sakura-zensen

春を追う

49話

萩原と良い感じの雰囲気になると、悉く邪魔が入っている気がしてならない。
正式に付き合い始めてからというもの、萩原と中々重ならなかった休みが突如降って沸いたかのように重なったというのに、甘い雰囲気になったところで電話が鳴った。
緊急招集だと思ったら、俺の身体は反射的に電話に飛びついていた。
コワいな、職業病。だがしかし、

───な~にがバスジャックだ、チクショウ。

電話してきた目暮警部によると、数時間前に都内を走るバスが何者かに占拠されたという。
犯人は拳銃を所持しており、既に二発発砲。乗員乗客を人質にしながら都内をグルグル走らせているそうだ。
要求は、先月捕まえた服役中の矢島邦夫の釈放。
矢島は爆弾を作って宝石店を襲った強盗グループの一人であり、元宝石ブローカーだ。おそらくグループ内では宝石を売りさばき金にする役目を担っていたと思われる。
おそらく仲間たちは奪った宝石を持て余し、今回の強行に及んだってわけだ。

『上の判断で、我々は人質の安全を最優先し、矢島を一時的に釈放することにした───そこで花森くんには』
「矢島の監視と追跡ですね?」
『うむ、そうだ』

目暮警部は現在矢島がどこにいて、いつ頃釈放されるかを説明する。
捜査員が既に見張りが付く予定だが、それらはあえて一度撒かせる。そうして油断させ、仲間と合流したところで隠れて張り付いてた俺が居場所を共有して確保する、というのが作戦だ。
「わかりました、すぐ行きます」
俺は電話が終わる前にもう服を脱ぎ始めていた。
ちなみに萩原は俺が「バスジャック」と声に出した時点で部屋を出て行ってたので、おそらく自分も出る準備をしているだろう。後はもしかしたら白鳥に電話でも入れてるはずだ。



矢島の姿は、目暮警部の案内に従って捕捉した。
奴は釈放後、何とか警察を撒いたと油断しながら移動を続けていたが、意外にも都内を出る様子はなく、当面の間は人の多い都内で過ごすつもりのようだった。
しかし三時間ほど経ったころ、ジャックされたバスが爆発したという報せが入る。
どうやらバスの運転士が決死の急ブレーキを踏んで犯人たちを転ばせ、乗客が協力して犯人を捕獲したが、誤って爆弾の起爆スイッチが押されたらしい。
犯人も乗客も大慌てで外に逃げ出したそうな。

『死者はゼロ、犯人は三人とも確保した。矢島はどうしているかね、見失ってないだろうな?』
「モチのロンです~……けど、もう確保して良いってことですよね?」
『あ、ああ。しかし応援を待ってから、』
「それは呼びかけておいてください。近くにいますよね? すぐ引き渡せるようにしときますよ」
『───あっちょっと萩原くん!? ……花森さん、萩原くんを止めてください!』
「えぇ、なにぃ……?」

目暮警部と電話をしていると、白鳥の慌てた声が向うから聞こえてきた。
俺は今、目立たないよう生身で矢島を見張っていて、萩原は車で少し離れた所に待機し、俺の位置を常に把握し続けているはずなんだけど。

『萩原くんにも報告入れてたら、不穏な感じで電話を切っちゃったんですけど。まさか乱暴───』
「……あ、まあ大丈夫でしょ。……ちょっと車で撥ねるくらいじゃないですか」
『『なっ、何が大丈夫だ~~~!!!』』

あっ、もうウルサイな。被疑者に聞こえるだろが。
俺は取り合えず電話を切って周囲を確認。矢島はチェーン店の牛丼屋でつゆだくマシマシを啜り込んでいてこちらには気づいていなかった。

あの男の一味には、折角の休日を邪魔されるわ、バスが爆発させられるわ、市民に迷惑かけられるわで、色々と積もる感情があるのは俺も一緒だ。───まあ、警察官は私情を挟んじゃいけないけども。
ちょっと痛めつけるくらい俺だって仲間だってシレッとよくやることだと思う。
いやでも、ここで萩原が暴走しちゃったらコンビとしての評価が下がりそうだな……と思い直す。
俺が萩原を止められると、証明しなければならない。



牛丼屋からのそのそと出て行く矢島に続いて寒空の下に出た。距離を詰めても、奴は全く気にしてないようだった。
「シャバの飯は美味かったか?」
「は、───ウッ」
俺は矢島の背後から忍びよって、声をかけた後返事を待たずに意識を刈り取る。
矢島は引き攣ったような声をあげてその場に倒れ込んだ。
周囲にいた人たちが驚きこちらを見ているが、俺は警察手帳を掲げて周囲に呼びかけ、騒ぎを鎮めた。
程なくして、俺めがけて走って来た車が横に停まる。その窓から萩原が身を乗り出してこっちを見た。

「うわ、さんもうヤッちゃってんじゃんよ……」
「ヤッちゃいましたぁ♡」

俺はさくっと手錠して、歩道の脇に寝かせながら萩原に報告入れるように指示した。
応援は既に呼んでくれているはずだが、これで決定的になるだろう。その後僅か数分ほどでやって来た車両に矢島を乗せ、引き渡しは無事完了した。
目暮警部からは、なんとかことが大きくならずに済んだという安堵と、本庁に戻るよう指示があったので、助手席に座りながら萩原にも伝える。
「え~!? もうこのまま、家に帰っちゃ駄目かねぇ」
「さすがに駄目だろ」
萩原だってわかっていただろうに、ちょっと拗ねたように不貞腐れた。
手を伸ばして頭を軽く撫でて慰めると、ハンドルに縋りついたままウルウルした目でこっちを見てくる。こいつ、自分が可愛いのを自覚していているな……。
「次は俺が休みを合わせるから」
「……ほんと?」
「ほんと」
かくなる上は、白鳥の弱味でも握るか───。
俺は決意に燃えて、発進する車の中で算段を付けた。



警視庁に戻ると、白鳥がじっと俺たちを見てきた。なんだろう、悪だくみしてるのがバレたのかなと思っていると、白鳥の視線はどうやら萩原に向いているみたいだ。
「な、なんだよ萩原くん、僕を恨むのはお門違いだろう」
そういえば、萩原が休みとれたのは、白鳥の計らいだったっけ。
事件が起きたのは勿論白鳥のせいではない。俺を呼び出したのは目暮警部だし、妥当な判断でもある。
そう思うと可哀想になってきたので、やっぱ白鳥の弱味握るのはやめておくとしよう。
「……何だか悪寒が」
ターゲットにするのを諦めた瞬間、白鳥がブルリと震えて俺を見た。
勘のいい奴め。いやでも、物騒な企みはひっこめたけどナ。
知らん顔して「風邪じゃない」と言っておく。
「萩原くんが僕を呪っているとしか思えません」
「おい白鳥テメー、俺のさんの後ろに隠れてんじゃねえよ」
「君がさっきから恨みがましい目で見てくるから!」
どうやら白鳥が感じ取った悪寒は俺のせいではなく、萩原の恨みだったみたいだ。仲良く言い合ってる二人を放置して、続々と戻って来る警察車両に近づくことにした。
爆破されたバスの乗客たちが送り届けられてくるので、手分けして事情聴取をしなければならない。
ワゴンが停まり、ドアが開くのを待ち構えているとやがて一人の男が下りてくるのが目についた。出てきた人から順に声をかければいいだろう、と思い一歩踏み出すと、男が俺の気配に気づいて顔を上げた。

「───、」

お互い、目を見開いた顔で見合った。
赤井秀一じゃないか、FBIの───なんて大声で言いそうになるのを堪えて「バスの乗客の方ですね」と確認した。頷いたのを見て、背を向ける。
「事情聴取をさせていただきますので、こちらにお願いします」
「君がするのか」
今の俺はわかりやすく背中に『警視庁』と印字されたジャンパーも着てるんだから、警察官にはみえるだろうに。中は相変わらずの格好だけれど。
俺は赤井の問いかけを黙殺して、事情聴取を行うべく個室に連れて行った。

偽名だろうがFBI捜査官と明かされようが、どんと来い───と思っていたところ、アメリカ在住の旅行者・赤井秀一クンと自己紹介されたので、若干の拍子抜けを感じた。
偽名は使わないけどFBIの仕事でもないという体らしい。とりあえず、バス内で何があったのかを確認してみることにした。
本来、ただ巻き込まれただけの乗客ならそこまで聞く内容もなく終わるんだが、どうやら赤井は被疑者の身代わり役を宛がわれた事件関係者になってしまっていたので、少し詳しく話を聞かなければならなくなった。
まあ被疑者は確保されているし、被害者としてははバスの運転士が証言をするだろうから、今後呼び出すことはないだろう。
話を聞き終えた最後は、形式的な締め方をした。
「また何かお話聞かせていただくかもしれませんが、その時はご協力お願いします」
「わかった」
「そちらから、何か気になることはありますか」
これも定められたような、質疑応答の時間だ。
どうせほとんど無いだろう、と思っていたところ意外にも赤井は数秒考え込んでから口を開いた。

「…………あの晩、君と連れの男は何故あの場所にいた?」
「へ」

書類をまとめてた俺は、手元が狂ってそれが机の上をつるーんと滑っていくのを見送った。動揺しちゃった、間抜けすぎ。
まさか向こうから話題にしてくるとは思わなかったもので。
「彼は救援を要請したわけではなかったと言っていた。だが、偶然居合わせたにしては、都合が良すぎる。情報を掴んでいたのか?」
「アア、ま、それは…………迷い犬を探しに行ってただけ、というか」
「迷い犬……?」
そういえば諸伏自身にも、あの夜あの場所にいた理由を話していなかったなと思いながら、赤井に話すかを迷った。だって、俺の嗅覚と田村麻呂の話をしなければならないからだ。
「話せば長いというか、深いというか……ウゥン、俺の個人的な事情もあるし」
「それを教えてはくれないか」
「じゃあ、先に俺の質問に答えてほしい」
「?」
赤井は少し、前のめりになった。俺も机に肘をついて、赤井の目を見返した。
これからするのは、とても大事な質問である。
「あのさ、───」





「───それで、『ドラム叩けるか』って聞いたのか!?」

後日、俺は赤井に会ったことを諸伏に共有して、この取り調べの出来事を話した。
俺が質問したのは今諸伏が繰り返したように、ドラムを叩けるか、というものだ。
赤井はきょとん、とした顔をして「経験はないが……これが質問か?」と首をかしげていた。
非常に残念だけど、不採用……。今後のご活躍をお祈りします。

「もしドラムが叩けるならバンドに誘うだろ? そしたら自然と俺たちのことも話せるかなあ、と思って」
「まだ、バンド諦めてなかったんだ……っ」
諸伏はいまだに笑いの潮が引かないようで、震えている。
「ちなみにFBIと協力して……はいないか。今後、する予定はないの? 言いたくなかったら言わなくていいけど」
「今のところ、その申請はない。つまりFBIは今、非公式に捜査をしてるってことだな」
あらー……なんかドラマみたい。
そう呟くと諸伏は苦笑いをした。現場としちゃ勝手をされるのは迷惑だよね。
「ていうか結局、赤井は花森さんがどうしてあの場所にいたかは聞けずじまいってことか」
「そうだね、また会えた時にでも、って切り上げちゃった」
俺はこの話をするにあたって、諸伏には田村麻呂と二助のことを話した。
諸伏と赤井に会ったのは、俺の意図していたことではなかったけど、田村麻呂が嗅ぎ付けたのはある意味俺のせいってことだから。
そして二助が、諸伏と赤井の潜入先の組織に関わってるのはほぼ確定となった。
「田村麻呂って前に連れてきた、あのぐったりした犬?」
「そう、あの子。誰にも見られてない時は動くんだよね……」
「えー……???」
怪異みたいな奴だよね、と頷いた。


こんなに組織関係に食い込むはずじゃなかったんだけど手が勝手に動く~……。
萩原くんは自分が(かれぴに)可愛い(と思われてる)のを自覚していています。
Sep. 2026