っていた。俺はその隣に座って、持ってきたギターを取り出して膝に乗せる。
「お、アコギ?」
「いやクラシックギター。とろみのある音色が好きでさ」
見慣れてないと区別のつかないギターなので、萩原には訂正をいれる。
今でも何か弾けるのかと聞かれて、夜だから少しだけと断ってから一節弾いて聴かせた。
萩原はソファの背もたれに頭を預けて、聞き入るように目を瞑る。

「……───さんさ、俺の機嫌とろうとしてる?」

ほのかな余韻を残す静けさが戻ってくると、萩原はゆっくり目を開いて言った。
その顔を覗き込みながら俺は素直に聞き返す。
「うん。ご機嫌いかが?」
「………………はぁ~……」
萩原はどこか疲れたような、気が抜けたようなため息を吐いた後、「泊まっていい?」と聞いて来た。
この時間に来たからには当然泊まっていくだろうなと思っていたので、いいよーと返してギターを仕舞った。



普段は滅茶苦茶頭が周るし余裕たっぷりの男なのに恋にから回って短絡的になっちゃうのSUKI……。
July. 2026