sakura-zensen

春を追う

27話

仕事に復帰して早三ヶ月。年末年始は犯罪率が上昇して正月休みもクソもねえ日々を送った後、刑事課ではやっとこさ事件が下火に収まり、まばらに休みをとる人が増え始めた。
目暮班でもその話題になって休みの予定を共有していると、伊達がふと思い立ったようにこちらに水を向ける。
「花森さんは休みとらねえんスか?」
「俺はちょっと前に一週間も休みもらったし、親の顔も丁度そん時見たからいいの」
「「ぷ」」
親の顔と言った途端、佐藤と高木が口を押えた。
恐らく群馬で会った俺の父のことを思い浮かべたんだろう。
「忘れろって言ったよな、佐藤、高木?」
「はっ、すみません! 忘れました!」
「もちろんですっ!!!! 花森さんのお父さんのことは覚えてません!!!」
俺の父が面白いことは否定しない。
ぱっと見普通のオジサンだけど、やってることが中々にヤバかった。
「何の話だ?」
さんの親父さんのこと、何で二人が知ってんの?」
伊達と、その場にいた萩原が早速食いついてきてしまって、俺は軽く説明せざるを得なくなる。
父も同じく犬並みの嗅覚を持ってることについてはウワって感じだったけど、群馬県警の山村とコンビを組んで事件に首を突っ込んでいるという話は、みんなしょっぱい顔になった。

「そういうわけで、俺はしばらく群馬県警とは共演NG」
「そんな理由がまかり通るわけないでしょう」

どうやら白鳥も聞いてたみたいで、呆れた声色の突っ込みが入る。
言い返すほどでもないので、俺は父の話を逸らすかのように、白鳥を弄ることにした。

「…………。白鳥はあれだな、冬休みはベタにハワイとか行きそう」
「い、いきませんよっ」

ムキになって否定するあたり、多分行ったことはありそうだなと思った。
そしてそんな話をしたからか、数日後に萩原から新年会をしないか、と声をかけられた。メンバーはいつもの、陣平ちゃんと千速。
俺は怪我のこともあってしばらく飲み会には誘われなかったけど、そろそろ完治しているだろうし快気祝いも兼ねているらしい。
そう言われたら断るわけもなく、俺は萩原の誘いに二つ返事で頷いたのだった。



一週間後の仕事終わり、俺と萩原と松田は合流してから、千速のいる神奈川へと向かった。
千速が少し遅くなりそうだから先に始めててくれって言うので、いっそのこと迎えに行っちゃえってわけだ。

「あ!! オメェら、なんでここにいやがるっ」

千速を待ちがてら県警本部の見学しよーぜっていう松田に続き、ロビーに入ると早速声を掛けられた。
悪ガキを発見した学校の先生のようなテンションだな、と思ってると坊主頭の目つきの悪い男が俺達に大股で近づいてくる。
「あれ、じゅーごくんだ」
「ホントだ、じゅーごちゃんだ」
「よォ、じゅーご」
「ナメた呼び方をするなァ!!俺はお前らより年も階級も上なんだぞ!!」
じゅーご、とはこの横溝重吾のことで、階級は警部。俺の4歳年上なので言ってることは正しい。
最初は千速が重吾って呼んでたから、俺たちは彼の苗字も年も階級も知らなかった。なおかつ千速に惚れてるっぽいので、俺と萩原はその点に親しみと、煽りを混ぜて呼んでいる。
もちろん松田にとってはライバルなので、敬称などつけるわけがない。
「三人揃っていったい何しにきやがった? 警視庁に帰れ帰れ」
「別にテメーに用があって来たわけじゃねえよ、千速さえ渡せば帰ってやるからさっさと仕事に戻んなポリ公」
「なんだとォ~~?」
自分も警察官なのにポリ公とは。松田はいったいどの立場からものを言っているのか……。
萩原はマアマアと二人のやり取りを仲裁してるので、千速どこにいるのかなーとその場を離れた。

スマホで千速に連絡を入れようか迷いながら、施設の中を歩いていた。
ふと角から出てきた人にぶつかる寸前でよけ、軽く詫びようとしたその時、俺は見知った顔に動きを止める。
向うも俺の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
「花森さん?」
「風間くんじゃないか」
彼は数年前に警察の柔道大会で会った、神奈川県警柔道部・若手ホープだった青年だ。学生時代に俺も柔道をやっていたから、彼は俺のことを知っていて大会の時に一瞬だけ話したことがあった。
「その格好……機動隊だったんだ?」
「昨年配属になりました。花森さんは今も警視庁では?」
「うん。俺は相変わらずだよー。今日は交通機動隊の萩原千速に用があってさ」
「ああ、萩原警部補ですか」
千速は美人で立ち回りも派手なことから、風間くんも名前を聞いて思い浮かぶようだった。
案内してもらいたいところだったが、久々に会ったので立ち話くらいいいだろうと、会話に花を咲かせる。
柔道大会を見に行ったのは和田さんが助っ人で出てた回だけなので、風間くんに会うのは実に8年ぶりくらいだし───。
「え、8年……?」
「はい?」
「あれから、もう8年経つのかなって……」
「自分たちが会った大会からですか? そうですね」
時が経つのが早いというか、自分の頭の中のアップデートが遅いというか。
風間くんとは2年ぶりくらいの体感で、そんなテンションで話しかけたものだからちょっと気恥ずかしくなった。しかし8年と聞けば、確かに風間くんも風格が違う。
「風間くん、ますますオトコマエになったなあ」
親戚のオジサンのような気持ちでバシバシと腕を叩くと、筋肉がたっぷりみっちり詰まっている感触がした。
柔道もまだやってんのかなと聞こうとしたが、風間くんは優しく微笑む。女の子が見たらイチコロな笑顔だ。
「花森さんは変わらず、お美しいですよ」
「う、───つくしい……!?」
イカレた格好の女、女装オトコ、イヌ。これが俺を表現するのによく使われる三大ワードだ。
これまで"美しい”なんて、言われたことはない。たまに(服が)可愛いって言ってくれるお嬢ちゃんがいるけども。
「目が、おかしいよ、キミ」
「そうですか?」
慄いている俺に、風間くんはくすくすと笑う。
年上の男が右往左往しているのを見て楽しんでるならタチが悪い。
「花森さんの美しさ知ってるのが自分だけなら、」
前も口説かれてるのかと思ったが、やっぱり俺って風間くんに口説かれるのか? でもあれから8年だぜ!?
そう思って言葉を最後まで聞こうとしていたら、俺の手を掴んでいた風間くんの手に、華奢な手が割り込んできた。

「待て、そこの隊員。悪いがコイツには先約があるんでな」

突然現れて風間くんから俺を離したのは千速だった。
えっ、やだカッコイイ……。

「萩原警部補、おつかれさまです。───では、約束が終わったら、自分に時間をいただけるんですか」
「いいとも。だが、あいにく"今晩"はの身体は空かないぞ」
たかが新年会をここまで思わせぶりに出来る千速の雰囲気、スゴ。
感心しながら俺は、突然始まった寸劇のヒロインを演じきり、その場から連れ出されるのに身を任せた。
その後、重吾くんとひと悶着終えた松田と萩原と、無事に合流。満を持して四人で夜の町へと繰り出した。

「なにぃ!? 機動隊のオトコに粉かけられてたァ~!?」
「花森ィ~! お前ちょっとスキがありすぎなんじゃねえのか?」
「まったくだ。簡単に手なんて握らせて。いつもの警戒心はどこいったんだ!?」

店に入ってすぐ、新年と俺の完治を祝して乾杯───と音頭をとることなく俺への説教が始まり、ナチュラルに酒が入り始めた。
俺は自分に出されたビールを隣の萩原のジョッキにちん、と当ててから飲む。
どういうわけか、松田と萩原は俺が姿を消したので探していたらしく、何をしていたのかと聞かれた千速が、風間くんと話していたことを教えてしまったのだ。別に悪いことはしてないと思うんだけど。

「風間くんはァ、一応大学時代の部活の後輩みたいなァ、だからエット顔見知りでェ……会うのは8年ぶりだったからァ」
いくら話しても、三人のジトっとした顔が全然改善されないので、いっそ話を変えようとスマホを掲げた。
「そうそう、この前セッションしてきたとき動画とったからさ、見ない?」
「「「見る」」」
案の定食いついてくれたので、内心ほくそ笑んだ。


───遡ること二週間前、俺は諸伏とレンタルスタジオスペースで会合していた。
隠れた目的はあるものの、実際やってるのはほとんど純粋に音楽なので、互いに練習してきた曲を合わせて練習するだけの会だ。

生で聴いてるのがもちろん一番いいけど、その後二人で動画を見直しながら、持ち寄ったお菓子や総菜を食べたりするのも、普通に楽しい。
この日は諸伏が差し入れにサンドイッチを作ってきてくれたので、気に入った俺は二つ目を食みながら提案してみた。

「そういえばさ、この動画って人に見せてもいい?」
「えっ……」

諸伏は俺の確認に対して、やや身構えたような様子だった。
撮った動画は、俺と諸伏が少し距離をとって座った腰のあたりに合わせた画角になっている。楽器と、演奏する手がメイン。上半身と足が一部写っている程度だろう。
もし個人の特定をするなら、手くらいしかない。
俺はサンドイッチを食べ終えて、その次に諸伏の手を掴んで目の前に持ってくる。
「ほくろ、傷、肌色、爪の形に関節、筋に目立った特徴はなし」
「あ、ああ」
「爪のすり減りや指の跡は楽器を触って出来るもので、個人の特定には至らないはず。動画も俺のスマホから再生する分には解析できないし、スロー再生する理由もないだろう」
「どうしてそこまで……?」
「んー、実は萩原たちに聴かせたくてさ」
「なんだ、そういうことか」
諸伏は一瞬動画を不特定多数に公開するのかと思って焦ったみたいだ。さすがの俺もそこまで能天気じゃありませんて。
「俺が突然仲良くなった人とバンド組むって話は随分前にしてたしさ、楽器できるところは見せてたんだけど、活動してるところも証明しておけば変に詮索してこないと思うんだよ」
「それはいいかも」
「写真ないの? とか、どんな人? って聞かれた時も、演奏動画ならあるよって見せれば多少満足いくかなって。あと俺たちがそれなりにガチの演奏してるのわかるから───よもやナンパしてきた男とこっそりデートしてるとか、潜入捜査官とサンドイッチ食べてるとは思うまい」
「たしかに!」
あははっと諸伏は笑った。
「それに、せっかくいい演奏してるんだ、誰かに聴いてもらいたいじゃんっていうのが、一番の本音」
「うん……そうだな」

───なんてことがあったので、了承を得て三人には演奏動画を見せたというわけである。


「「おぉ~!!」」
「すごいじゃないかぁ!」

今日の新年会は個室だったので、その場で三人に向けてスマホの動画を流し始める。萩原と松田はシンクロして歓声を上げ、千速はキラキラした顔で俺を見てきた。
喜んでもらえたみたいでうれしい。

がこんな本格的にギターが弾けるなんて知らなかったな」
「前に俺に弾いて見せてくれた時とは、全然違え……」
「あれは夜だったから控えめって言ったでしょ」
「なあ、歌は歌わねえの?」
「ノリで歌っちゃう時もあるけど、動画とるときは演奏を録りたいから声は出さないね」

特に合わせる練習の途中で一回歌に熱が入るが、その後本番の動画をとるときはさすがに歌わなくなる。そういうわけで、今見せた動画に俺たちの声は入っていないのだった。
それに声だけ聞くと情報が少ないことで逆に諸伏って気づかれてしまいそうなので、多分聞かせられないだろう。
「じゃあライブとかやらないのか? これだけ弾けるんなら絶対客も盛り上がるのに」
「え~……まあデュオでもいいけど、……ドラムがいんのが俺の理想のバンドスタイルなんだよなあ」
諸伏とも、実際ドラムがあると演奏が豊かになるよねって話をしたばかりだ。
勿論身を隠してる諸伏と、警察官の俺というバンドのメンバーに入れられる人間なんて限られてて、夢のまた夢だ。もし組める奴がいるとしたら、あいつしか居ない。

───「赤井、ドラムとかできたりしないかな??」
───「なんで赤井!?」

諸伏は俺のテキトーな提案に、びっくりしながらも笑っていたっけ。



覚えてますか、風間くん。デカワンコの方のキャラです。
私が軽率に当て馬にしました。今作でも当て馬にしました。反省はしてない。
July. 2026