sakura-zensen
春を追う
33話
観覧車を降りた後、駐車場に向かいつつキラキラ光るショップに目を吸い寄せられていた俺たちの背後から、誰かのすすり泣くような声が聞こえる。俺と萩原は音の正体を探すように振り返った。
女の子が泣いてて、その連れの男の子がどうにか慰めようと声をかけてるところだった。
「は、早く忘れた方がいいよ……ほら、よくある事だから」
「ないわよ、こんな事!!」
男の子の方は工藤くんで、女の子はたしか水族館でも一緒にいたはずだが、名前はなんだったか。今回はコースターで起きた殺人事件の尾が引いていて、ずっと泣いてるみたい。
普通の女の子が首なしの遺体を見るのは大変キツかろう。俺と萩原は目と目を合わせた後、二人に近づいて行った。
「こらボウズ、テメェの女泣かしてんじゃねぇよ」
「「へ?」」
萩原がそう声をかけると、二人はきょとんとした。
「大丈夫? さっき殺人事件に巻き込まれてたもんね」
「あ、すみません……」
俺は女の子の方にティッシュを渡した。
ついでに工藤くんには「デリカシーないな、彼氏クン」の一言をチクっと刺す。
「か、彼氏じゃねーよ!」
「彼氏じゃありませんっ」
二人の否定がすぐさま飛んでくるが、こう……ムキになるところが逆に意識し合ってる感じで。
この前は水族館でデートしてたみたいなのに、と思ったがお試し期間なのかも。
ちなみに、今の彼らは俺に見覚えはないみたい。
あの時は男の格好にキャップを深く被っていたから無理もないけど。
「───ん?」
女の子の方は俺ではなく、萩原をじっと見ていて、工藤くんはどこか違う場所に視線をやった。その後工藤くんは急に走り出す。
「ゴメン、蘭! 先に帰っててくれ」
「「「え」」」
蘭と呼ばれた子だけでなく、俺と萩原もその場に残されてしまった。
すぐに追いつく、とかいって遠ざかりながら手を振って来る工藤くんに、俺は困惑。彼が何を気にしていたかはよくわからなかった。
「し……新一……」
しかし取り残された泣いてる女の子、蘭ちゃんを一人にするわけにもいかず、俺も萩原も工藤くんが走っていくのを見送った。
「───ったく……男の子だねぇ……」
「いやあれはサメだろ」
血の匂いはしてこないけど、と周囲の確認をしながら視線を戻す。
連れの女の子を放り出してどこかへ行ってしまうなら、それは事件なんじゃないかと俺には思えた。
「萩原、この子送ってあげて」
「そりゃ構わねえけど」
「えっ、そんな悪いです……一人で帰れますから」
「ていうか、知らない人の車に乗るの怖いよね? 伊達たち、まだ現場にいるといいけど」
俺は蘭ちゃんの言い分を聞かず、伊達に電話をかける。
その間に萩原が蘭ちゃんに「俺ら休暇中のお巡りさんなの」と声をかけて安心させていた。
伊達とはすぐに連絡がついて、たまたま近くにいると言うから伊達がこちらに来てくれることになった。テレビ電話でも良いかと思ってたんだが、高校生探偵の連れと知って気になったらしい。
「よう、さっきぶりだな」
「あ、さっきの……たしか伊達刑事?」
程なくしてやってきた伊達は俺たち含めて『さっきぶり』の挨拶をする。
蘭ちゃんは事件で顔を合わせた警察官の登場に、むしろ少し気後れしたようだけど。
「まったく、あのボウズ……好奇心旺盛なのは良いが、……危なかっかしいヤツだな」
「変わってねぇなぁ」
伊達はわかるが、萩原は工藤くんと会ったことがないのでは。そう思ったけど、蘭ちゃんの視線からしてもしかしたら面識があったのかも知れないと思い至る。
まあ、今は聞かなくて良いや。
「とにかく、これで一応怪しくないって証明できたかな?」
「あ、それはもちろん。でも、」
「じゃあ俺は探偵くんとっ捕まえてくるから、気をつけてお帰り」
「「え?」」
「伊達も見かけたら、大人しく家に帰るように言っておいて」
「あ、ちょっと───」
俺はさっきの工藤くんのように、三人を置き去りにその場を離れた。
なんか工藤くんを放っておくのは良くないと、俺の勘がいっている。
今の園内は人が少なくなってきたし、別れてさほど時間も経ってないことから工藤くんを探すのは容易いだろうと追跡する。
そしたら観覧車の足元に頭から血を流して倒れている工藤くん───の、匂いのする子供がいるのだから驚いた。
さっきまで工藤くんが着ていた服に身を包む、工藤くんに似ている6〜7歳くらいの男の子だ。スマホのライトを当てながら出血箇所をハンカチで押さえ、身体を仰向けにして顔色や呼吸を確認する。呼吸は問題なさそうで、意識はあいまいだがライトの光に反応して目蓋や眼球が動いたのが分かった。
「もしもーし、声聞こえる?」
俺が声をかけると唇や指先などが微かに反応する。
頭を強く打ってるので脳震盪を起こしているんだろう。子供は徐々に目を開け始めた。
俺は付近にいた警察官に声をかけて医務室に通してもらい、一度警察官と医者に彼のことを任せて萩原に連絡を入れた。
まさか工藤くんと思ったら同じ匂いの子供がいたなんて言えず、蘭ちゃんを無事送り終えたのかを確認するためだ。
『さんは探偵ボウズのこと見つけた?』
「んー、いやそれが……どこにもいなくて。そしたら子供を保護してさ」
『子供って、迷子?』
「さあ、どうだろう。ちょっと今調べてもらってる」
『俺、戻るよ。さん帰りの足ないでしょ』
「いいよいいよ。俺も子供の容態確認したら後は任せて帰るし。今日は最後まで付き合えなくてごめん、また明日ね」
『あ、ちょ───』
医務室の方が何やら騒がしかったので電話を切って向かうと、なんと子供が脱走したと大騒ぎになっていた。
何でこれだけ警察官がいて子供一人逃してるんだよ……。
俺はさっさと探しに行くよう警察官たちを叱り飛ばし、医者には子供の怪我の程度を聞いた。
傷は後頭部を何か棒状のようなもので殴られたと思われ、意識や呼吸などからして脳に障害はなさそう。とは言えしばらく運動は避けた方が良いのだが、保護しようとした警察から逃げてるので何とも言えない。
それと医者の話だと会話が通じなかったみたいだが、それは単に家に帰りたくない子供の妄言だろう、とのこと。
怪しい男の秘密取引を目撃したが、背後から仲間の男に殴りつけられたって言うものだ。
───俺は工藤くんを探してる時にすれ違った、工藤くんや血の匂いのする男二人組を思い浮かべて眉間を抑えた。
たしかコースターに一緒に乗っていた二人組で、殺人事件には一切の関与がなかったみたいだけど、工藤くんは二人の怪しい出で立ちを見て尾行したってところか。
しかしあの子供が工藤くんなんて荒唐無稽な話、いくら俺が嗅覚に優れてたとしても誰も信じてくれなさそうだ。
「───ああ、伊達? ごめん度々」
俺はしばらく考えてから、伊達に電話をかけた。
外では雨が降り出していた。
警察官は逃げる子供を追ったみたいだが、どうやら既に園外に出たらしい。子供の足じゃそう遠くへ行けないはずだから、パトカーに乗って周辺を回ると言うので、そう期待はせず見つけたら俺に連絡するよう伝えた。
俺はというと、伊達から聞いた工藤くんの家に直接行ってしまうか迷ったが、あの子供が本当に家に帰るかもわからなかったので地道に匂いを追跡することにした。
通った道を律義に辿り、結局着いたのは工藤くんの家。やっぱり自力で家に戻ろうとしたようだ。
インターホンを押すかどうか迷っていると、パシャパシャと水を跳ねさせながら走って来る足音がする。
ふと傘を傾けて音の方向を見ると、さっき別れたばかりの少女、蘭ちゃんがいた。
「あれ、あなたは……!」
「やあ」
「もしかして新一のことずっと探しててくれたんですか!? 萩原さんとは……」
「ああ、萩原にはちゃんと断り入れてあるから問題ないよ。工藤くんについて、ちょっと気になることがあってね」
「気になること? えっと、とりあえず中に入りますか?」
「え、いいのかな……」
「玄関先だけでも。ほら、外は雨が降っていますから」
俺は蘭ちゃんにつられて、門の内側へと足を進めた。
確かに雨をしのげる場所にいたほうが良いというのはわかる。玄関のドアに手をかける蘭ちゃんを見守った。
どうやら鍵は開いていたみたいで、蘭ちゃんは小言を言いながら玄関のドアを開ける。中には濡れた靴が脱ぎ捨てられていた。
「新一ぃ、いるのー!? もー、帰ってるんなら電話ぐらい出なさいよー!! 鍵開けっ放しよー!!」
血の匂いがするな、と思いながら蘭ちゃんの隣に立って家の中を見る。
脱ぎ捨てられた、濡れた靴は工藤くんのものだと思われる。まあ、俺が保護した子供が履いていたものでもあるのだが。あとは濡れたスリッパもある。
「新一、やっぱり帰ってきているみたいです。挨拶させますからここで待っててもらえますか?」
「え、いいよう、そんなの……」
蘭ちゃんは俺にそう言うと、家の中に入っていってしまった。
いったい、蘭ちゃんは誰をつれてくるのだろう。そんな興味にかられて待つこと数分。蘭ちゃんと初老くらいの男性、それから俺がさっき保護した子供が三人で廊下を歩いて来た。
「あ、この人はね、新一を探してくれてた警察官の方よ。非番だったのに、心配して家まで見に来てくれたの」
「警察じゃと!?」
「さっきの───」
「え? さっき?」
「な、なんでもなぁい」
玄関で待ってた俺に驚く男性と少年に対し、蘭ちゃんが軽く説明する。
俺が警察であることや、トロピカルランドで会った人間であることで二人は慌てふためいているが、空気を読んで下手なことは言わないでおくことにした。
「それで、工藤くんは?」
「あ、なんだかまたどっか行ったみたいで、ホントにすみません!」
「まあいいよ。この子は蘭ちゃんの知り合い?」
「そう言う訳じゃないんですけど、阿笠博士の知り合いの子みたいで。私が一時的に預かることに」
「そう……それは大変だね……」
俺は説明を聞きながら、少年に目を合わせるようにしゃがんだ。うーん、血の匂いがするし、やっぱり工藤くんの匂いだな。
さっきとは服を着替えて、眼鏡をしているようだが匂いは紛れもなくそのままである。
「お名前は?」
「へ? あ、え、江戸川……コナン……」
そっと手をかざすと、少年は一瞬身体を強張らせたが、頭付近に触れられていると分かり、じっと動かなくなる。
「頭に怪我をしているね」
「あ、ちょっところんじゃってー、あはは」
「具合が悪くなったら病院へいくこと。激しい運動はしちゃ駄目だよ」
「う、うん……」
借りてきた猫のように大人しい、とはこのことだろうか。いや、蛇に睨まれた蛙に近いか。
俺は気まずそうにしているコナンくんから視線をそらして、立ち上がって蘭ちゃんと阿笠さんに向き直った。
「工藤くんの捜索はもう、大丈夫そう? もし必要だったら、近くの警察署まで相談を」
「あ、はい。もう大丈夫です! 本当にご迷惑おかけしました」
「す、すまんのぉ」
「全然謝ることじゃないから。───じゃあ帰るね。コナンくんも、ばいばーい」
「お、おねえさんばいばーい」
正直どうして工藤くんがこんなにちっこくなってるのか、問いただしたい気持ちはあったけど蘭ちゃんに心配をかけることになりそうなので、今はやめておくことにした。
外に出たら、すっかり雨は止んでいる。
雲が晴れて月は夜道を照らしてた。
水たまりを大きな一歩で超えてから、少しだけ軽くなった足取りで家路についた。
はぎぴに昔のセリフを言わせたかった……。そして蘭ちゃんとはぎぴが同じ構図で車に乗ってるとこ想像して泣いてる()
松田と伊達と萩原は工藤くんのことを昔会ったガキンチョだと認識しています。
Aug. 2026