sakura-zensen

春を追う

31話

最近出来たばかりのテーマパーク、トロピカルランドにやってきた。
連日大賑わいだとニュースでもやっていたけど、実際に来てみると、その人の多さには圧倒される。
普段から東京都心にいるけど、それでもこういう場所に訪れてくる人の多さというのは街中とは違った凄みがある。
「おー、すげえ人」
「だねー……」
車から降りた俺と萩原は、ゲート付近に犇めく人のかたまりを遠巻きに見て、ちょっとだけ気後れした。いや、気後れしたのは俺だけで、萩原はこれからめいっぱい遊ぶという気力に満ち溢れていた。
さん、匂いとか大丈夫?」
「大丈夫だよ」
いつだって気遣いを忘れない男だな、と笑う。
実際匂いが沢山すること自体、大丈夫なのは本当だ。いざこの中で誰かを探せと言われると、難しいだけで。
「───にしても、その格好、どういう風の吹き回し?」
「ああ、コレ?」
萩原は車から降りた俺を改めて、全身上から下まで見回すように首を動かした。
朝家の前に来てくれた時も少し驚いてたみたいだけど、改めて今指摘してきたってことは、横をこの格好で歩き回るなと言うことはないだろう。
いや、普段の格好よりだいぶマトモだけどな。
「デートといったら、こういう格好かなって」
今日は、普通の女性ファッションだ。仕事中とも、松田と遊んだ時のカジュアルな服とも違う。
手を軽く開いて見せると、萩原はンンと首を傾げてから耳打ちするように俺に近づいてくる。
「これって、張り込みのカムフラージュだったりすんの……?」
「あっはははは、なんで!? 違う違う!」
萩原の発想に笑いが飛び出し、バシバシとその肩を叩く。
いやあ、誤解を与えてしまった。
いつもの格好でも、男の格好でも良かったんだけど、変に気合を入れ過ぎたか。
「まあでも、人に溶け込みたいのは本当。萩原がナンパされないように」
「! それならさ、今日はこうしてればいいんじゃん」
言いながら萩原は、俺の手を取った。指先を交互に絡ませる恋人つなぎというやつで、肌と肌が触れ合う感触に一瞬目を瞠る。
今まで散々距離は近かったけど、こういうのは初めてだ。
「おお、デートっぽい」
俺は思わず感心して呟いていた。
「ぽい、じゃなくて、デート! なんだろ?」
「うん」
念を押すように言った萩原に、ちょっと笑った。
なにせ二週間ほど前、デートをしようと誘ったのは俺の方だ。
松田と水族館に行った埋め合わせ、といったら変なんだけど。デートと言う言葉を使ったからには、デートのつもりだった。
萩原からいつも向けられる好意や、調子に合わせたように聞こえるかもしれないが、友達や同僚と二人で会うのとは違うという俺なりの意思表示。
今までよりほんの少し多く、萩原に返す俺の素直な気持ち。───萩原はその些細な変化に気づいただろうか。

「萩原はこういう時、何から乗る?」
「んー、ベタにやっぱ、コースター系かな」
「おしっ、行くか」

俺は繋いでない方の手で、ぐっと拳を握った。
萩原と俺の間に「絶叫系って平気?」みたいな確認は必要ない。
意気揚々とコースター入り口に向かい、列に並んだ。座席は2人ずつ4組が一度に乗れる、わりと小ぶりな車体だった。
さん声出す派?」
「こういう時は出すのが醍醐味だよね。萩原は?」
「俺も出す派〜」
「そういや大観覧車から落ちた時も、萩原わりと叫んでたな」
「あれは誰でも叫ぶって」
話しているうちに俺たちの順番が来たので車体に乗り込んだ。
座ったりバーを下ろしたりするんで繋いでた手は離されたけど、発進前に、またするりと繋がれる。
ふと隣を見ると、萩原もちょうど俺を見ていた。
「あの時のさん、すげえ心強かったよ」
だから今は、まるで不安だから握ってて、というような口ぶり。
さんがいれば、どんな時も怖くねえってな───」
そう言いかけた瞬間、傾斜を上り切った車体が落下して行く。
思うままに歓声を上げながらコースターの緩急に身を委ねた。



俺たちはアトラクションを全部制覇するような勢いで、次々と回った。人がたくさん並んでいるから待ち時間が長い時もあったけど、萩原とは一緒に行動するのにも慣れがあって、少しも退屈することはなかった。
ある時、一つのアトラクションを終えて外に出ると、前を走っていく少年が目に入る。
女の子を連れて横切っていくその姿には見覚えがあった。
つい、この前水族館で会ったばかりの───、
「───工藤くんだ」
「工藤くん、って」
「最近警部がお熱の」
「高校生探偵クンね」
思わず萩原に知らせると、程なくして思い至ったらしい。
俺は水族館の事件でしか面識はないが、目暮警部はかなりの現場を共にして、事件解決へと"導いてもらってる"のを知っていた。
「俺は水族館、高木はアメリカ行く飛行機の中で会ったっていうし、何日か前の事件でも、警部ったら俺たちじゃなくて工藤くんを現場に呼んだらしいよ」
所謂金持ちの集まるパーティーで起きた殺人事件に駆け付けた警部は、捜査が難航すると、すぐに工藤くんに電話をかけて呼び出したそうだ。
「……ハハ、俺たちの立つ瀬がねえな」
「まあ俺たち他の事件にかかり切りだったけどさ~」
「最近特に事件増えたからねぇ」
前々から感じてはいたが、意識してみると最近の事件発生率は非常に、いや異常に高い。いくら東京でもこんなに殺人事件が起きるかってくらい、起きている。
従って、強行犯捜査係はいつだって人手不足。猫の手も犬の鼻も探偵の頭も借りて回転を上げたいのがよくわかる。本当は今日だって、俺と萩原が二人して抜けるのが心苦しいと思っていたほどだ。
とはいえ俺の相棒の白鳥はツンデレなので「花森さんがいないくらい、どうってことないです」と言うし、千葉のことはワタルブラザーズが見ててくれるらしい。

「千葉の教育係はどう。もうすぐ一年だろう」

俺たちは話しながら園内のカフェに入り、テラス席に座った。
温かい飲み物をテーブルに置いて、千葉の教育状況を聞いてみる。
「まあ、素直で真面目な奴なんで、日々成長って感じかな。警戒心が足りなくて、口が軽い部分はあるけど」
「口の軽さはねえ~」
千葉もそうだが高木も根が素直で、先輩に従順な癖がついてるので、つい思ってることをそのまま口走るところがあった。
「周囲の人間に甘えてる部分があるから、油断してるんだろうね」
「身内になら別にいいけどよ。現場で容疑者相手に変なこと言っちまったりしねえか」
萩原は本当に千葉のことをちゃんと心配しているようで、そっと眉を顰めた。
「すぐに直すのは難しいね。経験して身に着けていくしかない。萩原が逐一千葉の発言を精査するわけにもいかないし。先輩みんなでフォローしていこう」
「……それもそうか。っつーか、あれ、一年経つと一応教育係じゃなくなんのかな?」
「教育係という名目は外れるんじゃないかな。ただ、基本的にはそのままペアは継続されることが多い。俺と桐島さん、萩原はそうだったし……ワタルブラザーズもそうでしょ?」
俺はテーブルに肘をついて、ふと周囲を眺めた。
広場に駆け出していく若いカップル───工藤くんたちが目についた。
丁度真ん中付近に入ったところで、彼が何か合図をすると、噴水が上がった。どうやら決められた時間になると、ああいうイベントが起こるようになっていたらしい。
微笑ましいのう、と見ていた俺は、さっきから静かな萩原に何気なく視線を戻した。
心なし凹んでるような、何か思いつめたような顔でぼんやりしている。
「なに、どうした」
「俺、さんの相棒には、もう戻れねえの……?」
「───萩原は、どうしてそんなに俺と相棒に戻りたいの」
俺はちょっと、意地悪なことを聞いた。
桐島さんにあの夜尋ねられて、俺が答えを出しているにもかかわらずだ。

「どうしても何も、さんが良いからに決まってんじゃんよ」

余りにもケロっとした顔で言うので、俺は笑ってしまった。
「え、なに」
「いや、うん、……それもそうか」
組織的な人員を鑑みたバランスとか、俺と組むことで得られるメリットとか、いろいろ言い様はあっただろう。
俺が桐島さんに言った「萩原が良い」に対する萩原の答えが、こうも簡単に聞けてしまうことに、胸がくすぐったい。
これでも俺は、相棒に戻るなら公私混同するのはやめた方がいいんじゃないか、と悩んだりもしたのだ。
でも萩原は何の不安も後ろめたさもなく、言い切った。こういうところに、俺の心は溶かされて柔らかくなってしまう。
───もうきっと、手放せない。なら、一番近くにいた方が良いと思うようになった。

「まっすぐだなあ、お前は」
「───……」

萩原は俺の言葉に一瞬、目を見開いた。
そして何かを言いかける。しかしその時、背後から物騒な話が聞こえた。

「───コースターで人が死んだって!」

人が死んだという不穏な言葉に、俺と萩原は瞬時にそちらに視線をやる。

「乗客の首がとれるほどの事故だってよ」
「ちょっとやめてよ」
「いや事故じゃないらしい、殺人事件だって話だ」
「警察は呼んだのか?」

口々に人が話し出し、その恐怖や不安、混乱が周囲に伝播していく。
俺と萩原はまた視線を互いに戻したが、手にしていたコップを片付けて、コースターの方へと向かった。
まだ警察官は辿り着いておらず、元々並んでいたのか集まって来たのか、人が大勢詰めかけている中に混ざって話を聞いた。
どうやらコースターが戻ってきたとき、乗客の一人の男性の首がなかったというのだ。
乗り場付近までくると血の匂いが風に乗って漂ってくるので、何かが起きたことは明らかだ。俺と萩原はすこし無理に人の間を通って、前へ前へと進んだ。
その時後方から「退け退け!」とがなる声がしてきた。人々は自然とそちらに視線をやったし、俺と萩原もその声の正体を探した。

「ええい、通さんか、警察だっ!」
「関係ないお客さんは全員下がってくれ!」
「通してくださいっ」
「警察でーすっ!」

目暮警部に伊達、高木と千葉が人を押し退けるようにして進んでいくのが見えた。
彼らは俺達には気づいていないようだったが、コースターの前の遺体や、その前に立つ工藤くんに気づくと何やら話し始めた。
すると周囲にいた客たちも、今巷で人気の『高校生探偵・工藤新一』に気づいて歓声を上げる。

警察官としては、なんだか耳に痛い世間の声だった。

さん、俺らはどうする?」
「……今回はさすがに、出る幕はないんじゃないの?」

俺は水族館の時のように現場に立ち入る真似はせず、萩原と二人見物客に交じるようにして捜査の成り行きを眺めることにした。



前回が水族館だったので、デートと来たらトロピカルランドに決まってますよね。
新一くんが蘭ちゃんの携帯を水没させていない可能性はあるけど、大会の優勝(?)おめでとうデートはしてるはず。
アニメエピソードONEの観た時、目暮警部と一緒に千葉と高木が来てたな~と思ったので伊達ニキも追加です。
Aug. 2026