sakura-zensen
春を追う
28話
「なあ、今度水族館いかね」
「………???」
松田の発言に俺は一回、周囲を見回す。
千速と萩原は居ないのは知ってたけど、じゃ、やっぱ俺か。俺に言ってんだよな。
「いつ?」
なんで俺を誘って水族館に行こうとしてるのかはさておき、行くか行かないかを答える為に日付を聞いてみる。
どうやら今週末までの入館無料券があるらしく、それまでに萩原は休みがないそうで。あと千速には誘ったら断られたそうで。……かわいちょ。
「俺、明後日休みだよ」
「じゃあその日、俺も休暇届出すから一緒に行こうぜ」
「うぃー」
あえて指摘はしないけど、俺と松田は今まで二人だけで遊びに行ったことはない。
だけど今みたいに、時間が合えば二人で飯も行くような仲なので、休日に遊びに行くのはごく自然なことだった。
水族館、たのしみだなーっ。
当日、俺と松田は水族館の出入り口の前で待ち合わせをしていた。松田が先についていたようだったので、駆け寄って近づく。
ところが、目の前に立ったというのに、松田は人の気配に一瞥くれただけ。すぐに目を逸らしてスマホを見るではないか。
「え」
「あ?……あぁ!」
華麗な無視に声をあげると松田は不思議そうに顔を上げ、ようやく俺に気が付いたようだった。
かけてたサングラスをずらしてまじまじと見ながら、「男の格好してんの初めて見たぜ」と笑う。
今の俺は、キャップを被り髪の毛をしまい込み、カジュアルな男物の服を着ている。
確かに松田には、女装姿か、病院着くらいしか見せてないので普通の格好をしていれば驚くのも無理はない。
「今日は仕事じゃないし、松田に肩身の狭い思いをさせないようにしようかと」
「別にどんな格好で来ようと俺は気にしねぇけど。ハギと遊ぶ時もそうしてんの?」
「いや……萩原とはそもそも、休み合わせて遊びに来たことないな」
「は!? マジかよ」
話しながら自然と歩き出し、水族館のゲートを通り抜けて中に入ったところで、松田が驚き振り返る。
立ち止まりかけたので、肩を押して歩かせた。
「なに、そんなに驚く? 前まで四六時中一緒だったんだよ?」
「……今日のことは萩原に話してんのか?」
「いや、話してない。萩原が来られなかったところに、松田が違う誰か誘って行くって聞いたら寂しいかなって」
「なんだそのガキ相手みてえな気遣いは。そうじゃねーだろ、もっとこう……ハア、まあいいか」
松田はちょっと微妙な顔をしたけど、結局気にしないことにしたらしい。
水族館の中はほとんど真っ暗で、水槽の中の青い光が映えるような造りになっていた。
会話をしながら展示を見ていると、カワウソブースに人だかりが出来ていることに気が付いた。カワイイもんな。
俺と松田もちょっと見るくらいはできないかと、その人だかりの後ろにつく。
「思ったより暗いね」
「ああ。こうも暗ぇと、なんか眠たくなってくんな」
「えー昨日何時に寝た?」
「昨日は2時。朝は何か目が冴えて6時に起きた」
とんだ寝不足野郎だったぜ……。
「なあに、遠足前にワクワクしちゃったの、陣平ちゃんは」
「……その陣平ちゃんてのよぉ」
「ん?」
松田が急に、何か言いたげに眉をひそめたと思えば、背を丸めて顔を近づけてきた。まるでメンチ切られているみたいだ。
そう言えばたまに陣平ちゃんて呼ぶと、ヤメロって言われるっけ。
本気のヤメロじゃないので度々呼んでるけど。
「な~んか壁あんだよな」
「え、うそ。萩原と同じ呼び方なのに!?」
「あ、そうだよ、ハギと同じ呼び方だからだ。花森さんの呼び方じゃねえから、違和感があンだ」
「なるほど? ゴメンネ、───じんじん♡」
「……」
ちゃんと自分で編み出した愛称を呼んだのに、それは腹立つって頬をつねられる。
「てか松田だって俺のことずっと花森"さん"て呼ぶじゃんか。お前別に年とか階級とか気にしないだろ。同じ課でもないし」
「まあ気にしねえな。でも花森さんは花森さんっつーか。良いだろ別に、リスペクトだリスペクト」
「リスペクトしてる人の頬つねったよさっき」
「お、カワウソ見えたぜ♡」
「どこ♡」
しれっと話を逸らされたけど、カワウソは最優先だった。そして可愛かった。
でも後ろにも人が控えていたのでどこか急かされるように感じて、すぐにその場を離れることになった。
時刻が11時半を過ぎた頃、俺たちは明るさに誘われるように、水槽トンネルに入った。そこでマップを広げながら、どこで飯食うかって相談をしようと思ったのだ。
だけど不意に、俺の鼻孔に不穏な匂い───血の匂いが届いた。
無意識に唇を舐めて濡らして、どこからその匂いが漂ってくるかを察知しようと目を瞑る。
「はな、……!?」
急に押し黙った俺に気づいた松田は、俺の名を呼ぼうとして口を閉ざす。
どうやらこの血の匂いに、松田も気づいたらしい。
俺は松田の横を通り抜けて、察知した匂いの元へ向かった。明るい幻想的な水槽トンネルの足元に、人が座り込んでいる足が見える。
道行く人も徐々に気がつき始めたが、俺が目の前に立つとそれ以上近づいてくる人はいない。
水槽前の台になってるスペースに背を預けるようにして座っているのは、二十代半ばくらいの明るい髪色をした男性だ。
「大丈夫ですか、具合が悪いんですか?」
俺はあえて、自分が対応していることを見せる為に声をかけた。
脈拍と呼吸を見て死亡を確認。それから患部の出血箇所や付近に落ちている刃物、被害者にまとわりつく匂いを嗅いでいると、周囲が騒めく。
「ちょっと通して!」
誰かが慌ててこっちにかけよって来る声がした。
松田には係員を呼びに行かせたから、違うはず。そう思ってると人混みを掻き分けて、一人の少年が俺の前に躍り出てきた。
俺はしゃがんでいたので、キャップのつばの影から彼を見上げる。だがそれも一瞬のことで、俺たちのところに松田が駆け込んできた。
「退け、お前ら! おい、係員連れてきたぜ」
「新一!」
係員と、なぜか見知らぬ女の子も一緒になって。
誰だかわからないが、呼び掛けている知らない名前や目線を辿るに、俺の前にやって来た少年の連れなんだろう。しかし今は彼女たちに話しかけている暇はない。係員に指示するために立ち上がった。
「人が死んでいます。警察を呼びますので、すぐにこの水族館を封鎖してください」
「え、ひ、ひとが……死ん、?? 本当ですか!?」
「はい。水族館を封鎖してください、警察はこちらで呼びますから。警察が到着したらここに案内してください」
急に言われて戸惑う係員の人に、静かに言い聞かせる。
松田は既に携帯で直接萩原に電話してるだろう。
しかし松田が電話中、そして俺が説明中、先ほど現場に飛び込んできた少年が何やら遺体に近づき始めてしまった。
松田~~~気づいて止めろ~~~と念を送ってみるが「誰とだって良いだろォがよ! 早く誰か寄越せ、こっちは緊急事態なんだよ!」と怒鳴りつけていた。
萩原がゴネて松田に絡んでるみたい。
「まさかその人亡くなってるの?」
「ああ……水族館内の誰かに刺されたんだ……」
「で、でも何で? 叫び声とか聞こえなかったのに、どうしてわかったの!?」
「───匂いだよ……」
係員がやっとこさ駆けだしていったのを見送り、少年と少女のやり取りを聞く。
どうやら彼は、俺や松田と同じように、このトンネルの中に立ち込めた血の匂いを敏感に感じ取って、この場所に辿り着いたらしい。
「サメと一緒だな……。サメの嗅覚は100万分の1に薄めた1滴の血をも感知することができるんだ」
少年は連れの少女に、サメの生態を語った。
「血の匂いを嗅ぎわけて現場に赴き…持てる感覚のすべてを使って犯人を割り出し…食らいついたら相手が観念するまで証拠と言う鋭い歯を食い込ませる…───それが、探偵さ」
その時、彼───高校生探偵・工藤新一の背後を、サメが悠々と横切って行った。
俺は松田に現場と工藤くんのことを任せて、トンネルを出た。外に出てしまえばそこは深い海の底のように暗い世界が広がっている。
離れたところに点在する小さな水槽と、案内の為の非常灯しかない。
沢山の人が行き交うが、特徴的な血の匂い、それから被害者に付着した人の匂いを追跡するに徹した。まだ匂いは、近くを通ったばかりだったから。
被害者は、傍に落ちていたコンビニでもらえるようなレジ袋越しに、刃物で心臓を突かれていた。
袋は血の跳ね返りを恐れての工夫だろうが、破れた袋の隙間から血は漏れ出し、刃物の持ち手付近にも血は付着していた。そのことから、被疑者にもきっと血がついている。
本来ならもう少し現場で情報を収集してから捜査するんだが、事件は今さっき起きたことで、俺はもう自分の鼻だけで追跡を始めた方が早いと判断した。
必要な捜査は後からきた警察がするだろうし、被疑者見つけ出して監視していた方が良いだろう。
暫くすると、水族館に警察が到着らしいことが分かった。
松田からのメッセージによると、来たのは「目暮警部と他何人かの知らねえ刑事たち」だそうだ。萩原はさっきの松田の「誰か寄越せ」って口ぶりからして違う現場に出てると思われる。
ちなみに被害者の身元については、工藤くんが勝手に被害者のスマホを使って手当たり次第に電話して割り出したらしい。
松田は松田で、財布に入ってたレシートからツレがいると推理。被害者の身体から匂う香水の場所から『160cm前後のミニスカ、イルカ好き』という情報が寄せられた。
連れに関しては香水の匂いが強いのですぐにわかっていたが、彼女は被疑者ではないだろう。全く血の匂いを纏っていないから。
だけど松田にとりあえず先にその人を連れてくって連絡をしてから、彼女の肩をつんつんと突いた。
「お姉さん、お姉さん。警察来たみたいだけど、話しに行かなくて平気?」
「え!?」
彼女は俺に声を掛けられ、顔面蒼白になる。
「さっき刺された男の人、デート相手じゃなかった? カフェで一緒にいたでしょ」
俺はあたかも二人が一緒にいるところを見たように話す。
だから彼女は観念したように肯定したけど、「ヤバイ奴かもしれないから他人のふりしないと、って思って」と話し出した。
なんでも、彼は知り合ったばかりでデートに誘われた浅い関係らしい。今日はコソコソ金絡みの怪しい電話もしていたし、さっき死んだと聞いた男からメッセージが来たことで恐ろしくなったんだとか。
「その連絡は、多分警察が彼のスマホを使って身元を探ろうとしたんだと思う。それに、もし殺した犯人に自分も命が狙われるかもって思うなら、警察に相談しちゃえばよくない?」
「た、たしかに……?」
「ね! 近くまで一緒に行くよ。警察って声かけにくいしね」
「う……うん」
俺は早速一人の重要参考人を捕まえ、目暮警部と松田に声をかけた。
「すみませーん」
「ん? キミはいったい……」
「おう、どーした」
「この人、刺された男の人の連れなんだって。相談したいことがあるみたいだから、話聞いてあげてください」
「なに!? 本当ですか!?」
警部は一瞬近づいて来た俺が誰なのかと帽子の中を覗き込むようなそぶりをしたが、松田が前に出て対応したことと、被害者の連れだと言えば、すぐにそちらに意識が行った。
その隙に、俺はまた待機している乗客たちの中へと戻っていく。
さっき一度探し当てて顔を覚えておいた、被害者の血の匂いをさせる人物に食らいつくチャンスを窺う為だ。
工藤新一出せました~! 感慨深い。
水族館はあえての松田です。笑
July. 2026