sakura-zensen

春を追う

37話

季節は夏。都内では今、連続して五件の放火事件が起きていた。
今日はその放火犯を目撃したかもしれない、とお友達が言うので警視庁に連れてくるとコナンくんから連絡を受けた俺は少年探偵団を待っている。
当然相棒の萩原、そして声をかけた白鳥と高木と佐藤も一緒だ。

「そう言えば今日、似顔絵描きの友川さんカゼで休みだけど、誰が似顔絵描く?」
「俺は絵はからっきしだな」
「俺も得意と言うほどでも……じゃ、佐藤頼むな」
「えっ、私!? 無理ですよ!」
「まあまあ、とりあえず描いてみて、考えたらいいんじゃねえの」

俺と萩原は流れるように佐藤に大役を押し付け、子供たちが来た時のためにジュースでも買いに行こうかってなって廊下に出た。
子供たちはここまで来るのは案内がつくだろうし、その後は顔見知りの佐藤たちでも対応できるだろう。
「確か子供は5人だったっけ?」
「そうそう」
「この前高校生探偵の家に行くって言ってたと思えば、今度はお手柄小学生とも仲良くなってたとはねぇ」
自販機で手分けしてジュースを買ってると、萩原が意味ありげな視線を送って来る。
まだ言えることはないので、ニッコリ笑って黙殺した。

ジュースを手に戻ると、既に五人の子供たちが佐藤と向き合っており、描いた似顔絵の確認をしていた。俺は子供たちの背後から、佐藤の描いた似顔絵を見たが……ウン、……ちょっと、それは配布出来ないな。

「───それにこの子が見た男が、本当に放火犯だとはまだ決まってませんし」
「なんですか? 歩美ちゃんがウソ言ってるとでもいうんですか?」
「子供だからってバカにすんなよな!」
「でもねぇ、実際にその男が火をつけたところを見たわけじゃないし」
聞こえてきた会話によると、白鳥と高木はそもそも、放火犯らしき人を目撃したこと自体に懐疑的だった。
子供の話す人相をまともに受け止めていない。
指導するかと息を吸ったところで、俺より先に萩原が声をかける。

「おいおい、テメーらさんの話聞いてなかったのかよ? この暑ぃ季節に長いコート着込んで、皮の手袋嵌めて灯油のにおいをプンプンさせてたって言うんだろ?」
そーだそーだ、萩原の言う通り。
俺はウンウンと頷きながら、続けて口を開いた。
「しかも出火場所近くの裏路地からニヤついて出てきた。そこまで観察して報告上げてくれるなんて、立派だよ。さすが少年探偵団だね」

子供たちは俺と萩原の登場にきょとんとしていたが、ここに呼んだのが俺だと分かると笑顔になった。それぞれ元太くん、光彦くん、歩美ちゃんに哀ちゃんと言うのだそう。
「お姉さんがコナンくんの言ってた捜査一課の刑事さん───……なんですか? ホントに?」
「なんかハデな格好だな! どっかパーティーでも行くのか?」
「可愛いスカート~♡」
「……刑事は制服を着ないけど、随分目立つ格好ね」
「アハハ、この格好してたら、犯人も油断するかな~♡ って思って」
子供たちの一部は俺が刑事なのかと疑うような反応を見せたが、ここに居る以上刑事であることは間違いないので、俺の派手な格好については早々に受け入れた。というか、興味がないというのもあるだろう。
「とりあえず、歩美ちゃんが目撃したっていう裏路地に行って、現場検証しようか」
「「「「は~い」」」」
子供たちを呼び寄せたのは俺なんで、現場検証は俺が対応する予定だったので子供たちに向かって声をかける。
元気なお返事をしたのは、三人の子供と萩原だ。佐藤と高木と白鳥はべつに来なくてもいいかなと思っていたが、佐藤があっと口を開いた。
「私も行きます。ただ、ちょっと寄り道してから合流することになるんですが」
「寄り道? 僕も付き添いますよ」
「いやここは僕の車で?」
捜査に同行したいけど寄りたい所のある佐藤、そして佐藤と一緒に捜査したい高木と白鳥の会話を、早く終わんねーかなーと眺めていると、コナンくんが俺の足元に近づいて来た。
「花森刑事、強行犯係なのにボクたちの付き添いしてていいの?」
「放火だと管轄外よね」
コナンくんに続いて哀ちゃんも問いかけてくるので、俺は現場検証くらいじゃ管轄気にしないで大丈夫だと話した。それに、今回の事件は放火だけとは言い難いのだ。
「実は四件目の放火事件の時に、現場近くで刺殺体が発見されてるんだ。例の放火犯がやったと睨んで動いてる」
「そーそ。だから、現場では刑事サンたちから離れるんじゃねーぞ?」
俺と萩原が事情を説明して注意を促すと、一緒に話を聞いてた子供たちは、神妙な顔して頷いた。



佐藤の寄りたい場所が、佐藤のお父さんが亡くなる原因になった事故現場だと判明したので、子供たちにも付き合ってもらってみんなで一緒に行くことにした。
今から十八年前の今日、佐藤のお父さん───佐藤正義警視正は、強盗殺人犯の追跡中にトラックに撥ねられて殉職したのだ。
その事故の際に付近にいたと思われる被疑者は逃走し、事件の真相はわからないまま三年前に時効を迎えた。
そんな事情があるのだから、佐藤と一緒に手を合わせに行くのは自然なことだろう。

「事故の話さ、門馬班長から聞いたことがあるよ」
「え?」
「班長と佐藤のお父さんは同時期に強行犯係にいたからね。───ほら、俺も被疑者追跡中にトラックに撥ねられたから、その時にね」
「ああ……」

白鳥達は手を合わせる佐藤を遠巻きに見ていたが、俺は佐藤の隣にしゃがんで一緒に手を合わせた。萩原も当然のようについてきて、同じようにする。
「佐藤のお父さんと自分を重ねたっていったら、悪いかもしれないけど」
「───私も実は、配属されてすぐに花森さんの話は聞いてて、父と重ねたことがあるんです。……お父さんも花森さんみたいに生きてて、犯人が自首してくれたらよかったんですけど……そうはいきませんね」
佐藤は微笑みながら立ち上がり、少し離れたところにいた白鳥達のところへと戻る。
コナンくんが丁度高木たちと十八年前の強盗殺人事件の話をしていた。
佐藤は自然とその会話に交じりながら、時効を迎えてしまった事件を少し物憂げに語る。
ところがこの後に続いた、警視庁のマドンナの発言に、事態が一変した。

「この謎を解いて『愁思郎』を捕まえてくれる人が現れたら、何でも願いを聞いちゃうのにな───って!」

途端に子供たちは無邪気な願いと、現実的な願いを佐藤に言い募っている。
特にコナンくんの望む、W杯のチケットはあり得そうでコワい。
しかし俺が気になるのは、佐藤におネツの二人だ。白鳥と高木の腕を突いて気を引く。

「美和子、俺の嫁になれ───って、言っておかなくていいの?」
「「!?」」
「いやいや~さん、そういうのは実際犯人挙げてからいわねえと、カッコわりーでしょ」
「それもそうか。ガンバレよ、二人ともっ」
「俺達は参加しないから~」
「え、しないの?」
「え、したいの?」

俺と萩原はしばし顔を見合わせた。



佐藤のお父さんの旧友たちが、佐藤のように花を手向けに来た時、白鳥に目暮警部から連絡が入った。
俺たちが今いる杯戸町4丁目から近い、品川6丁目で放火犯らしき人物がいたというものだ。パトロール中の警察官が職務質問をかけたが、逃走。現在追跡中らしい。
『男の特徴は長髪に帽子にグレーのコート! 今君らのいる場所に近い!』
子供たちのことは佐藤に任せて、俺達には現場に応援に行くように指示が入った。
俺と萩原はすぐに車に飛び乗って発進。高木と白鳥もそれぞれ追ってくるだろう。

現場付近では車を降り、萩原とは別行動をとった。
捜査官らしき人間がうろうろしていたので、どっちへ行ったのか確認すると、駅の方へ走って言った聞かされる。
このまま電車に乗って逃げようとしたのだろう。俺は萩原にそのことを伝えてから、駅に向かって駆け出した。

「───どけぇ!」

夕方の駅構内では人でごった返していた。
怒号をあげながら走る人物に気が付いたので、行き交う人の間隙を縫うように声のする方へと急いだ。
制服警官でもなければ、スーツでもない俺は、ただの駅利用客にしか見えないので、目暮警部の言う特徴通り長髪に帽子を被りグレーのコートを着た男は、俺が視界に入っても気に留める様子はなかった。
「ちょっとあんた、人にぶつかりながら走るなんて迷惑ですよ」
「! は、なんだお前、放せよ……!」
俺は民間人のふりをして、男の腕を掴んで引き留めた。
ぎょっとした男は焦ったように腕を振り回すが、その程度では俺の拘束は解けない。
途中、俺と一緒に駅の中に入って来ていた警察官が俺達に気づいて「その男です」と言うので本格的に捕獲。
「放火犯確保しました!」
俺が抑え込むと、警察官が無線で報告をいれている。
「ちっちがう! 俺は放火犯なんかじゃないっ」
「ん?」
「あ、空き巣なんだ……っ」
俺はジタバタと暴れる男に顔を近づけて、匂いを確認。
歩美ちゃんが言うような風体ではあるが、ガソリンの匂いはしない。もちろん持ってないのかもしれないけど……刺殺体に付着していた匂いとも違うことから、男の言い分は正しい気がする。
男の拘束は続々現れた警察官たちに任せ、一応手荷物の中のものを見る。
手袋や工具にタオル、それから通帳やキャッシュカードなどが入っていたのを見るに、男の言い分は正しいだろう。俺は荷物もまた警察官に預けて駅を出た。

「スカだった───空き巣なんだと」
「あらま」

駅の前に停まってた萩原の車に戻り、パタパタと手で扇ぎながら汗を乾かす。
手荷物の中に盗んできたものが入ってたから、職務質問中に逃げ出したんだろう。
「そういやさん、白鳥ちゃんと高木ちゃんも入ってったけど、会わなかった?」
「ん? 会ってないよ」
「……ま、中で話聞いて出てくるかあ」
「目暮警部には俺から連絡入れるから、俺たちは四ツ谷に行こうか、佐藤と合流しよう」
「あいよ」
さっきいたのは杯戸町だったけど、あの後現場検証に行ったはずだから五件目の放火現場付近の四ツ谷にいると踏んで、萩原に向かってもらった。
ちなみに、俺が早々見切りをつけた空き巣は、白鳥と高木が品川署の人間に引き渡すそうだ。『捕まえたならちゃんと最後までやってくださいよ……』という白鳥からの小言が目暮警部伝手に俺に届いた。えへ。
「怒らりた~……ってウワ、白鳥だ」
目暮警部との電話を切った途端、今度は白鳥からの電話が俺のスマホを揺らす。そんなに俺に直接文句を言いたかったのか、と思い電話に出ると、どうやらそうじゃないらしい。
高木が品川駅周辺で佐藤との電話中に何者かに襲われ、連絡が取れなくなった為戻ってこいとのこと。丁度その時、警察無線にも同じような内容が流れた。白鳥が既に手を回したのだろう。
「高木ちゃん、大ピンチ?」
「……大ピンチ」
電話を聞いてすぐに四ツ谷から品川に引き返していた俺たちは、ものの5分ほどで品川駅周辺に辿り着く。俺は車を降りて、高木がいた痕跡から探すために付近を歩き回った。
そうしていると、駅前にある七曲という居酒屋の前に佐藤の車が停まっているのを発見。中には誰もいなかった。
もしかして子連れで聞き込みでもしてんのかしら……と思った俺の鼻孔に、───ガソリンと混ざった嗅ぎ覚えのある人間の匂いが届いた。

これは、四件目の現場付近で刺殺された男性に付着していた、誰かの匂いだ。


この話書いてるとき、当時十三歳の主人公が事故現場に遭遇し佐藤父に救命措置し、救急車が来られる場所まで担いだことによって一命をとりとめ、美和子の初恋のお兄さんになる話を考えました……笑。

Aug. 2026