sakura-zensen
春を追う
34話
───『眠りの小五郎、大活躍!!』
最近、新聞の見出しにその文字がよく見られるようになった。
少し前までは『高校生探偵・工藤新一』だったのに。
工藤くんが姿を消し、入れ替わるようにコナンくんが現れてから、まだそんなに日は経っていない。けれど俺の周囲ではやたらとコナンくんや毛利小五郎の名前を聞くようになった。
毛利小五郎と言うのはコナンくんを引き取っていった蘭ちゃんの父親で、私立探偵をしている。十年程前までは捜査一課にいたそうだが、その頃だと俺はまだ警察官になっていないので面識はない。
そんな彼はこれまでめぼしい事件の解決は行っていないと思うのだけど、コナンくんを引き取った途端に冴えはじめたようで。これはいったい何が起きているのか、それに『眠りの』ってなんなんだ。
「つーか眠りの小五郎って何だよ」
捜査一課では、一緒に新聞の紙面を見ていた伊達が俺の疑問を代弁するようにボヤいた。
「推理中に眠ってるように見えるんですよ!」
答えたのは高木。こいつは近頃よく目暮警部に引っ張られて現場に臨場しており、その際に毛利小五郎とコナンくんに会っているらしい。
ちなみに今日は目暮警部のお供には白鳥がついてて、佐藤は休み。千葉と萩原は外に出ている。今ここに居るのはワタル・ブラザーズと俺だけだ。
「ふうん? 実際には眠ってないんだね」
「そりゃそうですよ~、眠ってたら事件は解けないでしょう! 急に、はにゃーとかふへーとかいって、身体の力が抜けて座り込んで眠ったふりをするんです。そしたら推理ショーが始まって、それが本当に冴えわたっていて!」
「高木ィ~、何感心したんだオメエはよぉ」
「刑事として現場に赴いて、探偵サンに事件解決してもらってたら刑事はいらねーだろうがよぉ」
伊達と俺で高木を両端からグイグイと挟んで説教した。
「その、なんか説得力があるので、つい聞き入っちゃうといいますか……」
「───ちなみに、お手柄小学生の子はどうなの?」
次いでとばかりに情報収集をしたのは、毛利さんほどじゃないが時折紙面を飾る小学生、コナンくんについてだ。
彼は事件解決というより、怪盗キッドと遭遇して宝石を守った功績か何かで取り上げられてたんだったかな。それでも高木たちの話じゃ、毛利さんと現場に出入りしているらしいし、あとは同じ小学校に通う子供たちとも事件に立ち会っているとかいないとか。
「コナンくんですか? 彼は普通の小学生とは思えないほど頭がキレるんですよね。毛利探偵にくっついてたり、あとは工藤くんから色々教わっているようで、事件についても詳しいんです」
「たしか工藤のボウズの親戚かなんかだったか?」
「多分そうだと思います」
「その工藤くんはいったいどこに行っちゃったんだかねえ」
「たしかに、あのトロピカルランドの一件以降、姿を見てないですね」
いつの間にか新聞はそっちのけで、工藤くんとコナンくんについての話に花を咲かせたけど、高木から得られる情報はそう多くもなかった。
俺もコナンくんが居る現場に入れたらいいんだが、なんともタイミングが悪くて、会う機会がないんだよなあ。
「───花森、ちょっといいか」
ふいに、背後から人の気配がやって来て俺を呼ぶ。
叱責するような強さじゃないが、圧のある声に背筋を伸ばして振り返ると、そこには捜査一課の管理官である松本警視がいた。高木や伊達も俺に釣られて姿勢を正した。
何か緊急の事件があって指揮を取りに来られたのかと思ったのだが───、俺に話があると言って連れ出した。
廊下でもなく小会議室に連れてこられたので、やや緊張するのは仕方がない。
30分後、俺たちは小会議室を出たところでそれぞれ反対方向へと歩いて行く。
俺は少しだけ浮足立つような、軽い歩調で捜査一課に戻ろうとした。
ところがその途中、廊下の影でひっそり佇んでいた萩原の前を横切りかけ、引き留められる。
「随分ご機嫌じゃねえ? さん」
「! は、はぎわら……? びっくりした」
心臓がビクッとしたので、胸を抑えながら萩原を見上げる。
匂いを察知する間もなく出てきたものだから。
「警視から何かいい話でもされた?」
「なんだ、伊達か高木から聞いたの?」
「まあそれはいいじゃん」
俺が松本警視に話があると連れ出された、と言うのを萩原が聞いたのは明らかだ。しかしそれで萩原が気になって待ち伏せして、問い詰めてくるっていうのはなんかこう、越権行為のような。
まあ、そんな極秘事項の通達ではなかったんだけど。
「何か、不機嫌? 俺、何かした?」
「…………いや、そうじゃねえけど」
萩原の様子が変なので、おずおずとその顔を覗き込む。
自分でも態度に出過ぎだと思ったのか、萩原は目を逸らした。
首を掻きむしるようにして苛立ちを解き放ち、ひと呼吸置いてから「有名じゃん」と吐き捨てるように言う。
「───松本警視が娘のムコを探して、部下に声かけて回ってるって」
俺はその瞬間噴き出して笑った。
廊下で腹を抱えて身悶えた。声が出ない程捩れて、萩原の背中をバシバシ叩く。
「な、ないよ」
息も絶え絶えになりながら、何とか否定を絞り出した。
「俺にっ、声かけるわけ、……女装男を娘のムコにするのは、うはは、いくらなんでもっ」
松本警視が娘のムコに、自分の部下を宛がいたいのは本当の話だ。その中でもちろん俺は除外される。ちなみに萩原も、婦警に人気のありすぎる男なのでナシの評価を受けている者の一人だ。
松本警視のお目当ては伊達みたいな男。しかし伊達や伊達みたいな男には、だいたい既に嫁がいる。
「そもそもお嬢さんには結婚を約束した男がいる。警視が悪あがきして声をかけてるだけでお嬢さんに全くその気はないの。ちなみに、結婚式は今度の6月を予定しています」
「へえ……って、さん何でそんな詳しいのよ」
「だいぶ前にその話が出始めた頃、松本警視にそれとなく話聞いたからな。情報収集てやつよ」
萩原は俺の話を聞いた後、背を丸めてため息を吐く。
安堵なのかばつが悪いのか、……そのどちらもだろう。萩原は俺に関することだと、よく早とちりをするなあ。
「んじゃ、結局警視と話した後ご機嫌だった理由は?」
「理由は───そのうちわかるよ」
俺はまだ決まってないことだから、とその場で言うのを控えた。
そんな話をしてから二週間ほどが過ぎた頃、東都銀行で二億円が奪われるという強盗事件が発生した。
当時銀行には目暮警部の奥さんがいて、犯人に突き飛ばされて怪我を負わせられたということから、捜査本部では目暮警部が張り切って捜査に当たっている。
また時を同じくして、コナンくんたちが数日前に城で起きた事件を解決した為、調書を取りに警視庁に来るという情報を掴んだ。
本来は目暮警部が彼らを呼び出したのだけど、今は強盗事件の捜査で手が離せないため、コナンくんたちの相手は高木が担うことになった。
ぜひ俺が、と手をあげたのに、強盗犯の追跡しろって言われちゃって断念。せっかく、コナンくんに会えるゾって思っていたのにな……。
そしたら今度は、東都銀行の支店長の家で妻が殺害されるという事件が発生。その日警部に昇進した白鳥は意気揚々と現場指揮に向かい、先に到着していた佐藤と高木、更には潜り込んでたコナンくんと共に事件を解決したらしい。
───殺害動機は、口封じだ。
銀行強盗は支店長とその友人がグルになって仕組んだことだったのだ。
なおかつ最初に銀行で人質に取られたのが、支店長の妻だった。実行犯である友人はすぐにそのことに気づいて解放し、今度は目暮警部の奥さんにターゲットを変えたというのは余談である。
一方、支店長の妻も、強盗犯が夫の友人であることに気づいた。夫が銀行強盗の主犯であることもだ。
それを警察に言われることを恐れた夫が妻の殺害を決行した、と言う訳である。
色々アリバイ工作してたみたいだが白鳥がその謎を解いて、それで観念した支店長は友人たちの居場所を吐いた。───その情報を知らされた俺達は、金をもって身を隠している強盗犯一味を確保。こうして無事、銀行強盗事件及び支店長の妻殺害事件は幕を下ろした。
「よぉーしぃ、解決を祝して飲みに行くぞぅ!」
や"ーん……!
俺は大した仕事もしていないが、目暮警部にずるずると引き摺られて飲み屋に直行するハメになった。
事件解決の立役者である白鳥達も誘わないと、と唆して二人で警視庁に戻って来たのが夜の18時半。ちょっとポヤポヤしている警部をそのままにして、俺は白鳥の居場所を探した。
「ん? なんだ花森、お前目暮たちと飲みに行ったんじゃなかったのか」
廊下を歩きながら白鳥の匂いを探していたところ、松本警視にばったり遭遇した。
「あ、そうなんです───が、事件解決に尽力してくれた白鳥、ああ白鳥警部も誘ってはどうかと思って戻ってきたんです」
「そうかそうか! 白鳥ならさっきわしのところに報告に来ていたが、佐藤と高木と、あとは毛利んところの子とその辺にいなかったか?」
「いえ、見ていませんね。あ、それと警視、以前してた白鳥班の人員ですが」
「ああ! あの件だな。これからも白鳥を支えてやってくれ!」
ぽん、と俺の背中に警視の手がおかれた。その時、「えっ」と誰かが声を漏らす。
まあ廊下で喋っていたので誰にでも聞こえる話だ。───しかし露骨に反応しちゃうのは駄目だろう、萩原くんよ。
「お、なんだ萩原か。丁度いい」
「おつかれさまっス~……丁度いいって?」
「白鳥が今日付けに警部に昇進したことは聞いているか?」
「あー、一応、はい」
萩原は見つかっちゃったーと言う顔をしたが、警視は特に気にせず話しかける。今は事件解決後で気分がいいからな。
「したがって班を持つことになるが、今まで組んでた花森にも目暮班から抜けて白鳥の下でサポートをしてもらう打診を以前からしていてな」
「そースか」
「もちろん他の班員もいるが、花森にばかり荷を背負わせるわけにはいかん。そこでだ、お前んトコの千葉はそろそろ一年経つことだし、元は花森の相棒だったお前がまた、」
「また、さんの相棒になっていいんスか? 俺が?」
萩原は警視にずいっと顔を近づけて食い気味に尋ねた。こらこら、どうどう。
「う、うむ……花森がぜひ連れて行きたいっていうんでな、それでいいかと」
「モチのロンっスよぉ~♡」
もう萩原、警視とちゅーしちゃうんじゃね?
そう思いながら俺は少し離れたところでやり取りを眺めた。
明日にでも配置換えのことは警部たちに話すということで、警視は及び腰で萩原から距離をとって去っていった。
警視の遠ざかる姿を眺める萩原に、俺は一歩近づく。そんな俺の気配に気づいたのか萩原は呟くように言った。
「───さん、実は根回ししてたのねぇ」
「目暮警部は俺と萩原を組ませたら大変なことになりそうって、ボヤいてたから望み薄だったしな」
ぎょっと驚く萩原は、「え……マジで?」と俺を振り返った。マジだよ。
白鳥と千葉は『ついていけない』とか言って俺たちが元の関係に戻ることを望んでいたが、班の人員配置を考えるのは目暮警部だ。よって、目暮班で萩原と俺が再び組むことになる確率は低いと思った。
だから俺は出世の早いキャリア組の白鳥が警部に昇進して、班を抜けるであろうタイミングに警視にアピールしておいたのだ。
表向きは俺が白鳥をサポートする目的がメインで、萩原を連れて行くのはついでのお願いだったが、見事に全部勝ち取った。
「じゃ、新しい班長に挨拶いきますか」
「いこいこー」
俺たちは顔を見合わせて頷き、白鳥を探した。
佐藤と高木とコナンくんと一緒にいると思われたが、一人哀愁漂う背中で廊下にぽつんと立っている。
「し~らと~りは~んちょ♡」
「昇進おめでとうございま~す♡」
「「これからもヨロシクね」」
両方からポンと肩に手を置いて顔を覗き込むと、白鳥は引き攣った顔をして固まった。
俺と萩原がコンビに戻るとしても、まさか自分の配下につくとは思わなかったようだ。
「はぁ、もう……勘弁してくださいよぉ……」
白鳥は悲観するように呻きながら呟いた。
年上の部下(とてもやっかい)に挟まれる不憫な白鳥ちゃん、KAWAII~!
Aug. 2026