sakura-zensen

春を追う

25話

30分もすれば続々と付近の捜索が始まり、山の中に人の気配が増えた。
中岡の匂いは少し薄れているが、俺は焦らず地道に足跡を辿る。
その為地べたを這いずるように山の中を歩き回ったので、スピードはかなり遅かっただろう。山村はしびれを切らしたように色々と話しかけてきたが、適当に相槌だけは打っておく。でもネオ・花さん山さんコンビってなんだ……。

「花さん、あれって確か警視庁の方たちじゃありませんか?」
「ん? ああ、おーい!」

ふいに山村が呼び掛けるので顔をあげると、ライトで周囲を照らす佐藤と高木の姿を確認した。声をかけると、向こうも俺に気づいたみたいで駆け寄ってくる。
「花森さんっ、何か痕跡はありましたか?」
「今のところ匂いは確認とれてるんだが、あてどなく歩き回ってるのかなってところ……」
「山中の大まかな地形図もらってきました」
「お、えらいぞワタル」
周辺の地図は頭に入れてたが、確かに図面があると分かりやすいなと高木を褒める。俺たちはその場で地形図を広げて、自分たちのいるあたりや、辿って来た道、この付近に何があるかを確認した。
すると付近に渓流があることがわかり、足跡を辿る俺とは別に佐藤は山村と一緒に先にそっちへ行ってもらうことにした。
山村をついて行かせたのは、山道やこの土地に慣れているからである。花さんと山さんコンビはこれにて解散だ。

「さっき入った連絡によると、伊達さん達も警視庁を出て、こちらに応援に向かっているそうですよ」
「そう」
「警部と萩原さんは、明朝に来るとか」

俺は高木からの報告を受けながら、柔らかい地面に手を着いて四つん這いになっていたが、二人の話を聞いてぼんやりと身体を起こす。
ギリギリまで警視庁で粘るのは、爆弾事件を気にしてくれてるのだろうか。高木も同じことを思ったみたいで、もの言いたげにこちらを見た。
「今のところ何の連絡もないけど、……何ごともなかったんスよね……? 伊達さんたちもこっちに向かってるわけだから」
「さあね。本来、爆弾が仕掛けられた時に対応するのは特殊犯と爆処だし」
「それはそうなんですけど」
「これからも、こういうことは絶対に起こる。俺たちは日々事件を追ってるんだ。個人の感情だけで一つの事件にかかりきりになるわけにはいかない」
「……はい」
高木を諭すように言ったけど、まるで自分に言い聞かせるみたいだった。




" ガガッ……ザー…… "
『───こちら佐藤です』
「「!」」

ひと際冷たい風が吹いた時、腰のスピーカーから通信の音と佐藤の名前が聞き取れた。俺と高木はすぐさま無線機をとって返事をする。
どうやら岩場に人影を発見し声をかけたが逃げられたらしい。大体の位置や逃げた方向から推測して俺たちもその場に向かうと、ちょうど前方からガサガサと音が聞こえた。
ライトを当てると、こっちに走って来る人影が見えた。向こうは俺たちに驚き、足を止めて方向を変えようと狼狽える。
足場が安定しないごつごつとした河原だったので、足をとられて動きは遅かった。
最終的に、その人物を確保したのは背後から走って来てた佐藤。俺と高木は通さないようにじりじり距離を詰めていたところだったので、不意打ちにタックルをかまして身柄が拘束された。
山村が、佐藤に押しつぶされてる人物にライトをあて、全員で人相を確認。指名手配犯に間違いなしということで、21時52分中岡晋逮捕、と相成った。
佐藤の時刻確認と逮捕宣告を聞きながら、俺は無線機に被疑者を確保したことを流す。
これから下山して合流するため、車を付近に回してきてもらう手はずを整えた。

「この先川か太くなって流れが早くなっちゃってますからね、一旦森の中に入って下山ルートに出ましょう」

俺たちは山村の提案に乗って、中岡を囲いながら森の中に入った。
しかし暫くすると、中岡は寒いと訴えだす。かなり薄着だったことと、水辺で息を潜めていたことからして元々凍えていたことは明らかだ。
今は徐々に気温が落ちて行ってるうえに、逃亡するために走ってかいた汗が体温を余計に下げている。ということで、俺はジャンパーを脱いで、中岡の肩にかけた。
手錠をしてるんで腕は通せないが、首と背中と肩が温められればいくらかマシになると思って。
「花森さんは寒くありませんか?」
中岡の肩に触れた名残から、俺がその背を押して歩かせようと隣に並ぶと、高木に心配の声をかけられた。

「ああだいじょ───っと、」

返事をしようとしたその時、ふいに視界が少し遮られる。
隣を歩いていた中岡が倒れ込むようにして俺に寄りかかって来たからだ。
よろめいたのか、気を失いそうなのか、とにかく支えようと腕を開いて、その肩が自分の胸の付近に当たるように構えた。
想像していた衝撃とは裏腹に、俺は腹部に鋭い痛みが走るのを感じる。

腹に刃物を差し込まれたのは、ほんの一瞬の出来事だった。

「───っ、ぁあ、クソ……刃物持ってたのか」
「え!?」

身体チェックしてなかったかも……、と自分の油断に嫌気がさした瞬間だ。
誰かが驚く声がしたが、それを認識している暇はない。俺はとにかく腹に差し込まれた刃物を、抜かせない為に腕を掴んだ。あとムカついたので中岡をブン殴ることにした。
あ、ちょっとお腹えぐれたカモぉ……。
「そいつ取り押さえてチェックし直せ!」
「「は、はいぃ!」」
「花森さん、さっき刃物っていいましたよね? 一体何が……っ」
山村と高木の返事に続いて、佐藤が俺をライトで照らす。
その一瞬で目がくらんだので目を閉じたのが悪手だった。

踏ん張ろうとして背後に一歩足を着いた時、かくんと身体が揺れた。土が柔らかく、更には傾斜になっていたらしい。近くにあった樹に手をつこうとしたが、俺の身体は背中から倒れて滑落していく。
崖とまでは言わないが結構な谷間になっていたらしく、さっきいた場所よりはるかに下の方に来てしまった。近くでは渓流がざあざあと流れる音がしていた。

落下の衝撃から刃物がズレないよう気を付けたけど、無線機の方は駄目になってしまった。
なので今度はスマホを使おう、圏外かもしれないけど……と自分の身体に手を当てたがはっとする。───中岡に被せたジャンパーに入れたままだった。
これじゃ、萩原に俺の位置情報を探ってもらうこともできない。

「花森さん! 花森さん、返事して!!! 生きてるの!? 花森ー!!!」

遠くから佐藤の声が聞こえてくる。
俺はなんとか返事をして、生きていることは報告。どこかから上がれないか試してみるーと言ったが「救助が来るまでじっとしてなさい!」と言われてそれ以降声がかかることはなかった。
うーんでも、救助隊が佐藤たちと合流して状況確認して、俺を引き上げたり回り込んだりしているうちに凍えて死にそう。いや死にはしないけど、寒いのはヤだな……。
そう思った俺は、自力で山を抜けるべく頭に入れた地形図と風の匂いなどを辿って夜中の道をせっせと歩いた。
案の定身体がぽかぽかしてきたし、佐藤には後でビンタされるかもしれないが、甘んじて受け入れよう───……。



空が藍色になり始めたころ、俺はやっと人の匂いを嗅ぎつけた。
捜索隊や佐藤たちだと分かるんだけど、その中に萩原の匂いもある。
いるはずないのに匂いを感じるなんて、俺ってかなり萩原のこと好きなんだな……。

さんが見当たらねえってどういうことだよ!」

あれ、やっぱり萩原の声もする。

「花森くんの応答があったんじゃなかったのかね?」
「そ、そうなんですが……救助隊が谷底に到着した時には花森さんの姿がなかったんです……」
「途中で返事をしなくなったのは意識を失ったかもと思ってたんですが、……あの人まさか自分で下山しようとして歩き出したんじゃっ」

萩原に続いて目暮警部に高木、それから佐藤が話している声を聞きながら、ふらふらと近づいてく。
途中で周囲にいた人たちが、そんな俺の気配に気づいて振り返った。伊達や白鳥が驚きの声をあげてたような気がするが、そんなのお構いなしに俺は萩原の背後にまっしぐらだった。
鼻先を埋めるようにその背中によりかかると、萩原が驚いて反応して振り返る。

「───、」
「萩原だぁ……」

へらへら笑いかけると、萩原はひゅっと息をのんだ後、俺の肩をガシっと掴んだ。
そのまま言葉もなく俺の顔や身体を確かめ、刺さったままのナイフを見ると眉をひそめて俺の身体を上着で包んだ。
萩原の匂いと温もりが今の俺には何より安心材料で、ほっと身体から力が抜けて行くのがわかった。
「早く担架もってこい!」
指示を飛ばしながら俺の背を抱き、身体を支えながら座るように促された。
次々と周囲を人に囲われる。

「こんな状態で山歩きなんてっ、」
「無茶しすぎだぜ、あんた」
「花森さん、大丈夫ですかっ!?」
「すぐに病院に行けますからね」

あの程度で死ぬとも、心が折れたりもしないけど、……心細くはあったみたい。
俺はそのまま深い眠りに落ちて、次に目を覚ましたのは病室らしき部屋だった。
両親と、目暮警部が来ていたのが匂いでわかる。あとは知らない、おそらく看護婦や医者たちの匂いだろう。萩原たちの匂いがないのは、事後処理があって慌ただしい証拠だ。
手探りに自分の腹を確認すると、ガーゼが張られていて刃物は無事引き抜かれていた。太い血管を傷つけたり内臓に到達はしてないと思ったとおり、そこまで深刻な怪我ではなかったみたいだ。
俺が病院に運ばれたのが22日未明だとすると、この明るさからして今は22日の夕方だろうか。
身体を起こして付近に自分のスマホがないか探そうとして、ジャンパーに入れたままであることを再び思い出す。
中岡から回収はしていると思うが、ポケットに入ったままのスマホに気づかれてないのかもしれない。

まあ、時間がわからなくてもいいか───。
そう思いながらベッドに頭を預け直したところで、病室のドアがノックされた。
「はぁい」
「! さん? 入るよ?」
返事をすると、ドアの向こうから萩原の声がした。
ほとんど間も開けずに引き戸が開けられ、そこから萩原の顔が現れる。身体を起こした俺に気づいて、足早に近づいてくる。
「自力で起きたら駄目だって、あんた腹縫ったばっかなんだから」
「大丈夫、もうほぼくっついてるし」
「さすがに嘘」
肩を抑えられるようにベッドに戻された後、リクライニング機能で上体を少しだけ起こしてもらった。
「───昨日、何もなかった?」
「ああ。こんなことになるなら、俺もさんと行きゃよかった」
「馬鹿」
傍にイスを持ってきて座った萩原の頭にチョップを落とす。
「あのことがなくても、今回は多分このメンバーで行かされてたと思うよ」
「……」
萩原は自分でもわかってるのか、憮然とした様子で口を閉ざす。
随分心配かけちゃったみたいだなと思い、さっきチョップした頭を今度は両手でもしゃもしゃとかき混ぜた。

「なに……慰めてくれてんの」
「そうだよ」
「んじゃずっと俺の隣にいて……」
「───それは千葉の成長と、目暮警部次第だな」

萩原のいつもの我儘が、なんだかいつも以上に俺の心を揺さぶった。



「萩原だぁ……」に色々詰まってます。
July. 2026