sakura-zensen

春を追う

40話

(萩原視点)

警視庁のマドンナ、佐藤美和子のお見合いが人知れず行われてる頃、俺はさんを助手席に乗せながら車を走らせていた。話を聞いてたJK達は覗き見をしに行ったみたいだけど、俺たちは仕事中なもんで、そうもいかない。
さっき宮本から聞いた話じゃ、高木が見合いをブチ壊しに行く算段になってるようで、本当にそれで大丈夫なのかは気がかりだが。
「───あれ? そういやもう一人、佐藤のお見合いでは穏やかでいられねえヤツが居るんじゃなかったっけ」
「一人どころじゃないだろ」
「ま、それはねぇ」
隙を見てさんを一瞥したが、動揺の気配はない。
こんなことでボロを出す人じゃないけど、俺にはどこか確信めいたものがあった。
たしか何日か前、ちょうど俺が非番だった日に、"ヤツ"と珍しくサシで飯に行ってたはずだ。
「もしかして見合い相手って、白鳥なんじゃねえのかなーって」
「……あれ、もうバレた?」
くすっと笑うのは、見なくても気配でわかった。
「さんこそ、すぐ認めちゃって」
「だってコナンくんたちが覗きに行ったし、終われば佐藤と白鳥に何かしら変化があるだろうし」
さんが今日何か言いかけてたのは佐藤と高木のプライベートを考慮してだと思ってたけど、おそらく白鳥から口留めがいってたんだろうと察しがついた。
何だかんだ、白鳥ちゃんはさんに懐いてるんだよねぇ。
まあ一年も相棒だったんだから、そうなるのも頷けるが。

「触れてほしくなさそうだったら触れちゃだめだよー……っと、その白鳥からだ。はい花森ィ」

話している最中にさんのスマホが鳴り出し、着信相手が白鳥だったんで俺たちの会話は途切れた。さんはどうやら捜査の進捗を聞かれているようで、俺たちがさっきまでどこにいたか、そしてこれからどこへ向かうかを話している。
「え? 米花町のコンビニ強盗? へ~行けというなら行くけど? あ、ハイハイ、わかりましたよ」
「なに、米花町行けって?」
「いや」
通話を切ったさんに聞くと、米花町で起きたコンビニ強盗の現場には対応しなくて良いらしい。
「対応は高木と千葉がしてるんだって。目暮班の事件だから、警部から正式に頼まれるまでは『行・く・な!』だとさ」
「ハハ……どっかで作戦を耳にしたのかねぇ、白鳥も」
「佐藤が口を滑らせたとか?」
俺たちは笑いながら、見合いの席での二人や、高木と千葉のことを思い浮かべる。
しかしそうなるとこの場合、高木が佐藤を連れ出しに行けないし、そもそも相手は白鳥なので佐藤がどう対応するんだか。
「「気になる……よねぇ?」」
二人で呟いた後、顔を見合わせて笑った。
そこで花森さんが連絡を入れたのは、なぜか妙に花森さんと親しい『コナンくん』だ。
女子高生二人と一緒に野次馬しに行ったんで、今なら見合い会場に到着しているころだろう。

『───花森刑事、大変だよ。高木刑事が日暮れまでに佐藤刑事を連れ出しに来なかったら、白鳥警部と結婚するって賭けを始めちゃったんだ』

スピーカーモードにしたスマホから聞こえてくるあどけない声に、俺とさんはえっと声をあげる。

『それで今、高木刑事は千葉刑事とコンビニ強盗に遭遇してるんだって……これは白鳥警部から連絡行ってたよね? 実は公園のトイレに追い詰めたけど、容疑者は三人いて、目撃者の証言はバラバラ……誰が被疑者なのかはまだわからないらしいんだ』
「強盗事件があったのは聞いてるけど」
「さっきまで追跡してたやつのことがわかんねえって?」

俺は思わず呆れた声をあげた。
さんもやれやれ、と首を振っている。

『うん……証言の内容がボクにはわからないけど……』
『あの、花森刑事と萩原刑事はその現場に行けないんですか?』
『ダメよ、さっき白鳥警部が言ってたじゃない。佐藤刑事や花森刑事の力を借りるのは禁止だって。あくまで高木刑事が千葉刑事と解決しなきゃ賭けとしては不利よね』

一緒に聞いてたらしい女子高生───蘭ちゃんと園子ちゃんの二人も会話に入って来る。
刑事としちゃ解決が優先だが、男としちゃさんに頼っちゃ駄目だろうってのは俺も同意見だ。
もしこれで泣きついてくるなら、その程度の男ってことになっちまう。俺なら恥ずかしくて見合いを阻止なんて出来ないね。
勿論、高木はそんな情けねえ男じゃないが。

───「最初はその役目を花森さんに打診したんだけどさ」

ふと、さっきの宮本の話を思い返す。
あれは単にさんが頼りやすいから頼んだ、ってだけじゃないような気がした。

佐藤とさんは班こそ違かったが、長年捜査一課で一緒にやって来た同僚だ。白鳥や高木なんかよりもよっぽど佐藤との付き合いは長いだろう。
佐藤は配属当初に花森さんに一度助けられてるらしく、実は憧れてるってのも聞いてた話にある。なんなら一時期噂にもなってたそうだが、さんが相変わらず女装姿で邁進してるうちにそんな噂は薄れていった。───まさか女装男にマドンナが本気で惚れるワケがねえ、とかなんとか。
俺からしちゃそんなのは理由にはならないんだが、二人を見ているとそういう気配ってのは確かに見えない。
佐藤の方は時々、さんに対して可愛い女の子の顔を見せる時もあったけど。

「萩原、おりないの?」
「あ、おりるおりる」

車を停めた俺はしばらくじっと考えこんじまって、さんに訝しまれてはっとした。
慌てて外に出ながら、俺は徐に口を開く。

「なあさんって、白鳥と高木どっちを応援してんの」
「どっちも応援してると言いたいとこだけど……しいていうならこの場合、佐藤かな?」
さんの言葉はもっともで、自然と笑いが零れる。
この人にとっては白鳥も高木も、佐藤本人も可愛い後輩だろう。誰かを特別贔屓って感じでもない。
「でも俺は案外、高木ちゃんが良い線行ってると思うんだけどねぇ」
「俺もそう思うよ。白鳥には内緒だけどね───……高木も絶対死ななそうだし」
「何の話?」
一瞬物騒なワードが聞こえたが、さんは何でもないと言って笑った。




日が暮れた後に警視庁に戻ってくると、さんは仕事を終えた報告のため白鳥に電話を入れていた。
特に他の話はしてないようだが、「慰めてやろーか」と言ってるので白鳥と佐藤の賭けは白鳥の負けと見た。きっと、余程しょげた声をしてたんだろう。
俺はさんに身体をくっつけて、スマホの外側に自分の頭を寄せた。
白鳥の返事は聞こえてこなかったけど、その後さんが店の名前と時間を言ってんので、今夜は白鳥ちゃんの失恋パーティーが決定したことはわかった。
店には電車と徒歩で向かうっていうさんに続いて、警視庁を出た。

「えー、萩原もくるの?」
「そりゃ行くでしょーが」

当初さんは俺を頭数には入れてなかったようだが、目の前でそんな約束をされて、はいどうぞって行かせるわけがない。

「白鳥、萩原に慰められるのはイヤがりそうなんだよねぇ」
「そうはいってもよ? 傷心中の白鳥がさんにホレたらどうすんの?」
「白鳥が俺にホレるわけないでしょ」
「どうしてそう自信があんのかねぇ……」
「いや白鳥はどう考えても、ないって」

さんは俺の言葉に呆れた顔をした。
この人って、人の心の機微は察するのに、自分への感情に関してはてんで鈍いっつーか。特に人からの好意には気づいてないわけでもないのに、流してるところがある。
俺の胡乱な顔に、さんは困ったように笑って口を開いた。

「前にさ、弟に言われたことがあって───『その格好をしている限り、兄さんを本当に好きになる人はいない』って」

そしたらあんまりなことを言うもんだから、思わずのけぞる。
「……なんつー、ヒデェ話を」
「あはは、ヒデェよね。でも悪い意味で言ったんじゃないってわかってるし、結構的を射ていてさ」

たしかにさんには、見た目で食いつく奴が厄介なことに男女ともに存在した。中身を知ったらもっと魅力がわかるもんなんだが、性別を知ると変に感情をこじらせる奴が出て来て、勝手に好きになって勝手にそれが間違いだったと、キレたりショック受けたりする。付き合いが三年程度の俺ですらそう言う奴を何度も見た。
弟は多分、兄貴に寄って来る有象無象たちから、兄貴の心を守りたかったんだろう。
さん本人も、そういう奴が一定数居ることが身に染みてて、それでもあえてその格好をしていて、弟の言ってたことを然もありなんと話す。
他者から向けられる気持ちを考慮するよか、自分の好きに生きんのが一番だけど。

「まさかさん、その言葉に縛られてるなんて言わねえよな?」
「……」
「それとも逃げてんの?」

俺は暗がりの中にいるさんの表情が見たくて、肩を掴んで顔を覗き込んだ。
強張るように閉じられた唇が、動揺を物語っていた。『逃げてる』っていうのが、図星なんだろう。

───そんなの絶対、逃がすもんか。

「俺はさんの性別最初から知ってたし、今の姿も見慣れてるし、男の姿だって見たことある。そもそもどんな格好してようと、同性だろうが異性だろうが関係ない。花森って人間は魅力的だよ」

風が吹いて木々が揺れる音がした。
さんの長い髪が宙を泳いで、街灯を反射して艶めく。
「……逃げてたのは否定できないな」
躊躇いがちに口を開いて、一度間を開けた。そして歩きながら、話を続ける。
「俺は面倒な人間だし、相手の面倒に付き合えるかと言うと、結構ドライだと思う。それなら距離とってた方が、良い関係でいられる」
俺は追いかけ、追いつき、歩幅を合わせて隣に並ぶ。
するとさんは俺を見上げて、眉をへにゃんとさせて微笑んだ。いつもの溌剌とした笑みとか、仕事の時の勝気な笑みとは違う、無防備な表情。

「でもほら、萩原はこんな風にすぐ、追いかけて来ちゃうからさ───」
「……、」
「特別だよ」

俺の喉は自然と、ごくりと何かを飲み込む。
飛びついてしまいたい衝動が、腹の中で疼いてた。
何とか堪えて、さんの次の言葉を待つ。

「だから他の誰かが俺のことをどう思うかなんて、気にしなくて良い」

差し出された手に手を重ねると、緩く絡みつく。
この人に望まれ、選ばれた───。
そう思うだけで天から光が差し込むような希望を感じるのは何でだろう。
今までの人生のどんな困難だって帳消しにしてしまうほどの、幸運が今この手の中にある気がした。
運命ってやつがあるなら、俺は多分この人と出会ってこの瞬間を迎えることが、運命なんだと思えてならない。
「さん」
「……うん?」
名前を呼ぶと、優しく返事をされる。
今ならさんの心からの声が聞こえてきそうだった。
「いいたいことがあるんだけど」
「なに、そんな改まって」
地球上からすべての音が消し去られたみたいに、今はさんの声しか耳に入らなかった。
「俺はさんのことが……」
改めてはっきり気持ちを伝えて、深い関係になりたい。
男同士で、警察官で、相棒っていう立場は俺たちをより親密にしてくれたけど、同時に全部が重たいしがらみでもあった。でもただ一人、さんが許してくれるなら、さんが一緒なら、俺はどんな険しい道でも走っていけるから。

この空気を壊さないようゆっくりと言葉を紡ごうとした。
「───、好」
その瞬間、俺たちの真横に車が走って来て、ピタっと停まる。あれ、とさんの視線が逸れた時、この空気がブチ壊されたことを察した。

「お疲れ様です、警視庁からだと店に着くのが遅くなると思ったので迎えに来ました。───乗ってください」

後部座席の窓が開いて顔を出したのは、この後慰めてやる予定だった白鳥だ。
しかし傷ついてる様子でもなく、太々しい顔をしていて「萩原くんも来たいなら、……まあ、しかたないか」とか抜かしてる。
コンニャロー、佐藤に振られちまえ。……あ、振られてたか。


萩原ってコナンくんのことなんて呼ぶかな、と迷いました。
勢いで「コナン」て呼び捨ててもいいし、チャラけて「コナンちゃん」とも呼んでいいし、その時の気分で色々呼びそう。
基本はコナンくんで行きたいと思います。

Aug. 2026