sakura-zensen
春を追う
32話
「ジェットコースターにでも乗っていない限り、涙は横には流れないんですよ……」
状況整理からものの数分で犯行手口や被疑者の怪しい点を挙げた工藤くんは、最後キザな言葉で推理を締めくくった。
サメの時も思ったが、作家のお父さんの影響だろうか。
「こりゃ一本取られたねぇ」
萩原は推理を聞き終えると肩を竦めた。
今回は工藤くんが被疑者に事前に接触していた分、有利だったというのは言い訳だろうか。
被疑者は被害者の首を切断するのに、ネックレスに忍ばせたピアノ線とコースターの力を使った。犯行後に被疑者の首にネックレスがないことが一目でわかるのは、犯行前に会っていた人くらいだ。
もちろん、現場を捜索すれば使われたネックレスは見つかるけれど、いかんせん時間がかかる。一度被疑者を警察が解放してしまえば、彼女は鞄に忍ばせていた大量の睡眠薬で、自殺を図っていただろう。
というわけで、今回は萩原のいう通り一本取られたことには違いない。何も言わず、被疑者が連行されていくのを目で追った。
さて、もう退散しようかと萩原に話しかけようとしたその時、警部たちの後ろにいた伊達が俺達のいる方に視線を向けた。
あれ、と口を動かしてこちらに近づいてくると、萩原もそのことに気づいて軽く手を挙げる。もちろん、俺と繋いでない方の手だ。
「よ、ごくろーさん」
「萩原……まさかこんなトコにいるとはな。まあ休みだからこそ、か」
「そりゃそうよ」
談笑している二人を大人しく眺めていると、ふと伊達が首を傾げる。
「つーか、一人でこんなとこいるわけねえよな。相手は? 花森さんと休みを合わせてたから、一緒にいると思ってたんだけどよ」
「何言ってんの、さんならここにいるじゃん」
「え?」
伊達はきょろきょろ、と萩原の周辺にいる人の顔ぶれに視線を向けた。
一瞬俺のことだって視界に入れたし、なんならずっと隣にいて手だって繋いでいたというのに、俺の存在には気づいてなかったらしい。
「伊達は俺の顔を忘れちゃったの?」
「!?!?」
わざわざ伊達の顔を覗き込むように首をかしげて、視界の中に入ってやると、ぎょっと身体を仰け反らせる。
そして俺だと分かると、まじまじとこの格好を眺めるように顔や視線を動かした。今日は男の格好でもなければ、派手な服装でもなく、普段着の女性って感じだ。
「全然わかんなかったぜ……」
心なし蒼褪めたのは、自分の注意力のなさを悲観してのことだろう。
今回は周囲に人が密集しすぎていて、誰が連れだかは判別するのが難しい状況だったけど、顔を見て気づけないというのはかなりの失態だ。
程なくして伊達ははっと何かに気づいた顔をする。
恐る恐る口元を抑え、身を屈めるようにして俺に近づいて来たと思ったら、ひそりと一言。
「……な、……何かの張り込みスか?」
萩原は自分と同じことを言った伊達に噴き出した。
「ほら、花森さんのやる事には、何か意味があるんじゃねえかと思って、な!」
伊達は言い訳っぽいことを言いながら、萩原に同意を求めた。
二人にとって、俺が単に女装して萩原とデートをするとは思わなかったんだろう。
その疑いに関して、警察官としては褒めてあげたい所だが、俺としては何とも言えない気分。
「どんな格好でくればよかったんだ俺は……」
伊達とは別れてコースターを後にしながら、トボトボと歩く。
横を歩いてる萩原は俺の様子を見て、不思議そうに首を傾げた。
「別に、いつもの格好でよかったんじゃねえの? 俺相手なんだし」
ぱちっとウインクをされて、少し面食らった。
「萩原もみんなも、俺の普段の格好に慣れすぎなんじゃない……?」
「まあ、確かにそれはあるけど」
「ていうか、格好で俺だと判断している……? 警部もこの前、水族館で名前呼ばれるまで俺だって認識してなかった」
「あ、そーなの?」
「キャップ被って、髪の毛隠してたけどな」
「それは、さんも意図して隠れてたんじゃねえの?」
「まあね」
そんな話をしながら園内をぶらぶら歩く。
日は沈みかけ、遠くに見える風景が昼間とは違った面影を見せていた。
時刻はもうすぐ17時になろうとしている。
「……そういえば、もうすぐだ」
「へ、何が?」
俺は思い立って、萩原の手を引いて方向転換をした。
何のことだかわかってないなら、あえて言わないでおこうと目当ての場所に向かう。
連れてきたのは一見すると広場の様な場所だ。
足元にはいくつか水の飛び出し口があるが、人が躓かないレベルの凹凸になっているので、萩原は本当にまだ気づいていないみたい。
広場の中央まできて腕時計を再び確認すると、萩原は一緒に覗き込んでくる。特にここに仕掛けがあるわけじゃないから、ちょっと笑ってしまった。
「萩原、本当にさっきの全然見てなかったのか」
「え」
コースターの殺人事件が起きる直前、俺たちはすぐそこのテラス席でお茶をしてて、噴水が立ち上るのを見ていたのに。
「3、2、1、0」
俺がカウントダウンをすると、はっと目を丸めた。
そして0と同時に周囲から噴水が上がり始め、徐々に俺たちを取り囲んでいくのを見て、自然と俺に身を寄せる。
周囲を水の壁によって阻まれて二人きりになると、萩原は笑いながら軽く手をかざして、その指先を濡らす。
「はは、これかぁ~」
「意図せず、サプライズ成功だな」
「さんってば、こんなロマンチックなことして……俺をどうしたいの♡」
「うはは、どうしてくれようかなあ───……あ」
肩をぶつけてくる萩原を押し返すと、俺達の周りから徐々に水が引いて行く。
戻って来た景色の中に現れた大きなシルエットに視線が止まった。俺はそれを指さす。
「最後に観覧車、乗らない?」
「へ」
萩原は一瞬たじろぐような気配を見せたけど、程なくして頷いた。
乗るのが嫌じゃないか聞いたけど、乗れるというので列に並んで順番を待つ。
俺達の間には何故だか沈黙が下りてきて、雑談するでもなく、ただ人の流れに身を任せた。程なくして、俺たちの順番が来たので乗り込み、向かい合って座った。
以前はドアを開けたまま立っていた挙句途中で飛び降りたんで、ちゃんと観覧車に乗るなんて何年ぶりだろう。
「いってらっしゃーい」
係員が明るく、かつ手早く送り出してくれるのに会釈をしながら、ゴンドラの中を見回した。
杯戸ショッピングモールの大観覧車よりは小さいな、なんてことを思いながら。
ふいに目についた萩原は、どこか憂欝そうな表情で外の景色を見ていて、やっぱり無理に乗ったんだろうかと膝をつっつく。
そうするとぴくりと反応して、萩原の視線が俺に向けられた。
「怖い?」
「───いや?」
「なんだ、ずっと喋らないから、無理させたかと」
「あの日のこと思い出してたけど……それは怖いとは違う気がすんなあ。何せさんが格好良く大脱出してくれたわけだし」
すっかりいつもの調子でしゃべる萩原。さっきの静けさはどこへやら。
自分から話さないことを無理に聞く気はなかったけど、俺はふと気になっていたことを聞いてみた。
千葉の教育状況を聞いた延長で、萩原についてのことだ。
「爆処から離れてみて、どう? 心境の変化はあった?」
「ああ……いやまあ、どうなんだろうねぇ。捜一に来てからの方がむしろ、死にそうなメに遭ってる気がするし」
萩原は苦笑いを浮かべた。
この街で爆発物が発見される件数はかなりの数だが、それより危険なメ……とは。俺は過去を振り返りつつ、確かに殺人事件も多く凶悪犯と対峙することも数知れず、と納得。
「俺達が爆弾を解体するときってさ、も、すんげー重い防護服を着んのよ。冬場でも暑くてせいぜい20~30分しか着ていらんねえ、一人では脱ぎ着もできねえやつ」
「そうだろうな」
「刑事になってそういう煩わしさから解放されたと同時に、こっちの危険性もよぉくわかったよ。爆弾とは違う、人から直接向けられる悪意の威力って奴をさ」
「……だから刑事は相棒が居て二人で行動するんだよ。爆処が防護服を着る仕事なら、刑事は"命綱"がついてる仕事」
「ああ、うん」
萩原は柔らかく笑ったあと、冗談めかして言う。
「その点、さんは誰より頼もしい命綱だねぇ……」
俺にちょっと叱られるつもりだったのかもしれないが、俺は「確かに」と肯定していた。
一方的にアテにされる謂れはないけど、萩原の身に危険が迫ったら俺が助けるのは当然で、逆もまた然り。
「萩原はなんかちょっと、危なっかしいというか、運が悪い……みたいなとこがあるから」
しみじみと言えば、自身でも心当たりがあったのか身を乗り出してきた。
「やっぱ、そう思う?」
うん、と肯定すれば萩原は少し項垂れる。
「前に班長……伊達ともそう言う話したのよ。そしたら伊達には、むしろ運がいいから今生きてるんじゃねえかって言われてさ」
何事も考え方次第だな、と感心しながら相槌をうった。
思えば伊達は結構ポジティブで、萩原は案外ネガティブ寄りかも。と言っても萩原のネガティブ思考は自分の命運に関してだけ、発揮される。
他人に対してはかなり前向きでポジティブだと思う。
こういうところは、ちょっと俺と似てるなって思う時があるが、それは内緒だ。
「やっぱ、あの爆弾事件からどうにも、すわりがわりぃっつーか」
「観覧車の?」
「その前。そもそもの発端」
あーあのマンションね、と思い浮かべた。
そもそも萩原が捜査一課に異動してきた理由があの事件だ。破滅の匂いを嗅ぎ取り道を違えた先でも、結局死にかけてるので何とも言えない。
萩原も何か物思いに耽っているのか、外を見下ろしている。
もうじき、観覧車はてっぺんに辿り着き、止まることなく下へと向かうだろう。俺は座っていた向かいの座席から立ち上がり、萩原の隣に座った。
そして今日、たくさん触れた手をもう一度繋ぐ。
「さん……?」
「ほら、命綱」
「───、」
手を繋がれて、さらには命綱という言葉に、萩原は目を見開く。
「俺は爆発から身を守る防護服にはなれないけど、また、どんな場所からだって萩原を連れて“走る”から」
「……俺、さんに助けられてばっかだねぇ」
「そうでもないよ。萩原は知らないだろうけど、俺もいっぱい萩原に助けられてる」
「ホント?」
「うん。だから俺も、俺の命綱は"萩原がいい"って思ってる」
一方的に握ったと思ってた手はいつしか握り返されていて、萩原の身体が俺に寄せられた。
肩と頭がくっついて、お互いの匂いと体温がより交じり合う。
観覧車が下について降りるまで、俺たちは何をするでもなく、ずっと静かに隣に居続けた。
爆処には防護服が必要なのに対して、刑事には命綱が必要っていう話を書きたかったん。
Aug. 2026