sakura-zensen
春を追う
26話
医者に驚異の回復、そして必殺『駄々こね』を見せた結果、翌日には退院して東京に戻る権利を勝ち取った。目暮班の人たちも今日には帰るっていうから、ちょうどいいと思ったのもある。
「君なあ、無理に退院許可をとったらしいが、向こうに戻っても当分仕事はさせんぞ」
目暮警部はさくっと退院してきちゃった俺をジト目で見る。
佐藤と高木も不満みたいだが、それは俺が大人しく谷底で待ってなかったことで気を揉ませたからだろう。
いっぱいごめんねって言ったのに、まだ許してくれてないのだ。
「え、じゃ、じゃあ暫くは現場に出られないってこと?」
「馬鹿モン、一週間は自宅療養だ! さもなければ、向こうで入院させるぞ! わかったな!?」
入院じゃなくても、東京に戻ったらまず病院だと言われ、俺はこくこくと頭を振って頷いた。
そして警部と一緒に萩原の車に乗って東京に戻り、何故かそのまま二人に付き添われて病院へ。
医者は俺の傷を近くで見たり遠くで見たり、更に俺の顔を見たりしながら「安静にしててくだされば」と自宅療養を許可してくれた。
この先生は以前、俺が一週間で手首の骨折を治した時に白目剥いてたっけな。
「じゃあ花森くん、お大事に」
「お手数おかけしました警部、萩原もありがとう」
病院から、今度は俺のマンションの前に送り届けられ警部と萩原に礼を言う。
「さん、なんか必要なもんあったら連絡して」
「大丈夫だよ。……くれぐれもうちに世話をしに来るんじゃないぞ」
「え!?」
「お前は今千葉の教育係なんだから、前に門馬班長がしてくれたみたいな仕事調整はないからな」
「そ、そりゃーわかってますけどぉ……」
萩原はチラと目暮警部を見たが、当人は何のことだかわからずきょとんとしている。
まさかセンパイの怪我が心配なので、毎日早上がりさせてクダサイ、なんてことを萩原は自分の口からは言えまい。
「じゃ、困ったら連絡するから。お疲れ様~」
言外に、連絡しない限りは来るなと言い含めて萩原と警部を見送った。
そのまま俺はマンションに戻り、言われた通り七日間真面目に療養することにした。病院にはこまめにガーゼの交換に行き、予後は良好。
医師にはかなり丈夫な人間だと認識されているので、七日目にして仕事に復帰しても良いという許可をもらった。
早速、警部には明日から勤務出来ると報告したら「本当に治ったのかね……!?」と驚かれた。
その日の夜、俺の部屋のインターホンが鳴った。
萩原は鍵を持ってても、俺が在宅してる場合はこうやって知らせてきたり、電話をかけてくるので驚くことじゃない。
とはいえ呼ぶまで来ないように言っておいたのに……と思いながら玄関のドアを開けると、そこに居たのは予想に反して萩原ではなかった。
「柳さん! あれ、小松原さんと桐島さんも」
「こんばんは、怪我の具合はどうだ、馬鹿ワンコ」
「走り回ってねえだろうな、馬鹿ワンコ」
「聞いたぞー、被疑者にノコノコ近づいていって刺されたんだってな、馬鹿ワンコ」
あぁーっ、先輩からの容赦ないお叱りっ。キャインキャイン。
自然と尻尾巻いて部屋の奥に逃げ込みたくなったが、とりあえず踏ん張って三人を部屋にいれる。
「夕飯食べたか? 適当に弁当買ってきたんだけど」
「あ、まだです、ありがとうございます」
「昼間とかはメシどうしてたんだ?」
「今日は病院に消毒とガーゼの交換行ってたんで、ついでに外で済ませました。夜は近くのコンビニでも行くかなーって」
「怪我人の自覚ある?」
「もう完治してますんで」
「うそこけ」
見舞いに来たんだとは思うが、三人ともさほど俺に気を遣わないところは気楽だ。
だからと言って俺の部屋で酒を飲み始めたのはさすがに驚きだけどね。
ちゃんと帰れんのか……? さすがに泊まられんのはヤだなあ。
本人たちはそのうちちゃんと帰る、と言いながらソファにダラけたりテレビに突っ込み入れ始めた。もう夜の22時を回ったところだ。
酔いを覚まそうとしてバルコニーで風にあたってる桐島さんの元へ行って、抗議するようにリビングを指さした。
「ねえ、なにしにきたのー、ほんとに」
桐島さんは俺が困ってるのを見て、けらけら笑った。
酒は小松原さんがノリで買ったみたいで、本当に飲む気はなかったという。いやでも、しっかり三人とも飲んでるよね。
「安心しろ。あの二人、ああ見えて全く酔ってねえし」
「……それは分かってますけど」
俺が聞きたいのは、どうしてそんな風にしてまで、俺の部屋に居座り続けるのかってことだ。
「特に用があったわけじゃねえけど、久々にワンコの顔見とくかって話になっただけ。ついでにイジメてやろうかなって」
「はあ……ご心配おかけしてすみませんね」
意地悪な言い方をしている桐島さんだけど、おそらく心配かけたんだろうとお詫びする。
三人も俺が刺されて谷底へ転落っていう話を警視庁で聞いてたはずだ。
特に桐島さんはあの日、萩原と例の事件の為に警視庁で待機していただろうし。
「お前が刺されて行方不明って聞いた時、萩原のやつすっ飛んでいったぜ。うまくやれてるみたいだな」
「もう相棒ではないですけどね。なんか俺以外の人たちは元の組み合わせに戻そうって話してるみたいですけど」
「……なんだ、嫌なのか?」
「嫌じゃないですけど……」
そこで一度、言葉を区切る。
嫌じゃないから、駄目な気がしたのだ。
「───萩原も俺も、後輩を育成していく立場になりつつあるので」
心と頭が乖離していくような気分になりながら、眼下に広がる街並みを見下ろした。どこか焦点が合わせづらく、遠い目になる。
ふいに桐島さんが近づいて来た気配がしたと思ったら、額をべしっと指ではじかれた。
「難しく考えすぎだ。お前の場合、なまじ色々出来るだけにあれこれカバーしてえんだろうけど、根が単純なんだから無理すんなよ」
褒められてるんだか、貶されてるんだかわからんな。
ヒリついた額を撫でながら、桐島さんを見る。
「お前が俺に懐いた理由、なんだっけ?」
「いつも一緒に走ってくれるからぁ……」
俺が桐島さんのことが好きな理由、と言い換えられてるソレは、あまりにも犬全開だったので皆にたびたび揶揄されてた。
それを今も持ち出されて気恥ずかしさがある。嘘じゃないけど。
「そういう単純なことでいいだろ。お前が全力で走れば、結果はおのずとついてくる。後輩の育成なんて、別にどの立場でも出来るしな」
「……それは、そうですね」
「だからお前の相棒は、一緒に走れるやつを自分で選べよ。白鳥でも萩原でも。───俺でもいいしな」
「え」
「お前にその気があんなら、特殊犯に異動願を出せ。去年の誘拐事件での実績もあるし、その鼻は追跡に有利だ。上は確実にお前をこっちに入れるだろう───そしたら何が何でもお前を俺のモンにしてやるよ」
ね、熱烈ぅ~……。
かつては俺をしれっと置いて行ったくせに、今そんなこと言うなんてずるいじゃないか。
「もしかして、今日は俺のこと口説きにきたんですか?」
用はないっていうのは、嘘だったんじゃないか。
小松原さんと柳さんはどうだか知らないけど、桐島さんはきっとこの話をしようと思ってたに違いない。
俺の問いかけに否定がないので、肯定の意ととった。
「なんで、今……」
「───今年も何もなかったが、来年もまた爆弾事件を追うつもりなら、そっちよりウチにいた方が良いだろ。二年前にそうしなかったのは、どうせ二人もいっぺんに異動出来るわけねえからだよ」
言ってることは理にかなっているだろう。俺は少し考えるように俯いた。
桐島さんは警視庁に来て初めての相棒で、嗅覚のことは最初全然信じてくれなかったけど、なんだかんだ一緒に走ってくれるところが大好きだった。
でも、俺が心から望むとしたら、やっぱり。
背の高い後ろ姿、あの声、あの匂い───ここにいなくても、すぐ近くにいるみたいに思い出せる。
「俺、萩原が良い───だから、桐島さんとこはいけない」
桐島さんはほんの一瞬だけ目を見開いたけど、すぐにくしゃっとした顔で笑った。
「こうもきっぱりフられちゃ、仕方ねえな」
「うへぇーっ」
俺の鼻をぎゅうっと摘まんで振り回してから離す。
仕方ねえって口で許してるけど、これは暴力では。まあ桐島さんなりの可愛がりは独特なので仕方がない。
解放された後の俺は顔をブルブル振って、感覚をリセットした。
「───そういやさっきから停まってるあの車、お前の忠犬のじゃねえの」
「え? あ」
ずっとベランダで会話してたけど、桐島さんが気付いて下を指さす。
俺の忠犬といったら十中八九萩原だろう。そして桐島さんのいう通り、萩原の愛車がマンションの前に停まっていた。
覗き込もうと頭を動かしたけど、車内まではここからだとよく見えない。
俺はすかさずポケットからスマホを出して、位置情報共有アプリを開く。案の定萩原は俺の家付近に来ていることを示していたし、桐島さんは隣でそれを覗き込んで「まだそれやってんのかよ」と引いていた。
先に部屋に戻っていった桐島さんが、柳さん達に声をかけているのを聞きながら、俺は萩原に電話をかける。
コール音はほんの2回くらいしかならず、途切れた。
『、もしも』
「ダッシュで部屋に来い」
『え』
いうだけ言って電話を切って、俺も部屋に戻った。
先輩たちはあまりにもあっさり、帰る準備をしていた。ゴミまで持ち帰る行儀のよさだ。
「長居して悪かったな。あとこれ、明日の朝飯にでもして」
「ありがとうございます、助かります」
どうやら柳さんはパンをいくつか見繕っといてくれたみたいで、小さい袋を俺に渡した。実はいい匂いがするなって思っていたのだ。
「結局キリさんはワンコに振られちゃったんスか?」
「おう、俺より萩原が好きなんだと」
「言い方ァ!」
「え~っ萩原ぁ!? ワンコ、さすがにアイツは望みないと思うぞ」
「何の話してんの!」
「いやいや案外ああいう奴の方が、花森みたいなのにハマるんだよ」
「柳さんまで!」
本当は俺と桐島さんがどんな話をどんな意図でしていたかわかってるくせに、三人で俺をおちょくって遊んでる。
ここに萩原を呼んだの、間違いだったかも───。
そう思ったが時すでに遅し、俺の命令通りダッシュで来た萩原が、ドアを開けた途端、目の前に居た。
「あれ、萩原だ」
「なんだ、お前も花森のとこ来る予定だったのか」
「いやいや、忠犬ハギ公は飼い主に呼ばれるのを近くで待ってたんだよなぁ?」
ベランダにいた俺と桐島さんを、萩原が見ていたのかはわからないが、部屋から出てきた三人には驚いたみたいだ。
桐島さんに待機してたことを指摘されると、そろりと視線を外すのが分かった。
「もしかしてお前、仕事が終わったら毎日花森の家の下に来てたりする? 健気なイヌだな」
「いや、別に毎日じゃないスよ、帰れねえ日もあったし」
「それはもう毎日だろ馬鹿」
「ひえーっ、萩原ってもしかしてホントにワンぐぐぐ」
小松原さんがノンデリカシーをぶちかますのは、さすがに柳さんが抑え込んだ。
自分でこの事態を招いておいて、ハラハラしてしまったぜ。
とにかく俺は三人を見送った後、廊下でじっと立っている萩原を見る。
なんか気まずそうにしているところがイタズラをしてしまった犬みたい。
叱った方がいいのか? いやでも、別に叱る必要もないか。
「実はな、萩原」
「え、はい?」
「呼んでおいて、特に用はありませんっ」
萩原は俺の発言に、えっと声を漏らして固まった。
「このまま帰れっていうのはさすがに悪いので、……泊まってく?」
開けたままのドアに背中を預け、中に入れる幅を作って聞くと萩原は身を屈めるようにして、俺に一歩近づいて来た。
「泊まる……」といいながら。
好きな子のことが気になりすぎてストーカーしちゃうはぎぴを生み出してしまったことをここでお詫びします。笑
主人公は先輩たちに対しては「泊まられんのはヤだなあ」と思うけど、萩原のことはホイホイ泊めます。そういうとこだぞ。
July. 2026