sakura-zensen

春を追う

50話

(降谷視点)

身がすくむほど冷え込む、風の強い夜だった。
俺は廃墟の群れの中を闇雲に走っていた。
祈るように思い詰めて、喉から血の味がしても構わず息を吐き出した。

───頼む、間に合ってくれ
───ヒロ……

あの世にしか逃げ場はない、と最後の連絡をしてきた幼なじみを諦めることはできなかった。
物音を感じ取りながら、人の気配を探した。建物の隙間から開けた場所に躍り出そうになって、咄嗟に身を隠す。

ビルの外階段の屋根を走る人が見えた。
その先にはなぜかライと萩原の姿があって、頭に銃を突きつけられている。
「なっ……」
瞬く間に、屋根の上を走ってた人物が二人の間に割り込み、銃を弾き飛ばした。
カンカンと高い音を立て、鉄柵に何度か当たりながら、銃が地面へと落下していくのがスローモーションに見えて、息をのむ。

驚くことに、それを行ったのはやたらと派手な格好をした若い女性だった。
ライを制圧するように抑え、萩原と何か話しながら手を出したり、懐からおそらく警察手帳の様なものを見せている。おそらく萩原の顔見知りで警察官なのだろうけど……。
暫く様子を窺っていると、今度はそこに屋上から降りてくるヒロの姿も確認できる。

───いったい、何がどうなっているんだ……!?

ライは両手を軽く上げて、女性から身体チェックを受けているようだった。
ヒロが公安の警察官だと組織にバレてしまったのは事実だが、だからと言って萩原と彼女までライに接触するのは正直悪手だと思った。
何故なら、あの二人の身分がバレたら、組織はおそらく二人とその近辺の人物を悉く始末し、ヒロのことを追う。
三人でライを取り囲んでいるうちに、その身柄を拘束して組織に戻れないようにした方が良いのだろうか、と考えていると、四人は連れ立って階段をおりてくる。
それから萩原が地上に落ちた拳銃を回収して───なんと、ライに返した。
え、と声が出そうになるのを堪える。
更に萩原と女性は、ヒロとライを二人残して、手を振って離れていくのだ。し、親しいの……?


俺はしばらくその場にとどまり、萩原たちが遠ざかるのを待ってから二人の前に出た。ライが警戒するように身構えたが、ヒロが「落ち着け、仲間だ」と言ったことで俺とライの身体から力が少しだけ抜ける。
どうやらライこと諸星大は、本名赤井秀一と言う名のFBI捜査官だった。
スコッチが裏切り者だと知った時、救助するために追っていたところ、今度はどこからか現れた萩原に遭遇して追われ、もう一人いた女性に制圧されたらしい。
正直その話を聞いても意味がよくわからなかった。

「あの二人は君が救援に呼んだわけではないのか?」
「いや、全然」

ライがそう思うのも無理はないだろう。なぜなら女性の方は、ビルの上から来た。
つまりヒロがそこに居ると知っていたのではないかと。
「うーん、萩原は下から追って来たのは間違いないんだけど、花森さんは多分隣のビルから屋上に飛び込んできたんだよな」
「「は?」」
俺と赤井は声をそろえて言葉に詰まった。
というかヒロはあの女性と顔見知りなのか、と聞けば「萩原の相棒刑事だよ」と言われた。
確か萩原は爆処から捜査一課に異動したんだっけ。しかしその相棒も萩原も、何でこんなところに居たんだか───。
俺もヒロも、もちろん赤井もそのことはわからずじまいだった。




あれから、怒涛の日々が流れた。
組織では公安警察だったスコッチは死んだことにして、公安の方でも諸伏景光は消息不明と言う処理をした。情報がどういう経緯で漏れたのかはわからなかった為、警察内部にもヒロを戻すのは危険だと判断したからだ。───この時赤井がアメリカにヒロを誘ったが、ヒロも俺も硬く拒否した。
以来、ヒロは日本国内で変装して身を隠しながら、情報収集する際に俺の手助けをしてもらうことにしている。
身内にも同期にも知らせることはできない───それなのに、ヒロは何故か「花森さんにだけは言っておきたい」と無茶を言い出した。

「どうして花森さんなんだ?」
「あの人のことは騙せないと思うんだよね。だから会っておこうと思って」
「騙せない?」
「だってあの人の嗅覚、犬並みらしいから」

俺はヒロの発言に驚いた。
これは恥ずかしいから報告してなかったが、と前置きして初対面の時の話をされる。
彼女───ではなく彼、花森は、同じく潜入捜査をしているかもしれない『弟』の匂いを嗅ぎつけてヒロに接触してきたことがあるらしい。
調べてみると、確かに花森さんには弟が一時期警察にいたが、退職している。その後、消息は不明だ。
花森さんの嗅覚については正直たとえ話のようにも聞こえるし、捜査資料には彼の嗅覚が使われたという記載は勿論ない。ただ、これまでの追跡や逮捕といった経歴は、華々しい数と言って差し支えなかった。それが優れた嗅覚のおかげである可能性も高い。
だけどやっぱり犬並みというのは人間の身体の構造的に無理があるので、感覚が鋭くて頭の回転が速いのではないか、くらいに思う。
それで試しに変装したヒロに盗聴器をしかけて会いに行かせた時───、花森さんが二言三言言葉を交わしただけでヒロの正体に気付いたのはさすがに驚いた。
「でも声や仕草は人の特徴が出るし……」
「う~ん、まあゼロみたいなタイプは、実証を重ねないと信じられないだろうけどさ」
「むしろヒロはどうしてそんなに簡単に信じられるかな……」
「最初は萩原たちがすごい信用してたからかな。それに、俺としては疑ったり否定する理由もないしね」
「暢気だな」
「ゼロこそ、花森さんを舐めない方が良い。今後俺と花森さんが会う時は、絶対にゼロの匂いをさせないようにしないと───会った時に一目で俺の知り合いってバレるからな」
「そ、そんなに……?」
俺はヒロの脅しのような言い方に腰が引けた。
確かに犬並みの嗅覚が本当だった場合、俺は身を隠しているヒロと頻繁に会っている公安の仲間だということが容易く導き出されることになる。

「っていうか、そもそも俺は賛成してないぞ、花森さんと今後も会うなんて!」

───そう、ヒロは花森さんと一度だけ会った日、独断で今後も花森さんと会う約束を取り付けてきたのだ。
しかも、情報収集のために繋がりを作るわけでもなく、時折会って楽器の音合わせをするという完全に息抜きの名目だった。まあ、捜査に関わらせると言われたら、それはそれで反対していたけど。

「うん、ごめん。完全に俺の我儘」
「っ」

こうもまっすぐに認められたら、何も言えなくなる。
ヒロだって馬鹿じゃないし、一度は死にかけた身だ。油断や甘えがあるわけではない。ただ、花森さんとのつながりが本当に一縷の望みみたいだった。そして、それはヒロの方だけではなく、花森さんにとってもだ。
社会的立場を抜きにしてヒロを匿っている俺は、今はただ、ヒロと花森さんが慰め合うように繋がりを持つことを、静観するしかなかった。




ヒロと花森さんの交流が片手では数えきれないほどになってくると、上手くいっているのかどうかはわからないが、ヒロは楽器の練習を楽しそうにするようになった。
俺も俺で、後で花森さんとの録音してきた会話を聞くのが、いつしか楽しみになっていた。
───だってあの人、萩原や伊達、時々松田の話をいっぱいしてくれるし。

「……ふふ」

思わず零れた自分の笑い声に気づいて、はっとする。
周囲を見ると、車の中だったので怪しまれることはない。ただ、口元を押さえていると窓をノックされた。
外にいたのは風見で、俺はロックを解除して車の中に入るよう促した。

「すみません、話し中でしたか?」
「え?」
「あの、イヤホンを付けて笑っているように見えたものですから」
「いや───ラジオを聞いてたんだ」
「へえ、降谷さんもそう言うのを聞くんですね」

風見に謝られて、笑っていた理由を誤魔化す。
ラジオというのは勿論、ヒロと花森さんの緩い会話のことだ。

「人の雑談を聞き流していると、リラックスできる時があるからな」
「わかります。私は大学受験の時に勉強しながら聞き流していました。一度だけハガキを読んでもらえた時は興奮して集中できなくなりましたが───あ、いや、すみません」
ハガキを読まれる、という言葉に風見の方を見ていると、咎められてるように感じたのか口ごもってしまった。
「いや、ハガキか……いいな───」
「! 何度か出していればきっといつか読まれますよ」
「そうだな」
俺はそこで話を切り上げて、車を発進させた。

実際に俺がハガキを出すのは無理な話だが、例えば自分に関わる話が始まると嬉しいと思う気持ちはわかる。勿論俺自身に関わることではなくて、俺の同期たちの話題なわけだが…………もうひとつ、俺には共通点がある。

「な、なあヒロ……花森さんにそれとなく話題にしてほしいことがある」
「なに?」

ある時、意を決してヒロに相談してみた。
勿論俺のことを話そうという気はないけれど。

「ギターのことなんだ」
「ギター?」
「普段、どうやって練習してるのかとか、聞いてみてくれないか。苦手なコードとか、得意なコードとか、コツとか……」
不思議そうにしていたヒロの顔が、どんどんニヤニヤしていく。
「そう言えばゼロ、花森さんの演奏聞きながら練習してるもんなー♡」
「っ……」

俺と花森さんの共通点と言えばギターを弾くことだ。
ヒロと演奏したいから練習したギターだけど、花森さんとヒロのセッションを聴いてると触発されて、自分ももっと演奏の腕を磨きたいと思うようになった。
それをヒロにもバレてたことに気恥ずかしさを感じつつ、花森さんのギターを参考にしたいのは本当なので、恥を忍んで頼んだ。

その後ヒロは本当に花森さんにギターの話を振ってくれて、花森さんは特に不思議に思うことなく色々なことを話してくれた。
更にはヒロと合わせる用に一人で演奏してる動画を送ってくれたみたいで、俺はそれを見ながら練習することができた。
因みにその動画は萩原と松田と伊達が一緒にいる時に撮ったらしく、前後に賑やかな声が入っている。
これはもしかしたら、花森さんの細やかな気遣いかもな、と胸がくすぐったくなった。
嗅覚がどうなのかは未だにわからないけど、彼の人柄自体は徐々にわかって来た。
元々萩原との生還劇やヒロを助けに走ってくれた事実はあって、感謝の念は堪えなかったけど、行動や言葉の端々に現れる柔らかさと、誠実さが善良で心地よい。
話したこともないのに、いつしか彼のことを慕っている自分がいた。




(オマケ)

『あーあ、赤井がドラム叩けたらナー……』
『まだそれ言ってるの?』

ヒロと花森さんの会話のなかで、唯一楽しくないというか、憎たらしいのはこの男が度々登場することだ。
花森さんにとっては奴はヒロと同じく組織から逃亡した人間として共通点があるけど、なんでよりによって演奏に組み込むのがFBIなんだっ。花森さんもヒロも日本警察だろっ。
そう言いたい気持ちを堪えて、手元の作業に意識を戻すと、ヒロの声が続いて聞こえた。

『───いっそのことさ、花森さんがドラム練習してみるのは?』
『俺が? なるほど……ギターは録音したのを流せばいい、か……?』
『まあ、うん』

ギターなら俺が弾くよ……。
ヒロの提案に、祈るように手を合わせた。
実際花森さんは赤井と接触してドラムが出来ないことを聞いているので、返答はあっさりしたものだった。
『それもいいかもね!』
元々、冗談の延長のドラマー募集でもあったのだ。
このバンドに新しいメンバーを加入させるのは夢のまた夢であると、わかってる。

でもいつか、組織のことが片付いてヒロと俺が普通の生活に戻れる日が来たら、花森さんと一緒にギターが弾きたい。
そんなささやかな夢を、今は見させてほしい。




50話突破記念(?)満を持して降谷零です!
絡まないけどシレっと盗聴(録音)聞いたり調べたりして状況把握していました。
HIRO・HANA ~ALL NIGHT BEIKA~のヘビーリスナーです。FBI(ライ)への恨みは軽めにあります。笑
かざみゆーやは、深夜らじおとか好きそう。(偏見)

Sep. 2026