sakura-zensen

春を追う

24話

東京で起きた強盗殺人事件の被疑者中岡晋を全国指名手配して捜索すること二週間。群馬の山中に逃げ込んだという情報を得て、俺と佐藤と高木は現場に急行した。
そこは標高1400mほどの低山で、夜の最低気温は0℃近くまで下がるという。車から降りると、冷たい風が頬や首を撫ぜた。

捜索のために張られた規制線の向こうに行って警察官に声をかけた時、相手方も俺たちの接近に気が付いてこちらを振り返った。
「警視庁の佐藤です」
「高木です」
「───…………、」

その中に一人、明らかに一般人の身なりをしたオジサンがいて、俺は一瞬言葉を飲みこんだ。
俺だって人のことを言えない格好をしているが、あからさまにただ釣りをしてただけみたいなこのオジサン……なんと、俺の父親である。
一向に俺だけ名乗らないでいる所為か視線が集まり、遅れて口を開いた。
もう、どうにでもなぁれ。
「ハナモリデス……」
「あれ? 花森って」
父と一緒にいた、俺と同年代か少し年下くらいの青年が俺の名を聞くなり父を振り返る。
「やあっ、息子よ!」
「なんで父さんがここにいるの……」
ニコニコ笑って手を挙げた父にそう問いかければ、佐藤と高木が驚いた声をあげた。
「「と、父さんん!?」」
「あぁ、やっぱり! 花さんが息子さんは警視庁の刑事だって言ってたからいつか会っちゃったりって───、えぇ!? アナタ"息子"さんなんですかぁ!?」
佐藤と高木の後は、群馬県警の人が驚いた。
「どぉだ山さん、うちの息子可愛いだろ~? でも好きになっちゃいかんぞっ」
「やだなあ、ボクの理想の女性は藤峰有希子! 花さんの息子さんとはちょっとタイプが違っちゃいますよぅ」
なんかコイツらが親しくしている理由が分かった気がするし、父が群馬県警に迷惑をかけていそうで、気が遠くなる。
「うちの父と随分親し気だけど……」
「あっ、実はそうなんですよ! 僕らは山さん花さんコンビとして、群馬県警で大活躍───」
「や~ま~む~らぁ! なにが大活躍だ馬鹿モン!」
とうとう横にいた他の群馬県警の人、おそらく先輩刑事が山村とやらの言葉を遮った。
「捜査引っ掻き回して被疑者逃がしてばかりだろうが! 今日だって勝手に連れて来て、どう始末をつけるつもりだ!?」
「で、でもっ、花さんがいれば被疑者もスグ見つかっちゃいますよ!」
「ほぉ~? そう言って本当に被疑者を見つけてきた事あったかァ? 余計に仕事増やしただけだろうが」
すー……と息を吸いながら、すべてを察した。
「父が首を突っ込んで申し訳ない。……父さん、『公務の執行を妨害する罪』に問われたくなかったら今日はこのまま帰るように」
「そ、そんな……父さんは息子と事件の捜査するのが夢だったのに!」
なんだその厚かましい夢は。


群馬県警のパトカーで送り届けられて行った父を見送った後、俺たちは改めて群馬県警捜査一課の山さんこと山村と、先輩の鈴木さんに挨拶して中岡の捜索状況についての報告を受ける。───事の始まりは今日の昼過ぎ、タクシーの運転手から通報が入ったことだった。
乗客が運賃を支払わずに逃亡した、というもので駆け付けた警察官が運転手から乗客の詳しい聞き取りをした。その際、指名手配されていた中岡の容貌と一致。またタクシーの中から出た指紋も同じく一致。
下車したのが今俺たちがいる山の湖付近だということから、すぐに捜索が始まった。
そろそろ日が暮れるが、山中には捜索隊や警察犬が大勢動員されて、今なお中岡を捜索している最中だ。
「中岡はタクシーを降りた後、ロープウェイ乗り場の方へ行ったのが目撃されてるんですが、チケットを買いにきた様子はありませんでね。券売機付近のカメラにも姿はなかったんで、自分の足で入山したんだろうと思われますわ」
捜索が始まって三時間が経つが、未だ被疑者の足跡は不明だという。
警察犬が動員されているのならほんの数時間前に生身でこのあたりをフラフラしていた人間くらい見つけても良いはずだ。山の中とは言え、訓練された警察犬なら───。いや、ミハイル基準で考えすぎだろうか。

「それにしても、花森さんのお父さん、チャーミングな方でしたね」
「……忘れて」
「はは……あ、じゃあ群馬がご出身だったんスね、花森さんて」
「いや、俺も両親も東京出身だよ。三年前に早期リタイアして群馬に移り住んだんだ」

俺は佐藤と高木を引き連れたまま、タクシーが停まった場所に行きしゃがみ込む。
中岡の匂いは確認してるので、俺も嗅覚を使って追跡するかと目論んだ。
確かに一度はロープウェイ乗り場の方へ向かったのかもしれないが、中岡はおそらく周囲をうろうろしたと思われる。
そしてふと気になったのが、湖の脇にいくつか浮かんでいるアヒルちゃんボート。

「───あ、いたいた花さぁん!」
「山村?」

ボートを確認していると、山村が桟橋をバタバタと走って近づいてくる。
「あれ、ボートに乗りたいんですか? 受付時間はもう終了しちゃってますよぉ」
「ンなわけあるか。なんか用?」
「弁当を色々買ってきてあるので、警視庁の皆さんもどうぞって声を掛けにきたんです」
「どうも。それよりなんで俺まで花さん?」
「だって仕方ないじゃないですかぁ、本物の花さん帰しちゃったんだから」
意味わからんな、と思ったけど聞く気が失せた。
俺は確認するために乗り込んでたアヒルちゃんから降りて、山村の隣に立つ。
そして肩を掴んで言った。
「───問題ですっ」
「へ?」
「アヒルちゃんは全部で何羽いるでしょ~か」
「え、え、」
「10秒以内にお答えください、10、9、8……」
俺は山村をせっついて、アヒルちゃんを数えさせた。
カウントしているうちにボートの管理をしてる湖畔の小屋から佐藤と高木が出てくるのが見える。二人にはこのボートを借りに来た人についてや、不審な人間───つまり被疑者を見ていないか聞きに行かせていた。あとは、ボートが本来何隻あるのかも。
「答えは?」
「ご、5羽です! でもそれがなんだっていうんですか?」
「まあ待ってなさいって。佐藤、高木、どうだった?」
「写真を見せて確認したところ、スタッフが付近をうろついてる姿を目撃していたようです。挨拶をしたら無言で離れていったようで、特に接触はないそうですが」
「それと、ボートは全部で6隻あるんですが、今日は営業終了時に数えたところ5隻しかなかったみたいで───どこかに流されたり沈んでしまったのかも、と。明日明るくなってから調べるつもりだったようです」
俺はよし、と頷いた。
この桟橋に微かに中岡の匂いがしたので、ボートに乗ったかも───と思ってたんだ。しかし探そうにも、今はもうすっかり周囲が暗くなってしまったので、湖の上を見通したところでボートは見つからないし、無理に水面に出て匂いを追跡というのは、かなり難しい。十中八九、もうボートは下りているだろうし。
「おそらくボートに乗って湖を渡り、どこかの岸にたどり着いて付近の森に逃げ込んだ可能性がある」
「えぇっ、じゃあロープウェイのある山頂に向かったわけじゃないってことですかぁ!?」
「山に来たからと言って一番高いところを目指すとは限らないだろ。奴の犯行手口や行動は非常に突発的。逃亡も漠然と動き続けているだけの感じがする」
ロープウェイはこのあたりで一番高い峰の頂上に向かうものなので、意識がついそこをゴールみたいに考えてしまいがちだ。
しかし中岡は金欲しさに強盗殺人して、その後逃亡しながら転々と家屋に浸入。そこでも金や日用品を盗もうとして、また人を殺しているような人間。
指紋はふき取らないし、毛髪が落ちていてもお構いなし、なんなら服を着替えて出て行ったり、冷蔵庫の中身を飲み食いだってしている。
そんな糸の切れた凧みたいな男は、今も山の中を風が吹くままに揺蕩っているだけなのだ。
もしかしたら、今度は下山して、またどこかの家屋に浸入するかもしれない。その可能性は多いにあった。

ひとまずボートを探してみようってことで、俺たちは湖畔の周遊道路約6kmのところを二手に分かれて辿ることにした。佐藤は高木、俺は山村とだ。弁当を報せに来ただけなのにっ、と嫌がる山村だったが「行くぞ、山さん!」と声を掛ければ元気に返事をして走って来た。単純だった。

ボートは乗り場のほぼ対岸に乗り捨てられていた。匂いが付着しており、中岡が向かった先も確認できた。
約3kmのマラソンを20分程かけて行ったせいで、山村はぜいぜいと肩で息をしており、絶え絶えになりながら「花さんじゃない……」とか嘆いている。俺だって花さんだぞ。
まあ父は3km走るのに多分1時間くらいかかるし、そもそもそんな体力はないからな。
遅れて辿り着いた佐藤と高木に鑑識さんを呼ぶよう指示してから、俺は山村の首根っこを捕まえて舗装された遊歩道から逸れる。
「も、もしかしてこれから森の中に入っちゃったりしちゃうんですか!?」
「俺達の仕事は捜索じゃないの?」
「でももうとっくに日は暮れてますよ?」
「夜のうちに森を抜けて麓の町に行くかもしれないでしょ」
最初から山に入ることは念頭にあったので、俺は動きやすい靴で来たし、懐中電灯や捜索隊と連携が取れる無線、その他登山グッズの装備は出来ている。
山村はスーツの上に防寒着、足元は登山靴ではないが山道を多少歩ける程度ではあるだろう。東京から飛んできた高木や佐藤よりだいぶマシという印象だ。
「佐藤と高木はさすがにその格好で山に入るのは、やめておいた方が良いぞ」
「え、ちょっと!」
「まってくださいよ、花森さぁん!」
二人には捜索隊の備品を借りた方が良いと助言してから、俺と山村は暗い森の中へと足を進めた。
その際無線で自分が先行して付近の捜索に当たる旨を連絡する。
時計を見てみればもう夜の18時。スマホに連絡は来ていないが、まあ何かがあったとして、"別の"事件現場にいる俺に逐一情報は回されないことくらいわかっていた。

今日は11月21日。例の爆弾事件が起こるかもしれない日だった。
しかし今は何日も前から指名手配犯の足取りを追っていて、起こるかもしれない事件より既に起きている事件を優先しなければならない。
目暮警部も俺と萩原の事情は門馬班長より聞かされてるけど、追跡能力において評価されてる俺が、この現場に先行投入されるのは真っ当な判断だった。
───というわけで、俺は警視庁に待機する萩原に後を任せた。もちろん本来爆弾事件の管轄は特殊犯。最終的に萩原がこちらに来なきゃならない場合もあるだろうが、それは俺がさっさと被疑者をとっ捕まえればいい話。

「じゃ、行くぞぅ、山さん」
「……はぁい…」

今日の相棒は大分萎れた様子で俺について来た。



お父さんと山さんだせた~。
ちなみに現場のモデルは榛名山です。行ったことはありません。
July. 2026