sakura-zensen
春を追う
23話
(萩原視点)
いつも起きてる時間にアラームが鳴って、目を覚ました。
今日はさんの部屋に泊まったから、もっとゆっくり寝ていても良かったってのに。
「───っと、やべ」
最初は適当にスマホを探してたが、さんの睡眠を妨げたら悪いと思って、慌てて身体を起こしてアラームを止める。そのままの流れで隣のベッドを覗き込むと、どうやらまだ眠っているらしくその目は閉じられていた。
同時に、枕元に置かれたさんのスマホに目が行く。昨日も十分見る機会はあったけど、後ろめたさから勝手に開いたりはしなかった。
「───……」
自然と、ゆっくり手を伸ばした。けど、スマホには触れなかった。代わりにさんの長い髪に指を這わせる。
無造作にシーツに散らばったり、腕に絡みついてたり、肩に踏まれてるところもあった。
痛くねえのかな、と項のあたりから髪をかき集めて引っ張ると、自然と寝返りを打ったさんの身体の下から解放された髪の毛が出てきた。
俺はさんの髪を一本にまとめて、身体から離れたところに避けておいた。
これでよし、なんて達成感に溢れて一呼吸置いた俺に重なって、ふふっと小刻みに笑う微かな吐息が聞こえた。
当然さんのもので、顔を見れば目を薄く開けたまま口元が笑っていた。
「起きて……るか、そりゃ」
気配に敏いこの人が起きないわけがなかった、と思って俺も苦笑する。
でもさんは笑っただけで何も言わず、もう一度ゆっくり眠りにつくよう、穏やかな顔で目を閉じた。
これが意図しての無防備だと思うと、胸のあたりがむず痒い。
さんが、俺にかなり気を許してるのは最近わかる様になってきた。
昨日だって、俺がさんのデート相手だとかナンパ相手だとかを詮索しても、尾行しても、急に来て泊まっても、怒ることなく許された。ダメ出しはされたけど。
最初は煙に巻かれたと思ったナンパ相手のことも、結局は友人関係になってバンドをするかもって話を打ち明けられたし、それを裏付けるようにギターを持ってきて弾いて見せた。
まるで機嫌を取るみたいだと言や、本当にその通りで。───どうしてそこまでしちゃうかな、と昨晩の俺は渦巻く感情をうまく処理できなかった。
こんなしつこくて面倒くせえ後輩、怒ったり、無視したり、家から蹴り出せばいいのに。
いつか桐島さんが言ってた、年上の役目みたいな気持ちなら、かなり危ない。面倒見が良すぎて、誰かにつけ込まれたりしないか心配になる。
今んとこその悪いヤツは俺だけみたいだけど、バンドを組むかもって言ってたヤツが、結局どんな人間かまではわからなかったので、油断は出来ない。
俺は決意を固く結び直して、今暫くここで寝ていられる時間を味わうことにした。
そしたらいつの間にか二度寝してたみたいで、次に起きた時にはすっかりさんは身支度を終えていた。
……しまった。さんが一番素でいる時間を見逃した。
俺はガッカリしながら自分も着替えてリビングに顔を出したけど、対するさんは俺を見るなり満足げに頷いた。
「なんかイイコトあった?」と聞けば「別に」と言いながらもやっぱりご機嫌な様子。後頭部の一本結びのしっぽが、嬉しそうに揺れている気がした。
「───そういえば、鍵いる?」
「へ?」
家を出る時になって、互いに身体がぶつかるのもお構いなしに靴を履いてると、さんがそう言った。靴箱の上にある皿に俺の車の鍵を混ぜて置いてあるから、それを取るために俺に背を向けている。
鍵って言われて思い当たったのは当然車の鍵。そりゃ、いるっしょ。無きゃ乗れねえもんよ。
「ちょーだい」
変なやり取りだな、と思いはしたものの、少し慌ただしかったもんで確認することなく返事をした。
するとさんはこくんと頷いて、俺の車の鍵を手にした。
けどすぐに渡してはくれず、手の中で何かいじくってる。キーホルダーに金具を通してるみたいで、なんだろうとその手元を覗き込んだ。
次第に何が追加されたのかが明らかになる。───さんの家の鍵だ、コレ。
「いいの、俺が持ってて」
「前までは一緒に来てたから、鍵開ける必要なかったもんねー」
「ん……」
俺は手の中にある微かな重みに、浮かれて浮かれて、しょうがない。
この鍵を使うってことは、夜遅くまで仕事して、なし崩し的に家に泊めてもらうのとは少し意味合いが変わってくる。
つまり、俺はいつでもこの部屋に来て良いっつう許可をもらえたも同然で、これはもう、俺達付き合ってるってことでいいんじゃねえの……??
「萩原と? いや付き合ってないよ」
有頂天だった俺の気分はすぐに地に落ちた。
喫煙室から出て歩いてたところで、さんと誰かがしゃべってる声がすると思って意識を寄せたら聞き取れた言葉だ。
自分の名前が呼ばれたおかげでスンナリ耳に入ってきやがって、出来れば聞きたくなかった事実が続く。そうだよ、付き合ってないんだよ……。
「え~なら萩原くんのこと、狙っちゃおっかな~!」
前までの俺なら、狙われちゃおっかな、とそのお相手さんの顔を見て調子よく絡みに行くんだけど、そんなテンションになれずに踵を返した。
名前を呼んで、敬語も徐々に無くして、家にも行き来して、姉貴とおふくろとも顔見知りになって仲が良さそう。この前は、部屋の鍵もくれた。
「───でも、さんの気持ちが全然わかんねえのよ」
この不安を、飲みに誘った松田と伊達、それから伊達とたまたま一緒にいて同行した高木に吐露した。
「ほぼ萩原が一方的にやってるだけじゃねえか? 鍵寄越したのも、よく来るからって気もするしよぉ」
「男同士だとそこに特別な意図はないんじゃないスかねえ?」
「おいおいワタル・ブラザーズ、本当のことだからって言って良いことと悪いことがあんだぞォ!」
俺の味方になってくれんのは、やっぱり幼馴染で親友の、好きなコに相手にされない同志の陣平ちゃんしかいねえのよ。……いや、こいつが一番辛辣か。
「どうせハギは変なところでビビッて、誤魔化した態度とってんじゃねーの? 俺みたいにバシッと気持ち伝えろ」
「いやいや~、陣平ちゃんはそれで毎回姉貴にフられてんだろうよ」
「それでもいいんだよ! つーか、千速もそろそろグラッと来てるはずだぜ」
いや~、それはどうかねえ……。
松田と姉貴のやりとりに比べたら俺は、「愛してる」って言ったら「俺も愛してる」って返されたし。
ぶつぶつと言い訳をこいてると、高木はそういえば、と口を開いた。
「花森さんって、そもそも恋愛対象は男性なんですか? 女装は女性になりたいからじゃないって聞いたような……」
「高木、それは野暮ってやつだぜ」
「見ろよこの、稀代の女好きが一人の男に腑抜けてる姿を。恋愛対象が男か女かの次元じゃねえんだ」
「そ、そうを言われるとそうなんですが」
困惑した高木を見て、俺は丸めてた背中を正した。
「まあまあ俺も性別は大事だと思うよ? だって俺は今も女の子は女の子ってだけで好きだし、さん以外のヤローのことは好きにならねえと思うし。───あ、悪いな高木、こんな話して」
「いっいえ、僕はけしてその、偏見をもってるわけじゃないんです」
「萩原安心しろ、俺も偏見とかないから」
「あ、俺も俺も」
高木の口ぶりに伊達が何かに気づいたように便乗した。ついでに松田も。
この二人は警察学校時代に俺が伊達に言った言葉を引用しておちょくってんだろう。
「あのっ───萩原さんが花森さんを好きになったのって、やっぱり大観覧車の脱出がきっかけとかスか? あの時のお二人は警視庁では伝説になってるって佐藤さんから聞きました!」
高木は目を輝かせて話題を変えた。
たしかにあれは今でも夢に見るくらい壮絶な経験だ。俺にとってさんの存在がでかくなったきっかけといえばそう。だけど、好きになるってのとは違うような気がする。
「別にそれがきっかけって感じではねえなあ……」
「あ、そうなんですか?」
たしかに、命を助けてくれた人とか、死にそうな目にあった時一緒にいた人を好きになるってのはよくある話。大観覧車以外にも、俺はさんと一緒に仕事しながら何度か死ぬ目に遭って、さんに助けられた場面が数えきれないほどある。
その時のことは、かなり鮮明に記憶に焼き付いてっけど───でも命の危険なら、爆処にいた時から常に晒されてた。
そん時の仲間には当然情が沸いてたし、松田と連携がうまくいかなきゃ死んでた、ってこともあった。そしたら俺はとっくのとうに陣平ちゃんラブになってるわけ。
こういう仕事に就いてるせいか、命を助けられることや逆に助けることは日常茶飯事で、一歩間違えれば死が一瞬にして全てを飲み込むことを知っている。
だから自分の生死ってのは頭のどっか別んとこにあって、切り離して考えてるような気がする。
さんには恩があって、さんのためならこの命も張れる───だけど、それと愛することは別だった。
そもそも今まで、人を好きになる時にいちいち理由なんて考えたこともなかった。
「テメェの好きって感情を疑って、あれこれ選別する必要なんてねえんじゃねーの」
俺の答えに、高木は感心したようにため息を吐いた。
伊達や松田も俺と同じタイプの人間だから、横で頷いてる。
「皆さんカッコイイから、羨ましいです。ボクなんて自分に自信がなくて、憧れの人にふさわしくないって考えたら、とてもとても、好きなんて言えないですよ……」
「お~? なんだ高木はホレた女がいんのか。どんな女なんだよ」
「アイツだろ、うちの班の紅一点」
「だ、伊達さん!!」
「高木ちゃんもお目が高い、相手は警視庁のマドンナか」
「うぅ……」
「ほ~、ってことはアレか、佐藤だな?」
俺と伊達はほぼわかっていたが、ここまでくると松田もすぐに閃く。
目暮班のメンツはよく俺たちの話に出てるし、何度か警視庁に来て顔を合わせたりもしてるからだ。
「佐藤はあの性格だから、面と向かって言われないとお前の好意には気づかねえと思うぞ」
「そうそう。それに、高木のことを見縊るような女じゃねーしさ。言うだけ言ってみろよ」
「んで、一回フられてもメゲんじゃねえぞ」
俺たちはいつしかすっかり高木を応援する会に様変わりしていた。
ま、さんのことで今更ジタバタしてても仕方ねえし、ここでウジウジしてる後輩を放っておくわけにもいかねえからな。
いつもツれない先輩がいつの間にか自分のこと何でも許しちゃってるのに気づいた研二「はわわわ……両想い?」
先輩「付き合ってないよ^^」
ちなみに研二くんは元相棒の桐島さんとどんな事してたのかは聞かない。だって自分よりスゴいコト♡してたら凹むし。
July. 2026