sakura-zensen

春を追う

47話


被疑者の逮捕後、警察は48時間以内に検察へ送致の手続きをしなければならない。
てなわけで、俺たちは警視庁に戻ってからは供述調書を取ったり、証拠品や押収品の整理、様々な書類作成に勤しんだ。
事前準備はかなり前もって出来ていたので、その日の夜には検察に身柄も合わせて送致され、後は起訴を待つばかりとなった。

「んじゃ、飲み会行くぞォ」
「今夜は寝かさないぞ♡」

やっとひと段落ついた~って思ってたところで、俺の肩にはしがみつくように松田と千速がいる。
こいつらは完全に身内飲みを予定してるみたいだが、俺は既にエライ人たちがおっ始めてる飲み会に顔を出さなければならないのだ。
目暮警部に「花森くんと萩原くんっ、特にキミらは終わったらすぐ来るんだぞ!」と言われてしまってる。
組織の一致団結、名誉挽回を祝うのも大事だよなあ、と思いながら萩原の姿を探す。
しかし見つけた萩原は、元6班の先輩たちに囲まれてた。

「さん助けて!」
「えー……なにやってんの……?」

和田さんと小松原さんが萩原を押さえ、柳さんと桐島さんが俺の前に立ち塞がった。
先輩たち相手に、俺が実力行使に出られないのをよくお分かりでいらっしゃる。

「聞いたぞ、おめでとう」
「は? はあ、ありがとうございます……?」
「柳さん、コイツ分かってねー。いや、萩原の妄言の可能性もあるか?」

事件が片付いたことなら、既に祝われたというか、喜びを分かち合ったような……。
そう思って柳さんのお祝いの言葉にお礼を言っていたら、桐島さんが呆れた顔をした。───いや、妄言って言われたらわかったぞ。

「萩原、いらんこと言ったな?」

ジロと二人の間から見える萩原を見ると、塞がれて口からムームー言ってた。
この前「俺のさん」発言を全否定されたから、今日俺と思いを確かめ合ったことを先輩たちに触れ回ったんだろう。
否定はしないし、ほぼバレてたような関係だけど、……相手もタイミングも悪すぎる。

「俺たちはコイツから聞き取らなきゃならねーことが沢山ある」
「お前の部屋の鍵は、とりあえず没収しておくよ」
「俺達の目が黒いうちは、健全な付き合いをするんだ」
「手を繋ぐまでだぞっ」

なんか、小学生かと言いたくなるような制限をされた。
この人たち、普段は全然俺に優しくないくせに、素直じゃないんだから。

「…………えーと、わかりました」
「!!!」

ひとまず先輩たちには物分かりよく頷く。これがイヌの処世術だ。
萩原はショックを受けたように目を見開いたが、ほぼ自業自得である。

「でも"俺の研二"のことを、あまりイジメないでくださいね」

俺はさっきから笑っちゃってまっすぐ立てない千速と松田を支えながら、固まった萩原と元6班の仲間たちに背を向けた。
この人たち、偉い人達のいる飲み会も来ない気なのかな。それだけが少し気掛かりだった。



デカい宴会場に着いたら、まずエライ人たちに挨拶から始まった。
懐に擦り寄りコロンとお腹を見せて、お酌して時々ヨイショしていると、高木と千葉が場所を代わってくれた。
伊達がヘルプを出してくれたらしく、遠くで手を振っている。近づいて行けば佐藤と白鳥もそこにいた。

「あれ、松田と千速はこっちにいないんだ」
「あの二人なら───っと、あれ? どこいったかな」

伊達が周囲をぐるりと見回すが、二人の姿は見失ったらしい。
その時佐藤が「松田くんはわかるけど……千速さんっていうのは?」と首を傾げた。
「萩原のお姉さんだよ。花森さんと同い年なんスよね」
「そうそう。終わったら一緒に飲むつもりだったから、今日もここに来てるんだよ」
「ああ、神奈川県警の白バイ隊員という? 来てるんですか」
「休み取ってたみたい」
そのうち俺か伊達を見つけて松田が絡んでくるだろうと思い、伊達と佐藤の間の、空いてた座布団に座る。さっきまでは此処に高木がいたようだ。
「どうぞ、花森さん。今日の立役者に注がせてください」
「ありがとう」
向かいの席にいる白鳥が、すかさず俺に空のグラスを手渡し、ビール瓶を掲げる。
「あっ。……そういえば、もう一人の立役者であるあなたの相棒は?」
「あいつは今取り調べを受けてる」
「「「なんで???」」」
「シラナーイ」
俺は泡がこんもり膨らんだグラスに口をつける。
さっき白鳥にビールを注がれた時に一瞬佐藤も俺に注ぎたそうにしてたので、一気に飲み切ってしまう。そしたらすぐにニコニコした佐藤が瓶ビールを手に取った。
お父さんいっぱい飲むからネ……。

「そういえば、俺も三年と一日だったよ」

早速、佐藤に注いでもらったビールに口をつけて、今度は半分ほどで飲むのを止めて話しかけた。佐藤はえっと不思議そうにしているので、説明を付け足す。
「愁思郎事件の時効が伸びた年月と一緒だ。大観覧車の爆発は三年前の昨日だったじゃん? 御利益あったな」
「! ご、御利益とは言わないですよ。花森さんはもうずいぶん前から犯人嗅ぎ付けてきたじゃないですか」
「はっはっは、それもそうか~」
俺は笑った勢いに任せて、再びビールの入ったグラスに口をつけて飲み干した。
でもまって伊達、瓶を構えないで。
俺はハイペースで飲むとすぐに酔いが回るので、必死に手で制止のポーズを作った。



千速と松田が俺を見つけ、すっかり強行犯係の輪に加わって皆と打ち解け始めた頃。未だに萩原が合流しないので何気なく位置情報を確認したところ、現在地は小料理屋『兎』になってた。警視庁出てたんかい。

「俺、萩原のこと迎えに行って、そのまま帰るわ」

伊達と松田に事情を話して後を頼むと、佐藤と話していた千速が顔を上げた。
「よし、じゃあ私がその店までを送ってやろう。研二を回収してからタクシーを呼べばいい。陣平は自分の足で帰れるよな?」
「オウ」
「あれ、千速飲んでないの」
「さすがにここにバイクを置いていけないだろう? 本当はか研二の部屋で飲んで泊まる気でいたんだが……今日は大人しく帰るとするよ」
「あ、そういえばそうだったね」
俺たちのマンションならバイクを停めておけるし、一晩経ってアルコールが抜けた頃に運転して帰ることも可能だっただろう。
ここまで大所帯の飲み会があることも、萩原が合流できないとも予期しておらず、千速は今度改めて飲み会させろと俺の背中を叩いた。わかってますとも……。



千速の後ろに乗って『兎』に行くと、萩原はべろべろにされていた。
四人は涼しい顔で、転がってる萩原を他所に女将さんと談笑している。

「おい研二っ、お前何簡単につぶされてんだ!?」

萩原はお姉ちゃんにベシベシ叩かれているが、「ふえー」と情けない声を出していた。
その様子を後目に、ひと際涼しい顔している柳さんにチクりと一言。
「あまりイジメないでくださいって言ったのに」
「なんでだ? むしろ感謝してほしいくらいだな」
「え?」
感謝って何だと思ってると、小松原さんが顔を突っ込んできた。

「そうだそうだ。俺たちが萩原を潰してなかったら、お前なんか今晩すぐ丸裸にされて食われてるんだからな」
「っ!?!?……な、何の心配してるんですかっ!!」

俺は言葉に詰まりながら言い返した。
もうやだ~! この先輩たち。
幸い千速たちには聞こえてないみたいだったので距離を取りながら、女将さんにタクシーの手配をお願いした。自分でもできるが、こういうのは店の贔屓があったりするのだ。

「じゃあ、、研二を頼む」

店の外に出てバイクにまたがった千速は、振り返ってそう言う。
俺は萩原を抱え直し、ひらひら手を振った。
「具合は悪くなってなさそうだから、部屋に寝かせておく。千速も気を付けて帰りな」
「ん、そうか。でもそういう意味じゃなくて」
「え?」
「研二のことを、末永く、頼むぞ♡」
伸びてきた手が、俺の肩をぽんっと軽快に叩いた。
言われている言葉の意味を改めて理解して、心なし背筋を伸ばす。

「は、はぃ……」
「今度また、うちに遊びに来てくれ。父にも会っておいた方がいいだろうしな」
「挨拶行きます……はい」

なんとなく敬語を使いながら、陽気な千速を今度こそ見送った。
ちゃんと報告するタイミングを失ったのは萩原の所為だけど、まさかあんな不意打ちで話題にされるとは思わなくて、上手く返せなかった。


タクシーでマンションに帰って来た俺は、萩原を抱えながら自分の部屋の鍵を開ける。脳内で俺のイマジナリー先輩たちが『手を繋ぐまで!!!』と騒いでいるけど、全て無視した。
とは言え一瞬、どっちの部屋に寝かすかは迷った。───でも、俺が動きやすいのはやっぱり自分の部屋だから、萩原を俺の部屋に連れ込むことにする。

寝室の自分のベッドに萩原を転がして、隣接するリビングから差し込む光を頼りに、萩原のネクタイを外す。以前とは逆になったな、と思いながらスーツのジャケット、ベルトを外して、布団に包んでフウと一息。
ベッドサイドには起きられた時のために、ペットボトルの水と、着替えを準備しておいたし、不便はないだろう。
「───さ、……?」
「あ、おきた」
ベッドの横を離れようとした時、微かな声が俺を呼ぶ。
布団の隙間から手が出てきて、手探りに俺を見つけると弱い力で肩を掴んだ。
「……動けるようになったら、水飲みなね。着替えはおいとくけど、そのまま寝ててもいいから」
「ん……さんは」
萩原の火照った頬に触れながら、髪を梳かして耳にかける。
「俺はシャワー浴びてくるよ」
「ここ、戻ってくる……?」
少し言葉がハッキリしてきたな、と思いながら笑う。
「当たり前だろ、ここ俺のベッドだし。まさか、一人で寝かせるわけないだろ」
耳元にそう告げれば、ぴくりと萩原が動いたのが分かった。
ここまで運んでおいて別の場所で寝るという選択をするなら、最初から、萩原を本人の部屋に寝かせているだろう。

「イイコで待ってな」

そう言い聞かせてシャワーを浴びて戻ってくると、萩原はすっかりベッドの奥側に移動していた。
さっきは出歩きやすいように手前に寝かせたけど、もう水分補給も着替えも済ませたみたいだ。しかも萩原は、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠ってる。

───え、イイコにしすぎじゃない?
結局、先輩たちの思惑通りになってしまった。


組織的に同性愛は認められてなさそうなんだけど、捜査一課周辺はラブコメへの許容範囲が広いので優しい世界にしたってください。
Sep. 2026