sakura-zensen

春を追う

44話

特殊犯係の担当している張り込みに合流したのはちょうど、七年前に事件があった日───11月7日だった。
伊藤の会社は水曜と日曜が休業日らしく、土曜の7日は普段通り職場に出勤しているのを先に張り込みしていた班から引き継いだ。
その後定期メンテナンスや新規取付、修理や清掃等の用件で外回りするのを人を変え車を変えながら追跡する。

「営業車使って行った先で、爆弾を仕掛けるってことかねぇ」

一日行動を見ていて、萩原は呟いた。


奴は商業施設や学校に役所、個人宅を回り易々とその建物の中に出入りをしていた。
営業車はワンボックスカーになっていて色々な機材を積み込めるし、入れ物を変えて爆弾を運び込み、点検や修理を行うふりをしてどこかに設置できる。
俺は班員たちや捜査本部にその可能性を共有した。そして張り込み班には怪しい動きをしていても、奴がいる時には絶対に深入りせず、後で俺と萩原が行って調べ直すことを徹底して周知した。
奴が少しでも警戒したり、逃げたりしてしまえば、今年は何も起こらないかもしれない。今更逃げ場はどこにもないが、それでは捕まえることができない。
油断しきって、本物の爆弾を仕掛けてもらわないといけないのだ。

それから張り込むこと一週間、奴は俺たちの尾行に気づくことなく通常の業務を行っているようだった。
さすがに匂いだけで嗅ぎつけられ、警察が事前に調べ上げてるなんて思うまい。相手は社会に溶け込み普通に生きてる人間で、警戒心がまるでなかった。だからのうのうと生き、バレてないと思いながら警察の前で爆弾を仕掛けることになる。

張り込み開始から二回目の日曜日を迎えたこの日、伊藤は仕事が休みにも関わらず、前日に乗って帰って来た営業車を使って外出した。
勤め先への根回しはすでに済んでいて、この日が休日出勤扱いになってることは知っている。
行き先は杯戸高校。───三日前に体育館の空調機の入れ替え作業のために赴いていた場所だ。
点検のみを予定していたが、部活動の練習試合が行われていた為作業が一部終わらず、日曜に再度点検することになったという旨で半日分の出勤願いは出されていた。
つまり学校に来たこと自体に、怪しさはない。しかし奴は前日、会社終わりに営業車で帰る際、その車にドラム缶を積み込んでいたそうだ。さらに、わざわざ日曜日を選んだ理由は学校側にも、会社側にも見つからなかった。

「なんでこの日を選んだんだと思う?」

俺と萩原は、杯戸高校から少し離れた所に車を停めており、双眼鏡で奴の車が見えるスポットで話しながら動きを待っていた。
この日を選んだ理由について考えていたのは、半分くらいは暇つぶしである。萩原は俺の思惑に乗って、あれこれ意見を出してくれた。

「日曜は基本部活動が休み。教員も少ねえから……とか? いや、通常出勤の日だと、他にも現場をフられるからだよ」
「そっか、会社には半日で終わったことにしておきながら、学校側には仕事してるフリをして居座れる」
「もし今日がその日なら、予定時間よりオーバーして出てくるよ」

萩原と俺の推察はその後、正しかったことが証明された。
伊藤が学校を出たのは15時を過ぎたところで、会社に提出された時間を3時間もオーバーしている。伊藤の車が去った後、他の班に尾行を任せて、俺たちは早速学校へと向かった。
奴の通っていない場所を確認してから職員に身分を明かし、事情の分かる教員を呼び出してもらってからざっくり奴の行動を聞く。

───「どうも新しい空調を入れるための点検で、終わらない箇所があったらしく。いや、詳しくは説明されてもわからなかったんですがね」
───「ドラム缶を運び込んでいたのは、今度入れる空調の部品とかで……触れたり横に倒したりしないように言われてますね。なんでも精密機器みたいで」
───「ああ、確かに時間かかっていましたよねぇ。校舎内まで見て回ってたからそれの所為じゃないでしょうか。なんか機械同士で微弱な電波を出すからその兼ね合いがあるとかいって……廊下や教室に、窓の外何かも機械でチェックしたりしてたっけな……」

俺と萩原は何度か目配せをし合いながらメモを取った。
ドラム缶に精密機器を保管するなんて話普通なら聞かないが、やはり爆弾を仕掛けたのはそこだろう。
校舎内を回ったのは、小型の爆発物でもつけたのか、盗聴器を仕込んだのかのどちらかだ。

「ちなみになんですが、御校は来週の土日に何かイベントがあったりしますか」
「ああ、ありますよ! 丁度文化祭が開かれるんです。私も毎年楽しみでして」
「そうなんですかぁ」
「青春イベントですねぇ」

先生の笑顔にとりあえず俺達は頷いた。
だけどこの後、校舎を確認して見つけた爆弾と盗聴器の存在に、先生は驚愕と恐怖の表情へと様変わりすることになった。



最初に爆弾を置かれた地点A・杯戸高校の倉庫はその日の夜、速やかに、そして秘密裏に爆処が現場に入って爆弾を処理したとの報告が入った。
松田からも直接、萩原にメッセージがあった。盗聴器は怪しまれないようにするため、そのままにしてきたらしい。
このことを知っているのは杯戸高校の校長と、その時対応した教員のみで、爆発の心配はないと知ると安心して、捜査協力の為に盗聴の継続は許可してくれたそうだ。

そして次に爆弾を置かれた地点Bは、今萩原と俺がいる、東都タワーのエレベーターの天井だ。俺達が予定していた張り込み最終日の20日の夜のことだった。
萩原曰く、東都タワーそのものをフッ飛ばせるレベルの大物で、病院に置かれていたものと同様の液体爆弾だ。水銀レバーが搭載されており、遠隔操作のための携帯電話が仕掛けられていた。もちろん、盗聴器もあった。
エレベーターとは別で機械室にも小型の爆弾が仕掛けられていたので、おそらく先にここを爆発させて操作しようって魂胆だと思われる。


東都タワーの営業時間が終わった後、タワーから離れた場所で機動隊が来るのを待った。
萩原は隣で煙草を吸いながらスマホを見ていて、松田がそろそろ到着するらしいことを知らせてくる。伊藤の張り込みをする班とも、爆発物処理班とも、捜査本部を通して連携をとっているので、個人間で頻繁にメッセージのやり取りをする必要はないんだけどな。
「また松田なんだ? 学校のも松田が解体してたのに」
「同じ相手なんだ、手口を知ってる松田がイイっしょ」
「それもそうか」
「それにアイツ、爆処のエースよ? 最速で終わらせちゃうって」
幼馴染を自慢するように、得意げにウインクをする萩原。……なんだかちょっと妬けちゃうな。
「かつては萩原とWエースだったんでしょ」
「あ~、まぁね?」
「この事件が片付いたら、戻りたいって思う?」
前にも捜査一課に来てどうだって聞いたけど、もう一度萩原に尋ねた。
あの時は結局刑事になっても危険な目に遭ってる、と言っていたし。
「え、なんで!?」
「生身で爆弾を解体しちゃう萩原クンは、今回目の前にあっても処理できない爆弾にやきもきしたのではないかと」
萩原は三年前の自分の所業を指摘されて、顔をひきつらせた。ずっと根に持つぜ、俺は。
呻いてる萩原を他所に、丁度爆処の他員たちが到着して続々と車を降りてくる。松田は早速、俺達の姿を見つけて近寄って来た。
「よう、張り込みは順調みたいだな二人とも」
「おつかれ。くれぐれも音は立てるんじゃないぞ」
「わかってるよ、つっても今は部屋の電気も消えてて就寝中なんだろ?」
松田は俺の注意に、どこかおどけた様子で笑った。
「電気が消えてるからって眠っているとは限らないよ?」
「へえへえ。警戒心の塊だな、花森さんは」
「警戒するのが俺のシゴトなので」
こういう態度がきっと舐めてると思われるのかもれないけど、これからミスしたら即死の爆弾に真っ向から対峙しなければならない男に、水を差すのはやめよう。
「んで、ハギはさっきから何をやってんだ?」
ふいに松田は、いまだに隅っこでウンウン唸っていた萩原を胡乱な目で見やった。
「爆処が恋しいなら、この事件が終わったら戻るのも手だなっていう話をしてて」
「はぁ!?」
「何言ってんだ、恋しいわけねーだろ、うんざりする部署だぜ」
萩原は俺の言い方にぎょっとしていたが、松田がギラリとした目で笑い飛ばす。
同様に、爆処の隊員たちも笑っていた。
マ、爆弾というスリルが恋しいなんて言い出したらそれこそイカれちゃってるので、爆処になんて戻せないな。俺も納得して肩をすくめる。
その時萩原が、意を決したよう踏み出して仲間たちの顔を見回した。

「俺は爆処には戻らない……もう、刑事でいるって決めたから」

三年前は迷いのある目をしていたけど、今はそんなもの見る影もない。
はっきりと、刑事の道を選ぶという決意と覚悟が、その横顔には宿っていた。

「爆弾の脅威じゃなくて、人の悪意に立ち向かう。俺は絶対誰にも"あんな選択"させたくねえって思ったよ」
「あんな選択?」
萩原の言葉に疑問を投げたのは松田だった。
「爆発三秒前に、もう一つの爆弾の在処が出される。その選択よ」
「ああ……」
「もし俺が仮にココの爆弾を解体してる間にヤツがまた動き出したら、それを追いかけにいけねえもん。だから爆弾のことは爆処にまかせて、俺は奴の悪意を阻止しにいく───さんと一緒にな」

萩原は松田を始め爆処の人たちを見回した後、最後に俺を見て笑った。
刑事という立場では、爆弾を解体することは出来ない。例え技術があろうが、その間に刑事の仕事をするのを優先すべきだ。そうやって自分の役目を全うすることは、巡り巡って大事な仲間たちを守る事にも繋がっている。それがチームワークというものだ、と俺は深く頷き同意する。

「そうだね、萩原と俺で、松田が爆弾解体だけに専念できるように悪意から守るから」
「俺たちを、爆弾の脅威から守ってくれよな? 陣平ちゃん」
「オウ、任せろ……!」

俺と萩原は、防護服や盾、工具などを持った重厚な人影が遠ざかっていくのを見送った後、伊藤の動向をギリギリまで確認してから張り込みを他の班に引き継ぎ、離脱した。



翌21日、運命の日。
俺と萩原は朝からいつも通りの格好で、警視庁に顔を出していた。
もう隠れる必要はないことと、宣戦布告の意味も込めての格好だ。萩原はどうだかわからないが、俺の格好は特徴的なので狙うなら狙えという思惑があった。
ところがこの日、伊藤は東都線の列車に乗り回って荷棚などに色々と仕掛けているという報告を聞いている。
まだ爆弾持ってんのかと辟易したが、回収して調べたところ全てダミーだったことが分かった。

正午を過ぎても一向にFAXが送られてくる様子はないので多少焦れたりもしたが、既に爆弾を二つ仕掛けていた事実はあるので、なにかを起こすことは確実。辛抱強く待機していると、夕方になって不審な通報が入った。『都内のカフェ兼レストランに爆弾が仕掛けられた』というものだ。通報者は不明らしい。
伊藤がその店に立ち入ったという報告はないが、客を店の外に避難させるよう指示して、俺と萩原が念のため確認に向かった。

店内を確認するが、爆発物らしきものは見つからず、伊藤の匂いもしなかった。単なるイタズラか、もしくは警察をおびき寄せるための陽動かなと思っていると俺の腰でスマホのバイブレーションが鳴る。
客席の天井裏まで覗き込みに行った萩原も気づいて、こちらを見た。
スマホを確認すると、それは伊藤を張り込んでる班からの最新情報だった。
萩原を手招いて、スマホの画面を見せる。
「おっと、これはこれは~♡」
楽しそうに、萩原は笑った。送られて来たのは何枚かの写真だ。
先ほど店の前の路上に停めた捜査車両に、伊藤が乗り込んでいく姿が映されている。車に滞在した時間はわずか5分ほどで、後部座席と運転席に何らかの仕掛けをしたそうだ。

俺たちは互いに背中を一回叩きながら、店から出る。
外で待っていた店員や客たちには、店内に爆弾が仕掛けられた言う通報は悪戯だったことや、安全確認がとれたことを告げた。
人の流れは店内へと動いていき、その場に残るのは俺と萩原だけになる。既に伊藤はこの場所を遠ざかっており、駅の方へと向かったと張り込み班から報告が上がっていた。
人目を気にすることなく、窓の外からの覗き込むように身を屈める。
「ドア開けた途端にドカン、かな?」
萩原はスマホを操作していて、んー、と考え込むような声を出す。
「多分、ドアに仕掛けてはいるけど、二重式かねぇ」
「そんなことまでわかんの……?」
俺は萩原の肩越しに、スマホを覗き込む。
そこには、車の中に仕掛けたカメラの映像が流れていた。


───とにかく、いよいよ狼煙を上げる時が来たのは確かだ。
無意識に唇をぺろりと舐めた。


本来の世界線では人の悪意によって命を奪われた松田を、萩原が間接的に守る立場にいるのがアツい。
爆弾と向き合う爆処の隊員を、爆弾以外の悪意から守るのは他の警察官の役目だよなっていうのを、三話で言われて六話で実感して、今回実行する萩原くんです。
狼煙って昔は狼のうんぴを混ぜてたらしいですね(余談)
Sep. 2026