sakura-zensen
春を追う
45話
(???視点)
『本日午後16時半ごろ、東京都××区に流れる堤無津川沿いの空き地で、車両の爆発がありました。この車両は警視庁の捜査に使われているもので、爆発当時二名の警察官が乗車していたことが捜査関係者への取材でわかりました。また、この車両から三年前に起きた爆発事件と類似した声明が挟まれていたことから警察は───』
目の前で流れるニュースを見ながら、感極まって息が詰まった。
とうとうあの女を葬ったという喜びでいっぱいだった。
友人の悪夢の原因で、友人の死の原因で、三年前にも復讐の邪魔をした不吉な女だ。
───「お、女の子だった……若い女の子が俺を突き飛ばして……あんなに血がいっぱい」
今から七年前、友人は警察に騙されて、おかしくなってしまった。
金を払えば爆弾を止めてやると脅したら、あまりにも簡単に10億円と言う大金が支払われた。会社が倒産して仕事に困ってたこれまでの人生が、浮かばれたような気持ちになった。
同じような境遇だった友人も、夢のようだと茫然としていたのに───ラジオから流れてきた警察のニセ情報のおかげで一変した。
爆弾が止まっていない。そう話す声を聞いて、友人は車を飛び出していった。それは警察が流した、気の弱い友人をおびき寄せるための罠だった。
使っていた公衆電話を逆探知され、警察らしい男たちに見つかった友人は慌てて道路に飛び出した。
そこへ迫りくるトラックと、動けなくなる友人の姿が今も脳裏に焼き付いている。
しかしトラックが急ブレーキで停止した後、友人は不思議なことに道路ではなく反対側の歩道に転がっていた。
トラックに轢かれたのは、友人を突き飛ばした見知らぬ人物だった。
人の手足が道路に無造作に投げ出され、長い髪と血が道路に広がっているのが見えたが、その時は友人を連れて逃げるので精一杯だった。
正直、どうでもよかったのが本音だ。いや、ラッキーだと思っていた。
友人が死なずに済んで、まんまと警察の目も逸らせたからだ。
「お、女の子だった……若い女の子が俺を突き飛ばして……あんなに血がいっぱい。な、なあ、あの子大丈夫だったのかな……? ニュースになってないのか?」
家に連れて帰ってから、友人はずっと落ち着かない。
自分が死にかけたことや、他人に庇われたことで、気の弱いこいつが怯えるのはわかっていたが、しばらくすれば落ち着くだろうと思った。
なにより、
「気にすんなよ。轢かれた女も、実は警察官だったって話だぜ」
「……そうなのか?」
少し見ただけだが、とても警察官とは思えない派手な服に身を包んでいた。だがおそらく変装の為に若者風の格好を選んだだけだろう。
周囲にいた連中も、しきりに女の名前らしきものを呼び掛けていた。顔見知りだったのは間違いない。
「つまり、あの女もお前をハメる気だったってことだ。それで自分が車に轢かれるなんて、ざまぁねえよ。───でもこれで分かるだろ? 天は俺達に味方してるって!」
友人はこの励ましに、口ごもりながら頷いた。
だけどその日からあいつは毎晩悪夢にうなされるようになって、とうとう自首すると言い出した。けして迷惑はかけないし、金も全部やるから逃げてくれと頭を下げてきたのだ。
最初は冗談だと思っていたが、翌日にはもう友人は姿を消していた。そうなったらもう部屋にはいられない。自分が住んでいた痕跡を出来る限り消して、急いで部屋を出ることになった。
それから何日かして、爆弾事件を起こした容疑者が自殺したというニュースが朝のわずかな時間だけ、テレビに流れた。
10億円を手に入れ、友人がギリギリのところで生き延びた───そんな有頂天から、どん底にまで気分が落とされた。
元々仕事も上手く行かず、人生に投げやりになっていたから起こした事件だったが、今残ったのは虚しさだけ。
金さえあれば人生どうとでもなると思っていたが、友人を失ったこと、その友人が警察にいいように転がされた敗北感は、日を追うごとに膨らんでいく。復讐の炎を燃やすことしか、生きる原動力にならなかった。
すぐに事を起こしたのでは捜査の手が及ぶと考えて、復讐は数年待った。抗議と脅し、そして挑発の意味も込めてカウントダウンだけはしてやった。
卑劣なやり口で友人をおびき寄せた相手を、自分もおびき寄せてやろうと思ったのだ。
そしてカウントゼロになった年───、爆弾をしかけて警察に予告の文章を送った。
おびき寄せた観覧車の中に捜査員らしき二名が入って行ったのを見て、やり遂げた気持ちになった。
しかも、一人は"派手な格好をした女"だった。当時は変装だと思ってたが、あんな格好をする警察官が二人と居るはずがない。きっと友人の悪夢の象徴だ。
あの事故以来しばらく情報が錯綜してあの女は死んだと思われていたが、調べてみれば死者はでていなかったことが分かった。警察はまたしても、友人を追い詰めるために嘘をついていたのだ。
───お前への罪悪感で毎晩魘され、自首した挙句に自殺までしたのに、なんでお前だけがのうのうと生きているんだ。
ゆっくりと天高く持ち上げられていく観覧車を眺め、8分ほどが経ったところで観覧車の動きを止めた。一周は凡そ17分とされている為、今はほぼ天辺のあたりにいるだろう。
タイマーは残り5分もない為、観覧車を復旧させたり地上に下ろす手配をしている時間なんてない。爆弾自体は難しい仕組みでもないが、罠も仕掛けた。
外部から指示を受けて爆弾を解体していても、次の爆弾の在処を知りたければ残り3秒まで待つしかない。ここでもし自分の命を選んで爆弾を止めたら、もう一つの爆弾は間違いなく見つけられない。
すると世間の警察への風当たりは強くなる。爆弾を止めるために10億円を支払い、更にはその金が戻ってこなかった時点で、かなり批難を受けていたはずだ。
絶望しながら死ぬのも、生き恥を晒すのも、どちらも耐えがたい苦痛だろう。
これまでの苦しみを警察に、そしてあの女に、味合わせてやる───。
「爆発物処理班をいつでも出動できるよう待機させろ! 爆発3秒前に……設置場所を読み上げさせる……っ」
観覧車の下で聞いた悲痛な声から、徐々に遠ざかった。
そうでないと、笑い出してしまいそうだったからだ。
どうやら観覧車に乗り込んだ警察官は、命を犠牲にして市民を守ることを選んだらしい。友人に悪夢を植え付けたあの女が死ぬなら、これほど良い弔いはないだろう。
車に乗り込んで発進させながら、とうとう口から笑い声が零れた。
───『本日正午12時、杯戸町ショッピングモールにある大観覧車で爆発がありました。ゴンドラの中には爆弾がしかけられており、中には駆け付けた警察官二名が乗っていましたが、安否は不明です。……本日午前11時半ごろ、警視庁に爆弾を二か所に設置するといった内容を仄めかす予告が送られてきたため、捜査をしている最中のことでした。二か所目の爆弾については、米花中央病院に設置されていることが判明し、爆発物処理班が出動して関係者を避難誘導させた後に爆弾は処理されました。現在警察は、周辺の警戒、捜査を行っており、不審な人物を見ていないかなどの情報を募集しているとのことです。心当たりのある方はお近くの警察署や交番、または下のフリーダイヤルに……』
帰宅してからみたニュースではそんな情報が流れていた。
安否が不明というのはただ単にまだ調べられていないだけ。そう高をくくっていた翌日、ショッピングモールと病院における爆弾事件において、死傷者は0名と言うニュースを見て、頭が真っ白になった。
───『警察官の二人は爆弾が破裂する寸前に、開けていたドアから飛び降り鉄骨に掴まりながら避難したとのことです』
───『いやあ、すごいですね』
───『最悪落下したら命はない……とは思いますが、ゴンドラの中に残っていても同じことですから、苦渋の決断だったでしょうね』
───『でも中々、"それ"を選べないですよ……最後まで諦めない勇気が、我々の平和だけでなく自分の命も守ったということですね、素晴らしいです』
───『市民としても、警察官が犠牲になるのは心苦しいですからね。本当によかった』
テレビの向こうでは興奮気味に警察官の生還という奇跡を称えているのを、見ていられなくて消した。
警察も、市民も、クソ喰らえだ。
次はもっと入念に準備して、ヒントもわかりにくくして、被害も大きいものにしてやると誓った。
観覧車みたいに逃げられる場所じゃないところにしかけ、音声も聞いていよう。もし逃げる気配があれば、その場で起爆させる装置もつけるべきだ。
二年間かけて計画し、調整し、仕掛ける場所は何度も下見も済ませた。
設置するのに丁度良い時間帯や位置も調べ、決行日を待つばかり。───少し前に都内で行われたパレード中、警察の車両が爆発する事件が起きたので、その時におびき寄せられた警察官の顔でも見ておこうかと現場に行ったが、その場に例の女らしき姿はなかった。
大観覧車での出来事以来、派手な格好をした女を忌避しているので、警察官じゃなくても目にはつくが、正直服にばかり視線がいく分、顔を覚えていないのが難点だった。
だがそれから約一ヶ月後、とうとう迎えた決行の日。───二度目の復讐を遂げようとしておびき寄せた警察の中に、例の女はいた。
店に爆弾を仕掛けたと通報をしてやってきた車から、派手な服の女が下りてきたのだ。
更に、一緒にいる背の高い男もおそらく、当時一緒に大観覧車に乗り込んでいたような覚えがある。これは、運命だと思った。
友が自分に作ってくれた機会だ。
友は自分に、復讐を望んでいる。
何度殺そうとしても死なないあの女を、次こそは殺さなければと使命感にかられた。
車から降りた二名が予告した店に入って行くのを見た後、外で待機している客に紛れて停まっていた車に近づいた。
誰もかれもが店内に注目していたので、人目に付くことなくことに及べた。
先月あった爆弾事件は車の下に爆弾を仕掛けていたようだが、こちらは罠も決意の表明も生半可な物じゃない。───確実に、あの女の息の根を止めるんだ。
ほどなくして、車から離れて様子を見ていると、店内に爆弾がないと分かった男女二名が店から出てきた。
周囲の客に「安全が確認されました」とか「いたずらだったようです」と宣う。確かに店内はそうだが、お前たちの安全はどうかな……と笑いそうになるのは必死にこらえながらその場を離れる。
どうせここでは爆発はしないだろうが、万が一そうなった場合は付近にいた人物として目撃されるのは面倒だったからだ。
その後、あの二人が乗った車は走り出したらしい。ニュースによれば、堤無津川の空き地で車を降りようとしたところで爆発したのがわかる。
───これが、復讐の狼煙だ。
警察官は車に仕掛けたメッセージと、列車に仕掛けたダミーの爆弾、そして東都タワーに仕掛けた爆弾ともう一つの罠に絡めとられることになる。
なにより邪魔をしてくるあの女は殺せたんだ───今回こそきっと、上手く行く。
外で鳴り響くサイレンの音を、これほどまでに心地よいと思った夜はあるだろうか。
友人が悪夢に殺されてから自分まで頻繁に見るようになった、やたらと派手な服ばかりがちらつく悪夢に、何年も苛まれて来た。しかしそれも、昼間に爆発で消し飛ばしてやったと思えば驚くほど穏やかに眠れた。
翌朝は、清々しい目覚めの朝を迎えた。外はあいにくの雨だったが、これまで復讐に枯れた心を潤す、恵の雨のようにさえ思った。
それに今日は、爆弾を仕掛けた場所を見に行くから、レインコートや傘で顔を隠せるのは丁度良い。
気分よく家を出ようとして、ドアを開ける。目の前には、人が立っていたので、住人と居合わせたのかと何気なく目をやって───、
「おはようございます、良い朝ですね!」
挨拶された瞬間に、全身の血が凍りつくような寒気がした。
目の前にいたのは、全身黒で、フリルやレースのついたワンピースを着た、イカれた格好の女だ。
顔をまともに見るのは初めてだが、多分、あの女で。
だけど、あの女は───殺したはずだ。
そうか、これは、きっと、
「あ、悪夢だ……っ」
俺は、まだ夢を見てるんだ。
これは現実じゃなくて、いつも見る、この女に台無しにされる悪夢のはずだ。
目を覚ませば、きっと全部上手く行ってる現実に戻れる。
ガタガタと震える歯の隙間からは、震えた声しか出てこない。
悪夢からは、一向に目覚めることが出来なかった。
パレードの爆発跡地でもトラウマの姿を目にしているはずなのですが、楽器を背負ってる男女だったことで警察じゃないとスルー。服の雰囲気は覚えていても顔そのものは覚えられないインパクトがある。
Sep. 2026